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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第二十二話 買った船、造った船・其の壹

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 安政四年四月十日、その日の斉正は朝からそわそわと落ち着きがなかった。否、佐賀城を発った前日からといった方が正確だろう。四十五歳になったというのに若い大名のお忍びの如く馬に跨り、さらに背伸びをしながら来るべき筈の早飛脚をいち早く見つけ出そうとしている。

「白帆注進はまだなのか?予定では注文した船が今日長崎に入港するはずなのに。悪天候にでも出くわして遅れているのか、それとも別の理由があるのか。松根、どう思う?」

 長崎に向かう馬上で斉正は傍に控えている松根に尋ねた。

「さぁ、こればかりは私にも解りかねます。やはり白帆注進を待ってから、出立した方が宜しかったのではないでしょうか」

 そういう松根も前方を気にしながら斉正の問いに答える。そう、斉正達一行は長崎に向かっていたが、それは白帆注進があったからではない。阿蘭陀商館から来た阿蘭陀船入港予定の日程を鑑みて少し早く佐賀城を出立していたのである。
 何せ今回は佐賀藩が注文した洋式船がやって来る予定である。悲願といっても過言ではない、『自分の洋式船』が来るとあっては、船好きの斉正としては待ちきれなくて当然だろう。家臣達もそこの所は心得ており、白帆注進を告げる早飛脚が来る前であっても、誰も文句を言わず斉正に付いてきていた。

「それにしても遅いですね。いつもならそろそろ伝令が通る頃なのですが・・・・・・」

 目を凝らして先方をじっと見つめながら松根が馬上で背を伸ばしかけたその時である。

「古川殿!白帆注進の早飛脚でございます!」

 遙か前方を歩いていた御徒頭が駆け寄り、その場に控えながら『松根に通達する』という形を取って斉正に早飛脚が長崎からやってきたことを報告した。そして御徒頭の背後にはその早飛脚が控えている。彼ら二人を見たその瞬間、斉正の表情が新しい玩具を与えられた子供のように輝きだした。

「そうか!とうとう来たか・・・・・・!」

 待ちに待った佐賀藩の、否、斉正の洋式船がとうとう手に入るのである。

「皆の者!長崎へ急ぐぞ!」

 分別ある年齢の大藩の藩主とは思えぬはしゃぎ声で斉正で命じると、それまで以上の早さで長崎に向かいだした。



 斉正達が白帆注進を知らせる早飛脚に出くわしていた頃、長崎にやってきた洋式船・飛雲丸の支払いが購入責任者である田代孫三郎によっておこなわれていた。だが、その支払いがとんでもないものだったのである。

「蝋はちゃんと揃っているのか?後で阿蘭陀側にも確認をして貰うが、何せ銀千貫分だ。数えるのも一苦労だからできるだけ手間を取らせないようにしろよ」

 実は飛雲丸を購入する為の契約に於いて、佐賀藩側は『支払いを銀千貫分の蝋で支払う』としたのだ。これは軍艦は欲しいし必要だが、大砲鋳造の反射炉や長崎台場建築で蓄積していた金を全て使い果たしてしまった佐賀藩の苦肉の策であった。しかも蝋を売り払う時間さえ無かったという体たらくである。
 ただ、佐賀の蝋は大阪四条で評価されている上物であるし、生鮮食品と違って腐らない分、金銀の代用品になったのは不幸中の幸いである。

「はい、届いております。その代わり長崎は勿論、大阪や江戸の蔵屋敷にあった蝋も全て無くなってしまいましたが」

 田代に報告する部下は苦笑混じりに『本当の文無しになってしまいました』と肩をすくめた。そして田代もその言葉に同調する。

「蝋まで無くなってしまった文無しか・・・・・・冗談はさておいて、市場からの要求を考えると蝋の生産をもう少し増やさないといけないな。下手をすると植樹して間もない木も蝋を作るのに当てなくてはならなくなりそうだが、やむを得ないだろう」

 余談だが、この時の溜息混じりの田代の心配は現実のものとなってしまった。必要に迫られこの年収穫された櫨の本数はおよそ六十万本にものぼり、うち四割は植樹間もない新しい木だったのである。
 そしてさらに余計な話になるかも知れないが、この時飛雲丸の支払いに充てた蝋の評判が思ったより良く、以後蝋は佐賀藩の有力な輸出商品になったのだ。この時もし銀で支払われていたら、佐賀の特産品のひとつはそのまま国内でのみ流通することになっていたかも知れないと考えると、何とも不思議な縁である。



 そんなこんなで苦肉の策を弄してまで支払いを済ませた田代だったが、ひと仕事を終えても浮かない表情をしていた。

「どこをどう見積もっても・・・・・・やはり足りないな」

 今回支払い分、銀千貫分の蝋はちゃんと揃えた。しかし、支払い額はこれだけではなく、来年やってくる予定の蒸気船とあわせて四千貫に増えていたのだ。
 これはあれもこれもと追加注文し、来年やって来る船に至っては帆船ではなく蒸気船にして欲しいと斉正が申し出た為である。

「長崎台場建築の報償として幕府からの五万両の借金を棒引きにして貰ったばかりだというのに・・・・・・来年やって来る船とあわせると当初の四倍もの費用が掛っているぞ」

 支払いの明細書を見て田代は頭痛を覚えた。藩主自らあれこれ注文をつけて装備を増やして貰ったので仕方がないのだが、ようやく借金から解放された藩財政が再び借金生活に入ってしまうのは購入担当者として気が引ける。

「・・・・・・仕方ないな。こればかりは殿の判断を仰ぐしかない」

 心配そうな表情で田代をじっと見つめる部下を心配させまいと、笑みを浮かべつつも田代の気持ちはどんどん沈んでいった。



 二日後の十二日、長崎に到着した斉正の立ち会いの下、阿蘭陀からやってきた飛雲丸は正式に佐賀藩に納入された。その祝賀の席が終わった後、田代は斉正に謁見し、事情を説明した。

「殿、このようなめでたい席に誠に心苦しいのですが」

 そう切り出し、当初の四倍にもなってしまった支払額の報告に、斉正は苦笑いを浮かべる。

「仕方がない。注文をあれこれ付けてしまったのは私なのだから。それにしても、こんなところに父上の血が出てくるとは・・・・・・やはり親子なんだな」

 他のことはともかく、船に関する事になると金に糸目を付けなくなるのが斉正の数少ない欠点である。そんな『道楽者ぶり』はやはり血筋なのかと斉正は自嘲する。

「とりあえず幕府に支払いを立て替えて貰って、後で返すことにしよう。この非常事態だ、幕府も大目に見てくれるだろう」

 ちゃかぽんには文句を言われそうだが、と笑いながら斉正は田代の労を労った。



 田代の報告の後、斉正は長崎奉行を通じて幕府へ購入船舶費用の立て替えを申し入れた。

「ほぉ、それほど大きくない軍艦のようですが、そんなに費用がかかるのですか?」

 長崎奉行の荒尾成充が好奇心丸出しで斉正に尋ねてくる。

「ええ、万が一を考えてあれもこれもと追加の注文をしてしまった為に、予算を大幅に超えてしまいまして」

 苦笑いを浮かべながら斉正は荒尾に事情を説明する。

「しかし、佐賀公が必要と思われたということは、幕府の船にもそれらの装備は必要となるのでしょう?解りました、こちらから幕府へ申請しておきます。その代わり後日飛雲丸を見学させてください」

 やはり長崎奉行としては佐賀藩の軍備が気になるのだろう。そんな荒尾の申し出に斉正は一も二もなく承諾した。

「もし見学なさるようでしたら私自ら案内させて貰います。そうそう、借財の返却ですが、年貢収入を鑑みた場合、十年で確実に返却できるとお伝えください」

 斉正はほっとした笑顔を見せた。来年になれば今度は蒸気船が佐賀にやってくる。その支払額は今回の飛雲丸とは比べものにならないほど大きいのだ。

「これで何とか船を持ち帰られずに済みそうだな」

 長崎奉行所を後にした斉正は肩を竦めながら松根に語りかける。しかし松根は呆れたように斉正に反論した。

「でしたらもう少し間を開けて購入なさっても宜しかったのでは?二年連続で軍艦を購入するなんて・・・・・・」

 ここ最近、大きすぎる出費が多いだけに松根としても小言のひとつも言いたくなる。しかし斉正も負けてはいない。

「そうはいかぬ。この非常事態に船がないなどという恥ずかしい真似が出来る訳無いだろうが」

 船の事になると剥きになる斉正だったが、次の松根の一言にはぐうの音も出なかった。

「船があってもそれを動かす乗組員がいないじゃありませんか。現時点では伝習所に通っている者達全員で一隻動かすのがやっとでしょう。二隻動かせるようになるまであと二、三年はかかるでしょうから、それまでに購入すれば良いだけじゃないですか」

 あまりにも的を射ていた松根の一言に斉正は勿論、周囲にいた者達も思わず大笑いをしてしまった。



 佐賀藩が初めて購入した洋式船・飛雲丸は、ペリーやプチャーチン等が乗ってやってきたフリゲート船より小さめのコルベット船という種類の、三本の帆柱と一層の砲甲板を持つ帆船である。
 コルベットの主な仕事は商船の護衛や沿岸警備等であり、戦闘に参加する時は比較的小規模なものか、あるいは大きな艦隊をサポートすることが主務であった。帆船コルベットが現れ始めた十七世紀頃は長さが12~18メートル、重さが40~70トンのものが主流で、甲板には四つから八つの大砲を備えているものをコルベットと呼んでいた。
 しかし時間を経るごとにコルベットと呼ばれる船は大きくなっていき、十九世紀までには長さ30メートル、重さ400~600トンのものをコルベットと呼ぶようになっていた。今回購入した飛雲丸の記録は判然としないが、おおよそこの大きさだったと思われる。
 そんなコルベット船・飛雲丸の船将になるという栄誉を授かったのは、伝習所に詰めていた佐野常民であった。

「伝習生達も喜び勇んで乗り込んでおりますね」

 飛雲丸に乗り込んであちらこちら確かめている伝習生達を甲板で見つめながら、伝習生の一人・真木安左衛門が佐野に語りかける。

「ええ、何せ『おらが船』ですからね」

 目一杯張られている三本帆柱の帆を嬉しげに見上げながら、佐野が真木に応えた。観光丸での訓練は何度もしているが、あちらはあくまでも幕府の船であり練習船である。例え小さかろうが、帆船であろうが自前の船は気分が違うものだ。

「はやく伝習を終えて、自由自在にこの船を大海原に走らせてみたいものだ」

 勢い込む佐野だったが、それは彼だけの意気込みではなかった。何と引き取りから半月後の四月二十六日には勤務心得が藩から発令されたのである。それだけ嬉しさもひとしおだったのだろう。
 夕暮れ間近になっても誰も飛雲丸から降りようとはせず、見かねた阿蘭陀人教官が彼らを呼びに来るほど彼らは飛雲丸をいじり倒したのだった。



 斉正の許に幕府からの立て替え許可の知らせが正式に届いたのは、六月も終わりに近づいた頃であった。そしてその報告の後を追うようにして佐賀にとんでもない知らせが舞い込んできたのである。

「ろ、老中首座が亡くなっただと!」

 日米和親条約を締結し、対立する諸大名をその手腕でうまく押さえ込んでいた阿部が、三十九歳という若さで急死したとの知らせに斉正は表情を曇らせる。

「開国派と攘夷派の対立が、ますます激しくなりそうだな」

 血縁及び婚姻関係に於いて斉正は攘夷派の大名達との繋がりが強い。妻の実兄である松平慶永、そして娘婿の実父が水戸斉昭は攘夷派の急先鋒である。
 しかし斉正の心情としてはどちらかというと井伊直弼らを注進とする開国派に近いものがある。すでに諸外国は日本に押し寄せ、いつまでも己の殻に閉じこもっていることはできないのだ。長崎御番を通じていやという程現実を目の当たりにしている斉正から見ると、攘夷派の考え方はあまりにも非現実的に思えてならない。

「・・・・・・五年間の長崎専任を任じられて助かったと、これほど思ったことはないな」

 家臣達に向かって自嘲的に笑う斉正だった。しかしこの後、斉正は江戸の争いの激しさを、遠く佐賀で思い知らされることになる。



UP DATE 2011.10.12

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『買った船、造った船』の買った方、飛雲丸の話に今回はなりました。そしてこの船、支払いは蝋で行われたらしいんですよね~。この当時だと西洋の蝋の方が和蝋よりも明るい光を放っていた筈ですので何故『和蝋』である佐賀の蝋が売れたのか理解に苦しむのですが・・・・・幾らあっても足りなかったんでしょうかねぇ、蝋燭。あと、もしかしたら明かり取り以外の使い道、たとえば手紙の蝋封だとかに必要とされていたのかしら。西洋風俗にはとんと疎いものですので、佐賀の蝋が何故もてはやされていたのか全く解りませんでした(^^;)。でも外貨が獲得できたからいいか(おいっ)

そんなこんなで辛うじて蝋で船を買った斉正ですが、それでも来年来る予定の船のお金の工面はできそうになく結局幕府に立て替えて貰う事になってしまいます。非常事態とは言え借金がキライそうな斉正としては不本意だったでしょうねぇ。


次回更新は10/19、佐賀からちょっと離れて江戸で起きている南紀派VS一橋派のバトル(開国or攘夷、または次期将軍を誰にするかとか)を書かせて戴きます。斉正が佐賀で長崎警護に専念している間、江戸は究極のドロドロ派閥争いが繰り広げられておりましたからねぇ。時系列の関係で不本意ながら船ネタの間にドロドロバトルをぶち込みますv
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