「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の参・灌仏会(土方歳三&琴)

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とうきたり、お釈迦様、お釈迦様――――――

 灌仏会にかこつけた銭乞いの声が遠くから聞こえてくる。四月八日の灌仏会はどこの寺も賑わいを見せるが、ここ市ヶ谷経王寺も例外ではなく、小さな花御堂に子供達が群がり堂内のお釈迦様に甘茶を注いでいた。

(今年はここで卯の花とぺんぺん草を買っていこうかしら)

 琴は寺の境内に出ている小店をのぞき込みながら思案する。ぺんぺん草は虫除けの呪いであり、持ち帰って糸で行灯の中に吊しておくものである。また、卯の花は節分の時に挿しておいた鰯と柊の代わりに家の門口や出入り口に挿すものであり、『お釈迦様の花』として称えられていたのだ。
 待ち人もなかなか来る様子もないし、どちらにしろ卯の花もぺんぺん草も必要なものでもある。琴は懐から財布を取り出し、かわいらしくまとめられた卯の花とぺんぺん草の両方を買った。そして店の者から卯の花を渡されたその時、誰かが琴の肩に手を置いたのである。

「お琴、待たせたな」

 その声に琴は振り返りもせず柔らかな声で返事をする。

「歳さんが私を待たせるのはいつもの事じゃない。その癖、いつも律儀に謝るんだから」

 琴の肩に手を置いたのは許嫁の土方歳三であった。



 十年前に琴の親が営んでいる三味線屋に長兄の三味線の糸を歳三が買いに来たのが二人の出会いであった。互いに心惹かれ、あともう少しで結婚という段になって壬生浪士組としての上洛が決まったのである。

「俺は武士になって名を上げたい」

 琴とその両親の前で歳三ははっきりと告げた。

「だから今ここで、このまま所帯を持つ訳にはいかねぇんだ。もう少しだけ・・・・・・俺を自由にしておいて欲しい」

 名を上げたら絶対におまえを嫁にするからと言い残し、歳三は鉄砲玉の如く江戸を飛び出し京都へ行ってしまった。そして暫くすると歳三や道場仲間の近藤の活躍が江戸にも噂話として届くようになる。それと同じくして京都での女性との浮き名も――――――。
 歳三に至っては冗談で恋文の束を江戸に送りつけるという事までやらかした。琴の両親はその事に眉をしかめたが、『歳さんの妓遊びは昔からだし、本気だったら手許に手紙を置いておくでしょう』と琴は両親を宥めたほどである。
 しかし、歳三の京都での生活の充実ぶりを聞けば聞くほど、琴は歳三が自分から離れて行ってしまうような寂しさを感じずにはいられなかった。



 きっちりと隙のない髷を結い、仙台平の袴をはきこなしたその姿は琴の知っている歳三では無かった。まだ浪士の身であるが、歳三はすっかり『武士・土方歳三』になってしまったのだ。

「入隊試験に思ったより手間取っちまって」

 琴の胸の内を知ってか知らずか、歳三はやたら機嫌良く話し出す。

「すっかり武士らしくなってしまったんですね」

 寂しげに答える琴の声音にようやく歳三は気が付いた。

「な、何言ってやがる!俺はちっとも・・・・・・」

「変わりましたよ」

 きっぱりと琴は言うと、くるりと踵をかえした。

「歳さん・・・・・・お願いがあるの」

 琴は空を見上げる。その声はからりと晴れ渡った空とは逆に湿っているのが歳三にもはっきりと聞き取れた。

「私と・・・・・・別れてください」



 しばしの沈黙が二人の間に流れる。

「な、何馬鹿を言いやがる!」

 まさか別れを切り出されるとは思っていなかっただけに、歳三は焦る。しかし、琴の決意は簡単には揺らぎそうもないのも明らかだった。

「馬鹿じゃありませんよ。だって歳さんが武士になったら・・・・・・私は歳さんの一番になれないもの」

 くるりと琴は振り向いた。

「歳さんがどんな妓と寝ても、どんな人と浮き名を流しても、私を一番に考えていてくれているのが判ったから待っている事もできた。だけど・・・・・・歳さんが武士になったら町人の私は御新造さんになれないもの」

 にっこり笑ったその目には涙が浮かんでいる。

「だったらどこかの武家に養女に入りゃいいだけの事だろうが!」

 無駄だと思いながらも歳三はしぶとく食らいつく。だが、琴はただ横に頭を振るだけであった。

「・・・・・・歳さんが武士に誇りを持っているように、私は三味線屋の跡取り娘、って事に誇りを持っているの」

 つつっ、と頬に涙が零れる。その涙に歳三は言葉を失った。

「私じゃ歳さんの夢について行く事ができないから・・・・・・邪魔にしかならないから・・・・・・だから、別れて」

 それは琴なりに一生懸命考えた挙句出した答えなのだろう。日々伝え聞く新選組の活躍に嬉しさを感じながらも、歳三を遠くに感じずにはいられなかった。そして年々歳を取ってゆく親を見るに付け家業の事も考えなくてはならない現実を突きつけられたのだ。



 互いのために別れて欲しい――――――何も歳三にねだった事のない琴の、最初で最後の『我儘』であった。




「・・・・・・判った。明日その旨を正式に申し込みに行く」

 愛しい女子の願いに抗う事もできず、重い声で歳三は呟いた。

「・・・・・・遊びすぎの焼きが回ったな。チクショウ!」

 落ち込む自分を奮い立たせるようにわざと明るい声を出し、大きくのびをする。

「こんな事になるんだったら一度くらいおめぇを抱いておくんだったぜ。俺にしちゃ珍しく祝言まで我慢しようなんてガキみてぇな真似をして結局一番のご馳走を逃すたぁな」

「やめてよ、歳さん。そんな悪い冗談」

 琴は頬を桜色に染める。

「冗談なんかじゃねぇ。俺は・・・・・・名をあげてからおめぇを嫁にするつもりだったんだぜ。だからこそ指一本触れずに我慢してたっていうのによぉ」

 歳三は琴の近くに寄り頬に触れた。

「・・・・・・でなけりゃ許嫁になんかにしておめぇを待たせたりなんかしなかったよ。とっとと・・・・・・てめぇのもんにしておくんだった」

 不如帰の声がどこからか聞こえてくる。緑陰の中、二つの影が一つに重なり、いつまでも離れる事は無かった。



UP DATE 2009.4.1


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《風光る》の二次創作サイトを閉めて初っぱなの作品がこれって(爆)。1週間ほど早かったんですけど季節先取りで《灌仏会》を取り上げてみました。
ちなみに舞台にさせて戴いた経王寺は試衛館の目と鼻の先にあるお寺さんで《山の手七福神》の大黒様を奉っていらっしゃいます。

《風》の歳はお琴さんを振った事になっていますが私のオリジナルでは逆にお琴さんから振った事にさせて貰いました。これは二次との区別化という事もあるんですけどそれ以上にエピソードを読めば読むほど歳の未練がましさが(-_-;)
そもそも別れるつもりなら浪士組に参加する時点で断るのが礼儀だろう(未練がましくキープするなよ、女に不自由しないくせに)
婚約破棄したのに慶應3年の東下の際またお琴さんに会ったって話もあるし(別れたんだろうが、ええ?)
という訳で今まで突っ込みを入れたかったけど入れられなかった『実は未練がましい男・土方歳三』を書かせて戴きました。イメージを壊された方、本当に申し訳ございません(>_<)

次回のCPは桂小五郎&幾松さんを予定しておりますv
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