FC2ブログ

「葵と杏葉」
葵と杏葉・維新編

葵と杏葉維新編 第二十二話 覚悟の選択・其の壹

 ←烏のまかない処~其の五十・初夏の鰹 →烏のがらくた箱~その百十二・何故今更JISからISOに・・・あううっ(>_
 王政復古――――――これが行われたのは慶応三年十二月九日の事であった。倒幕派の岩倉具視や薩摩藩の大久保利通らが朝廷の掌握を狙った政変であり、徳川中心の新政府が成立されることを阻止する為、親徳川派の二条摂政や朝彦親王を排除したものである。
 大久保らは政変の実行について当初は十二月八日を予定していたが、土佐藩の後藤象二郎からその二日後への延期を要請され、やむなく一日延期して翌九日に決行することで決した。
 政変前夜、岩倉は自邸に薩摩・土佐・安芸・尾張・越前各藩の重臣を集め、王政復古の断行を宣言、協力を求めた。また、二条摂政によって翌日朝にかけて行われた朝議では、毛利敬親・定広父子の官位復旧と入京の許可、岩倉ら勅勘の堂上公卿の蟄居赦免と還俗、九州にある三条実美ら五卿の赦免などが決められた。そしてこれが旧体制における最後の朝議となったのである。

「な、何や!あの兵達は!」

 朝議が終わり公家衆が退出した後、待機していた尾張藩・土佐藩・薩摩藩・越前藩・安芸藩の五藩兵が京都御所九門を封鎖した。御所への立ち入りは藩兵が厳しく制限し、驚いた二条摂政や朝彦親王なども参内を禁止されてしまったのである。
 そんな混乱の中、赦免されたばかりの岩倉具視らが参内し新政府の樹立を決定、新たに置かれる三職の人事を定めた。その上で、改めて開催された三職会議、いわゆる小御所会議で『王政復古の大号令』を審議、決定したのである。

 その内容は慶応三年十月二十四日に徳川慶喜が申し出た将軍職辞職を勅許する事、京都守護職・京都所司代の廃止、江戸幕府、摂政・関白を廃止して新たに総裁・議定・参与の三職を置くというものであった。
 なお三職に任命されたのは総裁・有栖川宮熾仁親王、議定・仁和寺宮嘉彰親王、山階宮晃親王、中山忠能、正親町三条実愛、中御門経之、島津忠義、徳川慶勝、浅野茂勲、松平慶永、山内豊信、そして参与は岩倉具視、大原重徳、万里小路博房、長谷信篤、橋本実梁という面々である。

 そしてこの強引とも言える宣言は十二月十四日に諸大名へ、十六日に庶民に布告された。その内容は王政に『復古』すると言いながらも伝統的な摂政・関白以下の朝廷の秩序を一新する事で上級公家を排除し、畿内における有力な親幕府勢力であった会津藩・桑名藩の職を剥奪して徳川が新政府の主体となる芽を摘むことを主としていた。天皇親政の名の下、岩倉ら一部の公家と五大名家が主導する新政府を成立・宣言する内容である。

 こうして、五藩の軍事力を背景とした政変が実行に移される事となるが、政変参加者の間において、新政府からの徳川家の排除が固まっていた訳ではない。
 越前藩・尾張藩ら公議政体派は徳川家をあくまで諸候の列に下すことを目標として政変に参加しており、親藩である両藩の周旋により年末には徳川慶喜の議定就任が取り沙汰されるに至っている。
 また、大久保らは政変にあたって、大政奉還自体に反発していた会津藩らとの武力衝突は不可避とみたが、二条城の徳川勢力は報復行動に出ないと予測しており、実際に慶喜は政変三日前の十二月六日に越前側から政変計画を知らされていたものの、これを阻止する行動には出なかった。
 兵力の行使は新政府を樹立させる政変に際し、付随して起こることが予想された不測の事態に対処する為のものであり、徳川家を滅ぼす為のものではなかったのである。



 斉正の許に王政復古の知らせが届いたのは諸大名への通達と同じ十四日、正月からの警備に間に合うよう、茂実が京都に出立する直前の事であった。それと前後して江藤新平やその他活動をしている若い藩士からもあらゆる経路で同様の情報が続々ともたらされる。

「父上!『王政復古』とは、これは一体・・・・・・私はどのように振る舞えば良いのでしょうか」

 いつでも出立出来る旅装のまま、茂実は小刻みに震えながら斉正に訴える。藩主として、否、その前に佐賀武士として恥ずべき姿かもしれない。しかし若い茂実にとって、こ京都で起こっている大きな政治のうねりは、恐怖以外何ものでもないのだろう。それは茂実に付き従っている若い請役にとっても同様であった。

「朝廷に付こうにも朝廷も親幕派と討幕派の二極に分かれております。確かに徳川への忠誠も大事かと思いますが、今現在京都に集結しているのは倒幕派の大名ばかり・・・・・・親幕派は会津と桑名くらいでしょう」

 茂実の背後に付き従っている茂昌も動揺の色を隠しきれず、斉正へ訴える。そんな二人に対して斉正は静かに、しかしきっぱりと言い放った。

「まずは旅装を解け、二人とも。そして・・・・・・京都で名を上げ、権力を掴む野望はきっぱりと捨てよ。どちらにしろ、藩主であるお前が揺らいでいては政局の贄になるだけだ」

 斉正の鋭い指摘に茂実は何も言い返すことが出来ず、唇を噛みしめる。しかし斉正の言うことは何一つ間違っていなかった。

「・・・・・・だが、どちらにしても大きな戦は避けられないだろう。茂昌、火術方を中心に兵の招集、そして編成を年明けまでに済ませておくように。多分、年内の内は火器を使うような戦にはならないだろう」

 斉正の見たてに家臣達は頷いたが、請役の茂昌がつい余計なひと言を口にしてしまう。

「しかし、殿。我々は幕府側と薩長側、どちらに付くのでしょうか?」

 空気の読めない茂昌のひと言に、その場にいたものは鋭い視線を投げつけたが、実のところそれは誰もが斉正に聞きたいことでもあった。
 中央政局を見聞してきた若者達は口を揃えて倒幕派に付くべきだと言うが、幕府と良好な関係を築いてきた古参の家臣達は幕府に付くべきだと主張する。しかし反論が二分される中、未だ斉正は決断を下してていない。そして今回も斉正は茂昌のその問いには答えず、黙りこくったまま部屋を退出してしまった。



 どちらに付くべきなのか――――――斉正も迷っていた。ずっと忠誠を誓ってきた徳川幕府を裏切ることは、親を裏切る事と限りなく近い。若い頃、自身も幕府隠密・間宮林蔵らの力を借り、父親から実権を奪ったが、今回の裏切りはむしろそれ以上に苦しいかもしれない。何よりも未だ愛しさを感じている盛姫の実家でもある。形ばかりの夫婦だったのであれば単純に藩の有利を考えれば済むのだが、それを恋情と言う名の感情が邪魔をする。
 斉正は重たい気持ちを抱えながら、久しぶりに濱と娘の昶姫が居る奥向きへと足を伸ばした。

「父上様!」

 奥向きの襖を開けた瞬間、斉正にいち早く気が付いた昶姫が愛らしい声と共に斉正に飛びついた。同じ城内にいるとはいえ多忙な斉正に、そうそう逢える訳ではないだけに嬉しくてしょうがないのだろう。きゃっきゃとはしゃぎながら斉正に纏わり付く。

「幸子、大殿の前ではしゃぎ過ぎるのではありませぬ!もう少しお行儀良くなさいませ!」

 父親に逢えたことにはしゃぐ娘を叱りつけたのは濱であった。いつの間にかすっかり母親らしくなり、その叱り方もどことなく風吹に似てきている。

「ははは。お前も良く風吹に叱られて尻を叩かれていたではないか。幸子はお前によく似ているぞ。元気があって良いではないか」

 斉正は笑いながら末娘の頭を撫でた。すでに九歳になった昶姫だが、末っ子の所為か少々同じ年頃の子供達に比べ幼い気がする。

(この子が大人になるとき、どのような世の中になっているのだろうか)

 明日の事さえ定かでない状況で未来を想像することは極めて難しい。大名の姫としてごく平凡な生活さえ、もしかしたら出来ないかも知れないのだ。そう思うと昶姫が不憫でならない。

「大殿、またお加減が宜しくないのですか?」

 不意に濱が心配そうに斉正に声を掛ける。どうやら気難しい表情を浮かべてしまっていたらしい。

「いや。だが、今日も中奥で床を取ることになっている」

「そんなに・・・・・・中央政局は緊迫しているのでございますか?決して体調が宜しくない大殿が、すぐに起き出さなければならないほどに」

 今にも泣き出しそうな表情で濱が尋ねた。そんな母親の表情に不安を感じたのか、昶姫は斉正から離れ、濱に抱きつく。

「まぁ、そんなところだ。先日も早朝にも拘わらず転がり込んできて、松根に叱り飛ばされていた輩もいたくらいだし・・・・・・お前達まで巻き込むのは忍びない。だが今日は二人の顔を拝めただけ良いのかも知れないな」

 斉正は笑うと、立ち上がる。

「大殿!」

 踵を返そうとした斉正に濱が声を掛ける。

「大殿・・・・・・佐賀を、私たちをお守りくださいませ」

 目には今にも零れそうなほど涙を溜め、濱は斉正に訴えた。その声にはいつにない怯えの色がはっきりと滲んでいる。

「判っておる、濱。安心せよ。誰も死なせはせぬ」

 穏やかに言い残すと、斉正はまるで逃げ出すようにその場を後にした。

(国子殿なら・・・・・・あのようなことは死んでも口には出さないだろうな)

 か弱いおなごが縋るのは仕方がないことだと思う。むしろ濱は他の側室達より聡明であり、政局が不安定なこともきちんと把握している分だけましなほうだろう。だが、斉正は遠い昔に妻だった、美しく強い女性を求めていた。

(もしかしたら私自身が不安に駆られ、国子殿の面影に縋っているのか。年は取りたくないものだ)

 自嘲的に溜息を吐きながら、斉正は自らの寝所へと戻っていった。



 中央の状況は刻一刻変化を続けていた。その政局を知らせる諜報からの報告書は一日に二、三通は佐賀城に届いている。

「十日、大樹公は自らの新たな呼称を『上様』とすると宣言したとのこと。征夷大将軍が廃止されても大樹公が江戸幕府の機構を生かし、そのまま全国支配を継続する意向を仄めかしているそうです。また、薩長らの強硬な動きに在京の諸藩代表の動揺が広がりつつあるとの事!」

「こちらは土佐に付いている諜報からでございます。先の土佐公ら公議政体派は大樹公の出席が許されていないことを非難し、大樹公を議長とする諸侯会議の政体を主張したとのこと。十二日には肥後藩・筑前藩・阿波藩などの代表が、御所からの軍隊引揚を薩長側に要求する動きを見せたとのことでございます!」

 斉正が原田らから報告を受けていた最中、さらなる続報が入ってきた。

「十三日の情報が入って参りました。岩倉や西郷は妥協案として辞官納地に大樹公が応じれば、大樹公を議定に任命すると共に、前内大臣としての待遇を認めるとする提案を行わざるを得なくなったそうです。ただ辞官納地が先か議定の任命が先かの攻防は、熾烈を極めているようですが・・・・・・」

 京都からの報告に、斉正は眉間に皺を寄せながら言葉を吐き出す。

「少しばかり、親幕派が盛り返してきたようだな。このまま息を吹き返してくれればありがたいのだが」

 思わず零した斉正の本音だったが、その本音が天に通じたのか、これ以後しばらくの間斉正にとって嬉しい情報が続いた。

「岩倉ら反徳川派によって会議は進められ辞官納地が決したと以前報告がございましたが、四百万石全納から先の福井公らのおかげで二百万石半納になったそうでございます!」

「そうか!義兄どのもなかなかやるではないか」

 妻・筆姫の兄、松平春嶽の働きを喜んだのもつかの間、続けて報告された情報に斉正は笑みを浮かべる。

「十六日、大樹公が六ヶ国公使と大坂城で会談を行ない、内政不干渉と外交権の幕府の保持を承認させました。更に十九日には朝廷に対して王政復古の大号令の撤回を公然と要求するまでになったそうでございます。これに対し二十二日、朝廷は告諭を出し、事実上徳川幕藩体制による大政委任の継続を承認したとの事。王政復古こそ取り消されなかったものの、事実上の武士の世はまだまだ続きそうです」

 これが事実ならとりあえずひと安心だろう。しかしこの動きを薩長は快く思わないであろうし、このまま黙っているとも思えなかった。さらに斉正の元に届く情報は幕府にとって有利なものだったが、倒幕派の動きが見えないのが余計気になる。浮かんだ笑みを引っ込めて思案に暮れていたその時である。

「大殿!申し上げたき事がございます!」

 襖の向こう側から突如大声が聞こえてきた。何と大隈重信が直談判をしに来たのである。大隈は見張りの小姓達を振り切って斉正の居る広間へとずかずかと入り込む。

「何故、早々に軍を率いて上洛をしないのですか!これでは佐賀の立場は低いものになってしまいます!今こそ打って出て佐賀を、否、大殿の名を全国に知らしめるべきでしょう!是非とも出兵命令を!」

「大隈、控えよ!ここがどこだか判っておるのか!」

 原田の言葉を斉正が制した。

「・・・・・・大隈よ。そちには守るべきものはあるか?」

 斉正の静かな問いに、大隈は何を世迷い事を、と憤る。

「このような大事の時にその様なことを考える場合ではありません!」

 自信満々に言い放った大隈のその一言に対し、斉正はさもありなんと肩を竦めた。

「ならば、判らぬだろうな」

 斉正は苦笑を浮かべながらその場を立ち去ろうとする。

「大殿!お答えくださいませ!」

「我が老いた肩には佐賀三十六万石の家臣、庶民の命がかかっておる・・・・・・余のひと言に、佐賀三十六万石の命運が左右されるのだ。何も背負わない者に、この重さを理解せよと言うのは少々酷かな?」

 そのひと言に大隈は顔を真っ赤にする。

「ひと一人の命の重さはお前が思っている以上に重たいものだ。特に我が藩の人材はな。大隈、お前もその一人だということを忘れるな」

 たった一人の人間であっても培った知識、技術は金品には変えられない貴重なものである。若い大隈に理解しろと言うのは難しいが、たった一人の技術者を失っただけで反射炉製造に余計な労力を費やすという苦い経験を持つ斉正にとって『人材の喪失』こそが最大の恐怖であった。

「男として名を上げたい、より上を目指したいという気持ちは悪くない。だが、政治はそこまで甘いものでは無いぞ。そのうちお前にも解る時が来るだろう」

 斉正は大隈に対してそう言い残し、立ち去っていった。



 結局行く先も見えぬまま大晦日を迎えてしまった。大晦日の夜らしい感慨も無いままに、斉正は床についた。さすがに疲れが溜っていたのか、泥のような深い眠りに呑み込まれてゆく。夢とうつつがない交ぜになった、そんな斉正の耳許で誰かの声が聞こえてくるような気がした・

(貞丸・・・・・・起きや、貞丸。妾じゃ)

 それはあまりにも懐かしい声――――――夢にまでと願った盛姫の声であった。



UP DATE 2012.06.01

Back   Next
 

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。
押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





本当にこの時代の権力闘争はシーソーゲームのようです。今回も王政復古の大号令で倒幕派が勢いづくかと思いきや、幕府側もごねてごねてごねまくって半月ほどで公然と王政復古の大号令を引っ込めさせようとするところまで持っていくとは・・・ますますまともな大名は様子見に走りますよね(苦笑)
今の政治に於いてもそうですが、一体どの勢力が権力を握るのか、一寸先は闇と言えるでしょう。そんな中、斉正は『自分に対する評価』を犠牲にして家臣、領民を守るという態度に出ているとの解釈の下、話を進めて参ります。というか、どこをどう読んでも中央政権で権力を握るつもりは微塵もないだろうとしか思えなくて・・・・・体調の悪さはあったものの、その気になれば強引に息子を京都にやることだって出来ますし、いくらでもチャンスはあったでしょう。実際新政府に於いても親子で重要な役職に就いております(親子で、というのは佐賀藩だけだそうです。詳細は本編連載で)

幕府に付くか、薩長につくか----------迷っている斉正ですが、そんな斉正の夢の中に盛姫が登場して参ります。夢オチではありますが、果たして盛姫はどんなアドバイスを斉正に対してするのでしょうか?次回更新6/8をお楽しみくださいませv
(気が付けば今回をいれて本編は残り9回、早いものです・・・・・。)
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のまかない処~其の五十・初夏の鰹】へ  【烏のがらくた箱~その百十二・何故今更JISからISOに・・・あううっ(>_】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のまかない処~其の五十・初夏の鰹】へ
  • 【烏のがらくた箱~その百十二・何故今更JISからISOに・・・あううっ(>_】へ