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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

鯔背な野郎・其の貳~天保四年四月の出会い

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初夏の風が若葉をざわめかせる音だけが耳を嬲る。先程までけたたましいほど鳴いていた杜鵑さえ声を潜めるほどの重苦しい沈黙の中、その光景は紛れもない事実として展開されていた。

「本当に・・・・・片腕だけで試しをしやがった・・・・・。」

 五三郎を始めとする山田道場門弟の目の前には、片腕だけで試し斬りを行った固山が満足げな笑みを浮かべている。刀そのものはまだ土壇に刺さっているが、胴の斬れ方から刃こぼれどころか髪の毛一筋分の傷さえ付いていないことは明白であった。それほどまで固山の試し斬りは完璧だったのである。

「五三郎、だったっけか?おめぇ、俺の腕を信じていなかっただろう。」

 振り下ろした刀をゆっくりと土壇から引き抜きながら、固山は豪快に笑った。

「ほら、見てみろ。刃こぼれ一つしちゃいねぇだろ?」

 固山は笑いながら不満げな表情を浮かべている五三郎の鼻先に正宗の切っ先をいきなり突きつける。その切っ先を避けながら、五三郎は固山が手にしている正宗の刃をしげしげと見つめた。確かに試し斬りではどうしても付着してしまう人の脂や血糊以外、産毛ほどの傷さえ付いていない。

「た・・・・・確かに。しかし、俺だったら三の胴なんかじゃなく・・・・・。」

両車、すなわち骨盤の辺りを斬ることが出来ると五三郎は言い返そうとしたが、その言葉を遮ったのは他でもない固山であった。

「ああ、そうだ。おめぇだったらこいつで両車か太々を斬るだろうよ。だが、この刀の本当の実力は三の胴がせいぜいだ----------確かに刀の実力以上の力を引きださなけりゃならねぇ時もある。だが、それはあくまでも『本当の試し斬り』ができた上でやるもんだ。それがわからねぇようじゃ試物芸者としちゃまだまだだな。」

 固山は再び高らかに笑うと、傍にいた芳太郎に刀を洗う井戸の場所を尋ねる。

「あ・・・・・それがしが預かります。お客人に刀を洗わせる訳にはいきませんので。」

 我に返った芳太郎は、慌てて固山から使用済みの刀を受け取ろうとしたが、固山はやんわりとそれを断った。

「いや、いいさ。てめぇが試しをしたんだし、これでも刀の扱いにゃ自信があるんでね。」

 そう言った後、改めて五三郎の方へ向き直る。

「さすがにお師匠さんの目があるから曲斬りまがいのことはできねぇかもしれねぇが、もうちっと試し斬りの意味を考えてくれねぇかい?刀を作っている方だってそれ相応の矜持ってぇもんがあるんだし・・・・・試物芸者の腕のひとつで片付けられたんじゃたまらねぇ。」

 今までの笑顔とは一転、固山は真顔で五三郎にそう告げると固山は刀を洗いに教えて貰った井戸へと向かって稽古場を後にした。

「五三郎、客人の言葉に振りまさされるんじゃないぞ。」

 固山が井戸の方へ消えていったのを確認すると、入れ替わるように為右衛門が五三郎の近くに寄ってきて静かに囁いた。

「確かに『腕に頼るな』と言うことは俺も前々から言っているが、今までの型を崩すことはない。固山さんだって言っていただろう。曲芸まがいの試しなんて・・・・・。」

 何時にない渋面を作りながら為右衛門が五三郎を諭していたその時である。不意にしわがれた声が五三郎を呼んだのだ。

「五三郎、為右衛門。こっちへ来い!」

 それは五三郎と為右衛門の父であり、吉昌でさえ一目置く存在である山田道場の大御所、後藤五左衛門であった。五三郎と為右衛門はは急いで父の許へ駆け寄る。

「父上、参りました。」

 実の父親でありながら、ある意味師匠である山田浅右衛門よりも恐ろしい存在である。五三郎も為右衛門も緊張の面持ちで縁側に座っている五左衛門に一礼した。

「・・・・・やってみろ。」

「え?」

 五左衛門が口にした一言の意味が解らず、五三郎は一瞬呆けた表情を浮かべる。

「固山殿が先程行った片腕の試し斬りだ。やってみろ。」

 嗄れた、力強い声は確かに『片腕の試し斬り』をやれと告げたのだ。その意味をようやく飲み込めた五三郎は、為右衛門の顔色を伺いながら困惑を露わにする。

「し、しかし・・・・・。」

「父上、五三郎に曲芸まがいの試しをやらせるなんて止めてください。」

 困惑しきりの五三郎に目で助けを訴えられた為右衛門が、本人に代わり異を唱えたが、案の定それはぴしゃりと撥ね付けられた。

「お前は黙っておれ為右衛門!」

 耳順を過ぎたとは思えぬ大きな鋭い声に、相応の年齢、立場の為右衛門でさえ思わず縮こまる。勿論五三郎も同様である。そんな二人を目の前にして、今度は静かな声で五左衛門は息子達に語りかけた。

「判ったな。鍛練を積んでいる内にその意味は解るだろう。」

 それだけ告げると五左衛門は貝のように口を噤んでしまった。こうなると何を聞いても答えてくれることはない。

(そのうち解るって・・・・・父上は一体何を考えているんだ?)

 天才と謳われた五代目山田浅右衛門と同等の腕を持ち、六代目を遙かに凌駕する力量の父が言う事に間違いは無いと思う。しかし、本来の試し斬りと違う方法で行う試し斬りに何の意味があるのか、五三郎には全く理解できなかった。

「よぉ、どうした?さっきよりさらにしけた面ぁ晒しやがって。俺に言われたことがそんなに堪えたのかい?」

 刀洗いから戻ってきた固山が五三郎に近寄って来るなり、冗談半分の茶々を入れる。

「違ぇよ、おっさん。あれくらいでへこむタマじゃねぇよ、俺は。」

 固山の茶化しに立場を忘れて思わず毒づいてしまった五三郎だったが、次の瞬間眉間に皺を寄せながら呻く。

「・・・・・父上、いや大先生にも曲斬りをやってみろと言われちまったんだ。」

 何故そんな事を言われたのか理解できないと、五三郎は固山に訴えた。それに対して固山はしてやったりという笑みを浮かべる。

「へぇ、さすが五代目とその腕を争ったお方だ。お前さんの欠点をよ~く判っていらっしゃるんだろうよ。ま、刀のことなら心配するなって。」

「・・・・・どういう事だよ?」

「あとで稽古に使う刀を持ってきてやるよ。なぁにお代はいらねぇし、反古にしちまったら打ち直してやるから安心して曲斬りに専念しな。」

 その言葉を五三郎は固山の大風呂敷だと思い込んでいた。しかし、これが事実だと思い知らされるのにものの一刻もしないことをこの時の五三郎は思いもしなかったのである。



 鯔背(いなせ)な野郎----------粋で勇み肌な男・固山惣兵衛宗次の言葉に偽りはなかった。川路と共に山田道場を去った後、半刻もしないうちに自ら十本ほどの刀を抱えて再び山田道場にやってきたのである。

「固山さん、本当に持ってきた下さったんですか?しかも十本も・・・・・。」

 未だ門弟達が稽古に励む中、固山の対応に出た幸が呆れ果てたような表情を浮かべた。

「気にしないで下さいよ、お嬢さん。こちとら道楽半分に持ってきたんですから。それにまっとうな試し物芸者一人作ることが出来るんだったら刀の百本二百本軽い軽い!。」

 何処まで冗談で何処まで本気か解らない固山の言葉に幸は疲れを覚える。しかし刀は何本あっても足りない状況、固山の機嫌を悪くする訳にはいかなかった。

「本当にありがとうございます・・・・・刀を打つ炭代だって昨今じゃ馬鹿にならないですのに。」

 幸はそう礼を述べると、固山に切り餅----------二十五両の包みを差し出した。最低でも一本五両と言われる刀の代金としては少なすぎるが炭代くらいにはなる程度の金額だ。

「本当にささやかですが、当座の炭代としてお納めくださいませ。多分・・・・・固山様が想像なさっているよりも大変なことになりそうですので、刀の代金は後ほどまとめてお支払いいたします。」

「・・・・・どういう事でぇ?」

 幸が差し出した包みを受け取ろうともせず、固山は意味深な幸の言葉について尋ねる。

「川路様と固山様がこちらを立ち去られてからの半刻で、後藤五三郎はすでに三本の刀を反故にしております。なのでこちらにお持ち戴いた刀も下手すると今日明日でお直しに出すことに・・・・・。」

「あっはは!そういう事か!」

 幸の言葉を聞いた瞬間、固山は腹を抱えて笑い出した。

「なぁに、心配いりやせんよ、山田のお嬢さん。さっきも申し上げましたが刀打ちは俺の道楽見たいなもんですから・・・・・ま、少しは仕事も入っておりやすがね。」

 そう言うと幸が差し出した包みをそのままに、固山はくるりと踵を返す。

「固山様!こちらを・・・・・!」

「炭代は後でまとめて請求いたしやす。反故にした刀は再び刀の材料として使わせて戴きやすんで・・・・・取りあえずあと四、五十本は打たなきゃならねぇ、ってところですかね。事と次第によっちゃぁ百本かもしれねぇな----------明日、大八車を引っ張ってこちらに伺いやす。」

 大量に刀を打つのがよっぽど嬉しいのか、幸が止める間もなく固山は踊るような軽い足取りで山田道場を再び後にしたのだった。



 幸と固山が炭代云々のやり取りをしていたその頃、稽古場では----------。

「畜生!また失敗だっ!」

 半分ほどしか斬れなかった藁胴を目の前に、五三郎が苛立ちをぶつける。刀は骨の代わりに芯に巻いてある竹に当たって刃こぼれし、使い物にならないほど痛んでしまった。これで五本目である。

「何で・・・・・何で素人のおっさんに出来ることが俺に出来ないんだ!」

 固山は決して力を入れているようには見えなかったし、技術を弄しているようにも見えなかった。ただ素直に刀を振り下ろしただけ----------それなのに刃こぼれ無く三の胴をすっぱり切り裂いたのだ。
 なのに自分は----------実物の人間の胴に比べたら遙かに切りやすい藁胴でさえ持て余している自分に、五三郎は苛立ちを隠せない。さらにそれに追い打ちを掛けるように腕は張りを覚え、掌に出来た血豆は潰れ始めていた。その滲みる痛さに顔を顰めたその時である。

「兄様、固山様からの差し入れです。はい、こちら。」

 優しさを含んだ幸の声に少しだけささくれ立っていた気持ちが和らいだ。が、しかし幸の方を振り向いた瞬間、げんなりした表情を浮かべてしまう。

「・・・・・饅頭かと思ったら得物の差し入れかよ。色気がねぇな。」

 張り詰めていた気持ちが緩んだ途端、疲れがどっと出てきた。そろそろひと休みをするのも悪くないかと、五三郎は汗を拭いながら幸の隣に座る。

「兄様、腕!ぱんぱんじゃないですか!いくら何でもひどすぎます!」

 五三郎が横に座った瞬間、五三郎の腕の張りに気が付いた幸が五三郎の腕を強引に取る。そして張って固くなってしまった腕をほぐすように揉み出したのだ。まさか幸がその様な行動に出るとは思わなかった五三郎はあからさまに動揺し、顔を赤らめる。

「お、おい。何しやがる!」

 照れもあり、五三郎は腕を振りほどこうとしたが、幸は五三郎の腕を掴んで離そうとしなかった。そして揉んでいくにつれて五三郎の掌に出来た血豆にも気が付く。

「あ~あ、血豆もこんなに作って。兄様、昔教わっていた斬り方、忘れちゃったんですか?」

「教わった・・・・・?」

 幸の言葉に五三郎は記憶をたぐってゆくが、なかなか思い出せない。

「ええ、まだ子供だったとき。無力でも試しができるようにって背中を反らしてから刀を振り下ろして斬るやり方があったじゃないですか。見目が野暮だからって皆やりたがらないですけど・・・・・ああいったやり方で良いんじゃないですか?とりあえず明日から。」

 幸の言葉に五三郎は昔先達から習ったことを思い出した。しかし、それはあくまでも非力な子供がやる稽古でのことであって、身体が出来上がった大人がやるには大仰すぎる方法である。

「馬鹿を言え。十歳のガキのような真似・・・・・。」

 そうは言うものの、たった一刻の稽古で腕は悲鳴を上げていた。このまま終わるのも悔しいが、日も暮れかけていたし、乱暴な稽古に腕も限界を超えている。今日はここが潮時だろう。

「仕方がねぇな。明日からだ明日から!」

 悔しくて泣きたいほどだったが、こればかりは自分の至らなさが原因である。茜色の夕日を眺めながら五三郎は砂のような敗北の味を噛みしめたのだった。



UP DATE 2012.4.10

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張った腕を片思いの相手に揉んで貰うというある意味美味しい思いをしながら、本業でケチを付けられへこみまくっている五三郎です(爆)

固山の曲斬りに唖然としたり抵抗を示したりする若手門弟達でしたが、意外にもそれをやって見ろと言い出したのが大先生こと後藤五左衛門(笑)。確かに片腕じゃ培ってきた技は仕えませんしねぇ(^^;)もしかしたらあえて『五三郎の変な小器用さ』を封じる為に命じたんじゃないかな~と思われます。大刀なんて両腕でだって重くて持つのが大変なのに、それを片腕でって・・・・・あくまでも稽古だから出来ることです。
最後の方に幸にヒントを貰ったような五三郎ですが、果たしてそのヒントは生きるのかどうなのか・・・次回4/17の更新をお楽しみくださいませv
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