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「葵と杏葉」
葵と杏葉・維新編

葵と杏葉維新編 第四話 江藤脱藩・其の壹

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 藩命により昌平黌へ留学していた中野方蔵が幕府に捕縛された。しかも坂下門外の変の連座を疑われて――――――茂実がもたらしたその知らせに、斉正を始めその場にいた藩幹部は騒然とする。
 中野方蔵は国学者の枝吉神陽に感化され、神陽が結成した義祭同盟にも参加したほど勤皇思想に傾倒していたほどの男である。藩命により昌平黌へ留学していたにも拘らず、久坂玄瑞ら尊攘派の志士たちと交流を深め、多賀谷勇らと輪王寺宮の擁立運動を図ったが、それは未遂に終わっていた。もしかしたら『疑惑』ではなく、本当に連座をしていたのではないのか・・・・・・そんな憶測がその場に飛び交う。

「皆の者、鎮まれ!――――――茂実、もう少し詳細を説明せよ。何故、その様なことに?」

 ざわつく家臣達を一喝すると、斉正は息子にさらなる説明を求めた。

「かの事件の黒幕・大橋訥庵と交友関係があったそうです。その為に連累を疑われたのでしょう。中野だけでなく大橋と関わりのあるものは次々と逮捕されております」

 そして青ざめた表情のまま、茂実は言葉を続ける。

「伝馬町の獄舎での取り調べは苛烈を極め、中には獄死する者もいると聞いております。幕府としても威信を傷つけた者、傷つけようと画策した者をそのまま黙って解放するとも思えませぬ。しかし・・・・・・」

 茂実は傍に控えていた大木喬任を促した。大木も義祭同盟の一員であり、中野の親友でもある。江戸に滞在していた義祭同盟の同士から中野の捕縛を早飛脚で知らされた大木は、先の請役・鍋島茂真のつてを使って半ば強引にこの場に割り込んだのだ。さすがに茂実はあらかじめ大木の話の内容を確認し、斉正に伝えても大丈夫と確信した上でこの席に同席させている。

「確かに中野は義祭同盟に名を連ね、尊皇に傾倒しておりますが、あやつほど武力に任せた行為を嫌うものはおりませぬ。あの事変が起きた直後、最も驚いていたのは中野でした。中野から送られてきたこの書状をご覧下さいませ」

 震える声で訴えると、大木は中野から送られてきたという手紙を斉正の前に差し出した。その内容を確認すると、その場にいたものは深く頷く。

「これは明らかに冤罪でしょうな。藩としても何か働きかけをしたいと思うのですが」

 現請役の茂昌は低く唸るような声で斉正に訴える。このままでは中野だけでなく、他の藩士まで疑われかねない。

「・・・・・・そうだな。中野からさらに捕縛される者が増える可能性もある。江戸藩邸に対してお前から指示を出すように」

「御意。では、ただちに江戸藩邸へ命令を伝えます」

 茂昌は斉正の命令に従い、早速動き出した。だが、この動きはいささか遅すぎたのである。



 茂昌による働きかけの他、義祭同盟の盟友で親友でもあった大木喬任や江藤新平らが藩に働きかけ、幕府に助命と身柄の引き渡しを求めた。しかしその働きかけも叶わず、五月二十五日、伝馬町の獄舎で死んだのである。藩には『病死』との報告があったが、それは非常に疑わしいものであった。

「病死、だと?冗談じゃない!」

 江戸に居る同士から届いた中野の死を伝える手紙を握りし、江藤は声を絞り出す。中野には持病はなく、至って壮健な男であった。それが投獄くらいで病気になり、死に至るとは考えにくい。冤罪捕縛の責任を取ることを怖れた幕府か奉行所が口封じの為に毒殺したと考える方が自然である。

「おい江藤、落ち着け!藩だって動いてくれたんだ。俺達がこれ以上詮索することは・・・・・・」

「判っている!判っているけど・・・・・・くそっ!」

 江藤は膝をつき、男泣きに嗚咽する。それを大木等同士達は黙って見つめることしかできなかった。なお親友方蔵の死報に接した江藤は『中野已に斃る。吾人にして起たずんば誰か復其志を継ぐものあらんや』との言葉を残している。



 中野の獄死に佐賀は騒然としていたが、それ以上に緊迫した動きが京都、そして江戸で起こっていた。
 幕政の改革は、開明的な大名らの間でその必要性を叫ばれていたが、井伊直弼による安政の大獄における改革派の弾圧などにより頓挫していた。だが、桜田門外の変、そして坂下門外の変と続いた攘夷派の活動によって事情は大きく変化したのである。
 兄・斉彬の死後『国父』となった島津久光は、斉彬の遺志を継ぎ朝廷・幕府・雄藩の政治的提携を企図、兄の果たせなかった率兵上京を敢行し、朝廷から勅使を出させることで幕政の改革を推し進めようと図った。そして三月十六日鹿児島を発した久光の軍勢は、四月十三日に入京したのである。

 国父ではあるが無位無官の久光が兵を率いて上洛し、幕府に無断で公家と接触するなどという事態は、本来であれば許されざる暴挙である。しかし桜田門外の変以来、その権威が失墜しつつあった幕府にそれを阻止する力はすでに無かった。
 一方、京都で勢力を高めつつあった過激な尊王攘夷派の志士らは、久光の率兵上京を朝廷主導による武力での尊王攘夷実現・幕府打倒の先兵であると思い込んだ。
 しかしそれはあくまでも尊王攘夷派志士の勘違いであり、久光の真意はあくまでも幕政の改革・公武一和であった為、尊王攘夷派志士たちとの間に摩擦を生じた。その結果、四月二十三日に伏見の寺田屋に集結した有馬新七ら自藩の尊攘派過激分子を粛清する寺田屋事件が勃発することになる。

 その後、久光は権大納言・近衛忠房や議奏・中山忠能、正親町三条実愛らの公家に工作を働きかけ、建白書を提出した。
 その内容は、『安政の大獄の処分者の赦免および復権』、『前越前藩主松平慶永の大老就任、徳川慶喜を将軍後見とする』そして『過激派尊攘浪士を厳しく取り締まる』などから成っていた。これら久光の建白は孝明天皇に受け入れられ、五月九日、幕政改革を要求するために勅使として大原重徳を江戸へ派遣することが決定され、久光は勅使随従を命じられる。
 なお幕府への要求事項として、『将軍・徳川家茂の上洛』『薩摩藩・長州藩・土佐藩・仙台藩・加賀藩沿海五大藩ので構成される五大老の設置』『一橋慶喜の将軍後見職、前福井藩主・松平春嶽の大老職就任』の三事策が決められた。

 出府に先立って久光は五月十二日に通称を和泉から三郎へと改めた上で、二十一日に勅使・大原重徳に随従して京都を出発、六月七日久光ら薩摩兵千人が随行し大原重徳は江戸へ入り幕府との交渉を開始することになる。



 これら島津久光のあまりにも非常識な行動――――――それを苦々しく思っているものは少なくなかった。そしてその一人が斉正だった。若き請役・鍋島茂昌自らが出向いての島津久光による一連の行動の報告に、斉正は思わず眉を顰める。

「確かに従兄殿も兵を挙げて江戸へ向かおうとしていた。しかし、久光のように幕府を愚弄するような真似は絶対にしなかったはずだ」

 斉正とて幕政を変えなければならないと痛感している。だが、久光のやり方はあまりにも強引すぎるし、常軌を逸している。

「殿、朝廷も薩摩に対しては警戒を抱いているようで、急ぎ上洛して勤王せよと我が藩にも呼びかけをいたしております。ただ・・・・・・」

 久光の強引な上洛、そして長州系の浪士を中心とする過激派浪士の横暴化を警戒した朝廷は、幕府の頭越しに幾つかの有力藩に対して藩主が急ぎ上洛して勤皇せよと呼びかけている。その中には佐賀藩も勿論入っており、朝廷からの勅書も茂実、そして斉正の許に届いていた。それに対して茂昌は奥歯に物が挟まったような物言いをする。

「どうした、茂昌?引っかかることでもあるのか?」

 茂昌の煮え切らない表情を不審に思った斉正は、茂昌に己の意見を述べるよう促す。

「・・・・・・幕府を通さないで、というのは如何なものなのでしょうか?世の中には手順というものがございます。幾ら朝廷でもこれは非常識だとそれがしは考えるのですが」

 その一言を聞き、斉正は思わず口許に笑みを滲ませた。父親の茂義は息子のことをやれ腕っ節ばかりで頭が悪いのに臆病だと散々こき下ろすが、この緊迫の情勢下、茂昌の臆病なほどの慎重さは藩に有利に働く。万が一、自分に何があっても茂実を充分に支えてくれるだろう。

「それだけ朝廷も薩摩の動きを軽快しているのだろう。松根」

「ここに」

 斉正の呼びかけに、傍に控えていた松根が膝を進めた。

「できるだけ早く上洛し、久世家に私の上洛を打診して欲しい。藩主は長崎御番で動けぬからと。」

 斉正の言葉に松根はただ黙って頷く。だが、それに対し茂昌が異を唱えた。

「しかし、殿!京都では過激な攘夷派志士が活動を活発化させておりまする。古川殿は勿論、大殿の上洛は・・・・・・」

「だからこそ年寄の私が出向くのだ。茂実に何かあったらそれこそ問題だろう。いざという時は茂昌、お前が茂実を支えるように」

 穏やかだが、有無を言わさぬ斉正の言葉に皆納得するしかない。茂昌を始めその場にいたものは黙りこくってしまった。

「長崎御番もあるだけにできれば厄介事に足を踏み入れたくはないが、今回ばかりは如何ともしがたい。京都での事情を聞いた上でそのまま江戸へ向かい、京都での状況を報告するから、茂昌はその準備を進めてくれ」

「・・・・・・御意」

 隠居したとはいえまだまだ事実上の藩主である斉正の言葉に、若輩の茂昌が異を唱えられるはずもなく、茂昌は斉正の命を受けざるを得なかった。

「ところで話は変わるが茂昌。そなたの父の病状はどうだ?」

 その瞬間、茂昌の表情は厳しいものから少し困惑したような、諦観が滲んだような複雑なものに変わった。

「相変わらず一進一退でございます。ここ最近は風吹殿との口喧嘩も少なくなり、いささか心配なのですが」

 実は年が変わった頃から茂昌の父・茂義の体調が優れず、寝たり起きたりの状態を繰り返していた。その状況に変化がないことを確認し、斉正は小さく溜息を吐く。

「確かに、あの二人は口を開けば喧嘩だからな。だが少なくなっても喧嘩をしているうちはまだ大丈夫か。近々見舞いに行くからそう伝えておいてくれ」

「勿体ないお言葉、痛み入ります。父もさぞ喜ぶことでしょう」

 この時ばかりは息子の顔になり、茂昌斉正の心遣いに深々と頭を下げた。



 この時期、諸藩の中から薩摩、長州、土佐の後を追い中央政界に割り込もうとする動きが始まっていた。つてを辿って朝廷に上洛を内願する者が出てきており、外からは斉正もその一人とみなされていた。だが、斉正にそのような野望は一切無く、単に島津に対する義憤と幕府への忠誠からの行動だったのである。だが、斉正の動きを聞きつけ、それを止めに入った者がいた。

「父上!請役から話は聞きました。朝廷は『藩主の上洛』を求めているのですよ?それなのに何故父上自ら・・・・・・父上に何かあっては息子としての立場がありませぬ!ここはお考え直しを!」

 茂昌に聞いたのか、茂実が本丸から斉正の許にやってきて上洛を止めるように迫ったのである。だがそれに対し、斉正は穏やかに、しかしきっぱりと言い放つ。

「身の危険があるからこそ、まだ跡取りを作るどころか婚姻さえしておらぬお前を上洛させる訳には行かぬ。それに若いおまえでは朝廷の古狐どもに良いようにあしらわれるだけだ。人にはそれぞれ適材適所がある。お前は佐賀を、そして長崎の警備をしっかり果たせ。そして私に万が一があった場合、茂昌と共に藩を運営してゆくように」

 斉正の上洛は政治的生命どころか肉体的生命の危機にさらされかねないものである。反対するのは尤もであるが、他に代われる者もいない。そんな状況の中、とある事件が起こった。


 それは梅雨明け直後の六月二十七日、夏特有の激しい夕立の中江藤新平が一人脱藩し、京都へ向かったのである。



UP DATE 2012.01.27

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坂下門外の変の後、政局が一気に動き出しました。その中でも島津久光の上洛及び江戸行は特にインパクトがあったようですね。そもそも久光は藩主にもなっていないんですよねぇ。それなのに千人もの大軍を率いて上洛って・・・・・非常識にも程があります。この点には幕府は勿論、他の藩や朝廷も警戒をしているようですね・・・・・斉正もそれは同様で、後々京都守護の件で島津にケンカ売るような行為までしております(笑)この話は改めて本編でv

そして藩内に於いては中野の獄死、そしてそれを受けたのか江藤が脱藩をしてしまいました。詳細は次回になりますが松根の上洛に合わせたようなこの時期の脱藩・・・・・何か意味があるのでしょうか?結構異例ずくめの江藤の脱藩、お楽しみくださいませv
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