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「短編小説」
明治美味草紙

明治美味草紙 其の貳・ふく(河豚)(伊藤博文&春帆楼の女将・ミチ)

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「いったいどうしたものかしら。」

 春帆楼の女将・ミチは桶の中に入った数匹の『ふく』を見つめため息を吐いた。朝から降り続いている雨は昼過ぎから雪へと代わりますます激しさを増している。

『この天候では市場どころかどこの漁場に行ってもまともな魚一匹仕入れることが出来ない。』

 と、ご禁制の『ふく』を抱えて副板長がしょんぼりと帰ってきたのは一時間前であった。しかもよりによって今夜『春帆楼にとって一番大事なお客様』の予約が入っているという、最悪の状況である。

「女将さん、仕方有りませんよ。この時化じゃあこいつが精一杯、確かに伊藤様は大事なお方ですけど他に出せるものは無いんです。」

 副板長を庇うように、板長も泣き出しそうな顔でミチに訴える。どんなにあがいても天候だけには敵わない-------------己の非力さを嘆きながらミチはぱんぱんに膨れた『ふく』の腹をそっと指でなで上げた。



『春帆楼』は先の総理大臣、伊藤博文と非常に縁の深い料亭であった。元々『春帆楼』のあった場所は阿弥陀寺と呼ばれる寺院であったが、慶応四年三月の『神佛分離令』に伴う排佛棄釈によって廃寺となってしまった。その跡地を近くの眼科医・藤野玄洋が買い取り、明治十年に新たに『月波楼医院』を開業したのだが、この『月波楼医院』をさらに改造したのが藤野玄洋の妻であり『春帆楼』の女将であるミチである。
 ミチは割烹を兼ねた旅館を開業し、三棟ある建物を『月波楼』『春帆楼』『風月楼』と呼び分けていた。その中のひとつ、『春帆楼』という名称は何を隠そう伊藤博文が付けたものなのである。開業当初からの上客であり『春帆楼』名付け親。それだけに伊藤に対して礼を失してはならないのだが、こればかりはどうしようもない。

「お天道様には敵わない・・・・・・仕方ないね。」

 諦観の笑顔を浮かべ、ミチは板前に指示を出した。

「私が全部責任を取るから。とにかくこれを薄造りにしておくれ。」

 いざとなったら自分が責めを負えば済むこと------------ミチは覚悟を決め、伊藤を迎える為の準備をし始めた。



 縄文時代か食されている『ふく』であったが、その美味と引き替えに毒による中毒も後を絶たなかった。それは明治に入っても同様で、明治五年8月14日の東京日日新聞には『ふぐ食を禁じるべき』との投書が掲載されている。
 さらには政府も河豚の中毒死の増加を無視することが出来ず、明治十五年には『河豚食う者は拘置科料に処する』とした項目を含む違警罪即決令を発布している。すなわち『ふくを出したこと』が判明した時点で前述の罪に問われてしまうのである。それだけではない、店の信用も落ち、下手をすれば店をたたまねばならぬだろう。

 それであっても『大事なお客様をもてなしたい』という女将としての意地が勝った。確かに中毒の恐れはあるが、腕の良い板前がきちんと調理した『ふく』であればどんなご馳走にもひけは取らない。自身がこれと見込んで雇った板前達にミチは全幅の信頼を置いていた。彼らならきっと伊藤を満足させてくれる『ふく料理』を仕上げてくれる---------それは危険な賭であった。



 みぞれ混じりの雪の中、伊藤がやって来たのは夕方六時過ぎだった。まずは身体を温める為の熱燗を出し、続いてミチ自ら問題の『ふくの薄造り』を給仕する。

「伊藤様、お待たせいたしました。」

 華やかな伊万里の大皿に菊花の如く並べられた薄造りに伊藤は感動する。それと同時にミチが小刻みに震えていることも見逃さなかった。

「女将どうした?まるで儂がそなたを取って喰おうとでもしているみたいじゃないか。」

 女好きで有名な伊藤である。半分冗談、半分本気の言葉でミチをからかうが、その冗談を受ける余裕さえミチには無かった。

「い・・・・伊藤様、も・・・・・申し訳ございませぬ。この天気で魚が捕れず・・・・・・・『ふく』しか・・・・・。」

 ミチの口から『ふく』の二文字が出たその瞬間、伊藤の眉間に皺が寄ったがすぐにそれは消え、呵々と大きな口を開け笑いだした。

「なるほどな。ご禁制とあえて知っていながら儂に出すとは・・・・・それほど美味いのか、『ふく』は。」

「はいっ・・・・あっ・・・・・。」

 思わず言ってしまってから女将は顔を赤らめる。

「その・・・・・御武家様同様、昔は女子も『ふく』のようなきわどいものを食べてはいけないと親に叱られたものでしたが、今は亡き良人が時折・・・・。それと腕の立つ職人が捌けば毒に当たることはございませぬ。伊藤様に名付けていただいた『春帆楼』、腕の立つ職人を揃えております故、伊藤様を毒に当てるような危険は犯しませぬ。」

 ミチは必死に訴える。自らがその味を知っていたからこそ、あえてご禁制の『ふく』を元総理大臣の前に出したのだろう。そして配下の腕に自分の命運を賭けるその度胸は割烹の女将にしておくのは勿体ないほどである-----------伊藤は納得した。

「そなたの旦那は確か医者だったな。しかもここを買い取るほど儲けておった名医・・・・・そなたの良人を、そして配下を信じよう、女将。」

「ありがとうございます!」

 ほっとして頭を下げる女将を横目に伊藤は早速二、三きれを箸に取り、口に放り込む。その瞬間、独特の食感と芳醇なうまみが口の中に広がった。

「美味い物だな・・・・・・こんな美味い物が法で規制されているとは惜しいものじゃ。さすがに日本全国、と言う訳にはいかないがこの近辺だけなら何とかなるじゃろう。」

 そして伊藤は二口目を口の中に放り込んだ。


 『ふく』の味に感嘆した伊藤は後日山口県知事に働きかけて、山口県下ではふぐ食が解禁された。さらに『春帆楼』はふく料理第一号店としてその名を轟かせることとなる。



UP DATE 2010.01.24


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河豚の焼き白子が食べたひ・・・・・これがこの話を書いたホントの理由です(笑)。冗談はさておいて、この話では『ふぐ』ではなく、山口での言葉『ふく』にさせて頂きました。もうすぐ旧正月ですし、受験シーズン『ふく(福)』がいっぱい来ますようにとの願を込めて・・・・・。
(河豚の白子焼き、すっごく美味しいんですけどめちゃくちゃ高い。扱っているお店も少ないし・・・・チャンスがあったら是非奢って貰って下さい←自分でお金出して食べるのは無理。)

河豚そのものは縄文時代から食されているんですが、こと武士に関しては厳しい規制がありました。特に長州藩は厳しかったとか・・・・・(家禄没収だったような気がする。)。それを考えると元・長州藩藩士・伊藤博文はよく『ふく』を口にしたな~と感心します。もしかしたら出すものが無かった女将への優しさなのかもしれませんが、中毒を起こすかも知れない魚をよくもまぁ・・・・・某首相の中途半端な『友愛主義』と違って歴史に名を残す首相の『博愛主義』は偉大ですv(『坂/の/上/の/雲』で伊藤総理大臣が臆病なほどの平和主義者だったのを初めて知りました。幕末の戦いが影響しているんでしょうかねぇ。)


次回は『桜の塩漬け on the あんパン』・・・・・明治天皇に献上されたあんパンを取り上げたいと思いますv
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