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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第十六話 戦支度・其の壹

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 斉正が濱と共に佐賀へ向かったのとほぼ同時期、日本の外交史にとって極めて大きな動きがあった。

 嘉永七年二月六日、幕府は武蔵国横浜村に亜米利加との交渉用に応接所を設置、約一ヶ月にわたる協議の末、三月三日に全十二箇条からなる日米和親条約を締結、調印した。この亜米利加との条約締結以後西欧諸国と次々に同様の条約を締結していくことになるのだが、その鏑矢はまさにこの条約であろう。
 日米和親条約では亜米利加に対し薪水を中心とする物資を補給するために下田、及び函館を開港すること、漂流民の救助、引き渡しをすること、亜米利加人居留地を下田に設定すること、そして亜米利加に対し片務的最恵国待遇を条件とすることが決定された。

 ちなみに最恵国待遇とは、通商条約や商航海条約において、関税や刑法など別の第三国に対する優遇処置と同様の処置を供する約束をすることである。これには条件つき最恵国待遇と無条件最恵国待遇、双務的最恵国待遇と片務的最恵国待遇などがあるが、日米和親条約に於いては亜米利加にのみ有利な片務的最恵国待遇を結んでしまった為、後々日本はこの不平等条約に苦しめられることになる。

 しかし、将来的にそんな苦労をすることなど思いもせずに――――――むしろ、面倒な事を亜米利加に丸投げすることが出来るだとか、神聖なお白州に夷狄を連れ込まなくても良いなどと歓迎していたくらいである――――――その後、伊豆国下田の了仙寺へ交渉の場を移し、五月二十二日に日米和親条約のさらなる細則を定めた下田条約を締結した。

 下田条約では亜米利加人の移動可能範囲は下田より七里、函館より五里四方に限り、武家・町家に立ち入る事を禁じた。そして亜米利加人に対する暫定的な休息所を了仙寺・玉泉寺に置き、米人墓所は玉泉寺に置くこと、亜米利加人が鳥獣を狩猟する事を禁ずなどの細則が定められた。この条約が雛形として、同年中に英吉利、阿蘭陀、露西亜と同様の条約を締結することとなる。

 また、これらの条約を契機に外国との交渉及び付き合いも格段に多くなり『国旗』の必要性が出てきた。これに関しては斉正の従兄弟である島津斉彬や、責姫の良人・直侯の実の父である徳川斉昭の献策などにより、幕府は七月九日、日章旗を日本国総船印に制定する。以後『日の丸』が日本の国旗として世界に認められる事となった。



「・・・・・・健子が筆まめな娘で良かったよ」

 日本国総船印決定の一連の動きをしたためた責姫からの手紙を読んで、斉正は少しばかり嬉しげな笑みを浮かべる。どうやら責姫は新婚の良人に無理を言って、幕府やその周辺の動きをまとめて貰っているらしい。大名の正室が知るにはあまりにも詳細過ぎる裏話が、責姫からの手紙に書き連ねられていた。

「きっと今は亡き文粛夫人の教育の賜物でしょう。ここまでの報告書を藩士の何人が書けることやら」

 斉正に責姫からの手紙の閲覧を許された茂真が、感嘆の声を上げる。責姫の『報告』はそれほどまでに素晴らしいものであった。本来江戸の情報を収集しなくてはならないのに、それがままならない佐賀藩邸に代わり、開国派、攘夷派それぞれに繋がりを持っている直侯に嫁いだ責姫からの情報は、佐賀にとって貴重なものである。

「そういえば結婚を機に婿殿から国学を学ぶよう勧められたとか・・・・・・あちらも姫様を通じて佐賀を取り込もうと躍起になっているのやも知れませんね」

 斉正の傍に控えていた松根の言葉に、他の者が一斉に笑い出す。確かに『賢い娘』というものは父親にとって武器になるが、その娘が良人に惚れ込んでしまえば事によっては敵になりかねない。
 従兄弟の島津斉彬もその点を心配しているのか、昨年聡明さにおいて親戚内で有名だった父方の従妹の『一』を養女にすると、将軍家へ嫁がせる為の教育と称して江戸藩邸にて薩摩への忠誠教育を徹底させていると聞く。

「従兄殿の所ほどではないにしろ、健子には大変な思いをさせてしまうな。できる娘の宿命だと思って健子には諦めて貰うしかない」

 そう言いながらもまんざらでも無さそうな笑みを浮かべ、斉正は悦に入っていた。



 本丸で男達が責姫を褒めそやしているのとは対照的に、本丸奥向きに入った濱は強い孤独を感じていた。佐賀に入った直後は父母への再会や環境に慣れることに精一杯であったが、それらが一段落すると、江戸との違いを思い知らされたのである。
 倹約令の為か、貸本などの娯楽は極端に少なく、本を取り寄せようにも『倹約令の下でも許されている書物』は生真面目な内容のものばかりであった。本でさえそんな状況であるので芝居なども勿論なく、菓子なども極端に種類が少ない。

 それもそうだろう、度々行われていた倹約令は年々厳しさを増しており、庶民に至っては結婚披露宴であっても料理は一汁三菜まで、婚礼家具は質素なものに限るとか、販売してよい菓子はあめやおこし、逸口香などの六種類と限定されていたのである。これは領民に示しが付かないからと奥向きでも同様の倹約が成されていた。
 余談であるが倹約の対象は村祭りにも波及しており、村狂言などの催事も禁止されている。豊作を祈り、あるいは感謝するお祭り行事の中で『由緒ある芸能。決して華美ではない』との理由で唯一許可されたのが浮立のみであった。
 また倹約令の他、斉正が気を利かせて他の側室達が居る三の丸とは別個に濱を本丸に置いたのだが、それも孤独を感じさせる原因であった。多忙を極める斉正と話をする事も出来ず、他の側室達の様子も知ることさえできない。

「やっぱり・・・・・・佐賀に来たのは間違いだったのかなぁ」

 たまに持ち込まれる表の噂では、江戸に残った責姫が貴重な情報を佐賀にもたらし斉正を喜ばせていると聞いている。我が儘を言わず江戸に残っていれば、少なくとも責姫のように斉正を喜ばせることが出来たかも知れない――――――到着して半年も経たない内に、濱は後悔に苛まれていた。



 そんな濱の嘆きを置き去りに、時代は激動の時へと進み続ける。濱が孤独を感じるほど、佐賀へ帰ってきた斉正を待ち受けていたのは今までになく多忙な日々であった。
 まずは斉正が佐賀に到着した直後の四月九日、斉正は阿蘭陀商館を訪問する。そこで七時間から八時間におよぶ見学で軍事、科学について詳細な説明を受けたのを皮切りに、次々に開国の準備、そして万が一戦いになった場合の軍備を進め始めたのである。文字通り寝る間もない忙しさの中、濱にまで気が回らないのは当然と言えば当然だろう。

 そんな目の回るような忙しさの中、七月二十九日に阿蘭陀国王専用の蒸気軍艦・スンビン号が長崎に入港する。スンビン号は蒸気軍艦の紹介と操縦などの伝達を意図して派遣されたもので、幕府はパレンバン号の入港時を先例とし、蒸気船研究の為、斉正のスンビン号乗船を許可した。

「・・・・・・というか、貴方でなければ判らないでしょう。軍艦の事なんて。私にはどれも真っ黒で大きな船にしか思えません。どこがどう違うのか・・・・・・情けない事ですが、船に乗り慣れている佐賀公だけが頼りなんです」

 長崎奉行・水野忠徳が斉正を前に溜息を吐く。水野とて決して無能な男ではない。そもそも彼が長崎奉行に任命されたのはペリーとの交渉のためと言われている。結局ペリーは下田に来航したため、空振りに終わったが、プチャーチンとの日露交渉では幕府側全権の大目付格・筒井政憲と勘定奉行川路聖謨を補佐したほどである。その男が斉正に助けを求めているのだ。これを断る訳にはいかないだろう。

「承知しました。できる限りの事はさせて戴きます」

 船の事、特に西洋軍艦については誰よりも知識はあると自負している斉正である。水野の頼みを二つ返事で引き受け、スンビン号に乗り込むことになった。


 だが、さすがに藩主がいきなり乗り込む訳にも行かない。幕府からの特別許可により、出島の蘭館で砲術技術などの伝習を受けていた本島藤太夫、杉谷雍介、中村奇輔の三人が、藩主が乗り込む前の前調査としてスンビン号に乗り込むことになったのである。
 七日間の渡った伝習が終わると、本島等三人は他の三人の藩士、水夫十三人の技術者たちと共に八月十四日にスンビン号に乗船し、備砲や蒸気機関の構造について学んだ。そしてそれらの調査を経た八月二十六日、満を持して斉正自らスンビン号を訪問したのである。



 斉正がスンビン号の傍にやってきたのは朝四つのことであった。だいぶ高くなった朝の光にスンビン号の黒く、美しい船体が艶めいて見える。長さ二十九間、幅五間のスンビン号は軍艦として決して大きいとは言えなかったが、それでも斉正の目にはとてつもなく大きく見えた。

「これが、スンビン号か・・・・・・パレンバン号同様、良い船だな」

 そして斉正がスンビン号の甲板に上がるとさらに驚くべき事があった。何と二ヶ月前に決定したばかりの日本国総船印、すなわち日の丸が一番マストに掲げられている阿蘭陀国旗の横に掲げられていたのである。

『日本がようやく国旗を制定したと聞きました。簡単ではありますが、こういった式典で掲げられるのは今回が初めてじゃないでしょうか』

 艦長のファビウスが嬉しそうに斉正に語りかける。これから国際的活動をし始めようとする若い国の、新しい国旗を掲げることはファビウスにとっても何となくくすぐったく、嬉しいものらしい。はにかんだ、少年の様な笑みを浮かべながら日章旗を指さした。

『ええ。自分の国の国旗がここまで誇らしいものだとは思いもしませんでした』

 斉正も阿蘭陀語でファビウスに同調する。自分の家紋とはまた違う、この国全てを現す『印』をこのような形で見るのは初めてであったが、なぜだか嬉しさと誇らしさが胸に沸き上がってくる。

「これから、藩だの派閥などと小さな事にこだわっている場合じゃないのだろうな」

 思わず日本語で呟いた斉正の言葉に、隣にいたファビウスが怪訝そうな表情を浮かべた。

『何か仰いましたか?』

『ええ、これから私達はあの旗の下でひとつにならなければいけないのだろうと。阿蘭陀や他の国のようにひとつにまとまり、強い国を作り上げなくてはならないのだと自分に言い聞かせておりました』

 ファビウスの質問に、斉正は力強く答えたのだった。



 双方の国旗が掲げられる中、王族送迎儀典に従って斉正達は敬意を表された。そして挨拶を交わした後、斉正は艦内の珍しい箇所――――――本島達だけでは見学を許されなかった場所をこと細かく視察する。

「これは何でしょうか?私の配下にいる技術者も解らぬものなのですが」

 斉正はしばしば格別な興味を示しながら船内を廻り演習の見学を始めた。どの演習も素晴らしいものであったが、特に斉正が特に興味を示したのは非常呼集演習であった。これは以前パレンバン号に搭乗した時も見せて貰えず、それを見学できることは、斉正が阿蘭陀から信頼を得ている証であった。

『そろそろ休憩にしましょうか』

 演習の後、ファビウスが斉正を初めてとする日本人随行員を促し、船内の応接室へと案内した。そこにはすでに細工物のような西洋菓子、砂糖漬け果物、水に浮かべた果物などが並べられていた。

『皆さん、お好きな飲み物を仰ってください。グリーンティーはありませんが』

 そう言って出されたのはリキュール、シャンパン、様々なワイン、紅茶、珈琲などであった。殆どの随行員は飲み慣れた緑茶に近いと思われる紅茶に手を付けたが、斉正は物珍しさから珈琲を所望した。砂糖と牛乳を入れた、苦みのある飲み物に最初は目を白黒させた斉正だったが、その味にも徐々に慣れ始める。
 そして珈琲を飲みながら斉正はファビウスと四時間にわたり学問や各専門分野について話し合った。特に蒸気機関術、阿蘭陀海軍の訓練法、砲術、造船術、軍事戦略など軍事に関連することは特に念入りに話し合う。

『ところで今現在伊王島と神ノ島に五十四門の大砲が備え付けられているのですが、守りはこれで充分でしょうか?』

 斉正の質問に、今まで穏やかな表情で語っていたファビウスが、渋い表情を初めて見せた。

『それだけでは全然足りませんよ!内港に六十ポンド砲六十四門、外港に同じものを六十門、さらにスンビン号並みの軍艦十二隻が必要です。もし今のままで充分だと想っていらっしゃるようでしたら軍事計画を一から練り直した方が良いでしょう』

「十二隻も!」

 斉正はその答えを聞いて思わず日本語で叫んでしまった。確かに多くの船が出入りする長崎であるが、そこまで多くの軍艦が必要だとは・・・・・・昨年『大船製造禁止法』が解除され、精煉方にも蒸気船製造の為模型を作らせているが、長崎だけで百五十馬力、排水量四百トン級の軍艦十二隻が必要となると、いざという時に間に合いそうもない。

(まずは一隻どうにかしないと――――――駄目で元々、一か八か聞いてみようか。)

 これから阿蘭陀に船を注文しても時間が掛るだろう。だったら既に出来上がっている軍艦を――――――スンビン号を手に入れようと斉正は考えたのである。

『ファビウス艦長、実はお願いがございます』

 斉正はファビウスに対し流暢な阿蘭陀語で語りかける。

『この船を――――――買い取らせて貰えませんでしょうか。価格は言い値で構いません』

 思わぬ斉正の提言にファビウスは勿論、斉正の側近も唖然とした。



UP DATE 2011.08.31

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長崎海軍伝習所、全く出てきませんでした(T_T)。というか、斉正のこの軍艦オトナ買いチャレンジの後に、今回も名前が出ております長崎奉行の水野さんが要望書を出すんですよね~。その後で伝習所が出てくるのですが、スンビン号もあながちこれに無関係じゃない・・・・・というかメインだったりするのです。

う~語ってしまうとネタバレになってしまうので伝習所及び軍艦購入に関してはここまでにさせて戴きますが、ちょっと調べて貰うと色々面白いネタがごろごろしております。気になる方は『観光丸』でググってみてくださいませねv(幕末に興味のある方は知っていて損はないと思います。)


そして濱ちゃんですが、佐賀ではちょっと寂しい思いをしているようです。江戸、京都、大阪の三都とその他の都市では情報や娯楽の質、量が格段に違いますし、長崎に近い佐賀であっても倹約令の流れで人情本や滑稽本なんて無さそうですし。(何となく上から下までまじめに勉強していたイメージが)
江戸に残った責姫が褒められているのを聞くにつけ、余計に江戸へのホームシックが勝っているのだと思います。しかしこれを超えていかないと成長できませんからねぇ(^^;)

次回更新は9/7、果たして斉正の軍艦オトナ買いは成功するのでしょうか(爆)。次回をお楽しみくださいませv
(伝習所はいつになったら書けるのだろう・・・・><)
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