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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

木下闇の女・其の壹~天保四年五月の秘密

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 色濃くなってきた新緑が朝日を受けてきらきらと輝く。それを眩しげに見上げながら前畑芳太郎はいつもより四半刻ほど遅く山田道場の門をくぐった。この時間であればすでに数人の門弟が稽古を始めており、師匠である吉昌も庭に出ている可能性がある。そう考えた芳太郎は屋敷に上がらず、そのまま稽古場がある庭へと回った。

「おう、芳太郎!今日は珍しく遅かったな。いつもいの一番に道場にやってくるおめぇらしくもねぇ。」

 庭へ回ってきた芳太郎にそう声を掛けてきたのは五三郎であった。手には二尺四、五寸の少し長めの大刀を握っている。どうやら『片腕試し』の稽古をしていたらしい。

「ああ。藩の方の仕事でやっておかないといけないものがあったんで、それを先に片付けてきた。」

 五三郎のちょっかいに対し、生真面目に応える芳太郎であったがその顔は精彩に欠けており、何か悩みでも抱えているように五三郎には見えた。

「おい、大丈夫かよ、芳太郎。そんなことじゃ怪我するぞ。」

 さすがに心配になった五三郎が稽古の準備をし始めた芳太郎に声を掛けるが、芳太郎はそんな五三郎の言葉に肩を竦める。

「この前は俺がお前に同じ様な事を言っていた気がするが・・・・・一理あるな。」

 苦笑いを浮かべながら芳太郎は準備の手を止めた。

「今日は真剣の稽古はやめにして、藁胴作りでもしておくか。」

 熱があっても稽古に取り組む稽古馬鹿の芳太郎とも思えない一言に、五三郎は不安を覚える。

「芳太郎・・・・・本当に大丈夫かよ。おめぇらしくもねぇ。」

 だが、真剣を使う稽古において微妙な体調不良や心の迷いは大怪我に繋がる。それを自覚した芳太郎の賢明さに少しばかりの感心を覚えながら、五三郎は芳太郎に対して頷いた。



 芳太郎の不調の原因----------それは前日のとある会話にある。吉昌が江戸城に出仕する為道場は休みであり、この休みを利用して芳太郎は溜ってしまった藩の仕事を片付けてしまおうと御徒の詰所へ顔を出した。

「おう、前畑の倅か。今日は試し斬り道場での稽古じゃないのか?」

 豪快に笑いながら芳太郎に声を掛けてきたのは御徒一番組の御徒頭・園田伊織であった。園田は前畑家にとって直属の上司であり、芳太郎も目をかけて貰っている。

「園田さん、お早うございます。今日の稽古は師匠が江戸城出仕の為休みなんです。だから溜った仕事を片付けてしまおうと・・・・・。」

 芳太郎は慌てて頭を下げながら、休みの理由を述べた。

「そうか。だったらその仕事は箕田の奴にやらせるから、ちょっと手伝って欲しいことがある・・・・・お前も聞いているかも知れないが、うちの娘がまた出戻ってきそうなんだ。」

 園田が声を潜めて囁いた。どうやら若くて体力がある割には口が固い芳太郎に『身内の恥の後始末』手伝いをさせようと言うらしい。その瞬間、芳太郎の顔が強張る。

「お縫さんが・・・・・ですか?」

「ああ、一度ならいざ知らず、二度ともなると世間体ってもんがな。我が娘ながら美人じゃない上に可愛げがないからなぁ。」

 園田が呟いたその瞬間、芳太郎は思わず声を荒らげた。

「そんな事はありません!お縫さんは聡明なだけで、可愛げが無いなんて事は絶対にありません!!」

 急に大声を出した芳太郎に周囲の者は驚きの表情を向け、園田は細い眼を丸くしたが、次の瞬間豪快に笑い出す。

「そういやおめぇは芥子坊の頃からお縫の後を金魚のふんのように追っかけていた位崇拝していたな。知らねぇ奴は本当の姉弟だと思い込んでいたくらいだ。」

 ひとしきり笑ったあと、園田は真顔になった。

「ま、親のひいき目から見ても悪いのはあいつだ。よく言い聞かせないといけないんだが・・・お前も縫と顔を合わせることがあったら『可愛げのない女は嫌われる』と言っておいてくれ。じゃあ、ちょっと付いてきてくれ。」

 園田は芳太郎についてこいと手招きをして先へ進んでいった。



 縫は芳太郎より六歳年上の、園田の長女である。男勝りで面倒見が良い縫は何くれと近所の子供達の面倒を見て、いつしか『女ガキ大将』とまで揶揄されるまでになっていた。
 一方長男でありながら引っ込み思案で気が弱かった芳太郎は、そんな頼りがいのある縫の後ろをずっとくっついて離れようとせず、縫も自分に懐いてくれる芳太郎の面倒をよく見ていた。まるで姉と弟のような関係は芳太郎が藩校に入ってからも続いていたが、その関係が終わりを告げたのは芳太郎が十歳になった初夏の事だった。

「三番組の御徒頭、井藤様のところに嫁ぐことになったの。」

 嬉しげに縫本人から言われたその一言に、十歳だった芳太郎は幼いながら衝撃を受ける。

「じゃあ・・・じゃあ・・・お縫お姉ちゃんとはもう逢えないの?」

 目一杯涙を浮かべながら芳太郎は縫に尋ねた。そんな芳太郎の頭を撫でながら、縫は優しく宥める。決して美人では無い縫だが、芳太郎を慰めてくれるその笑顔はどこまでも優しく、木漏れ日のように眩しかった。

「そんな事はないわよ、芳ちゃん。いつでも逢いにいらっしゃいな。井藤様も喜んでくれると思うわ。」

 だが、そんな慰めも幼い芳太郎にはただの誤魔化しにしか思えなかった。自分達の、否、自分の許を離れ他の男の許に嫁ぐ縫を、芳太郎は生まれて初めて恨めしく思う。

(お縫お姉ちゃんなんて・・・・・大嫌いだ!)

 縫のことが大好きなのに大嫌い----------その気持ちが『嫉妬』だと気が付くには、当時の芳太郎はまだまだ幼すぎた。



 最初の結婚は四年間続いた。井藤との間に子供は無く、離婚の原因はそれであった。だが、それから程なく七番組の御徒頭・田辺と二度目の結婚をし、二年目で男の子に恵まれた。しかし夫婦仲はその頃から悪くなってしまったようで、芳太郎も時折縫夫婦の不仲を耳にすることがあった。

(いっそ離縁してしまえばいいのに・・・・・。)

 二人の間に生まれた子供が枷になっているのだろうか。なかなか離縁をしない縫に苛立ちさえ感じていた芳太郎だった。そしてその頃には芳太郎も自分の縫に対する切ない想いが『恋』という名前だとはっきりと自覚していた。

(俺はこんなにお縫さんのことが好きなのに・・・・・何故お縫さんの相手が俺じゃないんだ。)

 噂を聞く度何度歯がみし、己と縫の小さな身分差を恨んだか判らない。しかしとうとう縫は離縁することになったのである。芳太郎にとって、これはまさに天恵以外の何者でもなかった。



 園田に頼まれたこと。それは田辺の家から縫の私物を運び出す事であった。縫の息子ははすでに九歳になっていたこともあり田辺家に残ることになっている。なので園田と運び出す縫の私物は、小さな鏡台と柳行李に入った着物くらいだった。

「こんなところで良いでしょうか。」

 荷物を運び終えたその時である。庭の方から明らかに縫のものだと判る優しげな歌声が聞こえてきた。そちらの方を見やると庭の花々に水をやっている縫がいた。

「お~い、縫!芳太郎のやつに麦湯でも入れてくれ!」

 園田の声に顔を上げた縫は、芳太郎の顔を見るなりにっこりと笑う。

「あら、芳ちゃんお久しぶり。ちょっと待っていてね、今麦湯とお茶請けを持ってくるから。」

 久しぶりに見る縫は芳太郎の目には変わらず魅力的に見えた。そして芳太郎ははっきりと己の恋心が強くなるのを自覚する。

(二度も離縁を繰り返せば・・・・・。)

 特に明文化されている訳ではないが、御徒頭と御徒身分との婚姻は避けられている。だが、二度離縁された女であれば、もしかしたら自分にも可能性があるのではないか----------芳太郎は埒もないことを思いながら、縫に向かって微笑みを返したのだった。



 もしかしたら縫を我がものにする事ができるかも知れない----------そんな想いが芳太郎の集中力を削いでいた。さすがに自覚していた分、真剣での稽古は避けたが、藁胴の作り方は間違えるし、折角ふるいに掛けた土壇の土もひっくり返し反故にしてしまったのである。

「芳太郎、今日は藩邸に戻って頭を冷やしてこい!」

 普段滅多に弟子を叱ることがない吉昌に直接叱られてしまい、半日で稽古を切り上げた芳太郎はそのまま園田の屋敷に向かった。

「お縫さん、いるかな。」

 この時間なら園田と園田の息子達は仕事中であるし、縫の母は奥向きで祐筆の仕事をしている筈だ。なので縫が一人園田家の留守を守っている可能性が高い。案の定、門をくぐり、縁側のある庭に回ると縫が一人で針仕事をしていた。

「お縫さん、こんにちは。針仕事、精が出ますね。」

 芳太郎の声に気が付いた縫は顔を上げ、にっこりと笑う。

「あら、芳ちゃん。今日は道場ではないの?」

「ええ、今日はちょっと・・・・・。」

 芳太郎は言葉を濁し、さり気なく縫の隣に座った。

「ところでお縫さん、離縁の話は・・・・・本当なのですか?」

「ええ。私なりに頑張ったんだけど・・・やっぱりうまくいかなくてね。同じ御徒頭でも組が違うと考え方とかも違うみたいで。三番組も七番組も真剣みに欠けるのよ。」

 縫は悔しそうに唇を噛みしめながら、肩を竦める。

「・・・・・だったら黙っていれば良かったんでしょうけど、どうしても口に出さずにいられなくてね。そんな事が重なって・・・・・だめね、可愛げがない女って。」

「可愛げがないなんて・・・・・そんな事はありません!」

 縫の呟きに芳太郎は激しく反論し、縫の肩を強く掴んだ。

「よ、芳ちゃん?」

 思いもしなかった芳太郎の行動に縫は吃驚するが、芳太郎は縫の肩を掴んだまま低い声でかき口説く。

「お縫さんは・・・・・聡明すぎるだけなんです。俺は・・・・・ずっとお縫さんのことが・・・・・。」

 好きなんです----------その言葉と共に芳太郎は強引に縫の唇を奪った。



 芳太郎の強引な接吻に最初こそ抵抗を見せていた縫だったが、芳太郎の強すぎる力に抵抗しても無駄だと諦めたのか、それとも変に反抗して芳太郎を興奮させてしまったら、さらに取り返しの付かないことになると思ったのか、徐々に力を抜いていく。
 それを縫が自分を受け入れてくれた証拠だと感じた芳太郎は、ゆっくりと唇を離した。

「お縫さん・・・・・好きなんです。子供の頃からずっと。」

 熱を帯びる芳太郎の言葉に、縫は悲しげに首を横に振る。

「芳ちゃん・・・・・判っているの?私はまだ三行半を貰っていないのよ。」

 だが芳太郎は縫の背中に手を回しながら、縫の耳朶に唇を寄せ、囁いた。

「お縫さんとなら重ねて四つに斬られる覚悟は出来ていますし、お縫さんが求めるならば田辺さんを斬り殺しもします。」

 あまりに物騒な言葉だが、今の芳太郎ならやりかねない。縫は芳太郎の頬を掌で包みながら、諭すように宥め始める。

「それに私はあなたより六つも年上で・・・・・二度も失敗しているのよ。あなたの未来に傷が付いてしまう。」

「そんな事、関係ありません。」

 縫を抱いた腕にさらに力を込めながら縫の頬に唇を這わす。そのひたむきさはまるで母親を求める幼子のようでもあった。

「身分だって・・・・・御徒頭と御徒の婚姻は避けられているし。」

 絶対に、芳太郎の想いを受け入れてはいけない----------大人の理性を振り絞り、縫は芳太郎を拒もうとするが、芳太郎はそんな縫の思いやりさえ打ち破ったのである。

「ならばどんな手を使ってでも御徒頭の身分を手に入れます。前例が無い訳じゃないですし、お縫さんを手に入れる為なら・・・・・どんな汚い手だって使います!」

 芳太郎は再び縫の唇に己の唇を押しつけ、強引に舌をこじ入れる。そして口腔の中で縫の柔らかな舌を捕まえると、まるで赤子が乳を吸うように強くそれを吸い上げた。



UP DATE 2012.5.1

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『紅柊』今月の話は芳太郎が主役の恋物語です。しかし何の因果か六歳も年上のバツ2(確実そうな)女性が相手とは(^^;)これが恋というものなんでしょうね。

芳太郎の恋の相手・縫は御徒頭の娘なのですが、子供の頃は身分関係無くじゃれあっていたようです。そんな中で『頼りがいがあるお姉ちゃん』に憧れの気持ちを抱いたんでしょう。もしかしたら『長男だから』というプレッシャーを癒してくれる相手だったのかも知れません。しかし縫は気が強そう・・・しかも六歳も年上ですから確実に尻に敷かれそうですね、芳太郎(笑)。

次回更新は5/8、縫を抱きしめ、口づけまでしてしまった芳太郎がこのまま収まるはずもなく・・・次回は★付きとなりますv
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