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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

花になれ、花になれとや・其の貳~天保四年三月の初恋

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いつもより早めに切り上げられた稽古を良いことに句作に励んでいた若手門下生だったが、まさかここまでひどい雨に祟られるとは思っても見なかった。もしかしたら先達らはこれを見越して稽古を切り上げ、早々に帰宅してしまったのだろう。
 春の雨にしては少々勢いが良すぎる雨が降り出すと共に、今まで暖かかった外気も急にひんやりとしてきて、縁側から空を見上げていた五三郎は思わず身震いしてしまう。

「ううっ、こりゃまた派手に降って来やがったな。俺、ちょっと幸の手伝いをしてくるわ。」

 洗濯物の中には門下生の稽古着なども含まれていることも少なくないだけに、さすがに幸や竹ばかりに任せておく訳にもいかない。というより本当は若手がやらなければならない仕事を女達に任せていること自体問題があるのだが、ついつい『稽古に集中したいから』と甘えてしまうのだ。

「それもそうだな。さすがにお嬢さんにばかり任せるのも何だし。」

 五三郎の言葉にさすがに他の面々も後ろめたさを感じたのか、皆揃って物干し場がある南側の庭へと向かった。

「おい、幸!洗濯物は大丈夫かい?」

 物干し場に面した縁側にやってきた五三郎が、洗濯物を受け取っている竹の後ろから声を掛けた。

「あ、五三郎さん。済みませんねぇ、お騒がせして。お嬢さんのおかげであと少し・・・・・。」

「あ、兄様!これお願い!」

 竹が五三郎に状況を説明している最中、それに気が付いた幸が抱えていた最後の洗濯物を五三郎に向けて放り投げたのである。その唐突さに五三郎は思わず投げつけられた洗濯物を取り落としそうになる。

「うわっ!行儀悪ぃな!」

 投げつけられた洗濯物は案の定若手門下生----------つまり自分達の稽古着だった。多少の雨を吸ってしまったがそれは自業自得だ。五三郎はちょっとしょっぱい表情を浮かべながらそれをすぐに傍にいた竹に渡す。何故なら最後の『大物』がまだ雨の中に居るからだ。

「ほら、幸坊!おめぇも早く入りやがれ!この雨じゃ風邪引くぞ!」

 洗濯物を庇いながら雨の中に居た所為か、幸はずぶ濡れになっていた。こんな事で風邪を引かれては堪らないと五三郎は下駄を脱いだ幸の手を取り、強引に引っ張り上げる。

「きゃあっ!」

 思いがけず強い力で引っ張り上げられた幸は均衡を崩し、五三郎の腕の中に倒れ込んだ。



 短い間しか雨に打たれていなかった筈なのに幸はかなり濡れていた。鴇鼠色の薄い綿入れは雨を吸い込み、五三郎の掌にもその湿り気ははっきり伝わってくる。しかし、それ以上に五三郎をどきり、とさせたのは意外なほどの幸の身体の柔らかさだった。
 幼い頃から一緒に育ち、いつまでも子供だとばかり思っていた幸だが、五三郎の掌や腕を伝わってくる柔らかさは明らかに子供のそれとは違うものである。

「ほ・・・・ほら、濡れ鼠も良いところじゃねぇか!さっさと着替えてきやがれ!」

 物心ついた頃から知っているはずなのに、まるで初めて抱きしめる女のようだ----------そんな自分の動揺を隠すように腕の中に抱えてこんだ幸を突き放すと、五三郎は幸に着替えを促した。

「言われなくても着替えてきます!あ~あ、この綿入れ・・・・・おすみちゃんに下ろすから、って約束したのに。雨で中身が痛まなきゃいいけれど。」

 そんな五三郎の心中を知ってか知らずか、幸は五三郎に対してふくれっ面を見せると踵を返し、着替えが置いてある二階へと上がっていってしまった。

「まったくいつまで経ってもガキみたいにふくれやがって・・・・・ちったぁおすみちゃんみたいに色っぽくなってみやがれ!」

 二階へ上がってゆく幸の足音に向かって憎まれ口を叩いたが、その声は幸に届いたのか届いていないのか判らない。

「ったくよぉ、おすみちゃんは許嫁までいるって言うのに、うちの人斬り小町にゃ浮いた噂の一つもねぇ。」

 いっそ他の誰かのものになってしまうのであれば笑って済ますことが出来る淡い想いなのだろうが、勿論幸にはそんな噂の微塵もない。五三郎はやり場のない自分の動揺を幸に八つ当たりすることによって発散させようとするが、それもうまくいかないようだ。
 幸が上っていった階段を見上げながら、五三郎は何時までも不機嫌そうな表情を崩すことはなかった。



 春の雨のことだからそれほどひどくはならず、すぐに止むものだと皆高をくくっていた。しかし雨は徐々に弱くなりつつもだらだらと降り続き、一向に止む気配を見せない。

「・・・・・なかなか止みそうもあらへんな。」

 どんどん暗くなってくる雨空を見上げながら猶次郎は呟いた。この雨では既に道はぬかるみ草履では足を取られてしまうだろう。下級武士の次男坊、しかもまだ御様御用も任されていない若手門下生にとって草履ひとつだって貴重な財産だ。しかしだからといって門限を破る訳にもいかず困り果てていると、思わぬ処から助け船が出されたのである。

「皆さん、何でしたら傘と下駄を使ってくださいな。今、寅助さんが出してくれましたからご遠慮なく。」

 お竹が傘と高下駄の貸し出しを申し出てくれたのである。普段は多くの門下生がいる為、高弟にしか回ってこない貸し傘と高下駄であるが、今日ばかりは若手である彼らにも貸し出されることが許されたのである。その言葉を聞いた瞬間、男達の『おおっ!』という雄叫びが響き渡った。

「うわ、お竹さんありがとうございます!何せ川越は門限が厳しいので本当に助かります。」

「うちも助かります。うちの江戸家老もここ最近やけに厳しゅうて。」

 五三郎を除く三人は門限までに帰宅できるとほっとした表情を浮かべ、玄関へと向かう。しかし五三郎だけはもう少しだけ様子を見ると傘と高下駄を断った。

「・・・・・俺はもうちっと粘ってみるわ。お竹さん、一人分くらい夕飯、何とかなるだろう?」

 さすがに兄夫婦に遠慮して帰ることが出来ないとは口に出せず、五三郎は竹に訪ねる。

「めざしと古漬けで良いんでしたら。他にも何か出来るとは思いますけど、ちょいと台所を覗かないと判りませんねぇ。」

「上等上等。じゃあ、俺の分も頼んだぜ。」

 そう言って五三郎は二階を見上げた。先程から四半刻ほど経過するが、なかなか幸は下に下りてこない。着替えだけにしては時間が掛りすぎる事に五三郎は引っかかりを感じた。

「それにしても幸の奴、なかなか下りてこねぇな。家の『主』がいなけりゃ飯にもありつけねぇじゃねぇか。ちっと呼んでくらぁ。」

 五三郎は竹にそう言い残し、他の三人に別れを告げると二階へ上がっていった。



 さすがに着替えそのものは終わっているだろう----------そう思って五三郎は幸の着物が置いてある部屋の襖を開けた。

「おい、幸。そろそろ飯に・・・・・。」

 そう言いかけた五三郎だったが、幸の姿を見てその言葉を途中で呑み込む。

「あ、もうそんな時間なんですか?だったら兄様、先にご飯食べていてください。私、この髪じゃあ・・・・・。」

 そう五三郎に訴えながら、幸は濡れてうねってしまった己の髪と格闘していた。元々かなりの癖っ毛でただでさえまとめるのに苦労する幸の髪である。しかも雨で濡れてしまいますます収拾が付かなくなってしまったようで、今日は特にうねり方がひどい。それを見ながら五三郎は軽く溜息を吐いた。

「本当におめぇの髪はタチが悪ぃよな。ほら、櫛かしてみろ。」

 こうなってしまうと一人ではどうにもならない。五三郎は幸の手から梳櫛を奪い取ると、水油を使いきれいに整えて始めた。その手つきはやけに慣れている風だったが、それには理由がある。

「そう言えば子供の頃はよく兄様にこうやって髪の毛を整えて貰いましたっけ。」

「ああ、大人が忙しかったときは結局俺がやらされていたもんな。」

 山田浅右衛門の屋敷において暇な大人など一人もいない。それゆえに幼かった頃の幸の面倒は五三郎が見ていたのだが、髪の手入れもその一つである。本来男が女髪を結ったり整えたりすることは極めて問題があるのだが、子供であったこと、そして師匠の娘と門下生の子供ということで大目に見られていたのだ。さすがに今では幸の髪に触れることなど無いが、それでも手が覚えているのか幸の髪は五三郎によってどんどん整えられてゆく。

「今と違って昔の兄様は本当に乱暴に人の髪を扱って・・・・・。」

 何かを思い出したのか幸はくすり、と思い出し笑いをする。そんな幸の笑い声を聞きながら、五三郎の目は幸の白いうなじに吸い寄せられていた。薄暗い部屋の中、白く浮かび上がる白いうなじは今の五三郎には目の毒だ。高鳴る胸を鎮めようと五三郎はとりとめのない話を続ける。

「子供の頃からおめぇの髪はすぐに絡まってよ・・・・ひっかけちゃあよく泣かしてたっけ。」

「そうそう!兄様が力尽くに髪を梳るもんだから私が大声で泣いたんですよね。そうしたら大先生にものすごく怒られて・・・・・。」

 ようやく油が馴染んできたのか幸の髪からうねりはだいぶ消え、五三郎の掌にすんなりと収まるようになってきた。そして落ち着いてきた幸の髪を弄びながら五三郎も幸に連られて笑う。

「確かに親父や兄貴に怒られたっけ。しかしそのおかげでだいぶ上手くなっただろう。ほら、出来たぞ!」

 五三郎は自分の掌から幸の髪を解放すると、梳櫛を幸に返した。

「ありがとうございます、兄様!」

 五三郎から梳櫛を受け取った幸は振り返りながらにっこりと笑った。その屈託のない、子供のような笑顔に微かに含まれる大人の気配に五三郎はどきり、とする。

「べ・・・・別にこれ位どうってことないさ。それよか飯、飯!」

 五三郎は己の胸の高鳴りを幸に悟られないようにそそくさと立ち上がると、さっさと部屋を後にした。階段を下り、いつも食事をする台所横の部屋に向かう際、ふと庭に植わっている八重桜の若木に目が行く。

(八重桜か・・・・・まだ咲きそうもねぇな。)

 五三郎が聞いたところによると幸が生まれた際、記念にと植えられたもので、幸の母親である真由が好きだった花だったらしい。桜の中でも遅咲きの八重桜の蕾はまだまだ固く暫くは咲きそうもないが、それでも確実に蕾は大きくなっていた。そんな八重桜の蕾は、子供から娘へと成長しつつある幸と重なり、五三郎の口から思わず俳句の形をした言葉が零れ落ちる。

「花になれ、花になれとや・・・・・。」

 まだまだ固く、咲く時をじっと待っている八重桜の蕾。そしてその開花を促すような、柔らかな春の雨は何となく自分の想いと----------幸がさらに大人になることを願う自分の心情と重なった。

「花になれとや・・・・・春の雨、ってところだな。」

 夕日も差さず、全ての色が失われつつある雨の夕暮れ、五三郎は愛おしげに八重桜の若木を見つめながら呟いた。



 花になれ 花になれとや 春の雨----------柔らかな春の雨は暖かさを呼び込む和みの水。自らの俳号・和水を忍ばせたその句を口ずさみ、五三郎は思わず赤面をする。こんな甘ったるい句など聞かれてしまった日には仲間達から冷やかされるのがオチだろう。ましてや幸には絶対聞かせられない。

「花とか春の雨とか季語を入れすぎているしよ・・・・・もうちっとこの句は推敲する必要があるな。それよか取りあえず飯だ、飯!」

 後ろから聞こえてきた幸の足音を確認すると、五三郎は大股で食事が用意されている部屋へと向かった。



UP DATE 2012.3.13

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とうとう出し惜しみしておりました『花になれ 花になれとや』の最後の五文字が出てきました(^o^)
まだまだ咲きそうにない蕾(幸)に対し、『花になれ(成長しろ~)』と穏やかに降り注ぐ春の雨(和水=五三郎)という事なんですね~v
山田浅右衛門がいつこの句を作ったのかは定かでは無いのですが、あまり技巧に走っていないところや、一緒に残っている他の句の拙さ(失礼・笑)からすると多分二十代の頃なんじゃないかと思います。っていうか、おっさんがこの句を詠んだら単なるロリ・・・・・(^^;)ちなみに七代目が詠んだ句のなかで時期が判っているのは幸が死んだ際に捧げたもの(これもなかなか美しい句なのでそのうちにv)と自らの辞世の句『風のある 内ばかりなり 奴凧』の二句くらい・・・・・かな?特に辞世の句は『燃えよ剣』で描かれている近藤局長を彷彿とさせる句で、結構好きですv(これ以上語るとオタクの尻尾が・・・・・^^;)

次回の更新は3/20、幸と一緒に夕飯を食べる五三郎の挙動不審振りと帰宅途中の妄想振りが中心となる予定です(笑)
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