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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の肆・菖蒲葺(桂小五郎&幾松)

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「菖蒲葺(しょうぶふき)か。もうそんな季節なんだね。」

 長州藩控屋敷に久しぶりに帰ってきた桂小五郎は、軒に挿された菖蒲の葉に目を遣り、わざわざ出迎えてくれた幾松に声をかけた。

「世の中がどんなに変わっても季節は変わらず巡るもんだ。君との逢瀬も久しぶりだし、今日はせっかくだから菖蒲酒でも戴こうか。」

 たわいもない桂の一言であったが、この一言によって自身が命拾いするとはこの時桂も、幾松も微塵も思わなかった。久しぶりの桂との逢瀬に浮かれ気分で酒屋に向かおうとした幾松であったが屋敷から二つほど離れた曲がり角を曲がろうとしたその時暗がりにはっきりと浮かび上がる『誠』の文字--------新選組の御用提灯が目に飛び込んできたのだ。その様子から間違いなく新選組はこちら、すなわち長州藩控え屋敷へ向かってきている。しかもかなりの早さだ。

「あかん・・・・早う小五郎はんに知らさへんと。」

 菖蒲酒の事などすっかり忘れ、幾松は慌てて今来た道を小走りに屋敷へと戻った。




「小五郎はん!新選組や!」

 幾松は屋敷に飛び込むと桂が居ると思われる二階に向かって声を張り上げる。その声に桂は逃げようと窓の外を見るが、新選組の脚は思った以上に早く、すでに屋敷は十人ほどの新選組隊士に囲まれていて逃げ道が塞がれていた。

「ここは仕方が無いか・・・・。」

 桂は愛刀を掴み、鞘から抜こうとするが、部屋に飛び込んできた幾松がそれを止める。

「小五郎はん、あきまへん。多勢に無勢・・・・・なんぼ小五郎はんが剣の達人やて、あないな大人数相手やったら逃げ切れまへん。ここはうちに任せて、こん中で今暫く潜んでいておくれやす。」

 幾松はそう言って部屋の隅にある長持の前に桂を導いた。蓋を開けるとその中にはほとんど着物は入っておらず桂一人なら余裕で入り込める余地がある。

「・・・・わかった。ここは君に命を預ける。」

 桂は幾松を抱き寄せ、背中を軽くぽんぽんと叩くとそのまま長持の中に入り込んだ。その瞬間である。

「御用改めである!神妙にしろ!」

 新選組局長・近藤勇の太い声が長州藩控屋敷に響き渡ったのだ。その声と同時に永倉新八、島田魁ら新選組隊士が一気に踏み込む。外にいる見張りの数といい、新選組局長近藤がわざわざ出張って来た事といい新選組は『極めて精度の高い情報』を入手したに違いない。もしかしたら仲間内に裏切り者が居るのかも知れない・・・・・長持の中で桂は志士の顔を一人一人思い出すが思い当たる人物は一人もいなかった。
 そんなこんなで新選組の探索は執拗を極めたが、しかし、押し入れや納戸、雪隠に至るまで探し尽くしたにも拘わらず目当ての桂の姿はどこにもなかった。さすがに諦めかけたその時である。



~恋に焦がれて 鳴く蝉よりも~ 鳴かぬ蛍が 身を焦がす~



最後に残った二階の奥の間から三味線に乗せた唄声が漏れ聞こえたのだ。

「ここかっ!」

 永倉が三味線の音が聞こえてくる部屋の襖を勢いよく開く。しかし、その部屋に居たのは一人の芸妓-----幾松だけであった。幾松は、部屋の隅に置いてある長持の前に座り、涼しげな顔で三味線を弾いている。

--------あの中か。

 幾松の背後にある長持に目を付けた近藤は、遠慮無く部屋に入り込み、いかにも怪しげなその長持の蓋に手をかけようとした。


ピシィッ!!


 近藤の手に激痛が走り近藤は思わず手を引いてしまう。何と、幾松が三味線のバチで近藤の手を思いっきり叩き、払いのけたのだ。あどけなさの残る美貌に険を含ませ、低い声で幾松は近藤に語りかける。

「お初にお目にかかります。新選組局長、近藤勇はん・・・・どすな?これほど屋敷内を改めてうちに恥をかかせた上、もしも、この長持の中に誰もいないとなれば・・・・・。」

 きっ、と近藤をにらみ返し幾松は続ける。

「近藤はん、責任とってこの場で切腹してくれはりますか。」

 幾松の言葉に、その場にいた男達は全員凍り付いた。




「--------この長持の中にどなたもいないとなれば近藤はん、責任とって、この場で切腹してくれはりますか。その覚悟がおありどしたら、どうぞ改めておくれやす。」

 抜き身をちらつかせた新選組の男達の前で幾松は顔色一つ変えず近藤にそう言い放った。


「貴様っ!」

 武士を武士とも思わぬ幾松のその言葉に、頭に血が上った隊士の一人が幾松に掴みかかろうとしたが近藤は自らそれを遮り、幾松を庇った。

「・・・・・さすが『三本木の幾松』、噂に違わぬ女丈夫だな。桂小五郎ほどの大物が贔屓にするだけの事はある。」

 そう言って豪快に笑うその顔に幾松はえくぼを見つけた。厳つい容貌をしているが、この男も幾松の情人とそう変わらぬ年なのだ。その事を幾松は改めて感じた。

「幾松殿、今日の所はあんたの顔を立てよう。済まなかった。」

 そう言って近藤があっさりと立ち去ろうとするものだから他の隊士達が従わない訳にはいかない。中には納得できないという表情をあからさまに浮かべている隊士もいたが局長の指示は絶対である。新選組は近藤に率いられて長州藩控屋敷を後にした。

「・・・・小五郎はん、そろそろ出てきておくれやす。」

 新選組が立ち去って暫くした後、幾松は長持の中の桂に声をかけた。

「君は・・・・・なんて無茶をするんだ。あんな事をされたんじゃいくら命があっても足りないよ。」

 長持から這い出てきた桂のその顔は意外なほど強張っていた。それもそうだろう。愛しい女子が十人以上の敵に囲まれいつ斬りつけられるか判らぬ状況にいたのだ。むしろ自分が敵と対峙する方がどれほど楽かと桂は幾松に文句を言う。

「本当に・・・・・壬生浪に囲まれて怖かっただろう・・・・ありがとう、幾松。」

 桂は幾松のふっくらした頬を両手で包み、感謝の言葉を述べた。

「何いうてはるのん。惚れたお人の為やもの。な~んとも思わへん。」

 桂の心配を吹き飛ばすかのように屈託なく笑うその笑顔にはまだあどけなさが残る。今年二十三になるとは思えないその笑顔につられ桂も思わず微笑んでしまった。

「・・・・なぁ、幾松。」

 ひとしきり笑った後、桂は幾松に改めて話しかける。

「いつか言おうと思っていたんだが、君さえ良ければ・・・・・もう少し状況が落ち着いたら僕の妻になってくれないか。」

 桂のそのまなざしは真剣そのもので、戯れ言を言っているようには思えなかった。

「小五郎はん・・・・?」

 いつもと雰囲気の違う桂に気付き、幾松は小首をかしげる。

「いつか徳川を潰し、この国を英国や仏蘭西に負けないような強い国にしたら・・・・妾じゃなく正式な妻になって欲しいんだ。」

 桂小五郎一世一代の告白である。しかし悲しいかな正式な妻という言葉に幾松は吹き出してしまったのだ。

「いややわ、小五郎はん。いつもの戯れ言にしても性質が悪すぎやわ。」

 事ある毎に所帯を持とうだの一緒になってくれだのと冗談だか本気だか判らぬ言葉を聞かされ続けているせいか桂の言葉は幾松に全く信じてもらえないようである。

「次の逢瀬の約束も出来へん人の言うことなんか信じられまへん。まだ徳川を潰すゆう話の方が真実みがあるわ。」

 涙を浮かべるほど大笑いをした後、幾松は急に真剣な顔になる。

「せやけども、法螺いうもんは最もらしくつくもんやしな。あまりにもありえへん話だから・・・・正妻はんにしてくれるなんてむちゃくちゃで嬉しい話、しゃあないから信じてあげる。」

「本当か!」

 幾松の諾の返事に桂は思わず幾松を強く抱きしめた。それに応えるように幾松も桂の背にそっと手を添えた。

「その前に死んだらあきまへんえ?うちかて女子やもん。祝言くらい挙げさせてな?」

「もちろんだ。『逃げの小五郎』は伊達じゃない。」

 あまりにも不名誉なあだ名を堂々と言うものだから、その可笑しさに二人は再び笑い出した。



 明治三年、木戸孝允と改名し、新政府の参議となった桂小五郎は幾松を長州藩士岡部富太郎利済の養女とした後、正式な妻として迎えた。幾松は木戸孝允との婚姻を機に『木戸松子』を名乗るようになるがこの結婚は日本において初めての『身分差を超えた正式な婚姻』であったと言われる。



UP DATE 2009.4.22


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《幕末歳時記》もようやく四話目になりました。こんな感じで月1~2話できたら良いんですけどね~。

今回は桂×幾松をやらせて戴きました。この幾松さん、江戸っ子の女髪結いの姐さんに『江戸っ子みたいにきっぷがいい』と褒められるくらい気前のいい人だったみたいです。
でも京都の芸妓ですからやはり女らしさというか江戸の女子にはないかわいらしさがあったと思うんですよね~。そんな女性を書こうと目指したのですが見事玉砕です(爆)。そんなこともありますってv

次回は特に考えていないのですが、できるだけ意識して維新派から選ばないとぜんぶ佐幕派になってしまいそうな気がするんですよ。好きなのは佐幕派なので。
とりあえず梅雨時にもう一回今回のCP(池田屋直後のおにぎりの話)、土用の丑の日あたりに伊庭八郎、というのは決めてあるんですけど後がね。あ、西郷さんの島流しの時の話とか龍馬×お龍さんは書きたいです(笑)。とりあえず問題は五月・・・・これから考えます。
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