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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

待宵花魁の恋・其の壹~天保三年九月の情話

 ←拍手お返事&買い叩いているとは思うんですけど・・・この魅力に負けました(*^_^*) →烏のまかない処~其の拾貳・ほろよい・はちみつレモン味
秋のうら寂しい夕日が見返り柳を照らす夕七つ、吉原の昼見世が終わり昼の客がひとり、またひとりと帰って行く。その流れと逆行するように、幸は人混みを掻き分け、吉原大門のすぐ右にある会所、通称『四郎兵衛番所』の中にいる中年の番頭に声を掛けていた。

「すみません。恵比寿屋の待宵花魁からの頼まれものを届けに来たんですが、女切手を頂けますか?」

 いつもの馬の尻尾のような引っ詰め髪に袴姿の若衆姿とは違い、十四歳の少女としては少々大人っぽい高島田に髪を結い上げ、刈安色のねぢ菊模様も可愛らしい袷を着た幸が愛想笑いを向けながら女切手を申し込む。
 男の出入りはともかく、吉原の大門を女性がくぐるのは少々面倒臭い手続きが必要なのだが、これは遊郭にとって『商売道具』である遊女の足抜けを防止する為にやむを得ない措置なのだ。幸がいつもと違って娘姿なのもその為で、下手に男装をして足抜けと勘違いされないようにとの予防からであった。

「お幸ちゃん、久しぶりだねぇ。また『小指』のお使いかい?それにしても待宵花魁も律儀だよなぁ。心中立ての小指なんざ安物のしんこ細工で充分だと思うけどよ。はいよ、女切手。変な野郎に絡まれないように気をつけなよ。」

 中年の番頭は幸に女切手を渡すと、幸の後ろで好色そうな目つきで幸をじろじろ見ていた勤番風の男を睨み付けた。その視線に幸もようやく気が付き苦笑いを浮かべる。

「ありがとうございます、番頭さん。たぶん夜見世が始まるちょっと前には戻ると思いますので。」

 幸はぺこり、と頭を下げると、足早に丁子屋へ向かって歩き始めた。



 昼見世が終わり、吉原の仲の町通りは独特の気怠い雰囲気に満ちあふれていた。客がいない為か、禿や新造と共に百人一首や双六に笑いながら興じる花魁達や、文使いから手紙を受け取る新造、さらには怪しげな易者を捉まえて占いをさせる花魁や新造など、若い娘達の素の姿を垣間見ることが出来るのもこの時間帯ならではだろう。そんな女達の姿を目の端で見ながら、幸は京町二丁目にある恵比寿屋に到着した。
 恵比寿屋は半籬の格ながら吉原でも五本の指に入る人気の店である。それだけに昼見世が終わったばかりであっても店先ではしたなく遊びに興じる花魁は一人もおらず、若い衆が早々に店先を掃き清めていた。その若い衆の一人に幸は声を掛ける。

「忠太郎さん、御免下さい。御職の待宵花魁からの注文の品を届けに来たのですが、花魁の身体は空いてますか?」

 もしかしたら昼夜続けての客に当たっているかも知れない。念のために幸は若い衆の忠太郎に訊ねたが、忠太郎は問題無いと笑顔を見せる。

「ああ、お幸さん。花魁なら自分の部屋に居りますよ。今年はどうもあちらこちらで飢饉があって昼夜の客が減っているんです。花魁、お幸さんが来て下さるのを楽しみにしていますから客がいない方が良いのかも知れませんが見世としてはねぇ。」

 忠太郎は苦笑いをしながら、手にしていた箒を店先に立てかける。

「それにしてもいつもこちらに来て下さってすみません。本当ならこちらから人を寄越すべきなんでしょうけど・・・・・。」

 確かに浪士とは言え、山田家は将軍家御様御用を仰せつかっている名家である。吉原の半籬如きがわざわざ『品物』を持って来させるなどとは不届き千万なのだが、幸は全く気にしていなかった。

「お気になさらないでください。こんなお使いでもなければおなごの身で吉原なんてなかなか入れませんし、花魁と逢えるのは私も楽しみにしているんです。」

 冗談とも本気ともつかない返事を忠太郎に返すと、幸は忠太郎の案内で恵比寿屋の中へ入っていった。



 見世に入るとふわり、と甘い香りが幸を包み込む。どの見世にも言えることだが見世に一歩入ればそこは別世界である。漂う芳香や上品にかき鳴らされる三味線と芸妓の艶やかな唄声、絢爛豪華な襖絵に真新しい白木の廊下、そして天女のように男達に微笑みかける花魁や侍女のように傅くうら若き新造達----------だが、さすがに昼見世と夜見世の間の時間は品のある恵比寿屋といえどほんの少しだけ緊張の糸が緩む。姿こそ襖の向こう側で見えないものの娘同士の華やかな笑い声が聞こえる中、幸は二階の一番奥にある待宵花魁の部屋に案内された。

「待宵花魁、お幸さんが来て下さりましたよ。」

 忠太郎が襖越しに中に居る待宵花魁に声を掛け、襖をそっと開く。

「お幸ちゃん、よう来なんした。どうぞ、こちらにお入りなんし。忠太郎さん、案内ありがとなんしえ。」

 重陽の節句に合わせ、華やかな菊の意匠をあしらった打掛を着た花魁が柔らかな声で幸や忠太郎にねぎらいの言葉をかけた。その美しさもさることながら、どんな下の者に対しても気遣いを忘れない、その心根が待宵花魁を人気見世の御職たらしめていた。

「では、失礼いたします。」

 待宵花魁に促され、幸は重陽の節句に合わせた調度の中待宵花魁の前に進んでゆく。幸の着ている袷にしてもそうなのだが、花魁が身につけている打掛や小袖も一年間にたった九日間だけしか身につけることができない『秋の袷』である。ある意味贅沢すぎる着物や調度の中、幸は手にしていた憲法黒の風呂敷包みを開き、中のものを取り出す。

「花魁、お待たせして申し訳ございませんでした。なかなかおなごの死罪が出ず、注文の品が手に入らなかったものですから。しかし、これならば満足していただけると思います」

 幸が恭しく風呂敷包みから取りだした物、それは塩の土台に納められた若い女の小指であった。それを手に取り、待宵花魁はほっとして表情を浮かべる。

「我が儘を言って本物の小指を、と言ったのはこちらでありんす。でも年季が明ける前に間に合って良かった・・・・・。」

 どうやら贔屓客の誰かに誠意を見せろと強要されたのかも知れない。でなければ心中立てに本物の小指を用意するなどという真似は、恵比寿屋のような格のある見世で許されるはずもない。

「どなたかに・・・・・心中立てをなさるのですか?」

 待宵花魁ほどになれば迂闊に客のことを喋るはずは無いと解っていたが、幸は思わず聞いてしまった。

「ええ。少々厄介な贔屓がどうしてもと・・・・・偽りの心中立てをする事になりぃんした。それにわきちの本物の指はとうにありんせん。」

 待宵花魁は心なしか寂しげな笑みを浮かべながら、左手を幸に見せた。そこにはあるはずの小指が無かったのである。

「もう十年も昔になりんす。恵比寿屋の前にいた見世で逢ったお人・・・・・あれがわきちにとって一生に一度の恋でありんした。あきちの小指はその人のもの・・・・・お幸ちゃん、ほんの少しの情けがありんしたら、わきちの話を聞いておくんなんし。」

 待宵花魁は遠い目をしながら、失った小指について幸に語り始めた。



 それはかれこれ十年前、角町の惣半籬・ひさご屋での事である。

「おい、空蝉!廻しでもう一人くらい大丈夫だろ?客だよ、客!」

 見世替えをする前、待宵花魁は空蝉という源氏名で客を取っていた。その見世の遣り手婆は特に強欲で有名で、空蝉が疲れ果てているにも拘わらずさらに一人、客を取らせようとしていた。

「解ったよ!ああ、うるさいねぇ。先客をちゃっちゃと済ませちまうから待たせておいておくれ。」

 空蝉は面倒臭そうに遣り手にふくれっ面を見せる。今日はこれで六人目の客である。客を多く取れば取るほど借金は減ってゆくが、体力が付いてゆかない。いくら十七歳と若い空蝉でも毎日がこれでは疲れが溜ってくる。しかし、客の前ではそれを表情には出さないところが空蝉の売れっ子たる所以であった。

「お待たせしましたぁ。やっとぬし様の所に来ることが出きんしたぁ。」

 先程から待たせてある中年の勤番侍に対しても嫌な顔をせず空蝉は抱きつく。

「おお、そうか!これからたっぷりと可愛がってやるぞ。」

 ぎらぎらと脂ぎった顔を赤らめた勤番侍は、空蝉の身体をいやらしく撫でさすりながら、すぐさま煎餅布団に空蝉を押し倒す。

(仕方ないさ。これも仕事だ・・・・・。)

 空蝉の脚の間に顔を埋め、太腿や花弁を舐め回している。下卑た勤番の、気色の悪い前戯に快感を感じることなど微塵もなく、気味の悪さに耐えながらも相手の気をさっさと遣ってしまう為に偽りの嬌声を上げ続ける。
 身請でもされない限り、これが年季明けまで続くのかと思うと気が滅入ってくるが、仕方がない----------勤番侍を冷ややかな目で見下しながら、空蝉はその源氏名の如く抜け殻と化した身体を欲望に満ちた男の前に投げ出していた。



 空蝉が新しい客の許に顔を出したのは夜もだいぶ更けた頃、大門が閉まる直前の夜四つ直前の頃であった。その客は窓辺に座りながら煙管を吸っていたが、行灯の光でもかなり若い男だという事が解る。十七歳の空蝉と二、三歳しか違わないかも知れないし、しかもこの様な店に来る客とは思えないほど身なりが美しい。しかし遊び人の大店の息子とは何かが違う。少々得体の知れない客に興味を惹かれながら空蝉は男の近くにやってきた。

「済みません、お待たせしましたぁ!」

 さすがに疲れが滲んでいる声であったが、できる限り元気を装い空蝉は客のすぐ傍に座りこんだ。
 大見世や中見世の上級遊女ならともかく、空蝉のような小見世の遊女は初回であっても枕を共にする。いくら相手が若くていい男であっても疲れ果てている空蝉にとっては手っ取り早く事を済ませてしまいたい客の一人である。手っ取り早く目の前にいる客の用も済ませ、早く眠りについてしまおうと空蝉はしなを作りながら寄りかかった。しかし若い男は空蝉の顔をじっと見ながら苦笑する。

「おいおい、化粧でも隠し切れねぇくまなんか作っている妓を江戸っ子が抱けるかよ。今日はこのまま寝ちまえ。もし問題があるなら俺から遣り手に謝っておいてやるからさ。」

 そう言いながら男は空蝉を背中から抱き寄せ、大きな掌で瞼を塞いだ。

「ま、待っておくれよ。そんなのこんな見世じゃ当たり前だよ!余計な情けなんかかけないでおくれよ!」

 空蝉は慌てて男の手を振りほどこうとするが、男の力は思ったよりも強い。秋のひんやりする夜気に背中に感じる男の温もりが、空蝉の心まで温めていくようである。

「もしかして・・・・・この後にあんたの情人でも待っているのか?」

 低く、耳許で囁かれる声に空蝉は首を横に振った。背後から抱きしめて、優しい言葉を囁いてくれるその仕草に、もしこの男が自分の情人だったら、と一瞬思ってしまった空蝉だったが、その思いをすぐにかき消す。こんな事で心を動かされていたら遊女などやっていられない。しかし、男の優しさはこれだけではなかった。

「だったら朝までここで寝ちまえよ。それとも腹が減って眠れねぇとか。」

「そんな事・・・・・!」

 その瞬間、空蝉の腹の虫が鳴ったのだ。空蝉は恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯いてしまうが、男は思わず空蝉の瞼から手を離し吹き出してしまった。

「どうやら腹の虫の方が正直みてぇだな。この時間じゃ蕎麦か饂飩しかねぇだろうけど若い衆に頼んでみるか。俺も腹が減ってきたし。」

 空蝉への気遣いなのか、そう言って男は行灯の油を入れに来た若い衆に声を掛け、すぐに用意できるものを頼んだ。

「そうだ、ついでに朝飯も頼まれてくれ。どうせこの時間じゃ大門は閉まっちまっているんだろ?」

「へぇ、そうでげすね・・・・・承知しやした。朝食もご用意させて戴きやす。」

 夜食の追加に朝飯もとなれば嫌な顔はしない、若い衆は喜び勇んで夜食を買いに行った。



 さすがに五人もの廻しをして疲れていたのだろう。若い衆が運んできたかけ蕎麦を食べた直後、空蝉は瞬く間に煎餅布団で眠りに就いてしまった。そのあどけない寝顔の頬を指先で撫でながら、若い男は苦笑しながら呟いた。

「振られる算段で売れっ子を頼んだのに・・・・・まぁ、これだけぐっすり眠っていてくれれば問題無いか。」

 男が頬を撫でても空蝉は起きる素振りさえ見せない。それを確認すると男は再び窓辺に向かい、そこから見える風景----------表見世の二階奥の座敷で、どんちゃん騒ぎをしている集団をじっと観察する。

「今度こそ火付け盗賊改に先を越されねぇようにしねぇと、隠密廻り同心の沽券に拘るからな。」

 空蝉に対して見せた優しい視線とは明らかに違う、厳しい視線で男はじっと見つめていた。



 明け六つの鐘が鳴り、その音で空蝉は目覚めた。いつもの小汚い部屋にいつもの煎餅布団だが、ただ一つだけいつもと違う光景が空蝉の目の前に広がっていた。

「よぉ、お目覚めかい?もう少し寝ていても大丈夫だぜ。」

 日の出前の、薄ぼんやりとした外の光を背に、昨日の男が笑いかける。あの仄かな幸せな時間は夢ではなかったのだ。空蝉は慌てて布団から飛び出す。

「ほんに・・・・・申し訳ございません!」

 遊女としての仕事を何一つせず、蕎麦を喰らって寝入ってしまったのだ。あまりの体たらくに空蝉は額を畳に擦りつける。

「おいおい、吉原の女郎が男の一人や二人振ったところでどうって事はないじゃないか。気にすることはないさ。」

 男は空蝉の肩に手を掛け顔を上げるように促すが、空蝉は頭を下げたまま言い放った。

「それはあきちの矜持が許しません!どんな事があっても絶対に客は振りぃせん----------それがここに売られてきた時に決めた覚悟です!苦界に売られてもあきちは武士の娘でありんす!」

 こうと決めたら絶対に己の意見を曲げない----------それが空蝉であった。

「おまえさん・・・・・意外と強情だな。」

 空蝉の思わぬ強情さに男は苦笑いを浮かべていたが、不意に真顔になる。

「だったら今度の十五夜は空いているかい?その日ならこっちに来ることが出来るけどよ。」

 十五夜----------それは吉原の紋日のひとつであり、必ず客を取らなくてはいけない日である。しかもその日は普段の二倍の売値になるし、九月の十三夜と対になる、吉原最大の稼ぎ時なのだ。大抵の男は余計な金を払うのを嫌い、十五夜に来ることを敬遠するのに目の前の男はあえて十五夜に来ると言うではないか。空蝉は思わず顔を上げ、男の顔をまじまじと見つめてしまった。



UP DATE 2011.09.05


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紅柊シリーズもようやく三話目、『待宵花魁の恋』に突入しましたvこの話はこの後、R-18描写が入りますが、その時は性描写がある話にのみ『大人向け』表記をさせて戴きますね。

今回、幸は珍しく女の子らしい格好をしております。これは本文にも書いてあるように『足抜け』と勘違いされないようにとの予防の為です。そして女の子が出歩くにはちょっと遅めの夕七つ(午後4時くらい)に幸が吉原にやってきたのは、花魁の休み時間であることとは別に、千住あたりで『お仕事』をしているであろう山田浅右衛門一門の連中と合流する為です。この話も多分最終話の3話目でちらっ、と扱えると良いのですが・・・・利喜多の元服祝いは吉原だと思いますし(爆)。
それはさておき、待宵こと空蝉の相手は一体何者なのか・・・次回はそこいら辺と十五夜の情事を中心に書きたいと思います。(来週はさすがにR-18に突入できるかな?)
ちなみに更新予定日は9/12ですv
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