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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第二十三話 買った船、造った船・其の貳

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 それは安政四年六月十七日のことであった。開国派と攘夷派の間に入り両派の融和を図っていた老中・阿部正弘が、三十九歳という若さで急死したのである。
その死を受けて阿部から筆頭老中の座を譲られていた堀田正睦は直ちに開国派の松平忠固を老中に再任、幕政は溜間の意向を反映した堀田・松平の連立幕閣を形成したが、これに対し水戸斉昭らを中心とする親藩、外様大名達が反発した。
 ただでさえ緊迫した政局の中、攘夷派と開国派との調整役を果たしてきた阿部の死をきっかけに、江戸城では開国派と攘夷派の争いが元々燻っていた問題――――――将軍継嗣問題と絡んでさらに激しさを増していったのである。



 将軍継嗣問題の発端は黒船来航の直後、家慶が死去した混乱の中に始まる。家慶の死後その嫡子であった家定が将軍職に就いたのだが、元々病弱だった上に更に病状を悪化させて満足に政務が行えなかった。しかも跡取りになる子供も出来ず、その後継者問題が急浮上したのである。

「この国難を乗り切るには大事に対応できる将軍を、我が息子、一橋慶喜を擁立すべきである!」

 そう声高に言い出したのは一橋慶喜の実父・水戸斉昭であり、彼らを中心とする親藩や外様大名の面々、いわゆる一橋派と呼ばれる一派であった。

「この非常事態に血筋だ何だと言っている場合ではない!諸外国の言いなりになっては国が滅びるのは目に見えているではないか!」

 鼻息荒く彼らが息巻くのには理由がある。元々一橋派は幕政から遠ざけられていた親藩や外様大名が中核を成しており、ここぞとばかりに政局における発言力を付けようとしていたのだ。
 これは当時老中首座だった阿部正弘が和親条約締結の際、彼らにも意見を求め、これら親藩・外様大名を幕政に参与させたことがその背景にある。

 ちなみに一橋派の具体的な構成人員は親藩では一橋慶喜の実父である前水戸藩主・徳川斉昭を筆頭に、実兄の水戸藩主・徳川慶篤、越前藩主であり斉正の義兄に当たる松平慶永、尾張藩主の徳川慶勝など、外様大名では薩摩藩主であり斉正の従兄である島津斉彬、宇和島藩主で斉正の義兄の伊達宗城、土佐藩主・山内豊信らが名を連ねていた。
 そして一橋派は表の幕政だけでなく大奥に対しても勢力拡大を図ろうと画策し、安政三年に島津斉彬が養女・一(後の篤姫)を家定の後室に据えるなどした。しかし一橋派筆頭・徳川斉昭の謹厳実直な性格が奢侈を好む大奥から嫌われ、一橋派は大奥に対して勢力を浸透させられなかった。
 また、彼らは一橋慶喜を推すことでは一致していたが、本当の意味で一枚岩ではなかった。一例としては島津斉彬ら開明的な外様大名達は開国派、徳川斉昭ら保守的な親藩大名は攘夷派に属していたが、互いに自己の外交路線実現のために一橋慶喜擁立を目指したのである。そんな不安定要素を含みながら、一橋派は幕政における勢力拡大を図りつつあった。

 一方南紀派は井伊直弼など従来から幕政を主導していた譜代大名が多く、紀州徳川家の徳川慶福を継嗣に推挙していた。
 井伊直弼の他、会津藩主・松平容保、高松藩主・松平頼胤ら溜間詰の大名や老中松平忠固、紀州徳川家付家老水野忠央、御側御用取次の平岡道弘や薬師寺元真、そして大奥などが南紀派に属していた。
 国内政策では幕府独裁の継続、外交政策では開国路線の継続を指向したが、こちらも細かいところでは一橋派同様一枚岩ではなかった。
 しかし一橋派寄りだった阿部正弘が急死すると、阿部による安政の改革に反発する譜代大名の巻き返しが始まり、『大奥の粛正』を唱える斉昭に反発する大奥もこれに加担したのである。
 更に条約勅許問題を巡る開国派と攘夷派の対立も加わって、事態は複雑となった。この江戸でのややこしい争いは日本全国に飛び火し、五年間の参勤免除を受けている斉正もとばっちりを喰らうことになる。



 その日も午後になると江戸から数通の書状が斉正の許に届いた。それを持ち込んできた井内の表情を見て斉正は『またか』という諦めの溜息を吐く。

「この騒動、来年末の参勤まである程度目星が付いてくれないものでしょうかね。将軍継嗣問題はともかく、通商条約を締結してしまえば水戸公も諦めてくれると思うんですけど」

 一橋派、そして南紀派双方からの取り込み工作の書状を前にして斉正はうんざりした表情を露わにしながら、さり気なく茂真に対して自分の希望を零した。
 血縁的には攘夷派及び一橋派、交友関係においては開国派及び南紀派に与する斉正なのだが、双方から『こちらに付くように』と三日に一度は督促の手紙が届くのである。
 なまじ幕府との関係も親密で、最先端の軍事力を持つ上に外交にも精通している斉正は、一橋派、南紀派共に味方に付けておきたいと思われているらしい。
 これはひとえに斉正及び佐賀藩士達が地道に積み上げてきた実力によるものなのだが、自分としてはただ無我夢中に務めに励んでいただけである。その結果がこの様な事態を引き起こしてしまい、斉正は戸惑いを禁じ得ない。

「せめて開国か攘夷か、という判断なら迷わず開国を取りますけど、こと将軍継嗣争いになると・・・・・・う~ん。大樹公が『政之助』だった頃から知っている身としては、考えたくもないというのが正直な所なんですけど」

 まだ生きている将軍を尻目に次代の将軍候補争いをここまで露骨に争うことに斉正は困惑している。そもそも将軍・家定は斉正にとって義理の甥――――――盛姫と家定の父・家慶は腹違いの兄妹である――――――に当たるだけに、肉親の情としても積極的にこの争いに首を突っ込む気にはなれない。

「確かに甥っ子が死んだ後の事を論じるのは頂けませんよね。それでなくてもこの問題は厄介すぎると私も思いますが」

 斉正と共に督促の書状に目を通していた茂真も、苦虫を噛みつぶした表情を浮かべる。そしてそれは側近達も同様の意見であった。皆、眉間に皺を寄せ、あたりに重苦しい空気が漂っている。

「水戸公らが一橋を推すのも理解できますし、彦根殿が南紀を推すのも理解できます・・・・・・親藩や外様はそんなに幕府の政局に関わりたいんでしょうかね」

 外様とはいえ長崎御番を始めとする幕府の務めを精力的に果たしている佐賀藩に、政局に参加するなどという暇は一切無い。今回江戸で騒ぎ出したのは、才能がありながら今まで政治に参加できなかった親藩や外様の大名達であり、彼らが条約締結を機会に政局に参加できるようになってしまった為だからである。

「阿部殿もとんでもない置き土産を遺していってくれたものだ」

 どっちを向いても八方塞がりの状況に、斉正は大仰に溜息を吐いた。

「とりあえず・・・・・佐賀は長崎専任で多忙故、継嗣問題にも通商条約の賛否にも関わらぬと返事を書いておいて下さい、兄上」

 内心では通商条約を結んで貰った方が都合が良いと思いつつも、下手に首を突っ込むと厄介な事になりかねない。特に血縁関係が絡んでいるだけに下手な意思表示は控えるべきだ――――――優柔不断だとか、二股膏薬だとか罵られるほうがまだましだと、斉正は苦笑した。

「それで薩摩公らが納得してくれるでしょうかね」

 督促の書状を片付けながら、茂真は半ば諦めたように斉正に問うが、斉正も力なく首を横に振る。

「してもらわねば困ります。無理だと思いますけど」

 そしてその言葉通り、各派閥による斉正への説得活動は続くことになる。



 その夜、濱の所へ出向いた斉正は珍しく表での愚痴――――――各藩からの督促の件についての愚痴を濱に漏らしてしまった。

「まぁ、ちゃかぽんのおじさまもですか?」

 さすがに直弼に直接会ったことはないが、斉正の話でその人となりは聞いていたし、江戸に居た頃、何度か藩邸の表で直弼が打つ鼓の音を遠くから聞いていたこともあって、濱も直弼のことは知っていた。

「ああ。あいつとは開国という点では気持ちは一緒なんだが・・・・・・親戚達への体裁もあるから迂闊に動けない」

 そう呟くと、濱の前では珍しく腕を組んで黙り込む。そんな珍しい斉正の姿を見て、濱は心の底から心配そうな表情を浮かべた。

「次の大樹公のお話まで出ているって・・・・・・今の大樹公のお加減はそんなにお悪いのですか?」

「さあ・・・・・・元々病弱なお方であるから」

 斉正のその一言に濱はさらに表情を曇らせ、今にも泣き出しそうに目を潤ませながら斉正に尋ねる。

「薩摩の一様・・・・・・御台様はこの騒動をどう思われているのでしょうか」

 濱のその一言に斉正ははっとする。元々一橋派の工作の為の政略結婚で家定の許に嫁いだ『一』――――――篤姫も心穏やかではいられないだろう。だが、それは濱が考えるような夫婦の愛情からではない。
 斉彬曰く『若いながら情に流されない怜悧な娘』と評する篤姫だが、一橋派が望む工作もできないうちに家定が死んでしまっては立場がないだろう。だが、さすがに濱にそのような裏話をする訳にもいかず、斉正は少し言葉を濁す。

「一は・・・・・・御台所は皆が守ってくれるだろう。それにしてもお前は優しい子だな」

 まだ濱が幼かった日したように斉正は濱の頭をそっと撫でた。幼い頃のまま、素直な気持ちを持ったままの濱だったが、斉正の前にいるのは年端もいかぬ幼子ではなく美しく成長した娘なのだ。

(濱もいつの間にか・・・・・・随分きれいになったものだな)

 元々風吹に似て整った顔立ちをしているが、母親と違いどこかおっとりした性格故か、風吹よりも柔和で斉正好みに成長している。そして時折見せる笑顔や小首を傾げる姿、雰囲気は実の母親である風吹よりも、むしろ盛姫に似ているかも知れない。

(風吹が仕事で佐賀に来ることも多々あった分、国子殿が健子と共にこの子を見ていたしな。育ての親の影響も多少は受けるものなのか)

 特に参勤が免除になって、一緒に過ごす時間が長くなれば長くなるに連れてそれを強く感じる。そして盛姫そっくりの笑い方をする時、つい手を伸ばし抱きしめたくなる衝動に駆られることがあるのだが、斉正はそれに耐えていた。
 盛姫の面影を投影しながら濱を抱く訳にはいかない――――――盛姫にも、そして濱にも不義理を働いているような罪悪感がある。

(あれが言っていたのはこの事か・・・・・・)

 ここ最近、松村氏の意味深な指摘の訳が解るようになってきた。しかし、濱の笑顔に盛姫の面影を追いかけているうちは濱に手を出し、傷つけてはならない――――――そんな決意を心に秘めながら、斉正は一橋派と南紀派に挟まれ、疲弊した心を濱の笑顔で癒していった。



 一橋派と南紀派の騒動に翻弄され続けて、さすがに精神的疲労も溜りつつあった日、長崎の伝習所から斉正の許に思わぬ知らせが届いた。

「殿、佐賀の伝習生達が幕府伝習生達に対抗して、独自にカッター船なるものを作りたいと申し出ているのですが・・・・・・お許しを頂けますでしょうか?」

 悪戯っぽく目を輝かせながら中村が告げたその知らせに、斉正は俄に信じられぬと驚愕に目を大きく見開く。

「独自に・・・・・・佐賀藩士だけでカッター船を作るだと?中村、詳細を聞かせよ」

 斉正は思わず身を乗り出し、中村に詳細を話すように促した。



UP DATE 2011.10.19

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『買った船、造った船』とのタイトルながら今回は江戸における一橋派VS南紀派の対立が中心となりました。斉正は国を二分する対立にも首を突っ込まず『二股膏薬』扱いされていたとされていますが・・・・・ものすご~く気持ちが解るような気がしました。親戚にも気を使わなくてはならないですし、どちらかというと友人と意見は同じだし・・・・しかも将軍継嗣争いって『甥っ子が死んだら』って話ですしねぇ。斉正でなくても『出来ることなら関わりたくない』と思うのではないでしょうか。少なくとも私だったらしらばっくれて仕事に打ち込みますね(え゛)

そんな斉正の心を癒すのは盛姫の面影のある濱の笑顔です。さすがに盛姫の面影を追いながら濱に手を出すのは・・・・と思っている斉正ですが、その理性がもつのはどれほどでしょうか(^^;)年内中(というか開国編の間に)結果は出ますのでもう少しだけ二人の関係を見守ってやってくださいませね。


それにしてもこの時期の派閥分け難しすぎ・・・・誰が何派なのか時々間違えていたりしますが、お気づきになられましたら遠慮なく突っ込んでやってくださいませ。(私も気が付き次第ちょこちょこ直しているのですが・・・・この複雑さ、泣きたくなってきます><)

次回更新は10/26、佐賀藩士だけで作ったカッター船の話になりますv
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