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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

紅葉山掃除之者・其の肆~天保三年十月の密談

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 肝蔵の扉の向こう側にいたのは今一番会いたくない男----------源六であった。愕然とする真由の顔を確認すると、にたり、と病的な笑みを頬に貼り付け腰に差した大刀を抜きはなつ。

「抱き心地は人形みてぇでちっとも面白くなかったからな。せめて切り刻む時ぐらいは楽しませてくれるよなぁ・・・・・真由。」

 まるで鼠を弄ぶ猫のように舌なめずりをすると源六は一歩、真由に近づいた。その動きに対して真由は無意識のうちに一歩、後ずさる。

(このままじゃ・・・・・嬲り殺される。)

 肝蔵の中は取った肝臓を干したり作業をする為にそこそこの広さがあるが、出入り口はたった一つである。だが、そこは源六に遮られており、万が一うまく逃げ出すことが出来ても女の脚ではあっという間に源六に追いつかれ、殺されてしまうだろう。
 ならばせめて懐に忍ばせている附子の存在を誰かに知らせ、源六の悪事を伝えなければ----------そう覚悟を決めた刹那、真由は大声を張り上げた。

「寅助!誰か、助けて!肝蔵に源六がいるの!殺される!!!」

 源六が一瞬耳を塞いでしかめっ面をするほどの金切り声を上げると、真由は近くにあった壺の中から漬け込んであった脳を掴み、源六に向かって投げつける。するとその脳は源六の丁度顔の辺りに飛んでゆく。

「うわっ!」

 思わず仰け反り、飛んできた脳を刀で横に払う源六に対し、真由は肝蔵の奥へ逃げ込みながらさらに手にした物を投げ続けた。その立て続けの攻撃にさすがに源六も苛立ちを露わにする。

「このアマっ!調子に乗りやがって!」

 源六は飛んでくる物を払いながら、真由を追いかけ肝蔵へと脚を踏み入れた。だが入り口こそ狭いが、中はそこそこの大きさのある肝蔵である。五代目山田浅右衛門の娘としてそれ相応の武術を嗜んでいる真由がそう簡単に源六の間合いには入ってくることはない。うまく源六と間合いを取りながら、真由は一瞬でも長く生き延び、そして『五代目の娘としてやらなければならない務め』を果たす為の行動に移った。

「近寄らないでよ、人殺し!長吏やひにんの子供達を殺したの、あんたでしょう!」

 源六が入ってきた入り口に寅助の姿がある。今にも肝蔵の中に飛び込んできそうな寅助を真由は目で制し、わざと源六を煽るような言葉を叩き付けた。そして案の定源六は真由の策略に引っかかったのである。

「ふん、今更だな。そもそも俺がどうやってお前の夫に収まったか判ってないんだろう。これだから女って奴は・・・・・。」

 脳漿で汚れた頬を手の甲で拭いながら、源六はぺっ、と唾を床に吐く。その吐きかけられた唾を見つめながら、真由はあるひとつの可能性に思い至った。

「ま・・・・・まさか、あんたが彦次郎さんを殺したって言うの!」

 真由のその言葉に、入り口にいた寅助も驚愕の表情を露わにしたが、源六ただ一人が『やっと気が付いたか』と言った風の、凄惨な笑みを浮かべる。

「そのまさかさ。どうせ向こうで彼奴に会うんだろ?だったら冥途の土産に教えてやるよ。」

 源六は喉の奥でくっ、くっと嗤いながら真由に彦次郎を殺したあらましを明かしてゆく。

「奴の箸や汁椀など必ず口を付ける什器に砒素を塗りつけてやったんだよ。それにも気が付かず、あの馬鹿は死んでいったのさ。なかなか楽しかったぜ、恋敵がじわじわと弱っていく姿を見ていくのはよぉ。」

 源六の言葉に、真由は彦次郎の死に様を思い出した。てっきり長患いだとばかり思っていたが、思い返してみれば砒素中毒そのものの死に方であり、源六の説明も理に適っている。
 愛しい彦次郎を殺した仇が今、自分をも殺そうとしている----------その悔しさに真由はまなじりを吊り上げ、大声で喚きだした。

「鬼!人殺しっ!彦次郎さんを殺しておいてまだ飽きたらず、今度は罪もない子供達を殺そうって・・・・きゃあ!!」

 彦次郎の死因を聞かされ頭に血が昇った真由は、源六が間合いを詰めたことに気付くのが一瞬遅れた。そしてその瞬間を見逃さず、源六の刀が走り、真由の肩口を斬ったのだ。
 辺りに鮮血が飛び散り、真由はその場にしゃがみ込んでしまう。そしてその瞬間、真由の指示で黙って中の様子を見ていた寅助が叫び声を上げてしまったのだ。

「お・・・・お嬢さん!大丈夫ですか!!」

 真由を助けようと肝蔵に飛び込もうとした寅助を、真由の鋭い声が制する。

「寅吉、逃げて!そして五左衛門おじさまに彦次郎さんのことを・・・・・うあっ!」

 寅助に逃げろと言いかけた真由の華奢な身体をさらに源六の刀が斬り刻む。その気になれば一刀のもとに命を奪うことなど容易い筈なのに、源六はあえてそれをしない。真由を生きながら斬り刻むこと自体を楽しんでいるのだ。源六は床で呻く真由を刀で指し示しながら、やけに嬉しそうに寅助に語りかける。

「ほら、どうする、寅助?くそじじいどものところに知らせに行ったら確実に真由はなますになるぞ?それとも真由を助ける為にお前が身代わりに・・・・・。」

 だが、源六の言葉を遮ったのは他ならぬ真由であった。痛みに顔を歪めながらも最後の力を振り絞り寅助に命ずる。

「寅助!これは命令よ!早く小伝馬町へ!そして幸を守って・・・・・ぎゃあっ!!」

「お嬢さん!!」

 真由のものとは思えぬ絶叫と共に血の臭いが吐き気を催すほど急に濃くなる。床に倒れた真由の背中の真ん中には刀が突き立てられており、真由は床に串刺しにされたのである。その姿を見て寅助は覚悟を決め、踵を返すと一目散に走り出した。その後ろ姿を見ながら源六は寅助を追いかけることはせず、ぼそりと呟く。

「ふん、もう少し骨のある奴だと思っていたが・・・・・つまらん。」

 源六は真由の肩に脚をかけると背中に突き刺さった刀を抜き、今度は真由の細い腕に刀を振り下ろした。

「----------!!」

 腕が切り落とされた刹那、叫びにならない叫び声を上げ真由はのたうち回る。

「一度『生き試し』ってぇものをやりたかったんだよな。まさか惚れた女でやることになるとは思わなかったけどよ・・・・・真由、俺が味わった苦しみを味わいながら死ね!」

 源六は今までの鬱憤を晴らすかの如く、けたけたと病的に嗤い続けながら真由に刀を振り下ろし続けた。



 寅助の知らせを聞いて五左衛門達が山田家本宅に帰ってきた時、すでに源六は肝蔵にはいなかった。そして五左衛門達は肝蔵へ入った瞬間、思わず我が目を疑う。

「真由・・・・・何故、こんな事に・・・・・・。」

 そこにはずたずたに斬り刻まれ、ばらばらになってしまった真由の亡骸がばらまかれていた。その愛らしい顔さえ原形を留めないほど乱暴に斬り刻まれ、入門したての若い弟子の中には、凄惨な事件現場である肝蔵を覗き込んだだけで吐いてしまう者も少なからずいたほどである。

「・・・・・いいか、この事は外部に絶対に漏らすな。特に町奉行所には。」

 ようやく顔を上げた五左衛門が、口を開いた。すでに五代目は死んでおり、唯一山田家の血を引く幸はまだ七歳という幼さである。このような事件で将軍家御様御用の家を潰してしまっては亡くなった五代目に顔向けできないし、そもそも幕府がどういう対処をするか判らないうちに勝手な行動をする事は許されない。

「遠藤、お前は残っている丸薬に毒物が含まれていないか調べてくれ。来月初めに上様に上納する品は念入りに。そして梅田、前畑、為右衛門は儂と真由の亡骸を片付けてくれ。他の連中は葬儀の準備だ。」

「・・・・・はい。」

 これから先、試し斬り道場がどうなってしまうのか判らないが、まずは現場の片付けが先である。五左衛門は五代目山田浅右衛門第一の弟子として他の門弟達に次々と指示を出していった。そして真由の哀れな亡骸がようやく棺桶に全て収められた頃である。

「・・・・・五左衛門先生。見てください。五左衛門先生が睨んだとおり、やはり丸薬にも毒が盛られておりました。」

 毒物の調査を依頼されていた遠藤は喰われかけの握飯と死んだ鼠を五左衛門に見せた。

「丸薬を砕いたものを握飯にまぶして鼠に喰わせたんですが、この通りです。」

「・・・・・それにしても遠藤、よくこんな短い時間に鼠なんて捕まえてきたな。」

 五左衛門の傍にいた前畑四兵衛が端正な顔をしかめながら遠藤に尋ねる。棺桶を山田家本宅に持ち込んで、真由の亡骸全てを納めるのに一刻半はかかっているが、鼠を捕まえるには少々短すぎる時間だ。そんな前畑の疑問に遠藤は肩を竦めながら種明かしをした。

「いえ、私が捕まえたんじゃありませんよ。先程葬式の準備をしにやってきた長吏の勘兵衛と一緒にやってきたあいつの子供達に頼んだんです。『もしかしたらお前達の仲間を殺した下手人が判るかも知れないから、鼠を二、三匹捕まえてきてくれ。』って言ったらものの半刻もしないうちに捕まえてきましたよ。」

 つやつやとした額を光らせながら遠藤は微かな笑みを浮かべたが、すぐに真顔になる。

「よりによって上様に献上する天寿慶心丸に毒が仕込まれていたとは・・・・・これは丸薬を上納している大名や、うちから購入している商家にも言って丸薬を捨てさせた方が良いのではありませんか?」

 遠藤の提案に五左衛門も、そして他の門弟達も納得する。

「そうだな・・・・・じゃあまずは遠藤。お前はそのまま江戸城に戻り、上役にこの事を伝えてくれ。そして他の者達は自国の大名から、さらに回覧で回せるところには全て回して貰うように。町人達へは奉行所と町役人から触を出して貰えばいいだろう。」

 主も、そして跡取りも居ない中、将軍家御様御用家を潰してはならないと、五左衛門の指示で弟子達は動き出したのだった。



 さわさわと紅葉の葉が風に鳴る。吉昌の話が終わり、大久保は青白い顔のまま大きく溜息を吐いた。

「そんな事が・・・・・確かに七年ほど前に天寿慶心丸を破棄するようにとの回覧が回ってきたな。あの回覧の裏にそんな事件があったとは・・・・・。」

 下手をしたら将軍が暗殺されていたどころか、複数の大名が被害に遭っていたかも知れない事件のあらましに、大久保はただ驚くことしかできない。

「その後出羽守様の指示で拙者が六代目に収まり、幸が七代目を良人に迎えるまでの間、幕府が山田家を預かることになりました。そして当時の弟子達は拙者も含めて江戸やそれぞれの国許で源六を探索しております。ですが・・・・・未だに見つからないのです。」

 吉昌は疲れた表情で首を横に振る。

「もしかしたら既に命を落としているかも知れません。しかしそれと同時に他の国で再び犯罪にてを染めているかもしれないのです。上様の暗殺未遂、そして彦次郎と真由の命を奪ったものに対してそれ相応の処罰を受けさせなくては山田家としても、それ以上に幕府としても収まりが付きません。」

 確かに将軍暗殺未遂犯をそのまま野放しにしておいたら幕府の沽券に関わってくる。そして源六を捕まえようと吉昌を始め当時の弟子達が出来る範囲で探索をしているのだが、未だ見つからずにいるのだ。その事実に大久保も諦観の溜息を吐かざるを得ない。

「長い・・・・・戦いになりそうだな。だが、そち達の腕をもってすれば『仇討ち』も可能であろう?あえてそうしないのはそれぞれの立場の問題故か?」

 大久保が素朴に疑問に思ったことを尋ねる。だが、吉昌は苦笑いを浮かべながら首を横に振った。

「加賀守様、それは買いかぶり過ぎでございます。相手がごく普通の剣術者であれば、弟子である我々の立場でしたら仇討ちをするべきでしょう。しかし、相手は毒使いですし、それ以上に狂犬の如き性格にございます。普通の仇討ちでは我々でさえ返り討ちに遭いかねない相手に対して、そんな危険を冒すことは出来ません。山田家は他藩からも優秀な人材を預かっております故。」

 次、三男男が多い山田道場であるが、その中でも将来を有望視されている人材も少なくない。そんな彼らに傷を負わせてしまったら後々厄介な事になってしまう。

「確かにそうだな・・・・・判った。」

 大久保は大きく頷くと立ち上がり縁側に出た。紅く染まった紅葉ははらはら舞い落ち、庭を真っ赤に染めてゆく。

「それとお前も・・・・・特に探索に動きがないならば、報告は二ヶ月か三ヶ月で良いだろう。その代わり探索をさらに強化せよ。いっそ・・・・・どこかでのたれ死んでいてくれれば良いのだがな。」

「・・・・・御意」

 静かな秋の日の夕暮れ、大久保が思っていた以上に優秀な上司であることに吉昌はほっと大きくひと息吐いた。



 その頃、山田道場では----------。

「おい、猶次郎。稽古が終わったら南に繰り出さねぇか?」

 六代目が江戸城に出仕ということで、希望者のみが山田道場にやってきて稽古を積んでいた。否、稽古というのは名ばかりで実際は遊びに行く為に道場を集合場所にしていたといった方が良いだろう。実際、この日稽古場に来ていたのは五三郎と猶次郎、そして芳太郎の三人だけであった。

「お、いいね。だったら芳太郎は?」

「南だと門限に引っかかるんじゃ・・・・・おい、芳の字!今夜空いてるか?」

 五三郎の誘いの言葉に、芳太郎はにべもなく首を横に振る。

「悪い。二日前に当番を代わって貰った奴が今日なんだ。二人で行ってこいよ。」

 つれない芳太郎の返事に五三郎はがっくりと肩を落とす。

「何だ、つまんねぇの。お前が一緒だと娼妓の食いつきが違うっていうのによ。」

 真由の事件があった頃子供だった青年達は、上の世代の苦労も知らぬまま稽古に、そして遊びに励んでいる。このささやかな幸せが、いつ何時脅かされるとも知らないままに・・・・・。

「五三郎兄さま、遊びに行くにしてもあまり遅くならないで下さいよ!明日は六代目が朝から稽古を見てくださるんですから!」

「判った判った!古女房みたいにぎゃんぎゃん喚くなってぇの!」

 縁側で刀の片付けをしていた幸に残りの刀を押しつけると、五三郎と猶次郎はそそくさと南----------品川へ遊びに行く為に、道場を後にしたのだった。



UP DATE 2011.10.24


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『紅葉山掃除之者』この話にて完結です。そのうち益五郎こと山田源六がひょっこり登場するかも知れませんが、向こう一年はまず登場しないと思うので(^^;)
とりあえずこの話は『五代目の孫娘である幸が何故六代目の養女になっているのか?』という疑問の答えになっているものですので『複雑な事情があって正統な後継者の幸が六代目の養女になっているんだなぁ』ということが解って戴ければ幸いです。

益五郎こと源六によって非業の死を迎えた真由ですが、勿論幸はこの状況を見てはおりません。お葬式の時も棺桶の蓋はきっちり閉じられていたはずですし・・・・・ただ、何となく話を聞いているうちに『自分の母親が再婚相手(義理の父親)』に殺された』ということは理解していると思われます。もし、幸がこの事件の『本当のあらまし』を知ることがあるとすれば益五郎の再登場の時ですかね。もしかしたら2~3年の内かもしれませんし、一生ないかも知れませんが・・・会ったら会ったで厄介な事になりそう。

こんな厄介な事情を抱えている山田家ですが、若者達はどこまでもノー天気なようでして・・・・ますます六代目の髪の毛が薄くなっていきそうです。ま、それも運命ということで(笑)。


来週31日は『猫絵師・国芳』の11月話、そして11月7日から紅柊は『残菊心中』(待宵花魁と加藤の加藤sideの話・・・というか天保三年現在の話)を開始します(^o^)
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