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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

紅葉山掃除之者・其の壹~天保三年十月の密談

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江戸城に於いて玄猪の祝が行われると季節は一気に冬となる。木枯らしこそまだ吹かないが空気はめっきり冷たくなり、綿入れも肌に馴染んでくる頃でもある。
 そんな冬のある日、八丁目にある山田家の別宅から、熨斗目麻裃を身につけた山田浅右衛門吉昌が江戸城へ出仕しようとしていた。その背後には妻である香江が控えている。
 少々複雑な事情により吉昌夫婦は別宅に、そして本来の『跡取り娘』である幸は平河町二丁目の本宅で使用人達と共に暮らしていた。さらに幸にとっては義姉に当たる吉昌夫婦の実の娘がいるのだが、今彼女は奥仕えをしているのでこの家にはいない。

「では、行ってくる。それと・・・・。」

 吉昌は周囲を気にしながら低い声で香江に語りかける。その声は香江にしか聞こえないほど小さなものであった。

「・・・・・今日は紅葉山だ。またねちねちと引き留められると思うから、夕餉はいらぬ。」

 浮かぬ顔の吉昌に対し香江は少し困ったように眉を寄せ、吉昌の手をそっと握る。寒さの所為かひんやりと冷たい香江の手であったが、吉昌を気遣ってくれる古女房ならではの穏やかな優しさに、吉昌の気持ちはほんの少しだけ楽になった。

「・・・・・行ってらっしゃいませ、旦那様。お気を付けて。」

 たとえ心配事があってもそれを表に出さず、いつもと同じように吉昌を送り出してくれる香江の優しさに促され、吉昌は別宅を後にした。



 浪士ながら将軍家御様御用を任じられている山田浅右衛門は月に三日、焼火之間詰の腰物方役所への出仕を義務づけられている。そもそも山田浅右衛門が任されている『御様御用』は腰物奉行支配下のれっきとした幕府の役目なのだ。
 だが、『死穢を扱う者が幕臣であることは何かと問題』とか『腕がある人物を養子にして技術水準を維持しなければならない』など、幾つかの理由により山田浅右衛門は浪士の立場で徳川家、そして江戸幕府へ仕えて今現在に至っている。

「失礼いたします。山田浅右衛門、只今参上いたしました。」

 将軍家御様御用を任されているとはいえ、身分的には浪士である。すでに焼火之間に詰めている腰物奉行及び腰物方、そして腰物方同心達に失礼があってはならないと丁重な挨拶と共に吉昌は頭を下げて入った。しかしそんな吉昌に対し、部屋の隅からあからさまに吉昌を中傷する言葉が聞こえよがしに投げつけられる。

「ふん、死穢にまみれた浪人風情が、恥ずかしげもなく神聖な御城に入りおって。」

「おお、穢らわしい!そもそも試し斬り役など小伝馬町で事が済むではないか。それなのにのこのこと・・・・・。」

 それは腰物方の西山織部と杉嶋桃三郎の二人であった。他、三人ほどが吉昌の方を見て下卑た嗤いを浮かべている。毎度毎度飽きもせず吉昌が出仕するなり嫌がらせをする西山らに腹立たしさを覚えつつも、殿中で問題を起こしてはならないと吉昌はぐっと堪え忍ぶ。そんな吉昌に対しさらに西山らが攻撃を仕掛けようとしたその時である。

「こら!西山、杉嶋、私語を慎まぬか!そちらが担当しておる仕事はまだ終わってはおらぬぞ!いい加減にせぬか!」

 腰物奉行の雷が西山と杉嶋の二人に落ちたのだ。その怒声に二人は首を竦め、慌てて与えられていた仕事に取りかかる。

「まったく、ろくに仕事もせずに口ばかり達者で・・・・・山田、気にする事はない。そちがおらねば将軍家はもとよりその他大名や旗本の試し斬りが出来なくなるのだから、己の仕事に誇りを持て。」

 先程の怒声とは打って変わり、穏やかな声で腰物奉行は吉昌を労った。否、むしろろくに仕事をしない癖に己より弱い立場の者を捕まえてはいじめの対象にする西山や杉嶋らに立腹しているのだろう。その気遣いに吉昌は心の底から感謝する。

「お気遣いかたじけのうございます。」

 吉昌は腰物奉行に対して穏やかに笑った。将軍家御様御用の誇りと、死体を切り刻む穢れを同時に背負った『山田浅右衛門』の銘はそれだけで忌み嫌われ妬まれる事も多い。その銘を得た瞬間、羨望と嫉妬、そして嫌悪の感情に晒されるのは致し方がないのだ。辛くないと言えば嘘になるが、それが将軍家御様御用の重みであり、名誉でもある。
 そして実はもう一つ、吉昌にはこの宿命に耐えなければならない重要な理由があるのだ。そのもう一つの理由こそ、吉昌が山田浅右衛門を継ぐことになった原因でもあるし、ある意味山田浅右衛門の銘より遙かに重たいものであった。



 焼火之間での仕事が終わり、吉昌はその足で紅葉山にある紅葉山文庫へと向かった。
 江戸城内にある紅葉山には徳川家康の廟所・東照宮を始め、歴代将軍の廟所、将軍家の書物庫である御文庫、紅葉山御社参などの重要行事に備えて音楽を掌る楽所などが設置されている。
 また、それら紅葉山の施設の警備・防災の為に紅葉山火之番、霊廟の管理を行う紅葉山坊主、楽所の管理と演奏を行う紅葉山楽人、東照宮や各将軍の霊廟を掃除する七十名もの紅葉山掃除之者が置かれていた。
 この紅葉山掃除之者は単なる掃除夫ではない。いわゆるお庭番として諜報の役割を担っているのである。ただ、本丸や西の丸など政治的な諜報活動をするお庭番と違い、将軍家の私的な部分においての諜報をもっぱらの仕事としている為、諜報の仕事はそれほど多くはない。
 実は吉昌は役所の届け出こそ三輪源八の子として山田家に養子に入ったことになっているが、彼の実父は紅葉山掃除之者・遠藤次郎兵衛というれっきとした幕臣なのである。その息子である吉昌も諜報の役目を担う為に山田浅右衛門になったと言っても良いだろう。
 そして今日紅葉山にやってきたのは、吉昌が十年以上関わっている事件の中間報告のためであった。



 紅葉山に入った吉昌は御文庫の庭先に回った。すでに老中の水野忠成が『調べ物』と称して先に御文庫に入っているはずだ。
 他の懸案は殆ど若い大久保に押しつけ、自らは将軍の子女の養子先、嫁ぎ先探しに奔走している水野だが、吉昌が調査している『事件』は事が大きすぎるだけになかなか引き継ぎが出来ずにいた。

(気が重い・・・・。)

 毎月のことであるが、今月もまた調査の進展がなかった。すでに事件が起こってから十年以上も経過しているのに、しかも犯人はすでに解っているのにその足取りさえ掴めない。この辛さに比べれば西山や杉嶋の嫌みなど可愛いものである。
 また水野の癇性な叱責を受けなければならないのか・・・重い足取りで庭先に出向いたその時である。そこにいる筈の人物はそこにはおらず、意外な人物が庭に面した座敷で茶を飲んでいたのだ。その顔を見て吉昌の足が思わず止まる。

「加賀守様・・・・・!何故、この場に・・・・・。」

 そこにいたのは水野ではなく、加賀守こともう一人の老中・大久保忠真であった。

「出羽守ではなくで驚いたか、山田。」

 秋の日差しのような穏やかな笑みを浮かべる大久保に対し、吉昌は口をあんぐりと開ける事しかできない。

「出羽守はこの前の玄猪の祝の無理がたたって出仕しておらぬ。それにあのお方も年齢が年齢だしな。なので、出羽守が最後の最後まで手放さなかったこの仕事も私が引き継ぐ事になった。」

「そう・・・・なのですか。」

 自分の思い通りにならないとすぐ癇癪を起こす水野に比べ、大久保は冷静沈着で分別がある。だが、仕事に対しては間違いなく水野より厳しいだろう。一瞬ほっとしたのもつかの間、吉昌は改めて気を引き締める。

「ところで山田。お前が担っている件について噂には聞いているが、詳細はよく知らぬ。済まぬがこちらに上がって詳細を説明をしてくれないか。」

 大久保は手招きをして吉昌を呼びつけるが、吉昌はどうしたものかと躊躇する。

「しかし・・・・・私のような身分の者のが・・・・・。」

 相手は大大名さえ呼び捨てにする老中であり、吉昌は幕府から禄さえ貰っていない軽輩だ。庭先ならいざ知らず、同じ座敷に上がることなど許されるものではない。だが、どうやら大久保は腰を据えて吉昌から事情を聞き出したいらしく、しつこく吉昌に座敷に上がれと命じる。

「構わぬ。でなければ一刻、二刻吹きざらしの寒い庭でそれがしの質問攻めに遭うことになるぞ。」

 冗談とも本気ともつかない脅しで大久保は吉昌を促す。それでも吉昌は躊躇したが、老中の命令である。申し訳なさそうに座敷へと上がった。そして吉昌が大久保の前に鎮座するなり、大久保は口を開く。

「単刀直入に尋ねるが、そなたの前に五代目の養子になっていた山田源六義貞とかいう者・・・・・そやつが山田家秘伝の丸薬、『天寿慶心丸』に毒を仕込み、上様の暗殺を企てようとしていたというのは真実なのか?」

 大久保の言葉に、吉昌は表情を強張らせた。



 初冬の空気は確かに寒いが、それ以上に冷たい沈黙が二人の間に流れてゆく。そして、その沈黙を打ち破ったのは吉昌の方であった。

「・・・・・はい、その通りでございます。源六は元々医者の息子だっただけに薬種の知識は豊富でした。それ故に山田家が製造する丸薬の最高級品・天寿慶心丸の改良も進みましたが、まさかあんな恐ろしいことをするとは・・・・・。」

 大久保に話しながら当時のことを思い出したのか、吉昌の顔は徐々に青ざめてゆく。その表情の変わり方を見つめながら、大久保はさらに鋭く吉昌を問い質す。

「それがしは出羽守からその男が上様を暗殺しようとしたという事実しか聞いておらぬ。だが・・・・・お前のその表情、さらに何かありそうだな。」

 大久保は脅しを含んだ声で静かに恫喝しながら、吉昌の顔をじっと覗き込んだ。その視線に怖じ気づいたのか、吉昌の額には嫌な脂汗が浮かび始める。そして大久保はさらに吉昌を追い詰める事実を突きつけた。

「源六とかいうものが養子に入る前に山田家に養子が入った源五郎という若者も二十四歳の若さで不審な死を遂げているそうだな?それとその妻であった先代の娘も源六との再婚後、ほどなくして死んでいるというではないか。どちらも『病死』との届けはしておるが・・・・・違うのだろう、山田?」

 どこでその様なことを調べたのであろうか・・・・・否、水野からこの事件を引き継ぐに当たって、大久保は調べられることは洗いざらい全て調べているに違いない。吉昌に事件の詳細を聞きたいなどと言いながら大久保は全てを知っているのだろう----------次々に展開される理論的な鋭い指摘に吉昌は黙りこくる事しか出来なかった。
 これだったら癇癪のままに怒鳴り散らす水野の方がまだましである。今すぐ逃げ出したい衝動に駆られながら膝の上に置いた拳を強く握りしめ、吉昌は大久保の言葉に耐え続けた。

「山田浅右衛門吉昌!洗いざらい全て語って貰おうか・・・・・天寿慶心丸に毒を仕込んだ事から山田家の中で起こった事件も全て!でなければこの場で腹を斬れ!」

 普段の大久保からは想像も出来ない恫喝に吉昌は平伏し、がたがたと震えることしかできない。腹を斬ることは簡単だ。否、むしろ腹を斬ってこの場から逃れたいという気持ちさえ吉昌の中には芽生えている。しかし、大久保はそれを許さないだろう。結局全てを洗いざらい話さなくてはこの紅葉山から----------真っ赤に染まった死者の御霊屋から逃げ出すことはできないのである。吉昌は覚悟を決め、ゆっくりと上体を起こす。

「・・・・・承知いたしました。ですが、これは内密にお願い致します。」

 ざわざわと、紅葉の葉がすれの音だけが辺りに響く中、吉昌は重い口を開き始める。

「あれは戊寅の年、二十二歳の若き源五郎が五代目に認められた日から始まった不幸でした。今日のように晴れ渡った初冬のある日、五代目が我ら門弟を集め、源五郎と真由殿の婚姻を認めた事から・・・・・山田家の運命や、あの男の人生は狂いだしたのかも知れません。」

 そう前置きして吉昌は十年以上も前に始まった事件のあらましを大久保に語り始めた。



UP DATE 2011.10.03


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何かすみません、今回の話、初っぱなはハゲいじめ一色になってしまいました・・・・・(^^;)

先週の拍手文を挟んでの連載再開となりました紅柊『紅葉山掃除之者』です。何と髪も影も薄い吉昌の正体(っつうか裏の顔・笑)は幕府のお庭番だったんですね~。どうりで影が薄いはずです。
紅葉山掃除之者=お庭番の設定は勿論フィクションですが、山田家に養子に入った中で唯一幕臣の家から養子に入った人が吉昌なんです(この部分は史実です)。さらに本文でも書きましたが源五郎という若者(幸の本当の父親に当たります)が二十四歳で死に、その後に養子に入った源六が理由不明のまま離縁されている(しかも養子として不備はなかったらしい・・・・)と吉昌が養子に入る前、何かと不思議な動きがあるのもまた事実です。

以上のことから今回の話が出来上がりまして・・・・・お気楽に読むには少々設定が複雑かも知れませんが、要は『将軍を暗殺しようとしたバカ野郎を吉昌が追っかけている』という話ですので、さくっ、と読み飛ばしてやってくださいませv
(本当に要約すると一行で終わってしまふ・・・・・。)

次回は時代を遡り源五郎と真由(幸の両親)の結婚生活&それを妬む源六の話が中心となりますv
(多少色っぽいシーンも入れたいんですが・・・・でないとバイオレンス&オッサンいじめの話になりかねない・爆)
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