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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第十五話 責姫の結婚と濱の直訴・其の参

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 春とはいえ二月の初旬はまだまだ寒い。梅の香が漂う増上寺、こともあろうに盛姫の墓前で濱はとんでもない行動に出たのである。

「殿、後生でございます。私を・・・・・・佐賀にお連れくださいませ!」

 そう叫ぶなり、濱は着物が汚れるのも気にせず、ひんやりと冷たい石畳の上に土下座をする。上級武士の娘とも思えぬ濱のその行動は、斉正への思いの丈をぶつけた決死の告白であった。

「は、濱、立ちなさい。そんなところで土下座などするものでは・・・・・・」

 斉正は驚いて、土下座をする濱を立たせようとするが、濱は頑としていう事を聞こうとせず、ますます額を石畳に擦りつけるように低く下げる。

「非礼は重々承知しております。ですが・・・・・・お願いでございます、責姫様と共に川越へやることだけはお許し下さい。私は殿を・・・・・・お慕いしております!」

 そこまで思いの丈を吐き出すと、感情が昂ぶったのか濱はわっと泣きだしその場に突っ伏してしまったのだ。茂義と風吹、どちらに似ても感情の起伏が激しい濱であるが、今日は特にそれが顕著である。そんな実力行使に出た濱に対し、どうして良いか判らぬ斉正はただおろおろするばかりであったが、ここで思わぬ助け船が登場したのである。

「濱殿、面をおあげなさい。殿が困っていらっしゃるではないか。おなごとはいえ、佐賀に使える者として許されることではございませぬ」

 濱に言葉をかけたのは松根であった。娘のような年齢の濱に対しても『主君の側室』に対しての礼節を失わなかったが、その言葉はそれ故にむしろ厳しいものであった。

「濱殿、殿をお慕いする気持ちは痛いほど理解出来ますが、男であればその様に身勝手な発言、間違いなく切腹ものでしょうな」

 松根の厳しすぎるその一言に斉正は困惑の表情を露わにし、濱はぴくり、と肩を震わせ斉正と松根を見上げる。

「せ、切腹・・・・・・」

 濱の顔は切腹の一言に青ざめ、唇はわなわなと震えている。だが松根は容赦なく厳しい言葉を濱に浴びせ続けた。

「いくら先の武雄領主と盛姫君様の侍女の娘であっても、特別扱いはいたしませぬ。むしろこれからの五年間、長崎という戦の前線で戦わねばならぬ殿にとって障害となるのであれば、間違いなく江戸に居て戴くことになりましょう」

 端正な唇から零れる松根の言葉はどこまでも厳しく、冷たいものであった。見た目とは裏腹に松根もまた生粋の佐賀武士なのである。その美しい見目に隠された激しい忠誠心に濱はただがくがくと震えるばかりだ。

「松根、小娘をそう脅かすものではない。濱、脅かして済まぬな」

 さすがにこのままではまずいと、斉正は二人のやり取りに割って入った。

「とにかく濱、そこから立ちなさい。着物が汚れてしまって・・・・・・まるで幼い頃の国子殿のようだな。結婚当初もよく着物を汚して風吹に叱られていたっけ」

 それは斉正にとって何気ない一言であった。だが、それだけに濱の心はずきり、と痛む。斉正の言葉の端々に出てくる盛姫の諱――――――それは斉正の心の中で盛姫はまだ生きており、心の殆どを占めている証であった。それを不意に思い知らされ濱は悲しみに襲われる。

「とりあえず濱の土下座に免じて健子と共に川越へやるのは勘弁しておこう。しかし、佐賀行きの答えはもう少し待っていて欲しい。先代の例があるとはいえ、幕府の許可を得るだけで時間がかなり必要なのだ。解ってくれるな?」

 濱にかけられる斉正の言葉は、穏やかなだけに斉正の優しさと濱自身の幼稚さを濱に思い知らせた。

「・・・・・・はい、承知いたしました。我が儘を言って申し訳ございません」

 濱は自らに対する苛立ちに唇を噛みしめ立ち上がると、深々と斉正に頭を下げた。



 盛姫の法要から帰ってきたその日の夜、珍しく責姫側から斉正に話がしたいとの伝言があった。十中八九、昼間の騒動の話であろう。案の定斉正が奥向きに出向くと、責姫がすぐさま寄って来るなり斉正に濱のことを頼みだした。

「父上様、お願いでございます。どうか濱を佐賀にお連れくださいませ。濱も誠心誠意父上様に尽くすと申しております」

 本来濱の『主君』であるべき責姫にまで頭を下げられ、斉正は大仰に溜息を吐く。

「健子、お前まで・・・・・・江戸に比べたら佐賀は城下でもかなり田舎だぞ?若い娘が喜ぶようなものは何一つ無いし、私だって務めで濱を構ってやることはできない。せいぜい父母の顔が見ることが出来るくらいしか、濱にとって良いことは無いと思うが」

 しかし、そんな理由のみで引き下がるほど責姫も大人しい姫ではなかった。

「それでも構わないと濱は申しております。濱は・・・・・・父上様を心底慕っているのです。たとえ情けを掛けて貰わずとも父上様の近くに居たいと濱も申しております。父上様にご迷惑は掛けませんので、何卒よしなに」

 呆気にとられる斉正をよそ目に一気にまくし立てると、責姫は頭を低く下げる。半ば強引に濱を押しつけようとする実の娘に、斉正も呆れるほかない。

「全くお前まで・・・・・・佐賀に物見遊山に出かける訳ではないのだぞ?」

「勿論判っております!お慕いする方の影を拝むことができればそれで良いと濱は申しておるのです。父上様だって母上様と会う時は嬉しそうだったではございませぬか。濱とて同じでございます!」

 昔のことを引き合いに出されると斉正も何も言えなくなる。だが、緊迫した状況の中での長崎御番が目の前に迫っている今、濱をそのまま佐賀へ連れて行くのもどうかと斉正は思う。

「健子、お前の気持ちに添えなくて申し訳無いが、暫く濱には待つように伝えておいてくれ。出来ることなら最低でも一年、海防に専念したい。これは幕命でもあるんだ。判るな、健子?」

 幕命――――――そう言われてしまったら責姫もそれ以上言うことはできない。確かにいつ黒船がやってきて、戦になるか判らない今、やはりおなごは足手まといになるだろう。

「・・・・・・判りました。濱には今暫く待つように伝えます。お手数、おかけして申し訳ございませんでした、父上様」

 不本意ではあるがこればかりは仕方がない。『幕命』の一言に斉正の説得を諦め、責姫は渋々引き下がったのだった。



 一連の話を責姫が濱にその事を話したのは、夜がだいぶ更けてからの事であった。

「ごめんね、濱。結局役に立てなくて」

 濱の顔を見るなり責姫は申し訳なさそうに謝る。しかし、濱は特に落ち込んだ風もなくむしろ晴れ晴れとした表情で責姫に礼を言った。

「私は、大丈夫です。それに・・・・・・古川様に忠告を受けて考え直したんです」

 濱は何か決意したように責姫に告げる。

「私の我が儘な発言は・・・・・・男だったら間違いなく切腹ものだって。言われた直後はただただ腹立たしかったんですけど、改めて思い直すと確かにそうかも知れないって」

 その時の悔しさを思い出したのか、濱の目にじんわりと涙が浮かび、行灯の光にきらりと光った。

「私、殿に甘えてばかりで殿を支えよう、って気持ちに欠けていたことに気が付いたんです。今の私じゃ佐賀に連れて行って貰っても邪魔にしかならないって。だったら江戸で藩邸を守りながら、殿を支えることが出来るおなごになろうと思うのです。お亡くなりになられた姫君様のように・・・・・・」

 最後は泣き笑いの表情で、濱は責姫に笑顔を見せる。そんな濱を慰めるように責姫は濱の手を取り、その瞳を覗き込みながら囁いた。

「濱、あなたは一人じゃないわ。川越の藩邸には私もいるし、やす子様だって黒門にいる。女官達だってどこかに行ってしまう訳ではないし・・・・・・こんな時代ですもの。お互いに支え合っていきましょう」

 辛い恋の道を歩む覚悟を吐露した濱の手を、強く握る責姫の手の暖かさに濱は新たな涙を零し、いつまでも泣き続ける。
 このような辛酸を舐めながらようやく江戸に残る覚悟を決めた濱だったが、それだけにこの半月後、思わぬ所から幸運が舞い込んで来ることになろうとは、この時の濱は欠片も思うことができなかった。



 それから十日後、川越藩藩邸に於いて、直侯と責姫の婚礼が慌ただしく行われた。次の日の朝早々に犬張り子がやってきたところを見ると、父親とは違い初夜は順調だったらしい。そして日を置かずちょくちょく佐賀藩邸にやって来る手紙によって、責姫の幸せ振りが垣間見られた。

「あれは放って置いても大丈夫そうだな。呆れるほど夫婦仲が良さそうだ」

 手紙や手紙を運んでくる使いの者の話によると、舅、姑に当たる三歳年上の藩主や藩主の側室ともうまくいっているらしい。というか年が近すぎてむしろ友人のようなのかもしれない。これで責姫も大丈夫だろうと斉正はほっと胸をなで下ろした。
 そして最後に残った大きな問題が濱であったが、彼女に関しては意外なところから斉正に『働きかけ』があったのだ。

「松根、濱のことだが」

 江戸城から帰って来るなり、斉正は松根に語りかける。

「どうなさいますか?本人は江戸に残る覚悟を決めているようですが」

「実は幕府からの進言でな・・・・・・佐賀に連れて行こうかと思う」

 思いもしなかった幕府からの進言に、松根は目を丸くした。

「それはまたどうして・・・・・・一大名の家中の事を幕府が言い出すなんて」

 松根の至極まっとうな疑問に、斉正は苦笑しながら事情を説明し始める。

「いつもの如く、ちゃかぽんにぽろっと零したらあっという間に老中の耳にもこの事が入ってしまったんだよ。そこで老中首座から、気に入りの側室がいるなら国許に連れて行けと進言を受けた。事情が事情だけに、濱は偽りの側室だと言い出せなくて困ったよ」

 確かに浦賀に黒船がやって来るくらいであるから、江戸も決して安全とは言えない。いつ浦賀に黒船が入り込み砲撃があるか判然としない今日、むしろ長崎や佐賀の方が安全だろうと斉正は阿部から言われたのだ。
 さらに五年間、側室という名の『妻』と離ればなれになるのは男として辛いだろうと要らない気遣いをされたと斉正は苦笑いを浮かべた。

「江戸が不安となると心配なのは筆姫だが、福井公もいることだしあちらは大丈夫だろう。それにもし佐賀に連れて行く許可が出たとしても、筆姫に長距離の移動などもってのほかだ」

 ようやく黒門の庭で遊ぶことが出来るようになった筆姫である。黒門の外に連れ出すのは勿論、長旅など無理だろう。

「皮肉なことだが、あの子の不幸な生い立ちのおかげで心置きなく『正室』としての務めを果たして貰う事が出来る。だからこそ濱を佐賀に連れて行ってやることができるのだが・・・・・・あの子には感謝してもしきれないな」

 斉正は黒門の方を見ながら呟いた。筆姫のものだろうか、遠くからきゃっきゃと子供のような無邪気な笑い声が聞こえてくる。

「五年後に江戸に参勤する時は、筆姫の土産を奮発しなければならないな。ギヤマンの瞳が入った西洋人形にでもしようか」

 筆姫の笑い声を聞きながら斉正は穏やかに松根に笑いかけたのだった。



 奥向きに自ら足を運び、老中首座から進言された内容を直接濱に話した斉正に対し、濱は驚きの声を上げた。

「殿、それは誠でございますか?」

「ああ。礼は老中首座の阿部殿とちゃかぽんに言った方が良いな。あの二人の気遣いがなければお前を江戸に置いてゆくつもりだったから」

 斉正は濱に語りかけるがその半分も濱は聞いていなかった。諦めていた佐賀行が許される、それだけで天にも昇る気持ちである。

「ありがとうございます・・・・・・私、もう我が儘を言ったりしません!姫君様のように、殿を支えることができるおなごになれるよう精進いたしますから!」

 興奮のあまりしゃっくりをしながら泣きじゃくる濱の背中を撫でながら、斉正は実の娘を見るような優しい視線で濱を見つめ続けた。



 そして三月初頭、桜の花の開花と共に佐賀藩の就封行列は一台の女駕籠と共に出立した。斉正にとっても、そして濱にとっても正念場の五年間が今まさに始まろうとしている。

(国子殿、五年間江戸を留守にしますが、私達を見守っていて下さいね)

 遠く霞んでゆく増上寺を駕籠の窓越しに見つめながら、斉正は江戸を後にした。



UP DATE 2011.08.24

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紆余曲折ございましたが、なんとかお濱ちゃん佐賀へ連れていって貰えることになりました(^_^)
しかし、まさか松根に説教されることになるとは(爆)書いているうちに何故かこんな事になってしまいました。いわゆる『下りてきた』ってヤツですかねぇ。年に数度、あるかないかの状態ですので『下りてきたネタ』そのままに松根君に説教して貰い、濱に改心して貰うことになりました。まぁ、そう簡単に甘えん坊が直るとは思えないんですが・・・・あとは母親・風吹の鉄拳教育ですかね(^^;)

ただ、ほんわかした雰囲気はここまでで、次回からは一気に戦闘モードに突入します。その初っぱなが長崎海軍伝習所v勝海舟や既に登場している中島三郎助、榎本武揚や松本良順など幕末有名人が多数ここに研修しに来ております。佐賀藩からも多数の藩士がここ伝習所で学んでおります。次回からはこの伝習所を中心に斉正の軍艦オトナ買いなども取り上げますね~。


次回更新は8/31、長崎海軍伝習所のさわり、そしてできたら伝習所練習船・スンビン号(観光丸)の購入の話の半分くらいを書きたいな~と思います(斉正初の軍艦オトナ買いです。なかなか大胆な買い方をしているんですよ~v)
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