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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

木下闇の女・其の肆~天保四年五月の秘密

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『芳太郎が道場で倒れた。』

 その一報を聞き、縫は考えるよりも先に自宅を飛び出していた。芳太郎が通っている『平河町の道場』が何処にあるのかきちんとした場所は判らない。ただ、以前芳太郎が言っていた『平川天神近くにあり、抱き柊の紋が記されている』屋敷だということだけを頼りに暮れなずむ江戸の街を足早に歩いて行く。

「何で・・・・・無茶するのよ、芳ちゃん!」

 心配と同時に芳太郎に対する怒りも沸いて出てくる。男として、上を目指すのは決して悪いことではないが、他人様に迷惑や心配を掛けさせて良いというものでは決してない。そしてこの事を引き起こした原因が自分にあるという事も縫に苛立たしさを伴う罪悪感を抱かせていた。

「本当に・・・・・身体ばっかり大きくなってもやることは子供じゃない!」

 思わず出してしまった大声に周囲を歩いていた者達がびっくりして振り返る。だがそんなことにはお構いなしに、縫は茜色に染まる川縁を一人歩き続けた。



 芳太郎が通っている山田道場の場所はすぐに判った。道場の性格上、『胴』と言う名の死者を扱うだけに家紋を判りやすいところに記し、周囲にも迷惑を掛けないようにしているらしい。しかしその規模は縫が想像していたものより遙かに大きなものだった。立派な冠木門は川越藩邸の外門と殆ど同じ規模であるし、よくよく見ると使われている金具の細工にも金が掛っていそうだ。正直町道場に毛が生えた程度の規模を想像していただけに縫は圧倒される。

「これが・・・・・将軍家御様御用の家格なのね。」

 勢い込んできたものの、門の威圧感におののき足が竦んでしまう。

(もう・・・・・父上にも報告が行っている訳だし、私が行かなくても・・・・・。)

 門の立派さに気後れを覚え、縫が踵を返そうとしたその時であった。不意に冠木門の横にある通用口が開き、中から若い男が出てきたのである。
 年齢は芳太郎と同じくらいだが、芳太郎より少し背は高いだろう。袴に二本差し、つまり武士ではあるが幕臣とは少々着付けが違う。幕臣ならばその若者のように刀を身体に沿わせる落とし差しには絶対にしない。しかし背の高さと相まってその落とし差しにはガラの悪さは感じず、むしろ腕の確かさを匂わせる。

(道場の・・・・・門弟さんかしら?)

 縫がそう思った刹那、その若者と目があってしまった。

「あれ?もしかしてうちの道場に御用ですか?」

 若者は門の前で立ちすくんでいる縫を見つけると、人なつっこい笑みを浮かべて近寄って来た。

「すみませんね。うちの道場、初めて来た人にとってものすごく入りづらいでしょう。俺達も普段はこっちの通用門から出入りしているんですよ。」

 武士にしては少々気さくすぎる若者の言葉に、縫は少しほっとした。

「お気遣いありがとうございます。ところで・・・・・こちらに川越藩御徒・前畑四兵衛が子息、芳太郎というものはおりますでしょうか。私、御徒頭・園田の娘の縫と申しまして・・・・・。」

「あ!『お縫さん』ですか!」

 縫が自らを名乗った瞬間、その若い侍は吹き出した。その失礼極まりない態度に縫はむっとした表情を露わにする。それに気が付いた若い侍は一瞬『しまった』という表情を浮かべた後、苦笑いを浮かべた。

「あ、申し訳ありません。貴女様のことが少々道場内で話題になっているんですよ。とにかく中へいらしてください。芳太郎の奴が『お縫さん』を待っていますから。」

 若い侍は意味深に縫の名前を強調すると、縫を門の中へ促した。



 若い侍は自らを後藤五三郎と名乗った。縫が感じたように芳太郎と同い年で幼い頃から互いの腕を競っているらしい。

「芳太郎の奴が倒れたのは八つ前、久しぶりに人間の胴を使った稽古が終わった直後です。毒気にあてられて新入りがぶっ倒れることは少ないんですけど、まさかあいつが倒れるとは・・・・・自己管理が徹底しているんで、怪我や病とは縁遠いと思っていたんですけどねぇ。」

 玄関に入りながら縫に状況を説明すると、五三郎は屋敷の中に向かって声を掛ける。

「お~い、幸!『お縫さん』が来てくれたぞ!」

 よく通る五三郎の声にばたばたと奥の方から足音が聞こえてくる。そして暫くすると前髪に袴という出で立ちの若衆が----------少なくとも縫には若衆に思える小柄な人物が現れた。

「あれ?五三郎兄様、今日は早々に帰ったんじゃなかったんですか?」

 幸、と呼ばれた若衆は五三郎に対して怪訝そうな表情を浮かべる。

「ああ、帰ろうと思ったんだけどよ、『お縫さん』が芳太郎を心配してこっちまで来て下さったんだ。案内しねぇ訳にもいかねぇだろう。」

 『お縫さん』という部分をやけに強調する五三郎に対し、幸と呼ばれた少年は『ああ』と合点がいったように頷いた。

「そういう事だったんですね・・・・・お縫様、門弟の無礼お許しくださいませ。私、六代目山田浅右衛門が養女、幸と申します。」

「え・・・・あ、お、女の子・・・・・だったんです、ね。」

 てっきり若衆だとばかり思っていた人物が少女、しかも芳太郎の師匠に当たる山田浅右衛門の養女と聞いて縫は顔を赤らめる。

「ああ、気にしないで下さい。こいつはとんでもねぇじゃじゃ馬で、おなご姿じゃ動きにくいからとこういった格好をしているんです。試し斬りの腕だって下手な門弟より・・・・・。」

 縫の気まずさを和らげようと思ったのかとんでもない事を言い出した五三郎に対し、幸はきっ、と鋭く睨み付け、口の軽すぎる五三郎を黙らせた。

「兄様、減らず口はそこまでにして下さい。お縫様、それよりも一刻も早くいらして下さいませんか?芳太郎先生が・・・・・。」

「え、芳ちゃんが!」

 縫がそう叫んだ瞬間、その背後で五三郎がぷっ、と吹き出す。

「兄様!いい加減にして下さい。それより帰らなくて良いんですか?」

 幸はさっさと五三郎を追い出そうと暗に『帰れ』と促すが、五三郎は帰る素振りどころか、玄関に上がり始めたのだ。

「ああ、別に俺なんざ早く帰っても邪魔者扱いされるだけだ。それよかこんな面白そうなネタを目の前にしてこの場を離れられるかってぇんだ。」

 面白半分にこの件に関わろうとする五三郎を、今度は縫が鋭く睨み付けるが、五三郎は全く動じる素振りを見せない。

「お縫様、本当に申し訳ございません!それよりも早くお上がりくださいませ。」

 とうとう五三郎を無視し奥ををちらちらと見始めた幸の素振りに、縫は剣呑さを感じた。

「そんなに・・・・・芳ちゃ・・・・前畑の状況は悪いのですか?」

「ええ。怪我こそ無いんですが倒れたっきりずっと目を覚ましませんし、熱もあって・・・・・ずっとうなされているんです。」

 幸の本当に心配そうな表情に、縫は事の深刻さを実感する。

「承知しました。では、前畑にあわせて戴けますでしょうか。」

 とりあえず怪我ではないという事に縫はほっとし、幸の案内に従い玄関を上がった。



 長い廊下の突き当たり、すぐ右手の四畳半に芳太郎は寝かされていた。苦しげにうなされている様子からすると相当熱があるらしい。

「芳ちゃん!」

 縫は思わず芳太郎の傍に駆け寄り、額に乗せられていた手拭いを取り去ると額に手を当てた。縫の手に伝わる芳太郎の額はかなり熱く、それを確認した縫は改めて手拭いを濡らしてから芳太郎の額に再び乗せる。

「お・・・ぬ、い・・・・・さん。」

 芳太郎の唇が縫の名を呼ぶ。しかし目が醒めている訳ではなさそうで、目を閉じたまま苦しげに呻いている。

「芳太郎先生、倒れて寝込んでからずっとお縫さんの名前をうわごとで呼んでいるんです。何度も何度も・・・・・。」

 だから五三郎も幸も初対面であるはずの縫の名前に反応したのかと、縫はようやく合点した。

「私的な部分を絶対に見せようとはしない芳太郎先生がうわごとで名前を呼ばうようなお方ですから、お縫さんはきっと芳太郎先生にとって大事なお方なんだろうと思いまして。明日になったら連絡をした方が良いかも知れないと養父と相談していたところだったんです。でも、来て戴いて良かった。」

 純粋に縫の来訪を歓迎してくれる幸の言葉に、縫の心はちくりと痛む。

「私は・・・・・そんな女じゃないのに。」

 うわごとにまで自分の名を呼ばうとは----------縫の目から涙が溢れ出る。

「もしお縫さんさえ宜しかったら、お時間が許す限り芳太郎先生に付いて戴けませんでしょうか。ご帰宅の際には駕籠を呼びますので。」

「それには及びませぬ。前畑の外出許可は父が手配しますし、私が飛び出していったことも承知しております。出戻り娘の跳ねっ返りを父も諦めているでしょう。」

 自嘲気味に言うと、縫は芳太郎の手をそっと握った。

「では、一応確認の使いだけこちらから出させて戴きます。それと、夕食はこちらにお持ちしても宜しいですか?」

「あ・・・・・そこまでは・・・・・・。」

 幸の気遣いを縫は断ろうとしたが、幸は気遣いは要らないと微笑んだ。

「お気になさらずに。門弟達の食事も出しております故、そのついでですので・・・・・ではこれから夕餉の支度をいたしますので半刻ほどお時間を頂きますこと、ご了承ください。ほら兄様、行きますよ!ここに居たって邪魔なだけですし、一番の大食らいなんですからこっちを手伝って下さい!」

 幸はいつの間にか部屋に入り込んでいた五三郎の腕をむんずと掴むと、五三郎を引きずるように部屋を出て行った。

「芳ちゃん・・・・・。」

 二人の足音が遠くに去っていったことを確認すると縫は芳太郎の手をぎゅっ、と握りしめる。その手の感覚に気が付いたのだろうか、不意に芳太郎の瞼が動き、ゆっくりと瞼が開いた。

「芳ちゃん?気が付いた?」

 縫の穏やかな声に芳太郎は一瞬呆けた表情を浮かべる。

「お・・・・・縫さん?あれ・・・・・確か俺は・・・・・道場で倒れたんじゃ・・・・・、。」」

 俄に信じられないと熱に潤んだ瞳で、芳太郎は縫の顔と周囲を見回す。

「ええ、藩邸に知らせが来て・・・・・矢も楯もたまらずこちらに来てしまったの。」

 縫の言葉に、芳太郎は心から嬉しそうな表情を浮かべた。

「嬉しいな・・・・・お縫さんに来て貰えるなんて。」

「馬鹿を行っているんじゃないの。大人になっても心配ばかりさせて。」

 縫は自らの顔を近づけながら芳太郎を窘める。

「もう大人なんだから、無茶をするんじゃありません。それとも・・・・・きちんと休みを取っているか見張らなきゃそれも出来ないの?」

「できないかも・・・・・しれませんね。」

 熱にぼんやりとしながら、芳太郎は微かな笑みを浮かべた。

「だけど・・・・・お縫さんが見張ってくれるならきちんと休みますよ。」

 冗談だか本気だか判らないことを言い出す。もしかしたら熱の勢いでそんな事を口走っているのかも知れない。ならば熱が下がれば忘れるのだろうか----------そんな事を考えながら縫は返事をした。

「一ヶ月に一度だけだったら・・・・・その代わり変なことはしないでよ。」

「ええ・・・・・お縫さんと堂々・・・・・一日一緒にいられるのならば・・・・・。」

 縫の言葉に安心したのか芳太郎は再びすっ、と眠りに就いた。だが、先程とは違いうなされることもなく、寝息も穏やかだ。まだまだ熱はあるようだが、一晩眠れば下がるだろう。

「本当に・・・・・馬鹿な子。」

 芳太郎の願い通り二人が結ばれるにしろ、縫が願うように互いを諦めるにしてもまだまだ時間はかかるのだろう。縫は穏やかな眠りに就いた芳太郎の手を握りしめながら、一人静かに頬を濡らしたのだった。


UP DATE 2012.5.22

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・・・・・この次の日、五三郎の口からある事無いこと吹聴され、芳太郎の恋は道場の仲間中にばらされるんでしょうね。応援団と言うよりはむしろ人の恋愛を面白おかしく茶化したいだけなんでしょうけど(^^;)


怪我の功名、疲労で倒れたことによって縫とひと月に一度の逢瀬が出来ることとなりましたv間違いなく芳太郎はこの事を覚えているでしょう。人間、自分に都合の良いことは忘れないものですから(笑)
しかしこのひと月一度の逢瀬が二度になり、三度になり、最終的に結ばれるようになるにはどれくらいの時間が必要になるんでしょうか・・・・・芳太郎の恋路はまだまだ険しそうです(^^;)

来週は紅柊はお休みになり『猫絵師・国芳』で『外道獣の雨宿り』をUPいたします。そして来月の紅柊はいきなり強盗&強姦放火事件から始まるバイオレンスな展開になるかも・・・・・すでに忘れ去れれているかも知れませんが幸の両親を殺した新實益五郎がちょこっと登場する予定でございます。(詳細は『紅葉山掃除之者』にて)

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