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「葵と杏葉」
葵と杏葉・外伝

化け猫姫の涙~葵と杏葉・外伝

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 慶応二年六月、川越藩にも第二次長州討伐の出兵命令が幕府から出された。前回と違い出兵拒否を表明する藩も少なくない中、下手をすると負け戦になるかも知れない。そんな出兵命令を受けるか否か――――――川越藩も他の藩同様藩内の意見が二分されているそんな中、一人の若い尼僧が川越藩菩提寺・喜多院にある松平直侯の墓所の前で祈り続けていた。

「責姫様、雲行きも怪しくなってきております。そろそろ屋敷の方へお戻りになられたほうが」

 責姫に付き従っていた颯が声を掛けるが、その尼僧――――――責姫はただひたすら今は亡き良人の墓に向かって祈り続ける。

(殿・・・・・・どうか川越にご武運を)

 攘夷派によって命を絶たれた直侯ならば、きっと川越に武運を与えてくれるだろう。生暖かく、湿った風が頬を嬲る中、責姫はただひたすらに祈り続けていた。



「大変でございます!殿が・・・・・・毒を盛られたようです!」

 責姫の許に表からの火急の知らせを告げに来た侍女の榊が転がり込んできたのは、五年前の十二月六日のことであった。

「何ですって!それは誠の事なのですか!」

 国学の講義を受けていた責姫は思わず立ち上がり、榊に詰め寄る。

「殿は・・・・・・殿は今、どこに!」

「中奥で治療を受けておられます。しかし状況は芳しくないようで・・・・・・御覚悟をお願い致したく・・・・・・」

 その時である。不意に江戸家老が責姫の部屋に入ってきたのだ。いくら江戸家老でも藩主以外の男が奥向きに入る事は許されない。

「家老殿!ここは奥向きぞ!いくら事情があろうとも無礼であろう!」

 勿論江戸家老のこの非礼を筆頭女官である颯が責め立てるが、江戸家老はそれどころでは無いと責姫の前に跪き、訴えた。

「御簾中様、大至急中奥へいらしてくださいませ。殿が・・・・・・御簾中様をお呼びでございます」

 その声は明らかに湿っており、もはや一刻の猶予も許されないことを物語っている。その江戸家老の一言に責姫は意を決した。

「判りました。案内を」

「御意。では僭越ながら案内役をさせて戴きまする」

 江戸家老はさらに深々と一礼すると、自らが先導して責姫を直侯がいる中奥へと案内し始めた。



 責姫が中奥へ出向いた時、直侯はすでに床に就いていた。顔は土気色で息は荒く、明らかに病ではないことは責姫の目にも明らかである。

「殿!」

 直侯のその姿に衝撃を受けた責姫は人目も憚らず直侯に縋り付いた。

「健子・・・・・・か」

 苦しげな息の下、責姫に気が付いた直侯が責姫に微笑みかける。

「油断・・・・・・した。水戸の者だからと近づけたのが・・・・・・一服盛られたらしい。考えてみれば・・・・・・水戸にとって、俺は・・・・・・憎むべき、開国派の・・・・・・」

「殿!もう無理はなさらないで・・・・・・」

 泣きじゃくりながら責姫は直侯を黙らせようとするが、直侯は喋り続けた。

「俺は・・・・・・長くは保たない。だが・・・・・・お前を諦めるつもりは毛頭無いからな」

 そう言うなり直侯は責姫の肩に手を掛けると、生死の境をさまよっている者とは思えないほどの力で責姫を引き寄せる。

「再婚は・・・・・・許さぬ。尤も『化け猫姫』に再婚話を持ってくる勇気がある奴がいるとも思えん。もし、そんなやつがいたら・・・・・・俺が祟ってやる」

 直侯の声が凄味を帯びる。その一言に周囲が慌てふためくが、責姫は穏やかに微笑み直侯に囁く。

「そんなにご心配ならば、毒如きに負けないでくださいませ。妾をひとり残さないで・・・・・・」

 できる限り穏やかに――――――そう心がけていたにも拘わらず、責姫の声はだんだんと感情的に昂ぶってきてしまう。

「お前は・・・・・・本当に泣き虫だな」

 苦しい息の中直侯は笑い、抱き寄せた責姫に頬ずりをした。

「安心しろ、この身が朽ち果てても・・・・・・魂魄はずっとお前に付きまとってやる。だから・・・・・・絶対に再婚は許さないぞ」

 今際の際にいるとは思えぬ程、その腕には強い力が籠もる。その力強さに沸き上がってくる悲しみを抑えながら、責姫はただひたすら直侯に縋り付いていた。



 その後、三日三晩苦しんだ後、直侯は責姫の許から逝ってしまった。さすがに二十三歳という若い、子供のいない未亡人に対し再婚を促す声も少なくなかったが、責姫は良人の遺言通り髪を下ろし尼になってしまったのである。

「氏より育ちとはよく言ったものだ。変なところでお前は育ての親の国子殿によく似ていて潔すぎる・・・・・・その半分の潔さが淳一郎の奴にも欲しいものだが」

 父親の斉正も責姫の思い切りの良さに半ば呆れたくらいである。それから五年、責姫は直侯に対しての操を守り続け現在に至っている。



 ぽつり、と責姫の頬に雨が当たる。元々怪しげだった雲行きだったがとうとう雨が降ってきてしまったようだ。

「お方様、そろそろ」

 颯の隣にいた榊が責姫に声を掛ける。

「責姫様、もう宜しいでしょう。この雨はきっと亡くなられた殿の御意思・・・・・・きっと『早く屋敷へ帰れ』と促しているのかも知れませんよ」

 颯の言葉に責姫はようやく頷く。その頬には雨以外の雫が――――――涙が一筋零れていた。



UP DATE 2012.5.3

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直侯と責姫の恋の結末は、斉正&盛姫の恋よりも悲しい結末を迎えてしまいました・・・・・。23歳で良人に先立たれてしまった責姫の気持ちは如何ばかりだったのでしょう。
幕末という特殊な時代もあり、迂闊な相手との再婚は出来ないということもあったのでしょうが、子供もいない23歳の若さで落飾してしまった責姫は直侯に本当の恋心を抱いていたのではないかと思います。
そして八十歳という長寿を全うするのですが・・・・・操を守り続けて60年近く、生活に苦労しなくても良い立場だとしても凄すぎる(^^;)よっぽど幸せな結婚生活じゃなければ思い出だけで半世紀は無理ですよねぇ。
何だかんだ言いながら再婚しちゃったり濱に手を出したりした斉正と比べても相当強い意志を持った女性だったのでしょう。
責姫メインの話はこれで終了しますが、もしかしたら本編か外伝・佐賀の役でちらりと顔を出すかも知れません。

責姫主役の『外伝・化け猫姫』シリーズにここまでお付き合いくださいましてありがとうございましたm(_ _)m
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