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「葵と杏葉」
葵と杏葉・開国編

葵と杏葉開国編 第二十七話 安政の大獄と請役罷免・其の参

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 斉正によってかけられた招集によって、佐賀城下にいた本藩幹部及び三支藩の重鎮が佐賀城大広間に集合した。
 どうやら義祭同盟に関わる処断の話らしい――――――それだけは使者によって知らされていたが、それ以外のことはまったく判らない。大広間には憶測が飛び交い、男達のざわめきで埋め尽くされたその時である。

「皆の者、静粛に!殿のお成りであるぞ!」

 進行役の茂義の怒鳴り声が大広間に響き渡った。耳順近い壮年とは思えぬその大音量に大広間は水を打ったように静まりかえる。そして大広間が静まりかえったところを見計らって、斉正が大広間に入ってきた。

「皆、忙しいところ急に呼び出して済まぬ。そなた達を呼び出したのは他でもない、ここ最近隔林亭で議論している件についてのことだ」

 その言葉に大広間に集められた男達の間に緊張が走る。その気配を感じつつ、斉正は眉ひとつ動かさず、言葉を続けた。

「・・・・・・その事について先程、茂義から良い提案があった。その提案とは請役・鍋島安房を罷免し、裏で動いて貰う事にしたらどうかということなのだが、この意見に対して皆の忌憚ない意見を聞かせて貰いたい」

 斉正の言葉が発せられた瞬間、緊張に満ちていた大広間の空気は何とも言えない戸惑いに支配された。



 幕府から見て一番判りやすい処断――――――請役を罷免することで『佐賀は攘夷派を許さない』という態度を示し、なおかつ茂真は『請役』の立場でがんじがらめにしておくより、隠居として自由に活動させるという茂義のとんでもない発想にその場にいた者達は一瞬戸惑い、そして騒然となった。

「請役殿を罷免しておきながら、実際は自由に活動させるなどと・・・・・・そんなにうまく話が運ぶのか?」

「むしろ謀反を疑われるのでは・・・・・・虎に翼をつけて放つようなものだぞ?それに気付かぬ幕府とも思えぬ」

「それもだが、請役殿に今辞められてしまっては藩政の舵取りはどうなるのだ?あれほどの政治力を持ったお方は藩内におらぬのでは?」

 大広間に集められた者達は不安をそれぞれ口にする。それもそうだろう、迂闊な行動をして大老に睨まれては元も子もない。幾ら斉正が直弼と懇意にしているとはいえ、個人的な付き合いと政治は違うのだ。

「静粛に!」

 斉正の一声に、騒然を通り越して大騒ぎになってしまった大広間は水を打ったようにしん、と静まりかえる。

「――――――茂義の提示した方法がうまく運ぶかはやってみなければ判らない。だが、考え得る限りで一番影響が少ないのはこの方法だ。」

 斉正のその言葉に皆頷くが、果たしてそんなうまく事が運ぶものなのだろうかと懐疑的だ。

「勿論、これで納得して貰えなければ次の手を打たねばならぬだろう。だが、最初の一手としては問題無いと思う。」

「でしたら――――――」

 斉正の言葉を受けて一人の男が言葉を発する。その人物の顔を見て大広間にいた者達は思わず息を呑んだ。

「武雄領主・鍋島茂昌を後任にするのは如何でしょうか。幸いここには本人はもとより、茂昌の父である茂義殿もおられますし」

 その発言をした男はこともあろうに処断を受ける請役・茂真であった。その表情は請役を罷免される男とは思えぬほど晴れやかで――――――否、むしろ策略を練っているような意味深な笑みを浮かべながら持論を展開してゆく。だが、その茂真の意見に異を唱える者がいた。

「おい、茂真。冗談にも程があるぞ。そもそもお前を請役から引きずり下ろせと言い出したのは俺だ。そんな男の息子を自分の後釜になんて・・・・・・何を考えているんだ?」

 茂真の言葉に異を唱えたのは茂義であった。

「自分の息子だから、という訳ではないが、こいつに請役が務めるとも思えん。腕っ節ばかりでろくに学問もしやしないし、男の癖にうじうじと言訳をしてなかなか行動に移そうとせん!この緊迫の時勢には荷が重すぎる!」

 前武雄領主というよりはむしろ出来の悪い息子への愚痴にしか聞こえない茂義の言葉に、茂昌本人は顔を赤らめて俯いてしまい、広間は失笑に包まれる。
 確かに佐賀藩の先鋒として砲術を始めとする蘭学技術をどんどん学び、積極的な茂義とは対照的に、茂昌は石橋を叩いて渡るような慎重な性格であった。顔立ち以外似ているところは武術に長けている事くらいだが、それは佐賀武士であれば誰もが持っている素質である。だが、そんな茂義に対し茂真は真っ向から反対した。

「つまり裏を返せば、藩を窮地に追い込むような迂闊な行動は絶対に取らないと言うことだ。それがしが裏に立たずとも、何かあった時、茂昌は事態を悪化させるような軽はずみな行動はとらないだろう。流動的な時勢だからこそ茂昌の慎重さは必要となる。それがしの後任としてこれほど相応しい男は居ないと思いますが」

 茂真のその言葉にも一理あった。要は目新しいからと言ってすぐに飛びつかない、慎重で生真面目な男――――――それが茂昌なのである。二十年以上も請役を務めてきた男の言葉だけに皆はなるほどと頷いた。だが、茂義だけはまだ納得しない。

「おい、お前等!話を聞いてばかりじゃな、く我こそは請役に!って奴はここにはいないのか!俺の愚息が請役になって後悔しても知らんぞ!」

 そう怒鳴り、茂義は大広間を見回すが、皆厄介事を引き受けたくないとばかりに、茂義と目を逢わせないよう視線を逸らす。

「いや・・・・・・この状況での請役は」

 茂義のひと睨みに皆尻込みをし始める。確かに外国船が次々と日本にやってくるわ、安政の大獄でいつとばっちりを受けるか判らない状況では、誰も請役などという重職は引き受けたくないだろう。

「・・・・・・ならば決定だな」

 斉正の一言に、茂義・茂昌親子以外のその場にいた全員が、ほっとしたように頷いた。

「請役・鍋島茂真を罷免とし、新たに武雄領主・鍋島茂昌を請役に就任させる。そして――――――」

 斉正は改めて兄に向き直る。

「兄上、これからも私を――――――佐賀を助けてください。お願い致します」

 請役という役職を離れ、純粋に『兄』の立場となった茂真に対して斉正は頭を下げた。その斉正の頭を上げさせながら茂真は苦笑する。

「殿、お願いですからこんなところで頭を下げるのはお止めください。請役を退いても私は佐賀藩士の一人――――――殿の家臣にございます。たとえ一線を退くことになりましても、この命に代えて殿を支えてゆきます」

 茂真はにっこりと微笑み、斉正の手を取った。それは己への処断――――――請役罷免を受け入れた瞬間であった。



 請役の罷免――――――本当にこれだけで幕府は、否、井伊直弼は目を瞑ってくれるのか。斉正を始め、藩幹部達は戦々恐々としていたが、その返事は思ったより早く思わぬ形で返ってきた。

『伝習所閉鎖に伴い、観光丸を佐賀藩に委託する』

 斉正の報告に対し、直弼が返した返事はこれであった。そもそも観光丸は阿蘭陀から幕府に寄贈された船である。そんな由緒ある幕府所有の船を佐賀藩に預ける――――――それは佐賀藩に対し幕府が全幅の信頼を置いているという事に他ならない。しかもその船は斉正が一目惚れし、欲しいと願っていた『スンビン号』なのである。

「これは・・・・・・大老からの許諾の返事と受け取っても宜しいのでしょうか?」

 やや緊張の面持ちで新請役・鍋島茂昌が斉正に尋ねた。さすがに二十年以上にわたり請役を勤め上げてきた茂真の後任である。一つ一つの仕事が、果たして的を射ているのか不安に思うのも無理はないだろう。そんな茂昌に対して、もっと自信を持てと斉正は笑った。

「ああ、勿論だ。しかも『スンビン号』を任せてくれるなんて・・・・・・私ががっかりしていたのをよく覚えていたものだ。まだ『井伊の赤鬼』の中に『ちゃかぽん』は健在と見える。まさに怪我の功名だな」

 茂昌から書状を受け取りながら斉正は最後に書かれた直弼の花押を見つめる。頭脳明晰な直弼のことだ、佐賀藩が茂真の請役罷免でお茶を濁そうと思っていることは百も承知だろう。それでも義祭同盟に所属している者達へのさらなる処断を求めてこないどころか、『観光丸』を佐賀藩に預けるところを見ると、やはり佐賀藩を、否、斉正を信頼しているのだろう。

「これは参勤で江戸に上がったら一席設けないとな。茂昌、この知らせを御船手稽古所の佐野に伝えよ」

 こみ上げる笑いを押し殺しながら、斉正はまだ堅さの抜けない茂昌に書状を返した。



 茂真の請役罷免が思惑通り以上の効果を上げたことも斉正にとって嬉しいことだったが、私的なことでもう一つ、斉正にとって嬉しいことが重なった。何と濱がめでたく懐妊したのである。

「生まれるのは参勤直前くらいかな」

 つわりも落ち着いた五ヶ月目、岩田帯を結ぶ儀式に立ち会った斉正は目を細めた。

「はい。出来ましたら立派な佐賀武士になれるような、元気な男の子が良いのですが」

 つわりの為、以前よりほっそりとした顔立ちの濱が幸せに満ちた笑みを浮かべる。そんな濱に対し、斉正は少々複雑そうな表情を露わにした。

「・・・・・・いや、そなたの家系なら、おなごであっても問題はなかろう。特に風吹に似れば、茂義や茂昌より剛胆な子が生まれるかも知れぬ」

 斉正の的を射た指摘に、濱は思わず笑い出す。

「殿、仮にも私の異母兄でございますよ、請役様は。父上は相当ひどいことを申したようですが、兄は単に生真面目なだけです」

 さんざんな言われようの異母兄を庇いながらも、思わず濱も同意していた。

「確かにそうだな。ある意味茂義によく似ていると思うのだが・・・・・・どうも茂義は納得しようとしない」

 クスクスと笑いながら斉正は濱の腹をそっと撫でた。



 そして月日は過ぎ、五年ぶりの参勤が三日後に迫った日、濱は愛くるしい女の子を産んだ。ただ、可愛らしいのは容姿だけで、その鳴声は男の子顔負けの元気なものであった。

「でかした、濱!こんな元気なややはなかなかおらぬぞ!」

 壊れ物のように小さな赤子を慣れた手つきで抱きながら斉正は目を細める。責姫を筆頭に生き長らえた子はすでに五名いるが、やはり生まれたての子は可愛いものだ。そんな幼子の顔を覗き込みながら斉正は何かを思いついたらしく口を開いた。

「濱・・・・・・この子の名前だがな、幸子、というのはどうだ?どんな世になっても幸せな人生を送れるように」

 斉正はみどり子のぷくぷくとした頬を軽く突きながら濱に尋ねる。

「幸子・・・・・・良い名前ですね。勿論否やはございませぬ」

 産褥の床で濱は目を細める。それは斉正にとっての末子・昶姫幸子の誕生であった。



UP DATE 2011.11.18

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茂真の請役罷免、思った以上に良い方向に転がっていきました(笑)。史実ではこの二つの事実に繋がりは特にない(と思われますが)、拙宅の話では『請役罷免』に対しての直弼のお返事とさせて戴きました(^_^)
実際はどういう経緯で観光丸を佐賀藩に預けることになったのか判りませんが・・・・・よっぽど執心していたんじゃないでしょうか(爆)。
そして仕事でも順調な時はプライベートでも順調なようでv前回結ばれた斉正と濱の間に末っ子となる女の子が誕生いたしました(^o^)
斉正の娘達って本当に『親の気持ちが入っているな~』という名前ばかりなんですよね。長女・責姫は『健子』ですし、末っ子は『幸子』、もう一人長生きした娘は『宏子』なのですが、男の子と違って『一文字決まった文字を入れなければならない』だとかのしがらみが無い分、親の気持ちを入れやすいのかも。
そんな生まれたての幸子を置いて次回斉正は5年ぶりとなる参勤へと向かいます。そしてそこで起こるのがあの悲劇・・・・・。次回更新11/25、桜田門外の変の前、たぶん斉正と直弼最後の会食が中心となります。

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