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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

残菊心中・其の壹~天保三年十一月の悲恋

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「おい、どこに空蝉を----------待宵花魁を隠しやがった!空蝉がここに見世替えをして待宵と源氏名を変えた事は先刻承知だ。隠し立てするとたたじゃおかねぇぞ!」

 京町二丁目にある恵比寿屋の店先で、背の高い男が女将相手にドスを効かせる。着流しに黒羽二重、腰には二本を差しているが、それ以上に厄介なのは腰からちらりと見え隠れする房飾り----------十手であった。そして後ろには手下と思われる、強面の男が大きな風呂敷包みを持ったまま周囲に睨みをきかせている。そう、恵比寿屋の女将に対して恫喝しているのは他でもない江戸町奉行所の同心なのだ。
 いつも顔を合わせている吉原付きの隠密廻りならいざ知らず、正真正銘の八丁堀の旦那に脅されれば大抵の者は怯えその言いなりになるものだ。しかし、恵比寿屋の女将は若い同心の恫喝に眉ひとつ動かすことなく、深く長煙管を吸うと吸い込んだ煙を若い同心の顔に向けて吐きかけた。その煙に若い同心は顔をしかめる。

「加藤様・・・・・でしたっけ?八丁堀の旦那がうちの花魁に何の用だか存じ上げませんが、待宵花魁はもうここにはおりませんよ。いい加減お引き取り願えませんかねぇ。」

 女とは言え吉原で五指に入る人気店を切り盛りし、柄の悪い客を向こうに回してやり合う事も少なからずある中見世の女将である。町奉行同心の若造一人や二人、軽くあしらう事など訳はない。

「おや、だいぶ不服そうですねぇ・・・・何なら家捜しでもすりゃあいいでしょう。屋根裏や床下を捜したっていないもんはいないんですから。必要なら若い衆に案内させましょうか?」

 女将はそう嘯くと、自分の背後で心配そうに二人のやり取りを見つめていた忠太郎を顎で呼んだ。雇い主である女将に名指しで呼ばれてしまっては仕方がない。困惑した表情で忠太郎は若い同心----------加藤の前に出てくる。

「旦那・・・・・女将の言っていることは本当でございやす。花魁は本当にここには居ないんですよ。」

 少々気の弱そうな若い衆は加藤に対して訴える。その様子からすると忠太郎が嘘を言っているとは思えなかった。

「・・・・・じゃあ、どこに身請された!洗いざらい吐きやがれ!」

 加藤は苛立ちを露わにし、忠太郎の襟首を強引に掴む。

「うわっ!や・・・・・止めてください!」

 その時である、忠太郎の襟首を掴んでいる加藤の右手を恵比寿屋の女将の長煙管が打ち据えたのである。その瞬間、忠太郎の襟首を掴んでいた加藤の手が僅かに緩み、忠太郎はその隙を突いて逃げ出した。

「うちの若い衆を脅さずとも自分で捜したらいかがです?達四郎、帳簿を持っておいで!」

 女将は番頭に帳簿を持ってこさせると、苛立ちをそのままにばん!と加藤の前に叩き付ける。

「ここ一年の帳簿ですよ。娘達がどんな客を取ったのか、どこの誰に身請されたのか事細かに書かせてありますから気の済むまで調べりゃいいでしょう。」

 尤も見つけ出せるものならば、と明らかに加藤を小馬鹿にした女将の一言に加藤はぎろり、と女将を睨み付け、早速帳簿を調べ始めた。
 確かに女将が自信満々に言うだけあって恵比寿屋の帳簿は花魁が取った客から仕出し屋からの小鉢ひとつまで、ひとつ残さず書き記されていた。
 だが、そんな中で待宵花魁の名前は先月の晦日以降書かれていない。どうやら十一月から客は取っていないようだが、身請の記載は一切無かった。あと半月早ければ・・・・・加藤は帳簿を閉じると忌々しげに女将を睨む。

「畜生・・・・・絶対に花魁を捜しだすからな!伊佐五郎、行くぞ!」

 恵比寿屋で油を売っていても待宵花魁の居場所は判らないと見切りを付けた加藤は、女将に対して捨て台詞を吐くと、手下を引き連れ恵比寿屋を後にした。

「いいんですかい、女将。八丁堀に恨みを買うと後々厄介じゃ・・・・・そもそもあの八丁堀、ひさご屋で『おはきもん』にされていたほどタチが悪いんですよ。」

 加藤が出て行った後、厄除けの塩を撒きながら番頭の達四郎が女将に尋ねる。

「その程度、別に構わないさ。それよりも・・・・・。」

 そう言いかけて女将の目が不意に翳った。

「・・・・・待宵は労咳であと一年も持たないんだ。下手な未練を残させちまう方がよっぽども罪だろう。あの二人は逢わせない方が互いの為さ。」

 女将は長煙管に新しく煙草を詰めると、忠太郎に火を付けさせ深く煙を吸い込んだ。



「クソったれ!あと半月早くこっちに出向いていりゃあこんな事にはならなかったのに!」

 見返り柳の下を通りながら、加藤は足許にあった石ころを思いっきり蹴飛ばした。時間的なものなのか、まばらにしか人がいない吉原大門へ続く道を石ころは転がり、道端に生えている残菊の茂みへと飛び込んでゆく。

(空蝉と初めて出会ってからもう十年にもなるのか。)

 枯れ損なった残菊を見つめながら、加藤は歳月の流れを改めて痛感する。十年前、仕事の関係で入り込んだ場末の小見世----------そこで出会った若い娼妓・空蝉に心を奪われたまま今日まで来てしまった。
 当時は互いに夢中になり、深みに嵌ってしまった為に加藤は出入り禁止となり、二人の仲は引き裂かれたのである。勿論『おはきもん』にされた人間の手紙など届けて貰える筈もなく、何度空蝉宛に手紙を出しても一通の返事さえ返ってこなかった。もしかしたら空蝉から出した手紙も見世によって握りつぶされていたのかも知れない。

 ならば金を積んで強引に空蝉を身請するしかないと、ろくに遊びにも行かず金を貯めていたがその前に空蝉が見世替えをし、中見世の御職になってしまったことを、加藤は同僚が持っていた吉原細見で知ることになったのだ。
 小見世の安女郎と中見世の御職では身請金は何倍も違ってくる。どんなに少なく見積もっても五百両は必要であり、千両以上になるという話も決して珍しくない。
 さすがに千両もの金を手に入れることは、各方面からの付け届けによって実入りが良い町奉行同心であっても難しい。だが、年季上がり直前になれば身請金も安くなるはずだと、加藤は地道に身請金を貯めながら待っていた。勿論その間、空蝉の動向は吉原細見で確認する事も怠らず、恵比寿屋から見世替えはしていないことも確認していた。
 そして年季明けまで残り一ヶ月半となったこの日、ようやく身請に出向いたのだが、待宵はすでに恵比寿屋にはいなかったのである。

「畜生・・・・・どこに隠しやがった。」

 苛々と爪を噛みながら思案に暮れる。男と共に足抜けを決行したのなら加藤の耳にも入ってくるはずだし、身請なら帳簿に書いてあっただろう。それでも吉原にいないとなると見世の寮か、深川などの岡場所か----------その時である。

「あの・・・・・加藤の旦那、いつまでこの大金を持っていれば良いんでしょうか?こんな大金、胆が冷えて仕方ありませんや。」

 手下の伊佐五郎が加藤に語りかけたのである。伊佐五郎が持っていた風呂敷包み、それは待宵花魁の身請の為に用意した五百両であった。重量もそこそこあり重たいのは勿論だが、一生に一度拝めるか拝めないかの金子を抱え、強面で百戦錬磨の伊佐五郎でもびくつくのは仕方がない。それに気が付き加藤は苦笑を浮かべる。

「それもそうだな・・・・・じゃあ、先に八丁堀に帰って兄者の屋敷にそれを置いてきてくれ。多分義姉上はいるだろうから・・・・・俺は先に深川に行って適当な見世を当たってみる。あとで深川の『増山』で落ち合おう。」

「へぇ、承知しました。」

 伊佐五郎はほっとした表情を浮かべると加藤に一礼し、重たい風呂敷包みを抱えたまま八丁堀へと帰っていった。



 伊佐五郎と別れた加藤は一人深川への道を進んでいたが、その途中で思わぬ人物に出くわした。

「あれ、加藤さん!珍しいですね、一人なんて。伊佐五郎さんは一緒じゃないんですか?」

 それは風呂敷包みを抱えた幸であった。平河町の屋敷にいる時と同じ袴姿に束ねただけの髪という姿からすると、どうやら吉原以外への使いらしい。幸の顔を見て今までしかめ面をしていた加藤にもようやく笑みが浮かんだ。

「おう、お幸ちゃんかい。感心だね、一人でお使いとは。」

 まるで七歳児に対するような物言いに、幸は不満そうに頬を膨らます。

「もう!いつまで子供扱いなんですか!年が明けたら私も十五歳ですよ!馬鹿にしないで下さい!」

「ははは、そうだったな。何せおめぇの事はこ~んなちっせぇガキの頃から知っているからよ。」

 幸との出会いは加藤が隠密廻り同心から町奉行所付きになった頃に遡る。その時幸は七歳の可愛い盛りだったのだ。そんな子供がいつの間にかいつ結婚してもおかしくない年齢に差し掛かっていることに加藤は改めて年月の流れを感じてしまった。

「ところでお幸ちゃん、どっちに行くんだい?方向に寄っちゃあ送っていくぜ。」

 待宵花魁が恵比寿屋から姿を消してしまった今、特に急ぐ用事はない。深川に行く前に少々の寄り道は構わないだろうと加藤は幸に尋ねたが、その幸の口から思わぬ情報が零れたのである。

「いえ、もうすぐそこなんですけど・・・・・向島にある恵比寿屋の寮に用事があるんです。今、御職の待宵花魁が労咳で療養中でしてね。『天寿慶心丸』を届けに行くんです。」

 待宵花魁----------その言葉を聞いて、加藤は激しく動揺した。しかし、それを表情に出さず、さりげなく幸に尋ねる。

「へぇ、さすが恵比寿屋の御職だね。上様と同じものを注文するたぁ。」

 『天寿慶心丸』を買い込むとは相当症状が悪いのか----------根掘り葉掘り聞き出したいのをぐっと堪えながら、幸から聞き出せることは全て聞き出そうと、加藤はあえて明るい口調を作り出す。

「いえ、形作りに失敗した、献上品にならない奴ですよ。それでも効能は同じなので・・・・・昔から花魁は山田家にとって上得意でしたから少しでもお得なものを差し上げたいんです。。」

「昔から・・・・・上得意?」

「ええ、十年間想い続けている方がいて、その人に操を立てる為に偽りの心中立てを・・・・・小指をうちから買っては贔屓に送っておられました。」

「そう・・・・か。」

 その言葉に加藤は黙り込む。十年間待宵花魁が想い続けている相手----------それはもしかしたら自分なのだろうか。そう思った矢先、幸の口から決定的な言葉が発せられた。

「そういえば、花魁の想い人も『加藤』って名前でしたけど、もしかして加藤さんのことじゃ・・・・・?」

 幸の口から飛び出した己の名前に、加藤は一瞬ぴくり、と肩を跳ね上げるが、次の瞬間それを誤魔化すように大声で笑い出した。

「そんな訳はないだろうが!俺に浮いた噂のひとつもないことはおめぇだって知っているだろう。御職を張っている花魁と恋仲だったら江戸八百八町に触れて回るさ。」

 とにかく恵比寿屋の寮の場所が判るまでは、そしてそこに待宵花魁がいる事がはっきりするまでは幸にこの事をばらす訳にはいかない。加藤は小さな嘘を吐き、何とか幸に付き添い恵比寿屋の寮に向かうことに成功した。



 恵比寿屋の寮は三囲神社の目と鼻の先にあった。だが、三囲神社へ向かう参道からは少々外れている為か意外と静かで、ときおり雀の鳴声が聞こえるくらいである。

「あ、ここです!加藤さん、もし良かったら一緒に入りませんか?」

 いかにも女性好みの、手入れが行き届いた寮を指さし幸は加藤を誘うが、加藤はそれを丁重に断った。

「いや、深川に野暮用があるからよ。伊佐五郎も待たせてあるし、俺はここで失礼させて貰うわ。」

 そう言い残すと、加藤幸に背を向けて低い黒塀沿いに歩を進めた。その黒塀越しに見える、小さな庭の向こう側には座敷があり、障子が閉め切られている。

(あの部屋に・・・・・いるのか?)

 障子が開くはずはないと思いつつ、加藤は立ち止まったままじっと障子を見つめてしまう。その時である。幸の来訪の声が響いたと思ったその刹那、障子が開いたのだ。

「お幸ちゃん、こちらに来ておくんなんし。」

 決して大きな声ではなかったが、二人を隔てているのは小さな庭だけである。それだけにその声は加藤の耳のもはっきりと聞こえのだ。そしてその障子の隙間から覗いたのは、紛れもなく待宵花魁----------空蝉であった。病の為か少しやつれ、髪も背中に流しっぱなしだったが、十年前と同じ、否、それ以上の美しさを維持していた。

「空蝉・・・・・!」

 その姿を見て加藤は思わず声を上げてしまう。その気配を、そして声を聞いたのか待宵花魁が声の方・・・・・加藤の方を振り向いたのである。

「あ・・・・!」

 明らかに待宵花魁の顔が驚きに彩られる。だがその時、下女と幸の足音が徐々に近づいて来ていた。

(空蝉・・・・・夜にまた来る。)

 加藤は唇の動きだけで待宵花魁に告げる。そしてその唇の動きを読み取った待宵花魁は黙ったまま頷いた。



UP DATE 2011.11.7


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この話は九月の『待宵花魁の恋』と対になっております。一応単独でも読めるようにしたつもりですが、宜しかったら『待宵花魁の恋』もご一緒にお楽しみくださいませv
(ちなみにこのブログのPC版TOPページの絵柄も残菊。ちょっとチカラ入っております・笑)

『紅柊』十一月の話は『残菊心中』となりました。もうタイトルから悲恋の匂いがぷんぷんしているのですが・・・・・しかも今回も幸は狂言廻し的な役柄に(苦笑)。一応主役なんですが、この話自体大衆劇的なところがありますのでご容赦くださいませ(たぶん話事に主役は変わってくると・・・・その方が色々Hのバリエーションも・・・・以下略・爆)
この話の通り夢中になりすぎた二人は見世によって引き裂かれ、身請しようにも空蝉こと待宵花魁が御職になってしまったので身請金が高くなってしまったという・・・・・。
それでも廻り廻ってようやく再開できた二人、次回11/1411/15更新分はこの出会いの夜、加藤が待宵花魁の許に忍び込んでくる場面が中心となります。


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