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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

鯔背な野郎・其の壹~天保四年四月の出会い

 ←拍手お返事&先週ブログに書いたばかりなのに・・・やっちまいました(^^;)(追記有り) →烏のまかない処~其の四十二・鯛飯
四月の爽やかな風が新緑の香りを運んでくる。例年なら夏らしく日差しが強くなってくるこの季節だが、今年は更衣の四月一日が過ぎても綿入れを手放せないような寒い日が続いていた。

「今年はちっともあったかくならねぇな。ここまで寒いと米作りに響きかねねぇぞ。今でこそ藁束の胴を好き放題切刻めるけど、下手するとこいつさえ金勘定をしながら斬る事になりかねねぇ。」

 積み上げられた稽古用の藁束の胴を目の前にして五三郎は呟く。これは昨日、五三郎ら若手門弟を始め、幸や下男の寅助などを総動員して作り上げたものである。一日二、三十本ほど使用する為、この山も今日明日で無くなってしまうだろう。そんな五三郎を横目に見ながら芳太郎は呆れたように呟いた。

「・・・・・尻っぱしょりに諸肌脱ぎながら言う科白じゃないだろう、五三郎。」

 そんな芳太郎自身は真新しい滝縞の袷をきりりと着込んでいる。それに比べると五三郎の格好はどう見ても梅雨過ぎの暑い盛りのものである。確かに諸肌、尻っぱしょりの方が動きやすいのだろうし、男所帯故の気楽さもあるのだろうが、あまり行儀の良いものではない。

「まぁ、今は良いけど後で川路様が来たらちゃんと袴も履いておいた方がいいぞ。どうやら今日は客人も同伴するらしいから。」

 芳太郎の何気ない一言に五三郎の頬がぴくり、と跳ね上がった。

「客人?何でおめぇがそんな事を知ってるんだよ、芳太郎?」

 川路様こと川路聖謨は勘定組頭格寺社奉行吟味物調役の旗本である。四谷にも屋敷を構えているので暇が出来るとちょくちょく吉昌を訪ねてくるのだが、その時は大抵本格的な試し斬りの見学や川路自らが試し斬りに興じる事も少なくないので、さすがに門弟達にも報告がある。なのに五三郎はそれを知らなかったのだ。

「・・・・・さっき師匠が言っていたのを聞いていなかったのか?」

 詰め寄る五三郎をいなしながら芳太郎は肩を竦めた。

「この頃ぼんやりしている事が多くないか、五三郎?怪我をしてからじゃ遅いぞ。」

 さり気ない芳太郎の指摘に五三郎は内心どきり、とした。確かに先程、吉昌の話をちゃんと聞いていなかったのは傍に控えていた幸に視線を奪われていたからである。さすがに真剣を手にしたときにはそれに集中するが、それ以外の時はどうしても幸を追ってしまい集中力が欠けるきらいがある。

「・・・・・試しの時は別さ。そんなへまはしねぇよ。」

 己の動揺を芳太郎に気付かれないようそう嘯くと、五三郎は竹に藁束をまいた胴に刀を振り下ろした。

「・・・・・確かにそうだな。心配するだけ損か。」

 芳太郎が苦笑を浮かべながら感心するほど、その藁胴は美しく真っ二つに切られたのである。

(危ねぇ・・・・・幸に対する色惚けは暫く封じ込めておかねぇとな。)

 芳太郎の満足げな表情を見ながら、五三郎は背中に流れる汗を自覚した。



「お~い、浅右衛門!来たぞ!」

 昼八つの鐘が鳴る少し前、よく通る、大きな声が屋敷中に響き渡る。それは吉昌の客人、川路聖謨のものであった。

「川路様、いつものことですが玄関からお上がりくださいませ。門弟達が真剣を振り上げている最中に庭先になんて・・・・・。」

 川路の声に慌てて稽古の手を止めた吉昌が声の方へ走りよる。そこには三十代前半の大きな目をした男、川路聖謨と川路より少しばかり年下に見える初めて見る男がいた。決して大柄ではなかったが、羽織の上からでも判るその胸板の厚さとちらりと見える腕の筋肉からするとただ者ではないらしい。その初めて見る男にちらりと視線をやりながら吉昌は川路を説得して屋敷の中に案内しようとする。だが当の川路がそれを良しとしなかった。

「気にするな、浅右衛門!俺は試しの稽古を見に来たんだ。隠居じじいじゃあるまいし、縁側で渋茶を飲みながら、なんてぇのは性に合わん!」

 相変わらずの川路の大胆すぎる言葉に、吉昌は苦笑を浮かべることしかできない。

「ところでそちらのお方は?お初だと思うのですが・・・・・。」

 先程から気になっていた、川路の隣にいる男について尋ねた。

「ああ、こいつは固山惣兵衛。おめぇに預けた、鼠小僧の首を斬った差料を作った男さ。」

 にやりと笑いながら、川路は固山を紹介する。その川路の紹介に促されるように一歩前に出ると、固山は深々と吉昌に対して頭を下げた。

「お初にお目に掛ります、山田先生。それがし、固山惣兵衛と申します。本当はもっと早くご挨拶に伺いたかったのですが、何せ師匠に許しを得ずに川路様の注文を受けてしまいましたので・・・・・。」

 心の底から申し訳なさそうに固山が吉昌に詫びる。それを利いて吉昌は将軍家御様御用を任されている家柄の惣領とは思えぬ、柔らかな笑みを固山に対して向けた。

「なるほど・・・・・だから銘も入れなかったのですね。あれほどの細身ながら切れ味は抜群でしたよ。川路殿が乳割りを所望されたのも頷けます。」

「そんな・・・・・恐れ多い。ありがとうございます、山田先生。」

 吉昌に対して憧れの気持ちを持っていたのか、固山は過剰と思えるほど照れて、茹で蛸のように真っ赤になってしまった。



 ひとしきり話した後、川路と固山は結局濡れ縁に座り見学を始めた。四月にしては寒いとはいえ、稽古場は熱気に包まれている。客人が来たと言うこともあり、明日、明後日と使用する予定だった胴も引っ張り出してきた為もあるだろう。

「五三郎!何度言ったら解るんだ!腕で斬るな!」

 雷鳴のような為右衛門の怒声が稽古場に響く。

「芳太郎!振り上げが足りん!猶次郎、また刀を反故にするつもりか!もっと腰を入れて振り下ろせ!」

 彼らも決して腕が落ちる訳ではないが、それだけにより高みを極めさせようと先達達の厳しい声が飛び交い、若手門弟達もそれに応えようとする。
 そんな熱気立ちこめる稽古を見ているうちに、最初こそ穏やかな表情を浮かべていた固山の目がだんだんと険しくなってくる。

「・・・・・ありゃ、いけねぇな。」

 それは独り言に近い、小さな呟きだったが、隣にいた川路はそれを聞き逃さなかった。

「どうした、惣兵衛。おめぇさんの目から見ても使い物にならねぇ門弟がいるってぇのかい。」

 旗本とは思えない、伝法な江戸弁で川路は固山を茶化す。だが、固山は表情を崩さずひときわ背の高い若い門弟----------五三郎を真っ直ぐ見つめながら呟いた。

「ええ、あのでかい奴でさぁ。なまじ腕が良いだけに刀本来の力を殺しちまっている。元々刀なんざ、小細工をしなくったって勝手に斬れるようにできているのに勿体ねぇ。あれで『本物の試し斬り』を覚えたらそれこそ七代目だって夢じゃねぇでしょう。川路様だってそう思っているんじゃありやせんか?」

 そう呟くと、固山はふらり、と立ち上がった。

「川路様、ちぃ、っとお願いがあるんでございますが。」

 固山の一言に、川路は先回りをしてとんでもない事をいい放つ。

「・・・・・欲しい胴は一つか?それとも二つか?刀はおめぇが鍛えたもので良いんだろう?」

 山田道場の門弟が聞いたら卒倒しそうな言葉を吐き出す川路に、さすがに固山も苦笑いをするしかなかった。

「お人が悪い。あそこに転がっている半身で充分でござんす。」

 固山が指さしたその先には、後で試し斬りの稽古に使う為の下半身が置かれている。それを見て川路は深く頷いた。

「判った。じゃあちょいとやって見ろ・・・・・お~い、浅右衛門!」

 川路は弟子に指導を施していた吉昌を呼びつける。

「何でしょうか、川路様?」

 てっきり川路自らが試し斬りに興じたいと言い出すのかと思ってやってきた吉昌だったが、川路の口から出てきた言葉は意外なものであった。

「あの下半身を惣兵衛の奴に譲ってくれねぇか?それと適当な刀を一本、こいつに貸してやって欲しいんだが。」

 思いもしなかった川路の言葉に吉昌は小首を傾げる。

「固山殿は・・・・・試しをなさるのですか?」

「まぁな。こいつの隠し芸はきっと五三の坊主の役に立つだろうよ。」

 意味深な笑みを浮かべる川路に、傍で自信ありげな表情を浮かべる固山----------確かに固山は刀鍛冶だけあってかなり体格が良いが、それだけでは試し斬りは出来ない。だが、二人の表情から察するに何か『勝算』があるのだろう。

「承知しました----------五三郎、猶次郎!そっちに置いてある下肢を土壇に上げてくれ。そして・・・・・五三郎が持っている正宗でいいな、それをこちらの固山殿に。」

 吉昌の指示に一瞬きょとんとした五三郎と猶次郎だったが、どうやら客人が試し斬りに挑戦したいと言い出したのだろうと察した。そのような見物人は決して少なくない。

「ま、どうせ骨に食い込んでにっちもさっちも行かなくなるのがオチさ。」

 猶次郎にそう耳打ちをしながら、五三郎は言われたとおりに試し柄をつけた相州正宗を固山に手渡した。

「兄さんよ、ずっとあんたの試しを見せて貰っていたが、その若さで技術(うで)は相当なもんだな。」

 刀を受け取りながら固山は五三郎の腕を素直に褒める。

「お世辞なんて言っても何も出てきませんよ。」

 相手は町人らしかったが川路の連れでもある。最低限の礼だけは失しないように慇懃に受け答えをした。だが、その努力さえ無駄に思える言葉が次の瞬間、固山の口から飛び出したのである、

「お世辞じゃねぇさ。むしろ----------残念、って言った方がいいかもしれねぇ。」

「・・・・・何だって?」

 はっきりと残念、と固山に言われて五三郎は怒気を露わにした。今にも殴りかかりそうに拳を握った五三郎だったが、その気を削ぐように固山はさらに言葉を続ける。

「残念だと言っているんだ。そもそも刀は人間を斬る道具、技術(うで)に左右されてちゃあ道具として役に立たねぇだろうが。飾り物なら試しなんて必要ねぇだろう?」

「そりゃ・・・・・まぁ。」

 当たり前と言えば当たり前の事を指摘され、五三郎は口籠もった。確かに固山の指摘通りである。

「しかし、刀は観賞用のものも少なくねぇし、安いモンでもねぇ。おめぇさん、高ぇ刀を反故にして師匠や先達に説教を喰らうのが怖ぇんじゃねぇのか。」

「・・・・・説教が怖くて道場にいられるか!」

「だがよ、傍から見たらびびっているようにしか見えねぇぜ。」

 びびっている----------そう言われて五三郎は固山の胸座を掴もうとしたが、それを固山自身にやんわりと止められてしまう。

「まぁ見てなって。この正宗なら----------細工無しで三の胴、ってところだろう。さすが浅右衛門道場、良い刀を使っている。言い刀ってぇのはな、力なんて入れなくたって斬れるモンなんだよ。」

 そう笑うと固山は土壇に乗せられた下半身へ歩み寄り、右手一本で刀を振り上げたのである。

「おい、おっさん!まさか片手だけで試しをやろうってんじゃ・・・・・・!」

 五三郎が慌てて止めに入ろうとしたその時、そのまま刀は振り下ろされた。

(刀が折れる----------!)

 瞬間的に飛んでくるかも知れない刀の破片から身を守ろうと身構えた五三郎だったが、それは無駄に終わった。何と土壇に置かれた下半身は骨盤の辺りから真っ二つに斬られていたのである。

(こいつ、やりやがった・・・・・!)

 両腕を使ってさえ難しい試し斬り----------三の胴を断つという荒技を、固山は片腕でやってのけたのである。山田道場の門人でさえそう簡単にできない技を目の前に、五三郎を始めその場にいたものは全員唖然とする事しかできなかった。



UP DATE 2012.4.3

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六代目、及び七代目浅右衛門とは切っても切れない刀匠・固山惣兵衛宗次の登場ですv
この人、江戸後期~幕末まで活躍した人で、七代目はこの人が作った刀を愛用しているんですよv新々刀の長くて重たい、いかにも『人を斬る為の刀』という刀を作っております。この刀のスタイルが後の幕末刀へとなるみたいなんですよね~。
(ただし、長い幕末刀は立ったまま首を斬るのには都合が良いんですけど、普段使いには向いていないと・・・それくらい無駄にでかい・笑)

そして最後に固山がやらかした片腕のみの試し斬り。実はこの隠し芸、別の形で五三郎の得意技として後世に残っております。ネタバレになるのでここまでしか書けないのですが、今回の固山の技よりもとんでもないものだとだけは・・・(^^;)
次回の更新4/10にて、この技を見た五三郎&門弟達の反応を書いてゆきたいと思いますv
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