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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

年礼と女礼者・其の壹~天保四年一月の景色

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江戸の正月は何かと忙しい。その最たる理由は『年礼』であろう。遠くにいる知人に対しては年賀状という非礼が許されるものの、歩いて出向けるところには直接出向き年始の挨拶をする事が常識とされていた。それは武士であっても町人であっても変わりない。この日ばかりは皆裃を身につけ、武士は二本、町人も一本腰に刀を差して江戸市中を廻り、知人に年始の挨拶をするのである。
 さらに武士や大店の商人になると『名代』もこなさなければならない場合がある。主人が行くほどでもないが、挨拶はしておかなければならない相手に対しては『名代』が挨拶に出向くのだが、この『名代』がくせ者である。下手をすると自分の年礼以上に名代の数が多く、なまじ主人に関わりのある相手だけに気を使わなくてはならない事が多いからだ。
 この名代、藩や大店のものだけでなく有名道場においても行われる。勿論山田道場もその例外ではなく、年始の登城や御三家、御三卿、その他有力大名への年礼に忙しい吉昌に代わり江戸に在府している高弟達は他の大名家へ挨拶に出向く。その格も厳しく定められており、参勤で大名本人が江戸に居る藩は後藤五左衛門やその長男・後藤為右衛門、前畑四兵衛や銀兵衛ら御様御用を任される高弟達が、大名が国許に帰っている藩には後藤五三郎や前畑芳太郎ら若手が年礼に当たる事になっていた。

「じゃあ今日は芳太郎さんと利喜多さんは四谷方面を、五三郎さんと猶次郎さんは芝方面に向かってお願いします。挨拶回りが終わったら一旦こちらに戻ってきて終わった分だけ報告をお願い致しますね。」

 例年同様てきぱきと若手を振り分けてゆく幸の指示に若手達は頷いた。普段は稽古しやすいように諸肌、尻っ端折り、夏場だと下帯一丁という姿の若手門弟達もこの日ばかりは裃を身につけ、きりりと決めている。試し斬り道場に通うだけに皆大柄であり、裃姿の集団でいると凄味さえ感じるほどだ。

「おう、じゃあ日が暮れる頃には戻ってこれると思うから、焙じたてのほうじ茶でも用意しておいてくれよ、幸。食事は先様ですると思うからさ。」

 五三郎は出先でちゃっかり食事までありつくつもりらしい。幸にちゃっかりほうじ茶を作っておいてくれと言い残すと、相棒の猶次郎を促して山田道場を後にした。



 五三郎と猶次郎の年礼はわりとすんなりと進んでいた。大半は玄関に出された芳名帳に名前を記すだけ、後の二、三件は上がって酒を呑みながら四半刻ほど話をすれば解放される。相手方も若い二人では大した刀談義も期待できないと思うのか、酒やお節を押しつけられることもなく解放されたのだ。だが、最後に残った----------というより、五三郎があえて最後に回した行き先が問題なのである。

「いいか、猶次郎。次に行く一関藩の上屋敷、ここが問題だ。間違いなくどちらかが潰されることを覚悟しておけよ。」

 この日最後の年礼先に向かう道すがら、にわかに緊張の面持ちを増した五三郎が同道している猶次郎に注意を促した。

「一関藩・・・・・先様に何か問題でもあらはるんか?噂では何も聞いたことはおへんけど。」

 武士にしては物腰が柔らかすぎる、上方訛の抜けない口調で猶次郎が五三郎に尋ねた。一関藩は陸奥国にあり、その上屋敷は浅野内匠頭が切腹した場所として有名である。それだけに猶次郎としてはかなりの名門という意識があり、何故五三郎がここまで一関藩に警戒心を抱くのか理解できなかった。しかしそんな猶次郎に対し、五三郎は声を潜めて本気で訴える。

「ああ、大ありだ。おめぇは去年江戸にやってきたばかりだから知らねぇだろうが、あそこの江戸家老が大酒飲みの上に話し好きでよぉ・・・・・一度捕まると本当に厄介なんだぜ。殿様が睨みを効かせている分には問題無ぇんだが、留守を預かっている時はここぞとばかりに羽目をはずしやがる。一昨年初めて兄者と別れて年礼に行った時、俺ぁ散々な目に遭ったんだ。おめぇも重々気をつけた方がいいぜ。」

 藩主がいない一昨年の年礼の際よっぽどひどい目に遭ったのか、鼻の上に皺を寄せて五三郎は口を尖らせた。まるで子供のような五三郎の表情に、猶次郎は思わず腹を抱えて笑い出してしまう。

「へぇ、よりによって道場で一、二を争う大酒呑みの五三郎はんがそこまで言うんやったら、ほんまなんどすね。せやったら相当気ぃつけへんとあきまへんな・・・・・ああ、おかしすぎや!その顔、おもしろ過ぎやで!」

 あまりの大笑いぶりに道行く者達が思わず振り向くが、猶次郎は笑いを止めることは出来なかった。猶次郎を睨み付けながら五三郎は憮然と腕を組む。

「てめぇ・・・・・大酒飲みの五三郎だけは余計だろう!潰されちまえ、くそったれ!」

 笑い続ける猶次郎に捨て台詞を叩き付けたが、猶次郎の笑いはなかなか収まることはなかった。



 そして二刻後、初春の夕日が山田道場の庭を柔らかな茜色に染める頃、五三郎と猶次郎の二人は一関藩の年礼から山田道場へ帰ってきた。

「猶次郎さん・・・・・そんなに辛かったら兄様に言伝てをして藩邸に帰っても良かったのに。」

 真っ青な顔をして道場に帰ってきた猶次郎に対し、幸は呆れたように呟く。その目の前にいたのは、真っ青な顔をして湯冷ましを口にする猶次郎であった。

「せやけど、それやったら男としてあまりにも情けな・・・・・うっぷ・・・・。」

 こみ上げる吐き気に耐えながら猶次郎は柱に背をもたせかける。その姿から察するに許容範囲をかなり超えた酒を呑んでしまったに違いない。道場の飲み会でもここまでひどい酔い方した猶次郎を幸は見たことがなかった。

「吐くんなら庭先にお願いしますね。後で片付けますから・・・・・山田道場の年礼参りはきついことで有名なんです。普通の年礼ならば挨拶だけで済みますけど、皆さん刀好きですから、ついついお酒と話が弾んでしまって・・・・・一関藩の江戸家老様のお話、長かったでしょう?」

 幸が同情するのも無理はない。普通なら玄関で名前だけ書いて済ませることが出来る年礼だが、試し斬りの専門家である山田道場の高弟や若手有望株になれば話は別である。
 普段刀の話をしようにも部下や家臣が相手にならないことも多いだけに、山田道場の高弟が来たのを幸いとばかりに『刀談義』に持ち込もうと刀好き達が手ぐすねひいて待っているのだ。
 特にそこそこ刀の知識のある老人などはそこそこ刀の話が解る若手が来ると『刀のことを教えてやる』とばかりに無理矢理屋敷に上がらせ、無理矢理酒を勧めながら延々と刀の蘊蓄を垂れるのである。
 一度経験すればそれなりにやり過ごす事が出来るようになるのだが、いかんせん入門して半年の猶次郎にそれは難しすぎたらしい。

「そもそも五三郎兄様は何をしていたんですか?猶次郎さんに助け船くらい出しても良いでしょうに。」

 部屋の中で出来たてのほうじ茶をすすっている五三郎をちらりと見ながら幸が問う。

「ああ、五三郎はんなら『腹を冷やしたらしい』って厠に引きこもって・・・・・あ、まさか!」

 ようやく気が付いたのか、猶次郎は大きく目を見開いた。そう、五三郎は自分一人厠に逃げ込み、猶次郎一人に一関藩の江戸家老の相手をさせたのである。

「やっぱりね。まったく兄様は・・・・・自分だけ逃げたでしょう!卑怯者!」

 睨み付ける幸に対し、五三郎は平然とした顔をしている。

「人聞きが悪いなぁ。俺は渋り腹の振りをして二人揃って逃げだそうとしたのによ、こいつが逃げ出そうともせずくそまじめに盃を受けるのがいけねぇんだよ。そもそも連れの体調が悪くなったらそれを理由に『今日のところはご容赦を』って逃げることができるじゃねぇか。まったく気が効かねぇよな、猶次郎は。」

 五三郎の言葉を聞いて、真っ青な顔の猶次郎は力なく首を横に振った。

「それ、とんでもない悪知恵やないですか。というかそんな敵前逃亡が武士として許されるとも思えまへん。」

 そうはいうものの、ぐったりしたその姿に説得力はない。そんな猶次郎に近づきながら五三郎はにやにやと笑う

「てめぇの身には変えられねぇさ。それにこの方法だって兄者に教えて貰ったんだ。ろくでなしは兄者の方さ。」

 五三郎は猶次郎の目の前にしゃがみ込むと、額を軽く指で弾いた。

「いたっ!何しはるんですか・・・・・。」

 やり返そうとした猶次郎であったが、吐き気に勝てず蹲る。そんな猶次郎に対し、五三郎は背中を撫でてやりながら猶次郎を労った。

「ま、今日は頑張ったんだからよ、明日は大人しく休んでろ。一関藩の江戸家老とやり合ったんだ。一日くらい休んだって上も文句を言わねぇさ。おい、幸。明日の年礼、寅助の奴を借りてもいいか?」

 その時たまたま猶次郎の為に湯冷ましを持ってきた寅助に視線をやりながら五三郎は幸に尋ねる。

「ええ、暫くは稽古もありませんし、別に構いませんけど・・・・・お酒が入ると寅助は腰が長くなりますよ。」

「それは覚悟の上さ。たまには寅助の奴にも美味い酒を呑ませたっていいんじゃねぇか?どうせ只酒なんだしよ。」

 山田家に古くから仕える下男の寅助はかなりのうわばみである。山田家の仕事に差し障るようなへまはしないが、仕事が終わると必ず焼酎を片手に一人晩酌をするほど酒好きなのだ。その酒に対する強さ故に吉昌や門弟達が寅助に酒の相手をさせるのだが、寅助が酔いつぶれたところを誰も見たことがない。それだけに酒を出されたら一箇所で居座る可能性もある。

「・・・・・ってことだ、寅助。明日なんだけどちょっと年礼に付き合ってくれねぇか。」

 複雑な表情を浮かべる寅助に対し、五三郎はにっこりと笑いかけた。

「お嬢さんのお許しが得られましたしね・・・・・喜んでお受けいたしましょう。」

 明日の年礼に関して寅助の承諾を得たその時である。五三郎達と別行動を取って年礼参りをしていた為右衛門と銀兵衛が山田道場に帰ってきたのだ。二人ともそれほど酔った風ではなく、どちらかというとほろ酔い気分と言った方が正しいだろう。

「為右衛門先生、銀兵衛先生、お帰りなさいませ。」

「兄者、そちらの年礼は如何でしたか?」

 矢継ぎ早に発せられる幸や五三郎の言葉に為右衛門は機嫌よさげに応えた。

「ああ、ついつい三宅殿のところで長居をしてしまってな。なかなか解放してくれなくて困ったよ。特にこいつの話でさ。」

 そう言って為右衛門は銀兵衛をちらりと見やる。

「去年初めて御様御用を任された上に私生活では離縁をした、なんて波瀾万丈な一年を過ごした男を目の前にそっとしておいてくれるほど三宅殿はお人好しじゃない。刀談義と同時にこいつの話を根掘り葉掘り聞かれて困ったよ。」

「本当ですか、銀兵衛さん?」

 さすがに五三郎も心配そうに銀兵衛に尋ねるが、当の銀兵衛は意外とさばさばとした笑顔を見せた。

「まぁこればかりは仕方ないさ。松の内が過ぎたら口の端にも上らなくなるだろうからそれまでの辛抱だ。それに・・・・・いや、これは俺の思い違いだから言うのはやめておこうか。」

 意味深な銀兵衛の言葉に五三郎が食いついた。

「何ですか、それ!ここまで言って聞かせてもらえないなんて気持ち悪くてしょうがねぇ。銀兵衛さん、今日はその話を聞かせて貰いますからね!」

 銀兵衛の袖を掴んでにじり寄る五三郎に対し、為右衛門は苦笑いを浮かべる。

「おいおい、松の内の間は止めておけ。どうせ道場の新年会が八日にあるんだからその時で良いだろう。」

 兄である為右衛門に促され、五三郎は渋々銀兵衛の袖を離した。

「じゃあ、絶対に新年会の時に聞きますからね!忘れないでくださいよ、銀兵衛さん!」

「ああ、その時までには思い違いか否か確証が持てるだろうから話してやるよ。」

 茜色の空が藍色に変化していく中、銀兵衛は何故か幸せそうな笑みを浮かべ五三郎にそう約束したのだった。



UP DATE 2012.1.3

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『紅柊』新年第一弾は年礼をテーマにいたしましたv慌ただしい中での執筆となってしまった為問題点多々あるかと思いますが、温かい目で見てやってくださいませ(誤字脱字のご指摘大歓迎ですv)

この年礼、今では馴染みがないものですが、江戸時代(の男性)は松の内の間に年始挨拶に出向いたそうです。これが相当面倒臭かったようで(笑)、岡本綺堂先生のエッセイでは『電車が無かった時代は遠くまで歩かなくてはならず、かなり疲れた』的な事を書かれておりましたっけ・・・・・。(さらにお土産で持たされるミカン等々も子供にとっては厄介なお荷物だったようです・笑)
この年礼、大抵は玄関先で名前を書くだけで済んだらしいのですが、たまには今回五三郎&猶次郎のような事もあったみたいです。現代の感覚だと、あまり得意でない得意先のえらい人に捕まり、酒を呑まされつつ延々つまらない話を聞かされるってかんじですかねぇ(爆)。なまじ酒が入っているだけに多分話はエンドレスだったと思われます(^_^;)

次回は銀兵衛がらみでまだ話に登場していない女礼者について書かせて戴きますねv

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