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「葵と杏葉」
葵と杏葉・維新編

葵と杏葉維新編 第二十一話 大政奉還・其の参

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「脱藩していた大隈が帰藩し、京都の詳細な情報を持ち帰って参りました!是非とも謁見をお願い致します!」

 それはようやく空が白み始めた早朝のことであった。原田小四郎の、悲鳴にも近い怒鳴り声により斉正の浅い眠りは破られる。

「原田殿、何事ですか!朝っぱらから騒々しい!」

 さすがに非常識な原田の襖の向こうで松根が原田を叱りつけたが、原田は動じる様子も無く松根に斉正への謁見を訴えた。

「お叱りは後々承ります!それよりも大隈の大殿への謁見許可を!こうしている間にも京都では事態が動いているはずです!我が藩の命運がかかっておるのです、大殿のご判断が・・・・・・」

「――――――承知した」

 不意に襖が開き、斉正が二人の前に現れる。

「大殿!も、申し訳ございませぬ!」

 二人は慌てて平伏すが、原田はすぐさま頭を上げ、斉正に訴えた。

「大殿!後生でございます!大隈が・・・・・・とんでもない情報を入手して参りました。その情報の重要さ故、金花丸は寄港予定だった馬関にも寄らず、長崎に帰ってきた次第でございます。それがしや大隈に対する処罰は後々甘んじて受けまする故、どうか大隈の謁見許可を!」

「判った、すぐに幹部達を仕組所へ招集せよ。松根、私の支度を」

「御意」

 日本各地を廻っていた金花丸が予定を変更してまで帰藩を急ぎ、原田が朝一番で訴えに来た情報である。時期も時期だけに聞く価値はあるだろうと斉正はきびきびと命令を下し、自らも支度を始めた。



 ようやく朝日が山の端から完全に顔を出した頃、大隈重信は斉正への謁見を許可された。原田に連れられて仕組所へ入った大隈は、緊張に顔を強張らせている。

「しばしここで待っておれ。準備ができ次第大殿がこちらにいらっしゃる」

 大隈が仕組所に入った時、すでに重役達は左右に座っていた。後は斉正がやって来るのを待つばかりである。多分少しは時間があるだろう。その間に心持ちを落ち着かせ、要領よく報告できるようにしなければ――――――大隈はごくり、と唾を飲み込む。

(一応、待っている間に書き付けにしておいたが、果たして大殿に対して的確に説明できるだろうか)

 あまりにとんとん拍子に話が進んでしまい、大隈は正直おののいていた。大隈が原田の許に転がり込んだのは昨日の真夜中、金花丸に偶然乗り合わせていた山崎景則に依頼して面会の段取りを依頼したのだが、半日でこの様な場を設けて貰えるとは思っていなかった。ちなみに山崎は原田と大隈の共通の親戚である。
 そもそも斉正への謁見を求めはしたが、正直それが叶うとは――――――しかもこれほど早く叶うとは未だに信じられない。せめて請役の鍋島茂昌か原田を通じて斉正に自分の言葉が伝われば良いだろう。そう思っていただけに、まさか自分自身の口から藩の実質的な最高権力者である斉正に説明をすることになろうとは驚愕の極みであった。

(もしかしたら、自分の情報の価値を最も低く見ているのは、自分なのかも知れない)

 ふと思ったその時である。

「大殿の、お成~りぃ~!」

 朗々とした故障の声が響き斉正が仕組所へ入ってきた。大隈は勿論、その場にいた藩幹部達も頭を下げる。

「面を上げよ。大隈重信、そちが見聞したこと、報告するがよい」

 静かに、しかし力強い声で斉正は大隈に命じた。

「御意。あれは謹慎が解かれた直後のこと、リューマチスの苦しみに耐えながら英吉利船に乗り神戸を目指していたのですが、神戸を乗り過ごし横浜に辿り着いてしまいました。しかし横浜、否、京都から離れた江戸に於いてもすでに天下大乱の兆候がはっきりを現れていたのです・・・・・・」

 斉正の御前で英語の講義をしたことはあるが、自らの意見を直接言うことは初めてである。もつれそうになる舌に苦慮しながら、大隈は自ら見聞したことを自らの言葉で語り始めた。



「おい、大隈さん。もうすぐ横浜だぞ?歩けるか?」

 リューマチにうなされていた大隈に声を掛けてきたのは幕府の通弁・佐藤であった。

「あ、ああ?横浜・・・・・・だって?俺は神戸で下りる筈だったのに」

 神戸を乗り過ごしてしまったことに愕然とし、大隈は痛みに顔を顰めながらゆっくりと寝台から起き上がる。頼んだことを佐藤が忘れていたのか、それとも起こしてくれたのに自分が起きることが出来なかったのか――――――ぐるぐると色んな事が頭をよぎる。

「それが神戸は危険すぎるから、って通過してしまったんだ。大政が奉還されてしまった上に討幕派が戦力を集結させ始めているからと」

「何だって!・・・・・・ったたた!」

 大隈は驚きのあまり大声を出してしまったが、次の瞬間あまりの激痛に寝台に倒れ込んだ。

「とにかく一旦横浜で下りよう。リューマチスの治療をしてから神戸への船便を見つけるなり、早駕籠で陸路を行くなりすればいいじゃないか」

 佐藤の言葉に大隈は何とも情けない、しょっぱい表情を浮かべる。この状況で陸路なんて死ねというのと同義である。大隈は猩紅熱に冒されながら駕籠に揺られ、何度も駕籠の中で気絶したことを思い出した。猩紅熱であれである、リューマチで駕籠に揺られたら使い物にならないだろう。

(仕方がない。京都は山口殿に任せるか)

 実はあまりにひどいリューマチの病状に、大隈は同士として最も親しかった武雄の山口尚芳に上京して貰っていた。彼ならきっと詳細な情報を収集してくれるだろう――――――京都の様子は気にはなったがこればかりは仕方がない。

「そうですね。ではとりあえず治療を先に・・・・・・」

 そう大隈が答えたその時である不意に甲板の方からどよめきが聞こえてきたのである。

「うわっ!横浜の港が真っ赤じゃないか!」

「噂には聞いていたけどあれが『ええじゃないか』なのか?それにしてもすごいものな」

「本当に港に下りることが出来るのか?正直あそこに上陸するのは気味が悪いんだが」

 甲板から聞こえてくる、不安を滲ませた会話に大隈は納得した。ここ最近あちらこちらで騒動になっている『ええじゃないか』が横浜にも押し寄せているのだろう。大隈は佐藤に肩を借りて甲板に上る。すると横浜の港を埋め尽くす、真っ赤な色彩――――――人々が身につけている紅い着物や布きれなど――――――が大隈の目を射貫いたのだ。それは一匹の赤龍の如くうねり、蠢きながら横浜港を占領していた。

「・・・・・・この国は、このまま破滅へと向かって行ってしまうのか」

 外国人居留地があり、そこそこ治安が守られているはずの横浜でさえこれである。一体江戸はどのようになってしまっているのだろうか――――――大隈の目から一筋、涙がこぼれ落ちた。



 大隈はここまで一気に話し終えると、大きく深呼吸をした。自分では冷静なつもりだったが、かなり力が入っていたのだろう。リューマチとは違う、肩の張りに顔を顰める。

「・・・・・・横浜でさえそんな酷い有様だったのか?信じられぬ」

 斉正は俄に信じがたいと大隈に尋ねる。江戸にも近く、外国人居留地の中では長崎と同じくらい治安が良いはずの横浜で、その様な騒動になっているとは――――――幹部達の顔をも強張る。

「それだけではございません。幕府は前橋藩の兵を使って江戸市中の警備を強化しておりましたが、ほぼ無政府状態・・・・・・勝海舟殿も嘆いておられました。特に幕府歩兵、新徴組は当たるに任せて乱暴し、まるで白昼に強盗が横行するような状況です。江戸でこの様な有様ですので他の地方は・・・・・・幕府は破滅へと向かっております」

 大隈の報告に斉正の顔色は蒼白になった。京都にばかり目が行っていて江戸のことは念頭になかったが、将軍の留守に江戸がそのような無政府状態になっていたとは――――――幹部達も愕然とする。

「京都にばかり気を取られていたが、江戸が・・・・・・そんな事になっているとは」

 斉正は唇を噛みしめる。江戸藩邸に残してある筆姫や藩邸の家臣達も心配だが、それ以上に盛姫と暮らした若かりし日の思い出の地が荒らされていくことに、悲しさと悔しさを覚える。

「幕府は・・・・・・もう終いなのか」

 誰かが思わず漏らした一言に、誰かが反論する。

「いや、今は大樹公が上洛しているから荒れているだけやも知れぬ。大樹公が江戸に戻られたあかつきには・・・・・・」

 その楽天的な一言を、大隈はあっさりと否定した。

「それが一概にそうとは言い切れませぬ。江戸の状況を見てますます京都が心配になり、私めは神戸行きの船を見つけ、神戸に向かいました。そこでは・・・・・・」

 大隈はリューマチの痛みに耐えつつ、話の続きを始めた。



 神戸行きの船に上手く乗り込んだ大隈は、痛む身体をおしてようやく神戸へ到着した。

「おい、大隈!ようやく来たな!しかも江戸からの船に乗ってくるとは!」

 それは一足先に京都へ入っていた山口であった。大隈が先に出しておいた早飛脚に応えて迎えに来てくれたのだろう。にこにこと人なつっこい笑顔を見せながら大隈に近づいてくる。

「おう、山口!久しぶりだな。ところで京都はどうだった?」

 身体の痛みも忘れ、大隈は山口に京都の様子を尋ねたが、その瞬間山口の表情は曇った。

「一日ごとに状勢が目まぐるしく変わる。大政奉還のことは知っているか?」

「勿論だ。それとそれを不服とする討幕派が兵を招集しているという話までは・・・・・・」

 大隈の情報を確認すると、山口は大きく頷き話を進める。

「それが大樹公にしてやられた。大樹公は将軍職の返還を申し出たんだ」

「何と?しかしそれでは政治にならぬのでは?」

 大隈は至極まっとうな疑問を持つが、それに対しても山口は的確な答えを用意していた。

「勿論。朝廷は我が殿を始めとして諸侯を上洛させようと躍起になっているが、どの大名も警戒して上洛をしようとはしない」

 山口のその言葉に大隈は眉を跳ね上げ、声を荒らげる。

「ならば先に上洛すれば中央での立場が有利になるという事ではないか!それなのに何故・・・・・・佐賀は動かぬ!今こそ先手を打って政治的に優位な立場に付くべきなのに!」

 大隈は身体の痛みを忘れて地団駄を踏む。そんな大隈に対し、山口はあくまでも冷静に京都での状勢を話し続ける。

「・・・・・・故に、諸侯が上洛するまで実質的に大樹公が庶務を行っている。ただそれがいつまで続くか・・・・・・幕府にとってあまり嬉しくない顔ばかりが京都に増えつつある」

 山口の報告を聞き終え、大隈は何かを決意したように口を開いた。

「・・・・・・山口、お前は先に佐賀に帰って請役殿にこの事を伝えてくれ。俺は自分の目で京都の状勢を確かめたい」

「承知。お前もあまり無理するなよ、大隈。ところで江戸の方はどうだったんだ?」

 山口の質問に今度は大隈が答える。結局二人が別れたのは丸一日後の事であった。



 大隈が京都に入ったのは十一月の下旬、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺され、油小路事件なる新選組内部の粛正があった直後のことである。血なまぐさい事件が立て続けに起こっていた所為か、宿の主は大隈に外出するなと釘を刺す。

「あきまへん。そんな身体でうろちょろしはっては、あっという間に浪士にやられてしまいます。悪いことはもうしまへん、早う御国へ帰りはったほうがよろしおす」

 宿の主に言われなくても長旅の疲れかリューマチが悪化していた。そこで大隈は宿の主に頼んで読売やその他の情報をかき集め、帰藩する事にしたのだった。その帰り偶然にも金花丸に遭遇、ちゃっかり乗り込むと大隈は江戸、京都における緊迫の状況を大げさに演説し、金花丸の予定を変更させ佐賀に帰ってきたのである。

「確かグラバーが言っていたな。土佐の坂本が薩摩と長州の仲立ちをしたと・・・・・・その大物が殺されたとなると、ますます事態は緊急を要するか」

「大殿!今ここで出兵しなければ佐賀は発言力を失います!是非とも他藩に先駆けての出兵を!」

 大隈は斉正に迫る。だが、斉正は伏し目がちに何かを考えてるような表情で黙りこくり、暫くの後口を開いた。

「委細聞き置く。大隈よ、ご苦労であった」

「大殿!」

 大隈はなおも斉正に食い下がろうとしたが、それは原田によって止められた。

「慎め、大隈!殿がお前如きの話を直接聞かれるだけでも有りがたいことなのだ!」

 原田の言うことは尤もであった。しかし若い大隈には斉正の慎重さが歯がゆくてならない。大隈は強く唇を噛みしめ、じっと斉正が出て行った襖を睨み続けていた。

「何故・・・・・・今、出兵すれば朝廷での覚えもめでたく、中央で権力を得ることが出来るのに!」

 悔しげに呟く大隈だったが、地位や栄誉よりもさらに大事なものがある事に気が付くには、まだまだ時間が必要であった。



 大隈が帰藩し、斉正に謁見を許されたまさにその日の慶応三年十二月九日、京都に於いても大きな動きがあった。江戸幕府・摂関制度の廃止と明治新政府樹立が宣言された、いわゆる王政復古が公家の岩倉具視や薩摩藩の大久保利通らによって決行されたのである。 この大号令により政局はますます混迷を深め、一つの大きな戦いへと突き進んでいくことになる。



UP DATE 2012.05.25

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大隈がもたらした情報----------それは江戸の無政府状態&坂本龍馬の暗殺等の京都に於ける血なまぐさい事件の数々でした。さすがに藩邸の情報収集は京都における朝廷内や幕府の政局が中心となってしまいますから、どうしても江戸や市井のことまで手が回らなくなってしまう・・・・・そんな中、大隈のもたらした情報は『政局の混乱=下々の生活の荒廃』を如実に現すものでした。

この大隈の報告を聞いて斉正は一体何を思ったのか。そして親幕派と倒幕派、徐々にはっきりと二極化する中、斉正はどちらに付くことになるのか?十代の頃から藩政の難局に立ち向かっていたベテラン政治家である斉正にとっても難しい二択を迫られることに・・・・・。
次回更新は6/1、『斉正の決断』に進みます。ここからラストまでの九話がまさに正念場、一話一話気を抜かずに取り組んでゆきたいと思いますv
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