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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第二十一話 切磋琢磨・其の参

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 佐賀に島義勇の報告書第一陣が届くおよそ一ヶ月前、ようやく島は函館港に降り立っていた。雪の為に仙台で足止めを喰らい、三月になってようやく渡航することができたのである。
雪こそ無かったものの、真冬のように冷たく感じる風を頬に感じながら、島は足の裏に蝦夷の大地を感じていた。

「函館の街って思ったより賑やかですね」

 港に降り立ち、大きく蝦夷地の空気を吸い込む島に対して、旅路を共にしてきた犬塚与七郎が少しがっかりしたような口調で島に話しかけた。

「もっとこう・・・・・・あらかじめ読ませて戴いた諸々の報告書や紀行文のように、原生林が広がっていてアイヌ達も大勢行き交っているのかと期待していたんですけど。下手な港よりよっぽど開けているじゃないですか」

 確かに荷物運びの労働者としてアイヌ達は行き交っていたが、和人達とほぼ半数か、それよりも少ない位だ。やはり各国と共に結ばれた和親条約の影響だろうか、むしろ今まで通ってきた東北の港町の方が鄙びた感じを受ける。こちらに来る際に聞いた話であるが、既に遊郭まで出来ているらしい。まだまだ発展途上の感は否めないが、近い将来長崎にも負けず劣らずの港になるだろう。

「函館の現状も函館奉行の堀様に伺わなくてはな。それと我が殿から各藩の藩士達からも話を聞くように指示を受けている。とにもかくにもやる事は多いから覚悟しておけよ、犬塚」

 これまで松前藩が実質管理していた函館だが、日米和親条約を受けて幕府が函館奉行所を設置したのを機に佐賀だけでなく仙台藩や土佐藩も蝦夷地調査の為藩士を送り込んでいた。
 これは蝦夷に眠っている未開発の資源を開拓し、蝦夷地に利権をいち早く得ることによって苦しい藩の財政を立て直そうという魂胆からであろう。その中で佐賀、仙台、土佐は幕府からの信用があったのか、藩士を送り込み後に函館奉行と共に蝦夷地調査の一向に同行することを許されている。

「じゃあ、そろそろ函館奉行所にいこう。旅支度のままで失礼に当たるかも知れないが、どこに湯屋があるのかも解らぬのでは仕方がない」

 挨拶というより、むしろ函館の街案内を函館奉行所にして貰おうと企んだ島は犬塚を促し、函館奉行所へ足を向けた。



 函館に到着した島達は、事あるごとに藩に対して報告書や私的な手紙を佐賀に送り続けた。そして島達が函館に到着して最初の手紙が佐賀に届いた半月後、とうとう待ちに待っていた手紙が届いたのである。

「団にょん、もとい島からようやく蝦夷探索が始まったとの知らせがきました!」

 団にょんとは島の幼名・団右衛門からきたあだ名である。興奮のあまり弘道館の中や内輪で使うあだ名を思わず口にしてしまい、井内は慌てて訂正した。

「ははは、気にすることはない。確か島とは親交があったな、井内は。そういえば個人的に島から何か報告はあったのか?」

 斉正は顔を真っ赤にしながら島の書状を差し出す井内に尋ねる。

「ええ、あちらは寒くてしょうがないと。明け方には吐く息は勿論、鼻毛まで凍りつくとぼやいておりました。そして伝習所の事が気になるようです」

 井内の言葉に斉正は勿論、傍にいた松根や中村、そして茂真も大きく頷く。

「確かにこちらに残っていたら、あやつも間違いなく伝習所に学んでいただろうからな。だが、それだけに伝習所詰めになった奴等に負けまいと、蝦夷探索に於いて良い情報を得てくれるに違いない」

 その言葉はあくまでも茂真の願望であったが、この言葉以上の働きを島はする事になった。



 函館奉行・堀利熙を中心とする計三十一名の調査団が結成され、蝦夷・樺太などの北方調査が行われたのは安政四年初夏の事である。勿論この中に島達も入っていたが、その他に仙台藩の玉虫左太夫も含まれていた。二人はこの調査報告を『入北記』に記載しているが、その視点は微妙に異なっていた。

 例えば島は安政四年八月二十四日の報告として以下のように『入北記』に記載している。
(以下差別的用語が使用されているが、そのまま記載)

『廿四日 クスリ川船渡し大河常水有り、三里程海辺ノ広野を歩し、それより小粒山海に沿ひし麓をすくまた二里有餘にしてシヨロロ(シヤリ江越ス新道有り行程四十里卜云)、大河有りて土人小家多し、これより土人小家たへす、二里程海辺を歩しシラヌカ、此に石炭山海岸にあるを堀り方に成り候、土人事になれす大にこわかる由なり、羆多き場所に而当春の子を土人一軒に三頭或ハ二頭をも捕へかいし家多し、それより四里八丁歩し、シヤリヘツの番家に宿す、大河都而五ケ所舟渡し、其外は洪水計の時潰し候所卜みゆる川三四ケ所有り、路傍の山、種々の雑木(良材なり)長す、昆布も有り』

 海辺より三里くらいは土地もよく広野・平原のようになっているだとか、白糠の石炭山ではアイヌを働かせているが、慣れない坑道作業を大変恐ろしがっているだとか、己の感じた感想をそのまま記載している。
 どうも広く人の目に晒されることをあまり考えていなかったのか、後述する玉虫の記録と比べると、地方支配のあり方への関心があったようだ。
 これらの記載の他、勤務している役人の役職一覧を載せたり、馬や鮭、羆など蝦夷ならではの特産品や自然資源の記述も多い。

 一方仙台藩・伊達慶邦の命を受けていた玉虫左太夫『入北記』はアイヌの人口や交易条件の調査に力を注いでいた。
 アイヌの給料、本州商品の売値、産物の買値、出産物の品名と量を数字でおさえているのはこのためであろう。また和人によるアイヌ支配にも注意し、地方支配の役職・人名を事細かに調べあげている。その他釧路に泊まった八月二十三日を『江戸十月頃の時候』と感じ、稲作には向かないが畑作は可能であると報告したり、漁業資源ではサケとコンブがあり、『この辺にての上場所』とみたりしている。

 これらの報告は明治時代になり蝦夷地開拓に大いに役立つことになるのだが、この時の彼らはそれどころではない。全てに於いて珍しい風景、珍しい事物に夢中になりただひたすら調査に没頭したのだった。



 島の報告は次々と佐賀にもたらされた。そんな中の一部で特に問題無いもの、見た目が美しいものを斉正は濱に見せるようになっていた。

「わぁ、きれい。蝦夷にはこの様なきれいなお花が沢山咲いているのですか?」

 書状に添えられた押し花に濱は驚嘆の声を上げる。その笑顔を見つめながら斉正はくすぐったいような、穏やかな気持ちになっていた。

 参勤を免除されている為か、ここ最近毎年のように側室達が子供を成している。残念ながら死産の子供もいたが、世嗣で二番目の子供である淳一郎、そして五番目の宏子と七番目の欽八郎はすくすくと育っていた。
 建前上は『全ての側室達に子供を成した』事になっているが、実際濱には子供どころか一度も抱いてさえいないだけに斉正にも後ろ暗さがあるのだろう。まるで実の娘に対するように蘭学の勉強を見てやったり島からもたらされた珍しい花々の押し花や絵を見せたりしている。

「こちらも綺麗・・・・・・江戸や佐賀には咲いていないお花ですね」

 やはり濱はおなごである。頑張って蘭学を学んだり、斉正にあわせて船の事を知ろうと頑張っているが、やはり美しく、珍しい花の方が好みなのだろう。島が作ったと思われる、あまり上手ではない押し花や、蝦夷の風景を描いた絵を見ながら目を輝かせている。そしてその嬉しげな姿が、斉正にとってここ最近眩しく感じるようになっていた事に、濱自身はまだ気付いていなかった。



 色々な知識を吸収し、斉正の気持ちに添えるようになろうと努力する濱がますます輝きを増してきたのと反比例するように、斉正は夜になるとそそくさと他の側室達の許へ通うようになっていた。この日も島からの手紙を見終わると、恨めしげな濱の視線を振り切るように、三の丸にいる側室の松村氏の許を訪れる。

「遅くなって済まぬ。ところで、宏子はもう寝てしまったのか?」

 できるだけ物音を立てぬように気をつけながら斉正は松村氏に尋ねた。

「ええ、今まで頑張って殿を待っていたのですが」

 小声で返事をしながら、松村氏は宏子が眠っている隣の部屋の襖を僅かばかり開ける。そこには乳母に見守られ、すやすやと眠っている幼い娘の寝顔があった。

「それよりも・・・・・・宜しいのですか?私の許などに通われて」

「どういう意味だ?」

 松村氏の言っていることの意味が理解できず、斉正は怪訝そうな表情を浮かべる。

「おなごの勘ですが・・・・・・殿にはどなたか、心に留められているお方がいらっしゃるようにお見受け致します。そのお方の許に通われなくても宜しいのでしょうか」

 決して焼き餅を焼いている訳ではなさそうだ――――――松村氏の声音や心の底から心配している表情から、斉正は確信する。だが、側室でありながら他の女の許へ通えと言うことはどういう事だろうか。松村氏の思惑が読み取れず、斉正は探るように松村氏の顔を覗き込んだ。

「面白い奴だ。普通、おなごというものは男が他の女の許に通うのを嫌がるものではないのか?」

 疑うような斉正の視線に艶然と微笑みながら、松村氏は口を開く。

「それは権力争いに明け暮れている奥向きや、下々の相愛の夫婦であればそうでしょう。こちらの奥向きに於いて、殿はその側室も同じように扱って下さいますので、その必要はございませぬ」

 ある意味夜伽は務めと割り切っているのだろう。その方が斉正としても気楽であるが、なおさら松村氏の思惑が理解できない。

「お前の言い方では、大名の夫婦の間には情愛は無いみたいではないか」

「さあ、どうでしょう。私は殿をお慕いしておりますよ」

 クスクスと笑いながら松村氏は思わせぶりな視線を投げかけた。見目も美しく、打てば響くような返事をする松村氏は側室として何ら問題無いが、まるで遊女を相手にしているような感じを斉正は受ける。

「・・・・・・ですが、それだけに殿のお気持ちが私に無いことも解ります。ただ、今まではただ一筋にお亡くなりになった姫君様をお慕いしていらっしゃるものとばかり思っておりましたが・・・・・・いえ、これ以上はやめておきましょう」

 建前上は姉川家が送り込んだことになっている松村氏であるが、その裏に複数の親類や親類同格の影がちらつく。それだけに嫉妬に狂うことなく、斉正の気持ちを汲むことで寵を得ようとしているのかもしれない。斉正もその点は理解しているものの、政治に介入しようとしてこないことを良いことにそのままにしていた。
 しかし、『姫君様をお慕いしていらっしゃるものとばかり思っておりましたが』という松村氏の言葉に引っかかりを感じる。まるで自分の気持ちが盛姫から誰かに移りかけているような言い方ではないか。
 この事を問い質しても松村氏は間違いなくのらりくらりとかわすだろう。斉正は詰問するのを諦め松村氏と共に床に就いた。


 松村氏の指摘は正しかったが、あまりにも先を読みすぎていた。斉正が盛姫を愛しつつ、なおかつ他の女性に心惹かれ始めていることに気が付くのに、暫くの時間を要することになる。



UP DATE 2011.10.05

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切磋琢磨の三話目は団にょんこと島義勇の話になりました。実際この人が活躍するのは明治維新以降になるのですが今回はその第一歩という事で(^o^)
日米和親条約が締結された直後、開港した函館及び函館がある蝦夷は重要とみなされていたんでしょう。さらに職にあぶれた次男、三男坊の新たな就職先として蝦夷は考えられていたようです。その前段階の調査の為でしょうか、今回は幕府(函館奉行所)、佐賀、仙台、土佐が調査に出ておりますが、それ以外の藩も勿論蝦夷に興味を示し、調査をしているらしいです。私が資料として読んだ本ではあの坂本龍馬も北海道に興味を示していたとか・・・。
後に幕府軍が函館に向かったのも『未来ある土地』だったからかもしれないな~と思った次第ですv

そして濱と斉正の関係も徐々に近づきつつあります。まだ斉正は気が付いていない・・・というか気が付くことから逃げておりますが。しかもそれを他の側室から指摘されるって・・・(^^;)これも濱が頑張って斉正に寄り添おうと自らを磨いていたからでしょう。
これからの展開、まだまだ時間がかかりそうですが生暖かく見守ってやってくださいませv

次回更新は10/12、『買った船、造った船』に入りますv



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