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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

年礼と女礼者・其の肆~天保四年一月の景色

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三が日は過ぎたものの、まだまだ松の内の江戸市街は行き交う礼者や大道芸の芸人達で賑やかだ。そんな江戸の街中を、幸を乗せた宿駕籠は人の波を掻き分けながら外桜田にある佐賀藩邸に向かう。

「やっぱり歩きで行った方が早かったかなぁ。」

 平河町から外桜田まで決して歩けない距離ではないし、普段なら佐賀藩邸には徒歩で出向く幸だ。本当なら駕籠を飛び出し、さっさと歩いて佐賀藩邸に向かいたいところだが、そこは『格式』が邪魔をする。ちびちびとしか進まない宿駕籠に苛立ちながら、幸は『山田浅右衛門家』の格の為、じっと堪え忍び宿駕籠に乗り続けた。



 なかなか先へ進まない宿駕籠が外桜田にある佐賀藩邸に到着したのは平河町を出てから半刻後であった。ちなみに歩きなら幸の足で四半刻ほどで到着する距離である。乗り物疲れを感じつつ、駕籠代を支払うと、幸は藩邸の黒門側へ回り、直立不動の姿で警備している門番へ声を掛けた。

「失礼仕ります。山田浅右衛門が娘、幸が参りましたとお女中にお伝えくださいませんでしょうか。」

 幸は自分の胸許についている『抱き柊』の家紋をさり気なく見せながら門番に自身の来訪の伝達を頼む。
 普通の大名家へ出向くときは三つ紋を身につける幸であるが、徳川宗家及び御三家、御三卿、そして大名家へ嫁いだ姫君への面会時には五つ紋を身につける。浪士ながら将軍家御様御用を任じられている、山田家の矜持であろう。

「うむ、承知した。しばし待たれよ。」

 幸の五つ紋を確認した門番は幸にそう言い残すと、幸の来訪を内部へ伝えに黒門の中へ引っ込んでいった。



 元々先触れも出しておいたので幸はすぐに黒門の中へ入る事を許され、客間へ通される。

「お幸ちゃん、明けましておめでとう。十五歳になってだいぶ娘さんらしくなったわね。」

 そこにいたのはいつも迎えてくれる女官長の風吹ではなく、一番の若手である颯であった。颯は姫君付きの女官とは思えぬ気さくさで幸に声をかけてくる。

「颯様、明けましておめでとうございます。今日、風吹様はお風邪ですか?」

 風吹の姿が見えないことを訝しく感じた幸が颯に尋ねた。

「いいえ、今日は姫君様の名代で本郷の方へ年礼に----------身分的に仕方がないのですけど、あのようなお方でしょう?溶姫君様のところの女官達と喧嘩になりはしないかと肝を冷やします。」

 冗談半分の颯の言葉に幸も思わずつられて笑ってしまう。徳川宗家の姫の中でも特に溶姫は----------というより溶姫の取り巻きは居丈高で有名である。幸も年に一度、年礼時に挨拶に出向く程度だがその鼻持ちならない態度に怒りを通り越して呆れるばかりであった。勿論溶姫の前に通されたことなど一度もない。
 それに対して盛姫や他の武術好きの姫君は、身分は浪士であっても旗本の娘と同格に幸を扱う。それが本来の『山田浅右衛門』の銘であり、将軍家でさえも一目置く存在なのである。

「そうですか・・・・・では、風吹様へは改めて年礼に伺わせて戴きます。先日試しを注文されました長刀の件で少々お話させて戴きたいこともございますので。」

 そんな幸の一言に颯が眉を顰める。

「あの長刀・・・・・やっぱり欠陥品だったの?」

 やはり、とはどういう事だろうか?引っかかるものを感じながらも幸は風吹に面会したい理由を述べた。

「いいえ。元は相当良いものだったはずなんですが、手入れをしないままだいぶ年月が経ってしまっていて茎が少し痛んでいたんです。刃の部分は問題無いんですがそのまま試しをしてしまうと茎から折れてしまいそうなので、普段とは違うやり方でも構わないかと伺いたかったんですけど・・・・・颯様がそう仰ると言うことは、何か曰くがある長刀だったのでしょうか?」

 幸の質問に颯は大仰に頷く。

「ええ。実は風吹殿の愛人・・・・というか良人というのか何というか・・・・・の武雄領主が昨年末に蟄居を銘じられてね。暫く江戸に来ることが出来ない上に、下手をしたらいつ切腹になるか判らないからと『形見分け』で送られた長刀なのよ。だけど、自分で藁束も切りもせずにお幸ちゃんに預けたって事は、茎のことは知っていたのかも知れないわね。」

 颯の言葉に幸は納得した。風吹は長刀の名手である。その風吹が山田家へ預けたと言うことは自分では無理だと判断したからに違いない。元々刀と違って茎が短い長刀である。風吹もその点は覚悟しているだろうと幸は推測した。

「そうですか。では長刀を痛めぬようにいたしましょう。改めて風吹様にはご挨拶に伺いますが言伝をお願いできますでしょうか?」

「ええ、勿論。」

 颯の頼もしい笑顔に幸はようやくほっとした表情を浮かべた。その時である。

「お待たせしました。姫君様のお支度が調いましたのでどうぞ。」

 どうやら盛姫側の準備が整ったらしい。迎えに来た女官の言葉に促され、幸は大広間へ案内された。

「山田幸、参上いたしました。」

 幸は大広間の前で膝を付き、深々と一礼をしてから部屋の中へ入る。そんな幸の目の前には御簾にも入らずにこやかに微笑んでいる盛姫がいた。

「明けましておめでとうございます、姫君様。」

「久しいの、お幸。三ヶ月ぶりか・・・。」

 鈴を転がすような声、とはこのような声を言うのだろうといつも幸は思う。良く通る、澄んだ声が幸の耳を心地良く擽った。
 立場上、大奥を始め数々の大名家の奥向きへ入る事の多い幸だが、盛姫ほど美しく、怜悧な姫君を幸は知らない。尤も普通の姫や大名夫人は家族以外の来訪者に滅多に顔を見せるものではないので『美人』という点においては疑問を否めないが、少なくとも幸が見知っている高貴な姫君や吉原の花魁の中では一番美しい顔立ちをしていたし、源氏物語から四書五経、果ては現在の政治に刀の目利きまでその知識の幅は幸の憧れでもある。唯一苦手なのが『琴の演奏』らしいのだが、それはご愛敬だろう。

「そうですね、確かこの前は十月、試しものをお届けに上がったときでした。」

「そうじゃった。思うたより成績が良くてびっくりしたものじゃ。そういえば、風吹の長刀が少々厄介な事になっているらしいの?」

 いつの間に先程の会話の情報が盛姫の耳に入ったのだろうか。幸にさえその気配を感じさせず、なおかつ素早く盛姫に情報を届ける女官達の手腕に内心舌を巻きながら、幸は盛姫の質問に答える。

「御意。山田浅右衛門及び優秀な手代わりでさえも、あの長刀で普通の試しをしてしまえば茎を痛めかねません。ただ、刃先は問題ございませんので、普通より試し柄を長めに取らせて戴ければ問題無いと思うのですが・・・・・本当は今日、風吹様にその許可を頂きたかったのです。」

「そうか。なれば妾から許しを与えよう。風吹の事じゃ。そなたに長刀を預けた時点で自分では手に負えぬと観念したのじゃろう。」

「そうですか。ではそのようにさせて戴きます。」

 盛姫直々の許可が下りたと言うことは、万が一風吹と行き違いがあっても問題無いという事である。盛姫の頼りがいのある言葉に、幸は肩の荷が半分ほど下りたような気がした。

「ところで話は変わるがのう、お幸。」

 改めて盛姫が幸に声を掛ける。

「そなたも今年で十五----------山田家の七代目の話はまだ出ておらぬのか?」

 盛姫の口から七代目と出たその瞬間、幸の顔が茹で蛸のように真っ赤に染まった。



 七代目山田浅右衛門----------それは幸の良人になる相手を意味する。つまり盛姫は単刀直入に『そろそろ婿を迎えないのか?』と幸に尋ねたのだ。そんな盛姫の問いに、普段しっかりしている幸もさすがに動揺してしまう。

「ひ・・・・・姫君様!新年早々、お戯れが過ぎまする!」

 十五歳にしては落ち着き払っている幸の、滅多に見せない慌てぶりに、盛姫を始め周囲の女官達も笑い出す。

「ねぇ、どうなの?お幸ちゃん?十五歳、っていったらそろそろ話が出始めてもおかしくないわよね?」

 探るような颯の言葉に幸は慌てて首を横に振る。

「で、弟子達はみ・・・・皆、まだまだ修行中の身ですし、その様な話は一切六代目から出ておりません!もう、勘弁してくださいませ・・・・・。」

 女官達の探るような視線から身を守るように体を縮こませ、幸は泣きそうな声で訴えるが、他人様の恋の話に女達は容赦しない。

「それは本当?すでに一人か二人くらい目処は付いているのではないの?」

「そんな事はありません!皆、免許皆伝どころか御様御用もまだまだ任されるような腕に達しておりませぬ。少なくともあと三年ほどはかかるかと・・・・・なので皆様が期待されるような話は一切ございませぬ。」

 幸は何とか話を変えようとするが、弱冠十五歳の小娘が、姫君付きの女官数人にお喋りで敵う筈もない。

「でも、大体検討はつくでしょう?私は新見藩の五三郎か川越藩の芳太郎のどちらかだと思うんだけど?」

「あら若いながら弟の利喜多も悪くないんじゃない?それに豊川藩の広田猶次郎も捨てがたいわよ。」

 どうやら黒門の女官達の中では『誰が七代目を襲名するのか』ということが話題になっているらしい。いつの間に名前を覚えたのかと幸が唖然とするほど若い有望株の弟子の名前がぽんぽんと飛び出してくる。

「そう言えば芳太郎の遠縁の・・・・・銀兵衛、でしたっけ?確か離縁したのよね。だったらあの者にも機会が・・・・・。」

「あ、それは絶対にありません。前畑銀兵衛は未だ別れた妻に未練が・・・・・。」

 そう言いかけた瞬間、女官達の表情が豹変する。その瞬間、幸は余計なことを口走ってしまったと後悔した。

「お幸ちゃん、何?その話?聞いてないわよ。」

「そうそう!そんな面白そうな話を聞かされてこのまますんなり帰してもらえるとは思っていないでしょうね?」

 普段であれば風吹が止めるのであろうが、残念ながら今日ここに引き締め役の風吹はいない。幸は困った表情を露骨に浮かべながら盛姫に助けを求めるが、盛姫も愉快そうに口許に扇を当てながら笑っているだけである。

「お幸、許してたも。今年は殿がおらぬゆえ、少しは羽を伸ばさせてやらぬと。」

 藩主、そして盛姫自ら率先して行っている倹約令により、普段家臣達は大藩とも思えぬほど厳しい倹約を強いられている。その厳しい日常を忘れさせてくれるのが年末から正月に至る催事なのだが、今年は藩主が就封の為佐賀に出向いているのでそれも例年より大人しいものであった。その分『黒門内なら』という条件の下、盛姫は配下のお喋りを黙認せざるを得ないのだ。尤も、この程度のお喋りは他藩や大奥に比べるとまだまだ大人しい方なのだが・・・・・。

「それはともかく、七代目が内定したあかつきには妾にも教えてたも。山田にはいつも世話になっておるから、せめて祝樽のひとつでも送らせて貰わねば。」

「ひ、姫君様、あまりにも気が早すぎますって!」

 幸は慌てるが盛姫を始め周囲の女官達はそうは思っていないらしい。

「今年はまだでも、二、三年なんてあっという間じゃ。浪士扱いとは言え将軍家御様御用の家、佐賀としても迂闊な祝いは出来ぬ。」

 そう断言されては幸も言い返せず、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。



 黒門の女官達から根掘り葉掘りの質問責めにあった幸が佐賀藩邸から帰宅したのは昼過ぎであった。

「ただいま~。お竹さん、何か食べる物、ある?お腹減っちゃって。」

 台所を覗き込むと、そこには下女のお竹はおらず、五三郎が飯櫃を抱えていた。

「おう、年礼から帰ってきたか。しかし珍しいな。佐賀に出向いて飯を頂戴してこなかったってぇのは?」

「ええ。今日はちょっと・・・・・。」

 幸は言葉を濁す。藩邸での女官達の話に五三郎の名前も出てきた所為だろうか、何となく佐賀藩邸での話を五三郎にするのは照れ臭く感じたのだ。

「そうか。茶漬けなら何とかなりそうだけど・・・・・喰うか?」

 五三郎は飯櫃の中身を見せる。そこには辛うじて茶碗半分くらいの飯がこびりついていた。

「・・・・・仕方ないか。これと漬け物でなんとかするしか。」

 よっぽど腹が減っているのだろうか、飯櫃の中身を見てがっくりうなだれている幸を見かねて五三郎が思わず口を挟んだ。

「とりあえず八つ時までこれで辛抱しろ、幸。あとでみたらし団子でも買ってきてやるから。」

 その瞬間、幸の顔が晴れ晴れと輝きだした。

「本当?ありがとう、兄様!ここのところお汁粉ばかりでみたらし団子が懐かしかったんですよねぇ。」

 十五歳になってもまだまだ子供のような笑みを見せる幸に五三郎もつられて笑い出す。

(まだまだガキだよなぁ、幸は・・・・・だからこそ変な気を起こさずに済むんだけどよ。)

 兄にけしかけられはしているが、まだまだ五三郎にとって幸は妹のような存在であった。だが、どんな堅い蕾も時期が来れば徐々に花開いてゆく----------その事に五三郎が気が付くにはあと少しだけ時間が必要であった。



UP DATE 2012.1.24

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幸の年礼は盛姫を始め女官のおねいさんたちに突っ込まれまくりのものになってしまいました(笑)そりゃあ『山田浅右衛門』の銘を----------すなわち誰が幸の旦那さんになるかって話は、狭い世界で生きている女官達にとってすごく刺激的なんですよ(爆)。おかげで幸は散々な目に遭っておりますが、佐賀藩は試し斬りの依頼もしてくれるお得意様でもありますしキレる訳にもいきません。苦笑いするしか方法は無いんですよねぇ~。

そんな幸ではありますが、周囲は少しずつ変化を始めているようです。その変化がどのような形になるか三月以降のお話をお待ちくださいませv

次週は猫絵師国芳、紅柊二月話は銀兵衛&喜代が主役の『うそがえ』になります。この二人が主役になりますからすんなりとはいかないと思いますが・・・・勿論★付きになりますのでご注意くださいませねv
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