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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

七両二分の代償・其の貳~天保三年十二月の未練

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 十三日の煤払いが終わったばかりだというのに、川越藩上屋敷は年始の準備で慌ただしかった。出入りの農夫達も国許で採れた稲藁を使った注連縄や門松作りにも余念がない。特に門松はそれぞれの大名家にとって特徴があり、文字通り『家の顔』の役割を果たすだけに作る方も真剣だ。それを横目で見ながら銀兵衛は邪魔にならぬよう静かに喜代の実家、蒲生家へ脚を向けていた。

(それにしても上屋敷はいつ来ても清々しいな。)

 あたりを見回しながら銀兵衛はいつもながら感心する。慌ただしい中にも川越藩上屋敷は一切の無駄を省いた清冽さが漂っていた。他藩と違って参勤に一日しかかからないし米以外の農作物を江戸に売っている分財政に少しは余裕があるはずなのだが、それを良しとしない藩主自ら質素倹約に励んでいる。となると家中もその気風に倣わなければならない。とことんまで無駄を----------時には必要だと思われるものさえ----------省き、江戸の町人に『吝嗇』と揶揄されるほど質素倹約を徹底しているのだ。
 だが、銀兵衛自身はその清冽さが好きだった。下屋敷ではどうしても緩みがちになってしまう風紀だが、上屋敷にはそれがない。寒さだけではない、きりりと身の引き締まる空気の中、銀兵衛は喜代の実家である蒲生家の門をくぐった。

「ととたま~!」

 従兄弟達と遊んでいた銀兵衛の娘・喜美が銀兵衛を目ざとく見つけてちょこちょこと近寄って来る。年が明ければようやく三歳になる喜美はようやく歩けるようになり、先月からは銀兵衛の顔を見ると自ら近寄ってくるようになった。

「喜美か!また大きゅうなったな!」

 銀兵衛は目を細めながら駆け寄ってきた喜美を抱き上げる。決して子供好きという訳では無い銀兵衛だったが、自分の娘だけは別であった。特に自分を見つけては近寄ってくるとなればなおさらだ。

「喜美、かかさまは元気か?」

 娘をあやしながら銀兵衛はさり気なく喜代の様子を探る。やはりばつが悪いのか、それとも顔も見たくないと思われているのか、毎月金を届ける銀兵衛の前に喜代は一度も顔を出したことは無かった。もうじき三歳になる喜美に聞いても判らないとは思いつつ、銀兵衛はつい訪ねてしまう。

「あ~い!」

 案の定喜美はきゃっきゃとはしゃぐだけで銀兵衛の質問には答えられなかったが、その機嫌の良さそうな笑顔やつやつやと血色の良い頬、そして丁寧に繕われた従兄弟達からのお古の着物を見れば、喜代が育児をきちんとしていることは容易に想像出来た。

「そうか・・・・・ととさまは蒲生のおじさまと少しお話があるから、皆と遊んでおいで。」

 銀兵衛は喜美の頬に付いた土汚れを手で拭ってやりながら喜美をそっと地面に下ろしてやる。するとちょっと名残惜しそうに銀兵衛の方を振り返りながらもちょこちょこと遊んでいる従兄弟達の方へ近寄っていった。
 喜美は女児でありながら人形遊びを嫌い、従兄弟達と共に泥遊びに興じるのを好む。その様子からしょっちゅう男の子と間違われ、知人からは『おなごに生まれたのは本当に惜しい』と言われるが、銀兵衛は喜美が娘で良かったと心の底から思っていた。それは喜代の面影を色濃く受け継いでいるからかも知れない。
 銀兵衛は遊びだした喜美の後ろ姿を満足げに見つめながら、大きく冷気を吸い込み、長屋の中へ入っていった。



 『長屋』と名が付いているが、藩邸内の長屋は江戸市中の長屋と違いそこそこの広さがある。その中でも一番広い客間に通された銀兵衛は、懐から半紙に包まれたものを取り出した。

「・・・・これが最後の一両二分になります。どうかご確認ください。」

 銀兵衛は半紙にくるんだ金子を喜美の兄・弥之輔の前に差し出す。

「いくら矜持を保つ為とはいえ・・・・・四兵衛が呆れるのも無理はない。」

 弥之輔が軽く溜息を吐きながら銀兵衛が差し出した金子を確認し、それを受け取った。
 最初こそ『首代を不義を犯した妻側の実家に返済するなんて聞いたことがない。』と受け取りを拒否していた弥之輔だったが、銀兵衛があまりにも頑固だったのと、親友でもある銀兵衛の従兄・四兵衛が『喜美の養育費だと思って受け取ってやってくれ。』と諦め顔で弥之輔を説得したことにより『首代の受け取り』という前代未聞の珍事を甘んじて受けいれていた。
 だが、それも今日で終わる。弥之輔は少しほっとした表情を浮かべながら銀兵衛を労った。

「ところで蒲生殿・・・・・喜代の・・・・・・いいえ、喜代殿の再婚の話などはまだ無いのでしょうか。」

 自分の妻ならいざ知らず、喜代はすでに銀兵衛の妻ではないのである。銀兵衛はつい呼び捨てにしてしまった喜代の名を言い直して弥之輔に尋ねた。

「ああ・・・・・やはり離婚の理由が理由だから難しいところだ。それに喜美の事もある。無理に再婚させて再び騒ぎを起こされるくらいなら厄介にしておいた方が良い。」

「そう・・・・ですか。」

 弥之輔から喜代の現状を聞いた銀兵衛は、弥之輔と目を合わせぬよう伏し目がちに頷いた。その口調、そしてその表情から弥之輔は銀兵衛の喜代に対する複雑な想いを感じずにはいられない。

「まるで再婚を願いながら、腹では納得していないような口ぶりだな。」

 半分からかうような口調で弥之輔は銀兵衛に質すが、銀兵衛は何とも言えない苦笑いを浮かべながら頭を掻く。

「心外ですね。私は喜代殿に一日でも早く再婚して欲しいと願っております。喜代殿は私が追い詰め、不幸にしてしまったようなものですから。せめて次は幸せになって欲しいと・・・・・。」

 そこまで言うと銀兵衛は黙りこくってしまった。

「そう思うのなら、ここまで事を荒立てなければいいものを。」

 皮肉っぽく弥之輔は呟くと、らちらりと隣の部屋に通じる襖を見やる。だが、再び伏し目がちに俯いてしまった銀兵衛は、弥之輔の視線の動きにまったく気が付かなかった。

「ま、こればかりは縁だからな・・・・・お前こそ早く新しい嫁を見つけた方がいい。」

「・・・・・ええ。お言葉、胸に刻ませて戴きます。」

 銀兵衛は弥之輔に対し、上っ面だけの気のない返事をする。今の銀兵衛にとって再婚は考えられなかった。もしかしたら未だ再婚の話を受けない喜代も自分と同じ気持ちなのかも知れないと銀兵衛は思う。確かに親族を巻き込む大騒動になってしまった自分達の離縁であるが、たった四ヶ月で整理が付くほど、人の心は単純ではないのだ。

「では・・・・・喜代殿によろしくお伝えください。私は以後・・・・・できる限りこちらには顔を出さないようにいたします。喜美の事もよろしくお願い致します。」

 せめて一目だけでも、否、影だけでも喜代の姿を見たかった。だが、離縁してから四ヶ月、通い続けてもそれが叶わないとなるとやはりここが潮時なのだろう。断ち切れない未練を無理矢理断ち切る為に、銀兵衛はあえて『顔を出さない』と弥之輔に宣言する。

「そうか・・・・・では、喜代にはそう伝えておこう。お前も早く喜代のことは忘れ、新しい嫁を娶れ。御様御用を立派に勤め上げたんだ、もう生活に困ることもないだろう。」

 ほんの少しだけ声を張りながら弥之輔は銀兵衛を労う言葉を改めて口にしたが、その声の張りを不自然に思う余裕は、この時の銀兵衛には欠片も無かった。



 銀兵衛が家の門を出て行ったのを確認した後、弥之輔は広間に戻り次の間に続く襖を開けた。

「喜代・・・・・今までの話は聞いていたな。」

 三畳ほどの小さな次の間、そこにいたのは弥之輔の妹----------銀兵衛の元・妻である喜代であった。武士の娘らしく親子縞の綿入れを襟まできっちり着付け、髪の毛一筋の乱れさえ無いが、その表情は心の乱れを如実に露わにしていた。

「・・・・・はい。聞いておりました。」

 切れ長の大きな目に一杯涙を溜めながら、喜代は思い詰めたように唇を噛みしめ小さく頷く。

「お前の銀兵衛に対する未練も判らなくはないが、そろそろ潮時だろう。銀兵衛も律儀に七両二分を届けてくれたんだし、あと半月もすれば年も変わるんだ。年が明けたら心機一転、銀兵衛のことはもう諦めろ。」

 弥之輔の説得を喜代は黙って聞いていたが、その滑らかな頬につつっ、と一筋涙が伝い落ちた。兄の言うことは理解できるし正論だと喜代も思う。だが、正論だからと言って受け入れる事ができない。噛みしめた唇から微かに血が滲み、喜代の口中に血の味が広がった。それを知ってか知らずか弥之輔の説教は続く。

「いい加減飯田殿からの縁談を受けたらどうだ?飯田殿はお前のやらかしたことを納得した上で再婚をしてくれると言っているんだし、これ以上ありがたい話は・・・・・。」

「兄上様・・・・・それだけはお許しくださいませ!」

 とうとう耐えられなくなった喜代は床に突っ伏し、号泣した。芯が強く、滅多に感情を露わにしない喜代の泣きじゃくる姿に弥之輔も二の句を続けることができない。

「蒲生の・・・・・そして前畑の家に何泥を塗った私です。蒲生の家を出て行けと命じられるのであれば甘んじて受けます。ですが・・・・他の方の処へ嫁ぐことだけはお許しくださいませ!」

 泣き続ける妹を見つめながら、弥之輔は内心に沸き上がってくる苛立ちを押さえつけるのに苦慮する。

(こう・・・・・いつまでも未練を引きずるくらいなら、何故不義を犯したんだ!だからおなごというものは・・・・・。)

 銀兵衛の御様御用準備の為、金を工面したかったことは理解できる。しかし他にいくらでも方法があっただろう。確かに結婚していた頃銀兵衛は喜代に対して冷淡なところがあったが、それでも所々喜代に対して気遣いを見せていたのだから・・・・・。

「・・・・・勝手にしろ!」

 弥之輔はそう言い捨てると泣きじゃくる喜代をそのままに部屋を後にした。



 上屋敷を後にした銀兵衛は、その脚で品川へと向かっていた。すでに帰りが遅くなるという許可は藩に出してあるし、独身男性が多い下屋敷はそれとなく『事情』を察してくれて四半刻くらいの門限破りは大目に見てくれる。だが、そうなると却って人間というものは真面目に門限に帰ってきてしまうものなのだ。特に銀兵衛は一度結婚生活の『不自由』を味わっているだけに余計にそれを感じてしまう。

(門限破りなんて・・・・・きりきり舞いしてくれる相手がいるから面白いんであって、誰も待っていない長屋に帰っても面白くも何ともない。)

 普段銀兵衛がきつく当たってもじっと耐えていた喜代だったが、明らかに吉原や岡場所へ出向く時、喜代は不機嫌そうな表情を浮かべていた。それ以外の感情を表すことが殆ど無かった喜代だけに、銀兵衛も半ば面白がって喜代を煽っていたところもあったが、今となってはあんな事をするのではなかったと後悔ばかりが心を占める。

(もし、やり直せるならば・・・・・いや、やめておこう。考えるだけ空しくなる。)

 銀兵衛は頭を振って思い出の中にいる喜代の不機嫌顔を振り払う。そして傾きかけた日差しの中、品川へ向かって歩を早めた。



UP DATE 2011.12.13

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七両二分の代償、二話目です。どうやら未練たらたらだったのは銀兵衛だけでなく喜代の方も同様だったみたいです(^^;)ただ、親族を巻き込んだ騒動になっていますから『もう一度やり直したい』ということは絶対に口に出せないでしょうね・・・・・。せめてもの抵抗が『再婚をしない』という事だけっていうのもちょっと切ない感じがいたします。この二人の行く先は来年二月連載予定の『うそ替え』にて書く予定でありますが、公式には再婚できないものと思ってやってください。(だいたい焼けぼっくいには火がつくものです・笑)

次回更新は12/20、品川での色事+αになります。一応★付きなのですが・・・・・あまり期待しないでくださいませねv
(まったく関係ないかも知れませんが、この話のイメージソングはTMネットワークの『Confession~告白~』というめちゃくちゃ古い曲だったりします・・・・あくまでもイメージですけど、この曲の世界観と重なっていることに気が付いた自分・・・・・やっぱり青春時代にはまったものって影響受けるもんですね~・爆)
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