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「紅柊(R-15~大人向け)」
壬辰・秋冬の章

七両二分の代償・其の参~天保三年十二月の未練

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銀兵衛が川越藩上屋敷を出て品川の『真砂屋』に到着した時、道場の仲間達による宴はかなり盛り上がっていた。

「遅いじゃないですか、銀兵衛さん!皆待ちくたびれて先にやっちゃってますよ!」

 すでにほろ酔いの五三郎が銀兵衛に声を掛ける。その他五三郎の兄である為右衛門や前畑本家の四兵衛、芳太郎、利喜多親子に広田猶次郎などおよそ十人ほどが車座になっていた。すでに銚子が二十本近く並べられているところを見ると宴は佳境に差し掛かり始めたところなのだろう。

「悪い悪い。ついつい喜美をかまっていたらこんな時間になってしまって。」

 銀兵衛は笑いながらするりと宴の輪に入り込む。するとそれと同時に飯盛女が銀兵衛に近寄って来て酌をした。飯盛女とはいえ、その質の高さに定評のある品川宿である。銀兵衛に酌をしにきた飯盛女もそれなりに美しいのだが、先程まで離縁した妻の実家にいた身としては何となく居心地が悪い。

(喜代と離縁する前は妓と遊ぶ罪悪感なんて感じもしなかったのに・・・・・。)

 盃の酒をちびちびと呑みながら、銀兵衛は心の中で自嘲した。結婚していた頃は、というより喜代の不義が発覚する前までは何の罪悪感も感じることなく、むしろ喜んで遊里に出向いていたくらいである。それが男の甲斐性と疑いもしなかったのだが、しかし喜代が他の男と通じたことが判った時から妓遊びは勿論、酌を受ける事さえ居心地の悪さを感じるようになってしまったのである。
 酒と妓の移り香を漂わせながらが遊里から帰ってきた銀兵衛に見せた喜代の悲しげな目----------あの目の本当の意味が解った瞬間に、銀兵衛は喜代を永遠に失ったのである。

(後悔先に立たず----------とはよく言ったものだ。)

 喜代の不義、そして離縁の話が出てから銀兵衛は一切妓遊びをしていない。しかし、皮肉なことに銀兵衛が喜代以外の女に興味を失った瞬間から、銀兵衛はやけに娼妓にもてるようになっていた。ぎらつく欲望をそのままぶつけていた時よりも、余裕を持って、というより殆ど投げやりに娼妓と接するようになっているからかもしれない。
 娼妓としては『商売』に持ち込み懐から金を引き出さなければならない分、その気のない銀兵衛をその気にさせ、金を引き出させることに必死である。特に今年の銀兵衛は御様御用を任され、他藩からも『お手前仕置き』の代役を任されるようになっているだけに金回りが良い。前畑家共通の色男振りと相まって飯盛女達が群がってくるのは致し方がないだろう。

「おいおい、銀兵衛さんばかり相手にしてないでこっちにも酌をしてくれよ!」

 さすがに銀兵衛が困っているのを見かねたのか、為右衛門が助け船を出し、若手達もやんやと文句を言い始める。その騒ぎに渋々為右衛門達に酌をしに行く飯盛女達だったが、一人黙々と酒を呑む銀兵衛に色っぽい流し目を送り続けるのは諦めない。そんな飯盛女達の思惑を知ってか知らずか銀兵衛はさらに眉間に皺を寄せて黙りこくる。

「おい、銀兵衛。蒲生の家で何かあったのか?」

 飯盛女と入れ替わるように銀兵衛に近寄って来たのは年の離れた従兄である四兵衛であった。それを確認すると銀兵衛は少しだけほっとした表情を浮かべる。

「四兵衛従兄さん・・・・・いえ、何も。ただ、七両二分を支払い終えたので、以後蒲生の家に寄りつかないようにすると申してきました。」

 感情を押し殺した、小さな声で四兵衛にそう告げるが、その言葉の端々には未練が滲む。四兵衛がこの結婚を持ってきた時銀兵衛は露骨に嫌がっていたし、結婚しても娼妓遊びを止めないどころかむしろ積極的にしていたのに----------銀兵衛の未練がどこから来るのか四兵衛には理解できなかった。それだけに蒲生家に『家に寄りつかない』と宣言してきたことに安堵する。

「そうか・・・・・問題の金を全て渡し終えた今回が良い潮時かも知れないな。」

 四兵衛は穏やかに笑うと、手にしていた調子から銀兵衛の盃に酒を注いだ。

「・・・・・やはり、そうなのでしょうね。」

 露骨に安堵の気配を漂わせる四兵衛の言葉に、銀兵衛は首を横に振る。

「先月のお務めの時でしたか・・・・・逃げ出した内縁の妻を殺めた男がおりましたっけ。俺にとってあれは・・・・・他人事じゃありません。俺だってもしかしたら・・・・・。」

「おい、銀兵衛!」

 町奉行同心の代役として首斬り役を任される立場の者が言ってはならない発言に、四兵衛は気色ばむが、銀兵衛は高笑いをあげながら不意に真顔になる。

「・・・・・安心して下さい、俺にだって分別はありますよ。だけど、諦めきれないものというものはあるんです。」

 銀兵衛は注いで貰った酒を一気に煽った。銀兵衛の喉に仄かに甘い酒がするすると落ちてゆくが、その甘さは銀兵衛の心の苦さを甘さに変えてくれることはなかった。

「・・・・・たった七両二分。いや、実際はもっと少なかったかも知れないですけど・・・・・御様御用の準備金を工面できなかったばっかりに、俺は大きな代償を支払うことになってしまいましたよ。こんな事になるんだったら、もっと喜代を大事にしておくんだったと後悔してます。」

 銀兵衛は何とも言えない複雑な表情を浮かべている四兵衛に対し、自嘲気味に笑いながら肩を竦めた。



 宴の翌日----------十六日は吉昌の江戸城出仕日に当たり、道場は休みであった。なので門弟達が道場にやってきたのは宴の二日後、十七日であった。

「おはようございます、銀兵衛先生。」

 稽古用の刀を準備していた幸が、藩の務めで少し遅れて道場にやってきた銀兵衛に声を掛ける。

「おはようございます、幸お嬢さん。真剣を出しているということは、今日は胴が使えるんですね?」

 幸が手にしている数本の大刀を見ながら、銀兵衛が爽やかに一礼した。鼠小僧の獄門以来、なりを潜めていた盗賊達が『年越し』の為か十二月になって急に動き出していた。その胴がこちらに回ってきたのだろう。ようやくまともな鍛錬が出来ると銀兵衛が満足げな表情を浮かべたその時である。

「あ、そうだ・・・・・銀兵衛先生、ちょっといいですか?」

 幸が周囲を気にしつつ、懐から一通の手紙を取り出した。

「『ある方』から銀兵衛先生に渡してくれと昨日渡されました。」

「昨日?それに『ある方』とは一体・・・・・?」

 普段ははっきりとものを言う幸らしくもない、勿体ぶった言い方に銀兵衛は怪訝な表情を浮かべる。

「多分、中を読んで頂ければ・・・・・その方が誰なのか、そして何故昨日いらしたかは判るかと。」

 相変わらず周囲を気にしながら幸は低い声で銀兵衛に説明する。どうやらこの場所では口に出すのを憚られる人物からの手紙らしい。

「判りました。後で読んでおきます。」

 誰からの手紙かは判らないが、幸を通じて自分に宛てる位だから急ぎではないのだろう。銀兵衛はそう思い、手紙を懐にしまって早速稽古に取りかかった。



 だが、銀兵衛のやる気とは裏腹に、その日の稽古は吉昌の体調不良のため、早々に終わってしまった。

「どうやら焼火之間のおっさん達がねちねちとお師匠様をいたぶったらしいぜ。兄者から聞いたんだけどよ・・・・・またお師匠様の髪の毛が抜けちまうよな。」

 五三郎が猶次郎や芳太郎らとひそひそ話を始める。確かにその日の吉昌は疲労の色が濃く、精彩を欠いていた。その疲労は実のところ焼火之間の人間関係から来るものではなく、『もう一つの任務』によるものが大きかったのだが・・・・・。
 普段なら藁束の胴を使った自主練習や高弟による指導などで夜遅くまで稽古をするのだが、年末の多忙期ということもありこの日は八つ過ぎに稽古はお開きとなった。

「そういえば・・・・・さっき幸お嬢さんから渡された手紙は誰からのものなんだろう?」

 稽古の片付けもほぼ終わり、殆ど門弟達が居なくなった庭の片隅で銀兵衛は懐から手紙を取り出した。ほんのりと鳥の子色を帯びたその手紙を開き、中の文面を目で追ってゆく銀兵衛だったが、読み進めていく内に表情が強張ってゆく。

「こ・・・・・これは・・・・・!」

 凍える寒さの中にも、仄かな温もりを感じさせる鳥の子色の手紙、そこには几帳面な女文字で銀兵衛宛の文言が認められていた。

『・・・・・手前の不義にも拘わらず、七両二分を届けて下さったご厚意、感謝いたします。銀兵衛様におかれましては一日も早く相応しいお嫁様を娶られますよう----------喜代』

 七両二分を押しつけ、未練を抱きながらもようやく諦めようと覚悟を決めた矢先に喜代からの手紙がやってくるとは----------銀兵衛はその手紙を握りしめると、二階に刀剣を片付けに行った幸を追いかけた。

「幸お嬢さん!片付け中、失礼します!」

 息を切らした銀兵衛のあまりの興奮具合に幸はびっくりして、手にしていた刀を落としそうになる。

「喜代は・・・・・・喜代はここに、平河町に来たんですか!」

 銀兵衛の興奮の理由を理解した幸は、落とした刀を拾いながらこくり、と頷いた。

「・・・・・ええ。六の日なら稽古が無いはずだからと、供も付けず、お一人でこちらまでいらっしゃいました。もしかしたらご家族の目を盗んでいらしたのかも知れません。」

 幸も銀兵衛の家の事情は知っている。それだけに人目を忍んでやってきた喜代の頼みを断れなかったのだろうし、他の者に知られないように喜代の手紙を銀兵衛に渡したに違いない。

「あいつは・・・・・喜代は、元気でしたか。」

 喜代の兄、弥之輔にさえ教えて貰えなかったことを幸に尋ねる。せめて壮健でいてくれれば----------今の銀兵衛にはそれを願うことしか出来なかった。

「だいぶ・・・・・やつれてはいらっしゃいましたけど、意外と元気そうでしたよ。」

 元気そう----------幸の口からその一言を聞いて、銀兵衛はほっと胸をなで下ろす。

「そうですか・・・・・すみません、不躾をいたしました。では、失礼いたします。」

 聞きたいことを聞き出した銀兵衛は、幸にいきなり部屋に飛び込んできた非礼を詫びると、深々と頭を下げて部屋から退出した。

「喜代・・・・・。」

 一階に降り、縁側に出た銀兵衛は改めて喜代からの手紙を開く。喜代から手紙を貰うのは結婚していた頃を含めて初めてであったし、その一文字一文字が喜代を感じさせてくれる。
 そして鳥の子色の手紙を見つめているうちに銀兵衛は気が付いた。喜代、という名をしたためたその横に、うっすらと涙の跡が付いていることに・・・・・。

「もしかして・・・・・喜代もまだ・・・・・。」

 自分を想っていてくれているのか----------喜代の人格を踏みにじり、不義を犯すまでに追い込んでしまった自分に対して、ほんの僅かでも想っていてくれる気持ちが残っているのだろうか、と銀兵衛は淡い期待を抱いてしまう。

「まさか・・・・・。」

 だが、否定すればするほどその思いは大きくなってゆくばかりである。

「四兵衛従兄さんには悪いが・・・・・あと数年、俺の再婚は諦めて貰わないといけないな。」

 日が陰り、底冷えがし始めた縁側で、銀兵衛は喜代からの手紙を胸に押し当てた。去りゆく年と共に諦めようとしていた恋心に再び火が灯り、体中が熱くなる。
 銀兵衛は丁寧に喜代からの手紙を畳むと、まるで喜代そのものを抱きしめるようにその手紙をそっと懐にしまい込み、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。



UP DATE 2011.12.20

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互いに想いながらも感情の行き違いから別れてしまった銀兵衛と喜代。そのすれ違ったまま離れていくはずの二人が、喜代が勇気を振り絞って幸に託した手紙によって再び繋がるかも知れない・・・・・というところで今回は終わりになってしまいました(^^;)
さすがに二日前に『もう家には寄りつかない』と言い出してしまった手前、銀兵衛も喜代の実家に押しかける事は出来ないでしょうし、そもそも不義で離縁になったのだからいつまでも追っかけ続けているのも問題が・・・・・。
ちなみに喜代が山田家に出向いた理由なんですが、やはり銀兵衛の口から『もう蒲生の家には来ない』と言われてしまったことと、このままでは近い将来兄によって再婚を強いられかねないと思い詰めてしまった上でやらかしてしまった行動です。ついでに『狂女』の噂でも立てば再婚を受ける相手はいなくなるだろうと喜代なりの計算もあるのですが・・・・・。
こういう事に一度味を占めるとどんどん行動がエスカレートしていくんですよね~。この続編は来年二月、『鷽替え(うそがえ)』にて書かせて戴きます。勿論★付きでv

来週は『猫絵師・国芳』(既婚編)で新年らしいお話を、次の紅柊はそれぞれのお正月、ということでv(まだ考え中・・・・どうせなら一話ごとオムニバス形式で『姫始め』も入れたいんですけど・・・・・どうでしょう・笑)来年までには考えておきますv
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