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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

残菊心中・其の貳~天保三年十一月の悲恋(★)

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十一月の冴え渡る満月の下、加藤は提灯も持たず一人向島へと急いでいた。昼間は七五三の祝いで賑わっていた江戸の街も、今は歩く人間もまばらである。吉原や岡場所ならまだ人も多いのだろうが、さすがに寮ばかりの向島ではそうはいかない。しんしんと底冷えのする冬の夜に好きこのんで出歩く者はおらず、恵比寿屋の寮の近くに差し掛かった時には人間どころか野良犬一匹さえいない有様だった。

「・・・・・霜月たぁよく言ったもんだな。うう、寒ぃ!」

 夜気に冷たくなった手をすり合わせながら加藤はひとりごちる。なまじ晴れ渡っている分、夜の冷え込みは厳しく、明日の朝には確実に霜が降りるであろう。そうなると心配になってくるのが待宵花魁の身体であった。
 幸がわざわざ山田家伝来の、しかも最高級品の『天寿慶心丸』を持って待宵花魁を訪ねているということは労咳もかなり進んでいる可能性がある。もしかしたらすでに喀血を見ているのかも知れない。
 一刻でも早く----------加藤の脚はますます早くなっていった。



 加藤が恵比寿屋の寮に近づいていたその頃、待宵花魁はひとり行灯の下で古い手紙を開いていた。それは加藤から届いた最後の手紙----------吉原の隠密廻りから奉行所付きの同心になったという手紙である。この手紙以降、待宵花魁の許には加藤からの文は来なかった。それ故に、てっきり自分など忘れ、誰か相応しい身分の娘と所帯を持ってしまったとばかり思っていたが、その疑惑は昼間再開した時に霧散していた。
 あの驚きの表情、そして『夜に来る』との唇の動き----------あの時は看病人の老婆や幸がこちらにやって来るところだったから加藤はその場を去らざるを得なかったが、誰もいなかったら塀を乗り越え待宵花魁の許に駆け寄っていたかも知れない。

「加藤様・・・・・。」

 嬉しさの涙がぽろり、と零れ落ち、小指の無い左手でその涙を拭ったその時である。


かさり


 庭の方で何者かが落葉を踏むような物音がし、軽い雪駄の足音と共に誰かがこちらに来る気配がしたのだ。そしてその気配を感じた待宵花魁が庭に面した障子の方を振り返ったまさに瞬間、障子が静かに開いたのである。

「空蝉・・・・・!」

 開かれた障子の向こう側に立っていたのは、十年間の間、ずっと待ち続けていた男の姿であった。



 ひんやりとした夜気が部屋の中に流れ込んでくる。その冷たい空気に負けない熱っぽい視線で、二人はしばしの間、互いをじっと見つめていた。

「空蝉・・・・・済まない。だいぶ・・・・・待たせちまったな。」

 先に口を開いたのは加藤であった。嬉しさと懐かしさ、そして悔恨の念が滲んだその言葉に待宵花魁は泣き笑いの表情を浮かべる。

「加藤さ・・・・・!」

 嬉しさのあまり加藤の許へ近づこうとしたその時、待宵花魁は咳き込み、突っ伏してしまった。その咳は激しく、なかなか止まりそうもない。

「空蝉!」

 加藤は慌てふためき、後ろ手に障子を閉めるとすぐさま待宵花魁の許に駆け寄った。

「大丈夫か?何か温かいモンでも持って来ようか?」」

 加藤は咳き込む待宵花魁の背中を撫でさすりながら優しく尋ねる。だが、待宵花魁は首を横に振りながら加藤の申し出をやんわりと断った。

「ゴホゴホ・・・・・だい・・・・じょうぶ・・・・・ですから。」

 咳き込みながらも待宵花魁は加藤に対して笑顔を見せる。その口の端にはうっすらと血が滲んでいた。

「すまねぇな、こんなになるまで待たせちまって。」

 加藤は申し訳なさそうにそう呟くと、己の唇を待宵花魁の唇に重ね、唇に滲んだ血を舐め取る。その行動にびっくりしたのは待宵花魁であった。

「加藤様!そんなこと・・・・・病がうつって・・・・・。」

 慌てて加藤から離れようとする待宵花魁を、加藤は包み込むように抱き寄せながらその背中を撫でる。

「労咳が怖くて十手なんて持てるかよ・・・・・それにこんな馬鹿な男の為に心中立てまでしてくれた可愛い女の病だ。むしろ大歓迎さ。」

 加藤は笑いながら、小指を失った待宵花魁の左手をそっと握りしめた。その左手の小指は箱に塩漬けにしたまま、屋敷の仏壇に置いてある。もし自分に何かあったら一緒に墓の中に入れてくれと、事あるごとに兄に頼んでは怒られている代物だ。そんな頼みも明日から兄にしなくても良くなったと、加藤は内心苦笑する。そしてそれと同時に加藤は十年間の歳月を腕の中に感じてしまう。

「それにしても空蝉。だいぶ・・・・・痩せちまったな。」

 元々華奢だった待宵花魁であったが、喀血を見てからさらにその身体は痩せていた。その、今にも折れそうな身体を加藤は己の腕に包み込み、待宵花魁が苦しくない程度に抱きしめる。その心地良い加藤の腕の暖かさに、待宵花魁はうっとりする。

「あったかい・・・・・。」

 加藤の温もりにほっとしたのか、待宵花魁は瞼を閉じ、そっと寄り添った。そんな待宵花魁を抱きしめ、背中を撫でてやりながら、加藤はふと行灯の近くに落ちていた古い手紙に目をやる。

「おい、空蝉。おめぇ、だいぶ古い文を後生大事に持っているな・・・・・他に何通も出してるはずだぜ?」

 不思議そうな加藤の声に瞼を閉じていた待宵花魁は目を見開き、きょとん、とした表情を浮かべた。

「え・・・・・?加藤様からの文はこれ一通しか・・・・・。」

「・・・・・届いていなかったのか!」

 加藤の言葉に、待宵花魁は頷く。

「畜生!あの女将か・・・・・!」

 加藤は待宵花魁を抱きしめながらちっ、と舌打ちをする。もしかしたらこの一通も少々抜けた下女が変に気を利かせて町飛脚から直接待宵花魁に手渡したのかもしれない。でなければこの手紙だけ待宵花魁が手に出来るとも思えなかった。

「やはり・・・・・手紙は握りつぶされていたのでしょうか?」

 加藤の腕の温もりにまどろみながら、待宵花魁は加藤に尋ねる。

「ああ。どんなに忙しくても月に一度は文を出していたんだ。」

 月に一度----------それを聞いて待宵花魁は恥ずかしそうに俯いた。

「私は・・・・・もう忘れられていると思って、三年前から文も出さなかったのに・・・・・。」

 御職としての仕事が忙しくなってしまった所為もあるが、それ以上に叶わぬ恋を追いかけ続けることに疲れてしまっていたのかも知れない。待宵花魁は自分の不実を加藤に詫びる。

「何だ、三年前まで出してくれていたのか?紙代だって馬鹿にならなかっただろうが・・・・・しかもおめぇは心中立てだってしているんだぜ?俺以上に馬鹿な奴だよ、まったく。」

 結局似たもの同士の二人なのだ----------それを実感した加藤は待宵花魁の頬に己の頬をすり寄せ、そして再び唇を吸った。



 この情交は待宵花魁の命を削り、奪ってしまうかも知れない----------そう思いながらも加藤は己の情熱を抑えることが出来なかった。待宵花魁の体調を伺いつつも、何度も何度も唇を重ね、白絹の寝間着の胸許から手をそっと差し入れる。以前も決して豊かとは言えなかった胸だったが、今はさらに薄くなっている。それを恥じているのか待宵花魁は加藤の手から逃れようと身体をよじるが、加藤は気にせずさらに手を奥へと進めた。

「苦しくは・・・・・ねぇか?」

 待宵花魁の唇を解放しながら加藤は尋ねる。加藤が触れている待宵花魁の身体は熱く火照っているが、それが情事の興奮故なのか、それとも病による熱っぽさなのか判断が付かない。そんな加藤に対し、待宵花魁は加藤の袖を握りしめながら首を横に振る。

「いいえ・・・・・これくらいなら。それに・・・・・。」

 待宵花魁は欲情に潤んだ瞳で加藤をじっと見つめる。

「十年間・・・・・待ちに待っていたお人にやっと抱いて貰えるのに、自分の都合で断るなんてできんせん。」

 待宵花魁は茶化すようにわざと郭言葉を使って答えた。そんな彼女の冗談に加藤はようやく安堵の表情を浮かべる。

「そこまで想って貰えりゃあ男冥利に尽きるな。じゃあ、遠慮はしねぇぜ。」

 加藤は悪戯っぽく笑うと、横に畳んであった冬用の掻巻きに待宵花魁を寄りかからせた。そしてそのまま両膝を立てさせる。

「これなら少しは楽だろう。」

 加藤の気遣いに待宵花魁ははにかみながら頷いた。

「じゃあ、苦しかったらすぐに言ってくれよ。俺は・・・・・間違いなくこれからお前に溺れて、そこまで気が回らないだろうから。」

 簪一本さえ付けていない髪の毛を撫でながら、加藤は苦い血の味がする待宵花魁の唇を再び蹂躙し、彼女の華奢な身体を弄び始める。加藤のその愛撫は、十年前と同じように情熱的でありながら、十年前と違った大人の気遣いが感じられるものであった。溺れてしまう、と言いながらも加藤は身体に無理がかからないような繊細な愛撫を繰り返し、待宵花魁を昂ぶらせてゆく。その愛撫にまるで最後の命の炎を燃やし尽くすように、待宵花魁は嬌声を上げながら反応する。病の熱とも相まってその身体は火傷するほど熱く、とろとろと蕩けそうな蜜壺からは止めどなく蜜があふれ出ている。

「空蝉・・・・・そろそろいいか?」

 いつの間にか帯を解いていた加藤が待宵花魁を抱きしめながら、熱く滾った蜜壺に己の逸物を宛がっている。ほんの少しどちらかが動いてしまえばそれはすんなりと待宵花魁の膣内に滑り込んでしまうだろう。それくらい二人は互いを求め合っていた。

「早う・・・・・。」

 加藤の首に腕を絡みつかせながら、待宵花魁はせがむ。その姿は人気見世で御職を張っている花魁ではなく、愛する男を求める一人の女の姿であった。この様な情交を待宵花魁は、そして加藤はすっかり忘れていた。加藤は待宵花魁の唇を吸いながら己の逸物を待宵花魁の膣内に滑り込ませていった。



 十年ぶりの激しい情交が終わり、さすがに疲れ果てたのか、待宵花魁は加藤の腕の中で気持ちよさそうにすやすやと寝入ってしまっていた。その少女のような無邪気な寝顔に加藤の気持ちも思わず和む。
 彼女がどれくらい生き長らえることが出来るのか解らない。だが、せめて死に際だけは看取ってやりたいと切に願った。

「・・・・・後で、源氏名じゃねぇ、親の付けた名前を聞きださなきゃな。」

 加藤がそう呟き、待宵花魁の顔を覗き込んだその時である。宵街花魁が加藤の声に気が付いたのか、う~んと軽く唸ってゆっくりと目を見開いた。

「あ・・・・・私、寝てしまって・・・・・。」

 待宵花魁は頬を染めながら起き上がろうとするが、加藤は気にするなとそのまま寝かしつける。

「気にするな。無理をさせちまったのは俺なんだからよ。それより、どうしても聞きてぇ事があるんだ。」

「?」

 床に横たわったまま、待宵花魁は怪訝そうな表情を浮かべた。どんなに考えても加藤が自分に聞き出したいことが何なのか、皆目見当が付かない。そんな待宵花魁に加藤が種明かしをする。

「おめぇの名前さ。こんなに惚れているのに・・・・・女房にしてもいいくれぇ惚れているのにおめぇの源氏名しか俺はしらねぇ。」

 少し拗ねたような物言いに、待宵花魁は思わず笑い出してしまった。

「確かにそうでした・・・・・・私の本当の名前は菊と申します。」

 九月の重陽の節句に生まれたらしいので、と待宵花魁は付け足す。

「菊・・・・良い名前だな。じゃあ・・・・・お菊、これからは絶対に・・・・・お前を手離したりしねぇからな。俺達はずっと一緒に暮らすんだ。」

 加藤は嬉しそうにそう言うと、待宵花魁----------菊を抱きしめたまま眠りに落ちていった。その暖かい腕に抱かれながら、御職の花魁から一人の女に戻った菊は声を押し殺し、加藤に気が付かれぬよう涙を流し続けた。



UP DATE 2011.11.15


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まずは体調不良故とはいえ更新が予告よりも一日遅れになってしまったことをお詫び申し上げます。また、さらなる体調悪化により以後の更新にも影響が出る可能性がございますのでその点ご了承くださいませ。(できる限りがんばりますv)

十年の歳月を経てようやく加藤と待宵花魁は再会する事が出来ましたvしかしすでに待宵花魁は労咳に冒されている身・・・・・加藤は歯がみしたくてしょうがなかったことでしょう。それでも互いの恋を、そして命を燃やし尽くすような逢瀬をします。その逢瀬が幸せなら幸せな分、後で訪れる別れが辛くなることを互いに痛いほど解っていながら・・・・・。
待宵花魁の本名を聞き出し、良人気取りで眠りこけてしまう加藤の腕の中で泣き続ける待宵花魁----------彼女は彼女なりに何か決意を固めているのでしょうね。
次回更新は体調さえ許せば11/22に。『残菊心中』最終話は加藤と待宵花魁の悲しすぎる恋の結末になります。
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