FC2ブログ

「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

鯔背な野郎・其の参~天保四年四月の出会い

 ←拍手お返事&10日間もお休みされるとホントに困るっ! →烏のまかない処~其の四十四・保養所の夕食v
ずっと寒い日が続いていたここ最近にしては珍しく初夏らしい暑さに恵まれたこの日、五三郎は早朝から片腕による試し斬りに没頭していた。
 昨日の夕方、幸から言われたように子供の頃に習った試し斬りの方法を思い出しながら一回一回丁寧に片腕の試し斬りに挑んでいたが、いつの間にか付いてしまった癖はなかなか抜けず、徒に刀だけが痛んでゆく。否、痛んでいくのは刀だけではない。慣れないやり方での試し斬りは肩や腕、そして刀を握っている掌にも情け容赦なく負荷をかけてゆく。

「畜生・・・とうとうマメが潰れやがった。」

 掌に生じた鋭い痛みに五三郎は顔を顰めた。いつの間にか出来ていた血豆が潰れて血が滲んでいる。こんな事は久しぶり----------稽古を始めた子供の頃ならいざ知らず、すでに何重にも出来た剣だこによってマメなどできるはずもないと思っていただけにそれは意外であった。

「まだまだ修行が足りねぇ、ってことだな。」

 五三郎は痛みに顔を顰めながら呟くと傷口を清める焼酎を取りに行く為、近くに広げた筵に刀を置く。その時である、聞き覚えのある声が玄関から聞こえてきたのだ。

「お~い!たのも~う!」

 無駄に威勢が良く、大きな声は固山惣兵衛のものであった。

「固山のおっさんか・・・・・ま、いいか。俺が出ても。」

 昨日の帰り際、固山がわざわざ自ら鍛えた刀を持ってきてくれたと幸が教えてくれた。今日の来訪もきっとそんなところだろう。だったら自分が出た方が話は早いと五三郎はそそくさと門の方へ回った。

「よぉ、固山さん。朝っぱらからあんたも元気・・・・・うわっ!」

 門から顔を出した瞬間、五三郎は目を丸くする。そこにはすすけた顔の固山と弟子らしき若者、そして大八車に山と積まれた刀があったのだ。その刀の多さに五三郎は唖然とする。

「よぉ、五三郎さんかい。朝から精が出るねぇ・・・・・こいつぁあんたの稽古用だ。ある意味言い出しっぺは俺みたいなもんだからよ、あんたには最後まで付き合うぜ。」

 どうやら本気で稽古をし始めた五三郎の心意気に感じるものがあったらしい。しかし大八車いっぱいの刀とは----------五三郎は至極当たり前の事を尋ねる。

「固山さんよ、まさかとは思うがこれを一晩で・・・・?」

 その瞬間、固山は腹を抱えて大笑いした。

「まさか!普通の売り物や微妙な傷がついちまって売り物にならねぇもんとか色々混じっちゃあいるが、とりあえず鍛冶場にあったモン全部さらってきた。あと、反古にしちまったモンは引き取って治すからこっちに寄越してくんな。」

「・・・・・あんたも好きだな。」

 刀好きという点では五三郎もそこそこ自認しているが、固山ほどではない。五三郎は苦笑いしながら大八車を屋敷の中へ引っ張り込むのを手伝い始めた。

「お互い様だろ。おめぇさんだってこんな朝早くに来て稽古をしているくれぇだ。ま、ついでだから一度様子を見させて貰おうか。」

「・・・・・ちっともものになっちゃあいねぇぜ。それでも構わねぇかい?」

 まだまともに片腕のみの試し斬りが出来ていない恥ずかしさもあったが、もしかしたら何かきっかけが掴めるかも知れない。五三郎は大八車ごと固山を稽古場へと通した。



 大八車に乗せられた刀にはすでに試し斬りに使われる試し柄が付けられていた。もしかしたら一晩かけて本来の柄から試し用の柄に付け替えてくれたのかも知れない。そんな固山の気遣いに感謝しながら五三郎は藁胴での試し斬りを固山の前で披露したが、案の定斬れたのは芯の竹までであり、刀は竹にしっかりと食い込んでしまった。

「ふうん・・・・・なるほどな。」

 五三郎の片腕の試し斬りを一目見ただけで固山は悟ったように頷く。

「おめぇにゃその刀は軽すぎだ。だから変にひねっちまうんだろ。しかもそれを無意識にやっちまうのが問題だ。」

 そう言い放つと、固山は持ってきた中で一番長い尺の大刀を引っ張り出した。

「一度こいつでやってみろ。」

 それは両腕で扱うにしても厄介そうな、二尺四寸の大刀であった。普段二尺一寸から二寸、長くても二尺三寸の刀しか使うことのない五三郎にとってそれを片腕で扱えと言うのはあまりにも酷である。

「お、おい冗談だろう?腕がいかれちまう!」

 顔を引きつらせながら五三郎は固山に訴えたが、固山は聞く耳を持たず五三郎に刀を押しつけた。

「腕がいかれないようにやるのが試し物芸者だろうが。やってみろ。」

 固山に痛いところを突かれ、渋々と五三郎は刀を構える。

(お・・・・・重てぇ!)

 振りかざした瞬間、その刀の重さで背中が仰け反る。それを防ぐ為脚の幅を開き踏ん張るが、その時五三郎はある事を思い出した。

(そうだ・・・・・ガキの頃、刀に振り回されねぇようにこうやって・・・・・。)

 眠っていた身体の記憶がどんどん目覚めてゆく。踏ん張った五三郎は無理をせず、刀の重さだけを利用して振り下ろした。

「・・・・・ほら見ろ。」

 五三郎が振り下ろした刀は藁胴をものの見事に真っ二つに切り裂き、土壇に埋まったのだ。

「き・・・・・斬れた。」

 一番驚いたのは斬った本人であった。そんな五三郎に固山は近づき、刀の状態を確かめる。

「・・・・・ちょっと刃こぼれしちまったな。しかし、とりあえず藁胴での試しに辛うじて成功したんだ。もう少し、ってところだろう。」

 刃の確認を終えると固山は立ち上がった。

「・・・・・もう二、三寸か。いや、四寸ほど長ぇ刀を打ってやるか。その方がおめぇの身長を考えると扱いやすいのかもな。」

 ぼそりと呟いた固山の一言に、五三郎は驚愕する。

「ってぇと・・・・・二尺八寸!おいおいそんなバケモノ刀扱えるはずねぇだろうが!」

「佐々木小次郎は扱ってたぜ。愛刀『物干し竿』は二尺八寸----------今まで無かった長さじゃねぇ。今の二本差しが軟弱になって腰に差さなくなっただけさ。」

 そう言われてしまうと五三郎も何も言い返せない。しかもたった一寸長くした刀を使っただけで今まで上手く斬れなかったものが斬れたのだ。もしかしたら刀そのものが今の自分に合っていないのかも知れないと五三郎も思い至る。

「まぁ・・・・・普段腰に差す訳じゃなく稽古用だしな。やってみるか。」

「そうこなくっちゃ!じゃあひと仕事終えて昼過ぎにまたくらぁ。そん時に二尺八寸は持ってきてやる。じゃあな!おい、親兵衛、帰るぞ!」

 どうも根っからの江戸っ子なのか、せっかちに弟子をせかすと固山は、反古になってしまった刀を山と積んだ大八車を引きずって五三郎の前から早々に立ち去ってしまった。



「そんな事があったんですか・・・・・。」

 固山が去ってから間もなく、稽古場に顔を見せに来た幸が五三郎から事の顛末を聞いた。

「おうよ。まったく江戸っ子ってぇのはせっかちでいけねぇ。茶の一杯でも飲んでいきゃいいのによ。」

「きっと早く刀が打ちたくてしょうがなかったのでしょう。兄様が明鴉より早く起きて稽古に没頭するのと一緒で。」

 幸のあまりにも的確な指摘に、五三郎は面白くなさそうに唇を尖らせる。

「あんなのと一緒にするんじゃねぇ!」

 だが、むくれはしたが、不意に五三郎は真顔に戻った。

「しかしよぉ・・・・・重い刀でできても軽い刀でできねぇんじゃ務めがはたせねぇ。どうしたらいいもんだか。」

「とりあえず、焦らず重い、兄様にあった刀で稽古してからじゃないでしょうか。確かに兄様は無駄にご飯は食べますし無駄に背が伸びていますから、繊細な刀じゃ壊れちゃうんでしょう。」

「おめぇみてぇなちびに言われる筋合いはねぇ!」

 なまじ本当のことを、密かに想っている相手に言われるだけに余計に面白くない。五三郎がさっきよりもさらにふくれっ面を見せたその時である。

「お~い!たのも~う!」

 朝と同様の、よく通る大きな声が屋敷に響いたのだ。

「噂をすれば何とやら、固山のおっさんだ。ちょっと行ってくる。」

 幸が動き出す前に五三郎が門に向かって走り出した。そして五三郎が駆け寄った門の外には案の定固山が、今度はたった一振りの刀を手に仁王立ちに立ち尽くしていた。

「おう、五三郎か。約束通り来たぜ。で、こいつをちょっと試してくれねぇか。」

 そう言って突きだしたのはひとふりの古ぼけた刀である。

「どれどれ。」

 五三郎が鞘から抜いてみると、それはかなり古い時代のものと思われる造りをしている刀であった。身巾こそ普通だが重ねは厚く、刃肉が豊かに付いており切先はすらりと伸びている。反りはかなり浅いが、先程帆山が言った二尺八寸はあるだろう。鍛えは板目肌流れの小乱刃であり、明らかに固山が作った刀でないことは五三郎の目にも一目瞭然であった。

「こいつ・・・・・おっさんの鍛えた刀じゃねぇな。」

「ご明察。だが、斬りやすそうな刀だろう。こいつでの斬り方を見た上でおめぇさんの刀を打ってやるよ。」

 意味深な笑みの影に不穏なものを感じつつ、五三郎は固山を引き連れて稽古場へ戻る。

「おい、幸。こいつに試し柄を巻いてくれねぇか。手がこんなんじゃ上手くまけねぇ。」

 五三郎は白布を巻いた右掌をひらひらさせながら幸に柄の交換を頼む。

「はい。固山様もこちらにてお待ちください。柄を交換した後、粗茶を淹れさせてくださいませ。」

 そう固山にも挨拶をすると幸は刀を受け取り奥へと入っていった。そんな幸の挨拶を無視するかのように稽古場に飛び出すと、固山は転がっている藁胴の斬り口をじっと観察する。

「お、なんとかこつを掴んできたようだな。」

 斬り口から五三郎の上達を確信した固山は嬉しげに微笑むが、五三郎は逆に渋い表情を浮かべる。

「ああ、重い刀なら三回に一度は・・・・・だけどやっぱり切っ先を欠いちまう。あともうひと息なんだけどよぉ。」

 そんな会話をしている最中、幸が戻ってきた。その顔はいささか緊張が浮かんでいる。

「あの・・・・・固山様、本当にこの刀を使っても宜しいのでしょうか?何でしたら刀が出来上がるまでこの者には待たせますが・・・・・。」

 幸がここまで気を遣うということは、それ相応の銘がある刀なのだろう。しかし固山はあっさりと機にするなと言ってのける。

「いいって事よ。別に珍しくもねぇだろう同田貫なんて。おっと、銘はまだ言うんじゃないぜ。」

「しかし・・・・・。」

 固山の言葉に困惑しながらも、幸は五三郎に刀を渡した。

「じゃあやってみろ。遠慮なんかするなよ、って言ってもその重さじゃあ無理だろうが。」

 固山の言葉に五三郎が高々と刀を振り上げる。固山の指摘通り確かに刀は今まで扱ったどれよりも重かった。だが、それだけに『自分』を消し、刀本来の力を引き出す事が出来る----------五三郎がそう感じた瞬間である。

ザシュ

 軽い音と、軽いが確かな手応えと共にその刀は美しい軌道を描いて藁胴を切り裂いた。そしてものの見事に土壇の中央まで刀がめり込む。

「さすが同田貫。試し胴だけじゃなくそれを置いた田圃まで切り裂く、ってぇ逸話そのものじゃねぇか。」

 片腕による試し斬りの、完璧な成功にはしゃぐ固山に対し、五三郎は低い声で唸った。

「おい、おっさん。この刀、ただの同田貫じゃねぇだろう。俺も稽古で何度か試したことはあるが、ここまで切れ味が良いものはねぇぞ。」

「そりゃあそうだろうな。加藤清正に仕えていた『同田貫藤原正国』の刀はそうそう無いだろうし、あったとしても免許皆伝をするまで扱わせて貰えないだろうよ。」

「同田貫正国ぃ!」

 その銘を聞いて五三郎は素っ頓狂な声を上げた。同田貫一門は個人の銘を刻むことが極端に少ない。普通は『肥後州同田抜』など一門の銘が切られていることが多いのだが、数少ない例外が『九州肥後同田貫藤原正国』である。加藤清正に仕え、その技術により片諱の『正』の一字を貰った名工の刀が今、五三郎の手の中にあるのだ。

「な・・・・・何てことをしやがる!もし折れちまったら・・・・・。」

「そうやってびびりながら試しをされたんじゃあ間違いなく折れちまっていただろうな。それに幾ら名工の刀とは言え道具は道具だ。優秀な試し物芸者一人育てる為には正国だって笑って許してくれるだろう。」

「・・・・・にしたって、こいつはあんたにとっても大事な刀なんじゃねぇのか?」

「ああ、確かに師匠から独り立ち祝いに貰ったもんだが。」

「・・・・・何てぇ奴だ。」

 そんな大事な刀を昨日初めて出逢った若者の稽古に差し出すとは・・・・・五三郎は大きな溜息を吐いた。

「ありがとよ、おっさん。だがよ・・・・・扱うにゃあこいつは荷が重すぎらぁ。」

 そう言って五三郎は幸に柄を元に戻すように頼む。

「それに・・・・・柄から何からしっくり来たのはあんたの作ってくれた差料の方だ。とりあえず稽古用、そしてそのうち・・・・・俺も御様御用を務めるようになるつもりだから、その時腰に差す刀を作ってくれねぇか。俺の贔屓は初代固山惣兵衛だ。」

 五三郎の言葉に固山も極上の笑顔を見せた。

「言ってくれるじゃねぇか。ま、どうせ目指すなら『七代目浅右衛門の差料』にしてもらいてぇもんだがな。」

 何気なく行った一言だったが、五三郎は途端に顔を真っ赤にする。

「お・・・・おい、じ、冗談も休み休み・・・・・!」

 そう言いかけた時、幸が戻ってきた。その瞬間五三郎の顔がさらに真っ赤になる。

「ふうん・・・・・そういう事か。お、ありがとうよ、幸お嬢さん。」

 意味深な笑みを浮かべながら刀を受け取ると、固山はさっと踵を返す。

「じゃあ俺は早速おめぇの二尺八寸を打ってくらぁ。期待してるぜ『七代目』!」

 固山は通り過ぎざま五三郎の耳許に囁くと、いつものごとく風のように去っていってしまった。


 固山惣兵衛宗次と後藤五三郎の、これが初めての邂逅である。



UP DATE 2012.4.17

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





『鯔背な野郎』完結編です。気に入った若者の為に師匠から貰った『九州肥後同田貫藤原正国』を使わせるとは・・・・・鯔背というか無鉄砲というか(^^;)
固山宗次というひとは欧州白河生まれで、いわゆる三代続いた『江戸っ子』ではないのですが、江戸っ子特有の無鉄砲さというか、そんなものを漂わせているエピソードの持ち主です。特に有名なのが源清麿に対する『果たし状』ですかね。元々固山が四谷に先に住んでいたんですけど、後からやってきた清麿が固山に対して挨拶をしなかったらしいんですよね。そこで固山が送ったのが『果たし状』(笑)。実は清麿、剣術の腕も立つらしく、道場で代稽古も務めていた腕前の持ち主、それを知っていたんでしょうか、固山は(爆)
そんな熱い男・固山宗次ですが、五三郎とはこれから一生付き合っていくことになります。そして余談ですが、固山は幸の、すなわち将来の『七代目』の結婚祝いの刀も打っているんですよね~。現物は残っていないようですが『押型』(刀の魚拓みたいな物)は残っていますので、それもそのうちに・・・v

次週24日は猫絵師・国芳、GWの帰省次第ですが紅柊五月話は1日or8日から開始します。今度は前畑芳太郎が初めて主役を務める『木下闇のひと』となります。(たぶん2話目~3話目には★がつく可能性アリ)

関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&10日間もお休みされるとホントに困るっ!】へ  【烏のまかない処~其の四十四・保養所の夕食v】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【拍手お返事&10日間もお休みされるとホントに困るっ!】へ
  • 【烏のまかない処~其の四十四・保養所の夕食v】へ