FC2ブログ

「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第三章

夏虫~新選組異聞~ 第三章 第十八話 蛤御門の変・其の貳

 ←葵と杏葉開国編 第十五話 責姫の結婚と濱の直訴・其の参 →烏のがらくた箱~その七十二・トラブルは続くもの?
その出会いは、確かに沖田が望んでいたものであった。しかし、それは七日も風呂に入らず、ひげさえも剃れなかった『今』ではない。自分の身に起こりつつある現実を沖田は呪わずには居られない。

「沖田センセ、お務めご苦労様どす。お身体、大丈夫おすか?」

 沖田の心の内をつゆ知らず、彼の目の前に駆け寄ってきたのは継ぎだらけの大きな風呂敷包みを抱えた小夜であった。どうやら中身は着物らしく、見た目の大きさよりは軽そうである。

「お・・・・お小夜さん、ご、ご無沙汰してます。」

 穴があったら入りたいとはまさにこの事を言うのだろう。小夜の目の前から逃げ出したい衝動を抑えつつ、沖田は無精ひげの生えた汚れ顔に引きつった笑顔を浮かべた。

「ところでお小夜さん、何故こんなところに?いつ戦があってもおかしくないのに。」

 物好きな野次馬ならいざ知らず、いつ戦闘になってもおかしくない九条河原に若い娘が一人出向くなんて尋常ではないし、小夜が野次馬をしにわざわざ九条にまで出向くような跳ねっ返りには到底思えない。
 もしかしたら新選組が出張っているという噂を聞きつけて来てくれたのか、と一瞬淡い期待を抱いた沖田であったが、その期待は次の瞬間見事に打ち砕かれた。

「へぇ、そうなんどす。実は母方の祖母がこの近くに住んでまして・・・・その荷物を取りにきたんおす。歳も歳やから避難させるのも難儀で。」

 九条河原にまで野次馬に来る物好き達はともかく、近くに住んでいる者達は九条河原の近くから親類縁者を頼って続々と避難を始めていた。小夜もその手伝いの為にこちらにやってきたらしい。

「そうだったんですか・・・・・しかし、安心してくださいお小夜さん。絶対に私達が京都の街を守りますから!」

 色恋はともかく、腕っ節だけはそれなりに自信がある。そんな自信満々の沖田の発言に小夜はにっこりと笑顔を向けた。

「宜しゅうお願いしますね、沖田センセ。」

 輝くばかりの笑顔で沖田に一礼すると、暮れなずむ街へと消えてゆく。その華奢な後ろ姿を沖田は惚けたようにじっと見つめていた。

「・・・・・・くくく。」

 どれくらい時間が経ったのだろうか、押し殺した笑い声に沖田ははっと我に返る。

「・・・・・沖田さん、相当あの娘にご執心のようだな。」

 そこには沖田に背を向けながら笑いを押し殺している斉藤の姿があった。

「さ、斉藤さん!な、何でまだこんな所に!先に湯屋に行っていたんじゃないんですか!」

 小夜との会話を全て斉藤に見られていた事に気がつき、沖田は気の毒なほど狼狽えるが、そんな沖田の狼狽振りを楽しみながら斉藤は沖田の方に向き直る。

「・・・・あんたでも女にのぼせ上がることがあるんだな。てっきりおなご嫌いだとばかり思っていたが。」

 そう言って、再び笑い出す。へらへらとした態度を取りながら、意外と隙を見せない沖田の隙を見つけたのが相当嬉しいのか、やけに斉藤は上機嫌である。

「止めてくださいよ!私は娼妓が好きじゃないだけで、別におなごが嫌いな訳じゃ無いでんですから・・・・・。」

 訳の解らない言訳をする沖田だったが、それさえも斉藤の格好の餌食となってしまう。にやにやと笑いながら斉藤は沖田の肩を抱くように腕をかけ耳許で囁いた。

「十五、六の小娘を目の前に新選組の副長助勤が舞い上がるとは、なかなかの見ものだったぞ。いやぁ、永倉さんや原田さんに見せたかったものだ。」

「ち、ちょっと!あの二人にだけはこの事を言うのは止めてくださいね!そもそも彼女とは身分が違いすぎますし・・・・・。」

「身分以前の問題だろうが。あの娘、お前さんに対してこれっぽっちもその気がないのは誰の目から見ても明らかだったぞ。しかもひげ面の、こんな薄汚い格好じゃ振られても当然・・・・・。」

 とうとう耐えられなくなったのか、斉藤は声を上げて笑い出した。そんな斉藤の態度に沖田は憮然とする。

「今日から身綺麗にすれば問題無いでしょう!」

「いや、もう今更遅いだろう。そもそも戦に備えての避難は今日で終わり何じゃないのか。ま、戦が終わるまで再び逢うのは無理だろうな。諦めろ、沖田さん!」

 確かに斉藤の言うとおりであった。『避難』は間違いなく小夜が抱えていた大きな風呂敷包みで終わっていたのだろう。珍しい斉藤の大笑いを横で聞きながら、沖田はがっくりと肩を落とした。



 この戦いが終わり、生きて帰らねば小夜と再会することはない----------そう諦めていた沖田であったが、意外なことに小夜との再会は二日後であった。小夜の祖母の引越は終わったものの、まだ何かしらの用事があるらしく、二日に一度は沖田らが陣を張っている横を通って南へ下って行く姿が度々目撃された。そしてそれを沖田が見逃すはずはない。恋する男の嗅覚が小夜の来訪を嗅ぎつけ、事情が許す限り陣を張っている崖の下から駆け上がり、小夜に声をかけ続けた。

「意固地なおじいちゃんがいはるんです。二、三日で説得できると思うとったんですけど、皆が避難しろ、避難しろって言い続けていたのが面白くなかったようで。」

 事あるごとに声を掛けてくれる沖田に心を許し始めたのか、小夜は困った行動をし続ける仲間の愚痴を零す。

「『儂も京都を守るんや。他所もんに任せてなんかおられんやないか!』って。ええ加減喜寿も過ぎはっているんやし、無理せぇへんで欲しいんですけど。」

 まるで日野の老人達の話を聞いているような小夜の話に、沖田は思わず苦笑を浮かべた。

「どこの土地にも困った人も居るものですね。私の故郷にもそういう頑固じいさんがいるんですよ。戦なんて武士に任せておけばいいのに・・・・だけど強引に清水寺の方へ連れていく訳にもいかないんですよね、お小夜さんがこうやって通っているって事は。」

 きっと食事や着るものの世話をしに通っているのだろう。沖田のそんな問いに小夜は深い溜息を吐きながら沖田を上目遣いに見つめた。

「へぇ。そのおじいちゃんだけやったらともかく、若者の中にも何人か血の気が多い人がいはって・・・・・ほんま困ります。」

 小夜の言葉に沖田は深く頷いた。実は沖田も小夜とは微妙に違うが『血の気の多い御仁』にほとほと手を焼いていたのである。それも一人二人などという生易しいものではない。

「畜生、いつまで待たせれば気が済むんだ、豚一公はよぉ!」

 沖田が小夜との会話を終え、崖を下ってきた時、苛立ち紛れに河原の石を蹴飛ばしていたのは原田であった。しかし、これは原田だけではなく、隊士全員の総意でもあるのだ。最初の数日こそ動きがあったが、ここ十日ばかり膠着状態が続き、隊の中に苛立ちが高まっている。
 そんな隊士達を宥める役回りが近藤や土方の上層幹部だったり、沖田、井上など比較的穏やかな性格の助勤達であったりするのだが、さすがにいつまでも押さえつけておける訳もない。
 近藤や土方でさえも、出来ることならば戦いに打って出たいとうずうずしているのが沖田の目にも明らかである。いつまで辛抱できるのか----------ほんの少しのきっかけがあればこの鬱憤は爆発してしまうだろう。

「おい総司、またお前はあの娘と会っていたのか?」

 崖の上から帰ってきて原田を宥めていた沖田に対し、土方が周囲に気付かれないようにそっと耳打ちをした。女性不信に陥っていた弟分が興味を示した唯一の女性だけに、応援してやりたい気持ちはやまやまだが、沖田と小夜はあまりにも身分が違いすぎる。
 あまり深みにはまるな----------土方はそれとなく釘を刺すつもりで沖田にそう言ったのだが、土方のその一言はむしろとんでもない所に飛び火してしまった。

「ええ、逢ってきましたよ。お小夜さんの話では、まだ九条河原から避難しない人も多いらしくて・・・・・自分達の街は自分らで守るって息巻いている人も多いらしいですよ。武器って言ったってせいぜい鍬や鋤、鎌が良いところでしょうに。膠着状態が続いて苛立っているのは町人やかわたも同じなんですね。」

 小夜から聞いた話をそのまま土方に告げた沖田だったが、その一言に土方の目がぎらり、と光ったのに気が付き嫌な予感に襲われた。

「・・・・・かわた身分の奴等がそう思っている位だから、俺達が即座に攻め入って長州の野郎どもを叩き潰したい!って思うのは当然だよな、総司。」

「え・・・あ・・・・土方さん?」

 弟分の道ならぬ恋に釘を刺そうとしていた兄分の顔から、血に飢えた武士の顔に突如豹変した土方に、沖田は顔を引きつらせる。背中には嫌な汗が流れ出し、出来ることならこの場から逃げ出したいと切に願ったが、それは叶わなかった。

「おめぇも伊達に色惚けしていねぇってことだよ。小娘を逢い引きしながらおいしい情報を貰っているじゃねぇか。このネタを理由に、いい加減長州側に対して攻撃を開始しろって直訴も・・・・・。」

「ひ、土方さん!止めてください!今攻撃なんか開始したら逃げ遅れる人が・・・・。」

 舌なめずりをしながら算段を立てる土方に対し、沖田は半泣きになりながらそれを止めようとする。しかし、沖田の説得も焼け石に水でしかない。

「未だに残っている奴等は腹ぁ決めているヤツに決まっている!会津に持ちかけて豚一の野郎に・・・・・。」

 その時であった。突如崖の上から土方を呼ぶ声が聞こえてきたのである。

「土方さん、大変です!一部の隊士が会津藩の兵士と供に一橋公の宿舎に!」

 それは蟻通勘吾であった。血相を変えて崖を駆け下り土方にとんでもない報告をする。

「何だって?畜生、先を越されたか!」

 思わず土方の口から零れた物騒な言葉に対し、沖田は思わず言葉を荒らげる。

「違うでしょう、土方さん!止めに行かないと折角の幕臣取り立ての話だって流れちゃいます!そんな事になったら近藤先生が嘆きますよ!」

 だが沖田の言葉を裏切る一言が、蟻通の口から申し訳なさそうに零れた。

「あの・・・・実は近藤局長が先陣を・・・・・。」

 その一言に土方や沖田は勿論、その場に残されていた幹部達も表情を強張らせる。

「何だって!近藤さんが?畜生、置いて行かれた!行くぞ、野郎ども!」

「おう!」

 沖田以外の助勤達----------原田や永倉、そして谷三十郎らを中心に平隊士達も雄叫びを上げた。

「ち、ちょっと待って下さい!」

 沖田が止めるのも聞かず土方は近くにいた隊士達を引き連れ持ち場を離れ、近藤の援軍にと一橋慶喜の宿舎へと押しかけたのである。
 結局この騒動は松平容保の仲介で何とか収まり、次の日に襲撃をかけるという事で落ち着いたのだが、如何に膠着状態による苛立ちが募っていたか判る逸話だ。結局新選組隊士達は渋々持ち場に戻ることになる。



 そして次の日の朝、襲撃準備を開始していた新選組に会津藩の使者から指令が伝えられた。

「大垣藩から『伏見が手薄なので援軍を頼む』との申し出があった。昨夜も伏見の方で大砲が打たれたとの報告も諜報から届いている。新選組は我らの兵士二百名と共に伏見に向かってくれ。」

 ようやくこの時がやってきた----------会津藩の使者に、近藤を始め新選組隊士達は鬨の声で応えた。



UP DATE 2011.08.26


Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






ある意味最悪なお小夜ちゃんとの再会と、それ以上に最悪な斉藤さんからのいたぶりに遭っている沖田です(爆)。ただでさえへこんでいる所にこれはキツイですよねぇ。斉藤としては『自分の正体』を嗅ぎつけられそうになっているだけに、この沖田の『弱点』を見逃すはずはありません。事あるごとに茶化されるんでしょうねぇ(笑)。

そんな中、戦いの方は膠着状態が続き苛立ちが募って参りました。新選組だけじゃなく、会津藩の兵士達も一橋公の宿舎に押しかけたってことは相当だったんでしょうね。現代なら一流企業の正社員と派遣社員が結託して別会社に抗議に行く、って感じですから(爆)。そしてそんな膠着状態からようやく戦いが始まります。

次回更新は9/2、とうとう長州藩福原隊との戦闘開始です。
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【葵と杏葉開国編 第十五話 責姫の結婚と濱の直訴・其の参】へ  【烏のがらくた箱~その七十二・トラブルは続くもの?】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【葵と杏葉開国編 第十五話 責姫の結婚と濱の直訴・其の参】へ
  • 【烏のがらくた箱~その七十二・トラブルは続くもの?】へ