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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

花になれ、花になれとや・其の参~天保四年三月の初恋

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しとしととそぼ降る雨の音がなかなか止まらない。ひんやりとした湿気が部屋に忍び寄る中、五三郎と幸は一緒に食事を取っていた。
 台所横にある四畳半は決して大きくないが、障子や欄間、釘隠に至るまで山田家所縁の柊の意匠を施した凝った造りをしており、さり気なく山田家の財力を誇示している。そして部屋の隅には十錦染の手あぶりが湿気除けの為の火を熾され、燭台には真新しい百目蝋燭が灯されていた。庶民や下級武士の灯りが菜種油や鰯油だったこの時代、その光景はまるで吉原の部屋持の部屋か高級な料亭並みの贅沢さであったが、山田家ではごく日常の光景である。

「・・・・・だいぶ湿気が収まってきたな。そろそろ灰を被せちまおうか。」

 蝋燭の光に浮かび上がる幸の白い顔を真正面に見ながら、五三郎は胸の高鳴りを誤魔化すようにわざと関係ない話を振った。その瞬間、幸は大きすぎる目をさらに大きく見開き頭を振る。

「だったら手あぶりをこっちに寄越してくださいよ。兄様は暑がりだから寒さを感じないのかも知れませんけど、こっちは寒いんですから。」

 自分が暑いからと五三郎に灰を被せられては堪らないと幸は立ち上がり、慌てて手あぶりを自分で移動した。普段でも袴をきっちり身につけている幸だが、袴だけではその腰回りの細さやしなやかさを隠しきれるものではない。ついつい幸の腰の辺りに視線がいってしまう自分を叱咤しながら五三郎は幸から視線を外す。

「おい、大丈夫かよ。さっき雨に濡れて風邪でも引いちまったんじゃねぇか?飯喰ったら早めに寝ちまえよ・・・・・お竹さん、ご飯お代わり!」

 己の下心を幸に悟られぬよう、五三郎は声を張り上げて竹を呼びつけた。それを横目で見ながら幸は呆れたように呟く。

「兄様。今日は大して試し斬りの稽古していなかったのによく食べますね。もう五杯目ですよ。」

 火鉢を運び終えた幸は五三郎の食欲に肩を竦め、自分の膳の前に再び座った。半ば呆れつつも真っ直ぐに五三郎を見つめる瞳はどこまでも純粋で、五三郎は自分の心を見透かされそうな気がして動揺する。

「う・・・・・うるせぇやい!試し斬りの稽古より句をひねる方が腹が減るんだよ!」

 その時、ちょうどお代わりの飯茶碗を運んできた竹から茶碗を受け取りながら五三郎はぶっきらぼうに反論した。六歳も年上とは思えない子供っぽい五三郎の態度に幸は思わず吹き出してしまう。

「・・・・・大した句でもないのに?」

 あまりと言えばあまりな幸のその一言に、少々のぼせ気味だった五三郎もさすがにむっとした。

「おい、それは嫌みか、幸坊?」

 自分の句作を小馬鹿にされた五三郎は幸に対して凄むが、幸にはまったく効果はない。

「いいえ、事実を的確に指摘しただけです。」

 五三郎の威嚇に笑いを堪えながら幸は味噌汁を啜った。幸のその余裕の表情に先程感じたときめきは何処へやら、五三郎は思わずけんか腰に突っかかる。

「おめぇに句の善し悪しなんか解るか!句作の一つもしねぇくせに!」

 六歳も年下の幸に対して凄む五三郎だったが、幸の方が一枚上手であった。

「ええ、確かに句作はしませんけど句の善し悪しは解ります。兄様、もし自分の句に自信があるのなら、どんな句を作ったのか披露して下さいよ。」

 何気ない幸の一言だったが、五三郎は言葉に詰まった。

(あの句だけは・・・・・絶対に口に出せねぇ。)

 しかし、他にどんな句を自分が作ったのか思い出せない。昼間、散々ひねり出したにも拘わらず『花になれ~』の句以外のものが浮かんでこないのだ。言葉に窮した五三郎に対して幸はしてやったりという笑みを浮かべる。

「ほら、やっぱり大した句じゃないんでしょう?」

 くすくす笑いながら五三郎をからかう幸に対して、五三郎は何も言うことが出来なかった。

「う・・・・うるせぇ!おめぇもさっさと飯を食いやがれ!でねぇとおめぇの分も喰っちまうぞ!」

 結局八つ当たりしかできない自分を情けなく思いつつも、五三郎は幸に当たり散らす。

「は~い。兄様に横取りされないうちに頂きます。」

 五三郎の八つ当たりに対して笑いをかみ殺しながら、幸は食事を再開した。その伏し目がちの目元に、滑らかな頬に目を奪われそうになりながらも、五三郎はそれを幸に気取られないようさっさと食事を終わらせた。

「ふぁ~喰った喰った!じゃあ、俺もそろそろ帰るとするかな。」

 五三郎の一言に幸は眉を顰める。外からは微かに、しかしはっきりと雨音が聞こえている。

「え?まだ降ってますよ。だったら下駄と傘、あと提灯も・・・・・。」

 あと一刻くらい待っていたも藩邸の門限には間に合う時間だけに焦らなくても、と思いつつも幸は帰りの支度を申し出た。それに対して五三郎はほんの少しだけ注文を付ける。

「これだったらじきに止むだろう。傘はいいや。下駄と・・・・・龕灯の方がいいかな。下手な野郎に絡まれると厄介だから八丁堀の振りをしながら帰るさ。」

 山田道場では夜間に稽古がずれ込むことも珍しくない。特に初めて御様御用に臨むときは雨の日でも稽古は行われる。その際松明では消えてしまうので龕灯を用意してあるのだが、五三郎はそれを貸してくれと言い出したのだ。

「兄様ってば見栄張って・・・風邪引いても知りませんからね!」

 幸は五三郎の見栄に呆れつつ、納戸へ龕灯を取りに部屋を後にした。



 雨は何時しか霧雨になっていた。確かに傘を差さずに歩ける程度の雨だが、五三郎が芝の藩邸に帰る頃には濡れてしまうだろう。だが龕灯と傘では両手が塞がり、いざという時遅れを取ると五三郎は傘を渋った。

「ならば兄様、せめて頭を濡らさないようにこちらだけでも・・・・・。」

 傘を渋る五三郎に対し、幸はせめてこれだけでも被り笠を五三郎に渡す。

「ま、これならいいか。」

 いくら夜間でも両手が塞がるのは頂けないが、被り笠なら問題無い。五三郎は満足げに頷き、幸から直接笠を受け取った。その瞬間、幸の指先が五三郎の手に触れる。

(・・・・・!)

 幸の手に触れるのは勿論初めてではない。それどころか親たちに代わって風呂に入れてやったりしてさえいる。だがこの瞬間、幸の指先が触れた部分から雷のような衝撃が五三郎の身体に走ったのだ。

「兄様、どうかなさいました?」

 一瞬垣間見せた五三郎の動揺に幸が気付き、怪訝そうな表情を浮かべる。

「い、いや、何でもねぇよ。」

 幸に対するこの想いは悟られてはならない----------五三郎は一瞬垣間見せてしまった動揺を隠すように目深に笠を被ると、幸から龕灯を受け取りさっさと道場を後にした。

(おい、一体どうしちまったんだよ、俺!)

 いつの間にか霧雨に変化した春の雨の中、五三郎は自問自答する。そもそもあの瞬間----------雨に濡れた幸が自分の腕の中に飛び込んできた瞬間から、急に幸を意識しだしてしまったのだ。

(いや・・・・・もしかしたら、気がつかねぇ振りをしていただけなのかも知れねぇな。)

 兄の為右衛門に『七代目』をせっつかれながら腰が引けていたのも、自分の気持ちを----------幼い頃から兄妹のように育ってきた幸に対して抱いてしまった異性としての気持ちに気付きたくなかったからかもしれない。肉親との縁が薄い幸にはせめて人並みの幸せをと願っているのは確かな事だし、妹のように大事に思っていることも確かだ。しかしその想い以上に一人の女として幸を見始めている自分の想いが邪な欲望のように思えて、無意識に押さえつけていたのかもしれない。

(もう・・・・・てめぇを騙すことは無理、か。)

 ふっ、と溜息を吐いた瞬間顔を上げると、丁度道が開け五三郎は江戸城のお堀端に出た。護岸の為に植えられた柳の間に桜がまばらに植えられていたが、桜の季節だけに龕灯の光に薄ぼんやりと浮かぶ山桜が美しい。

(だけど・・・ちょっと違うんだよなぁ。)

 すっきりしすぎる山桜は男性的で、女性らしさが滲み出てきた幸とは微妙に印象が違う。やはり幸に似合うのは未だ蕾の八重桜なのだ。

「・・・・・やっぱりあの句は直しようがねぇのか・・・・・な。」

 花になれ、花になれとや----------今のままの幸でも愛おしいと想う気持ちは変わらない。だけど、蕾より花の方が遙かに美しいように、幸もますます美しく、眩しく成長してゆくに違いない。そして花になれ、花になれと急く気持ちを抑えられない春の雨はやはり自分自身なのだ。

「ま、一笑に付されるのがオチだろうけどよ。」

 それでもこの句は自分にとって大事な一句であることには変わりない。この熱が覚めぬうちに発句帳にでも書き留めておきたいが、雨のそぼ降るお堀の傍ではさすがに無理である。しっとりと身体に纏わり付いてくる霧雨の中、五三郎は少しでも早く帰ろうと新見藩邸のある南へ向かって足を速めた。



 帰宅した五三郎はいつもの如く勝手口から自宅に上がり込むと、着替えもせずに矢立と発句帳を懐から取り出した。

「うわ、なんか湿っちまってる。」

 発句帳を取り出すなり五三郎はぼやく。霧雨は思った以上に五三郎の身体を濡らしていたらしい。発句帳は湿り気を吸ってぶわり、と膨らんでしまっている。

「だいぶくたびれてきたしなぁ・・・・・そろそろ取り替えないとまずいか。」

 五三郎は呟きながら、さらさらと句を認めた。不格好にぶわり、と膨らんだ発句帳に五三郎の瑞々しい初恋の証が記されたその時である。

「五三郎、帰ったのか?」

 家に入ったきり、なかなか自分の部屋に戻ろうとする気配が見られない五三郎に気が付いた為右衛門が台所へやって来た。

「あ、兄上。お騒がせいたしまして申し訳ございません。」

 五三郎は慌てて発句帳を横に置くと、為右衛門に対して慌てて頭を下げる。

「雨を止むのを待っていたら遅くなってしまいました。」

「みたいだな・・・・・発句の練習などしないでさっさと帰ってくれば良かったものを。」

 為右衛門は苦笑いを浮かべながら、五三郎の横に開かれている発句帳を手に取った。

「ほぉ・・・・・なかなか意味深な句だな。」

 花になれ 花になれとや----------筆の跡も乾かない、発句帳に書かれたばかりの句を確認すると、為右衛門は五三郎の顔を覗き込みにやり、と笑った。その為右衛門の指摘に、五三郎の顔は真っ赤になる。

「な・・・・・何がですか。俺はただ、道場の裏にあった八重桜の蕾を見て・・・・・。」

 しどろもどろになりながら五三郎は言訳をしようとするが、為右衛門はそれを遮り、発句帳を広げたまま床に置いた。

「五三郎、あの八重桜の銘を知っているか?」

「・・・・・いいえ。」

 為右衛門は何を言おうとしているのだろうか。その真意がわからず五三郎は困惑しながら尋ねる。

「『妹背』という銘らしい。幸の父親である青木彦次郎が真由殿と結婚する際、上方から取り寄せた品種だということだ。」

「『妹背』・・・・・。」

 五三郎はその言葉を反芻する。兄妹、そして夫婦を意味する銘が付いていた八重桜だったとは----------五三郎はますます顔を赤らめた。

「縁起物としては悪くないだろう。取り寄せるのに時間が掛って江戸に届いた頃には幸が生まれてしまっていたが。」

 思い出したように為右衛門はくすり、と笑う。

「その曰くありの桜を見て浮かんだ句だ。彦次郎殿の授かりものかもしれんぞ----------だが、恋を成就させたくばまずは鍛錬だな。名乗りを上げることができるだけの技術(うで)を身につけなければ相手にもされないぞ。」

 為右衛門は五三郎に背を向けながら呟いた。そして為右衛門は未だ顔を赤らめている五三郎の前から去っていく。

「確かに・・・・・そうだよな。」

 幸と結ばれようと考えるならば、まずは山田浅右衛門の銘を獲ること----------それはあくまでも最低条件である。幸の母親の身に起こった不幸な事件を鑑みた場合、吉昌は幸に対して無理な縁組みはしないだろう。

「どっちにしろ・・・・・明日から、気合い入れ直さねぇとな。」

 五三郎は大きく息を吸い気合いを入れ直すと、すっかり濡れてしまった着物を取り替える為台所を後にした。



UP DATE 2012.3.20

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・・・初々しい初恋の描写、って難しいですね(^^;)むしろ濡れ場の方が楽に書けるかも知れません(苦笑)

『花になれ 花になれとや 春の雨』という句を初めて見たとき、真っ先に浮かんだのが今回の話のようなシチュエーションでした。まだまだ固い蕾のような少女に対し、一日も早く咲き誇れと願う春の雨のような愛情を感じさせる初々しい句に一目惚れ(笑)。『人斬り浅右衛門』と怖れられた男が詠んだ句という史実にも萌えを感じ、話のタイトルにもしちゃいました。五三郎の句はそのうちまた小出しに出していきますのでお楽しみにv
そして五三郎と幸の恋の行方ですが・・・・・幸はまだまだ恋に目覚めていないようですし、腕の立つライバルはただでさえ多く、多分これからも入門者が押し寄せてくる可能性が(^^;)五三郎にとって前途多難な恋ですが、彼の恋が叶うよう応援してやってくださいませv

来週は猫絵師・国芳『絵兄弟やさすかた 鵺退治』、来月四月話の紅柊は『固山備前介宗次(仮題)』になります。
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