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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

黴雨の盗賊・其の貳~天保四年六月の事件

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轟木屋に押し入った熊五郎一味はめぼしい金品を根こそぎ奪い尽くし、店の主から丁稚まで皆殺しにした挙げ句、店に油を撒き店とそれに続く母屋を全焼させた。幸い降り続く雨によって近隣への類焼は免れたものの、庭の奥にある離れ以外全て焼き尽くされ、店の主など一部の亡骸は顔さえ判らないような状況であった。このむごたらしい事件を受けて町奉行所は早々に動きだし、山田道場にも聞き込みのために馴染みの同心が顔を出しに来た。

「山田先生、麹町三丁目にある轟木屋ってぇ生薬屋、ご存じですかね?」

 朝一番で山田道場に乗り込んできた定廻り同心、幾田が玄関先で吉昌に訊ねる。どうやら徹夜で事後処理に当たっていたらしく、眼は充血し、隈もできている。洒落っ気のある幾田にしては珍しく着付けも崩れているところを見ると、どうやら現場から直接こちらにやってきたらしい。

「いえ、それがしは存じませぬが・・・・・幸、お前は轟木屋から何か生薬を購入していたりしているか?」

 天寿慶心丸を始めとする山田家製造の丸薬には幾つかの生薬が欠かせない。もしかしたら幸が轟木屋から何か商品を購入しているのではないかと吉昌は尋ねたが、幸は首を横に振った。

「いいえ。一度覗いたことがあるのですが、値段の割に品物の質が少々・・・それに店の者の対応もあまり良くなかったので、それっきり脚を向けてはおりませぬ。しかし金回りは良かったようで・・・・・馴染みの越澤屋さんが『繁盛しているようには思えないのだが』と訝しんでおられました。」

 あくまでも自分の印象を強調した幸だったが、評判はあまり良くなく、いかがわしい商売に手を染めていた可能性もあるらしいと暗に仄めかす物言いである。幾田は幸の言葉を聞いて納得したように深く頷く。

「そうか・・・・・実は昨晩轟木屋に押し入り強盗が入ってほぼ全員が殺されたんだ。」

「何ですって!」

 思いもしなかった幾田の言葉に吉昌も、そして幸も驚きの声を上げてしまう。だが、幾田の言葉はそれだけでは終わらなかった。

「それだけじゃねぇ。その内の数体の仏なんだが・・・・・据物斬りの心得があるらしくてな。あんたの一門に特徴的な刀の使い方をしているんだ。」

 探るような視線で吉昌を睨め付ける幾田に対し、吉昌は微笑さえ浮かべながら幾田に応える。

「もしかして、それがしか我が門弟を疑っていらっしゃいますか?」

「疑うのが俺の仕事なんでな。とりあえずあんたの門弟達を虱潰しに一人一人調べさせて貰おうか。」

 喧嘩腰の幾田が醸し出す嫌な空気が周囲に漂う。その時、不意に幾田の背後から声を掛けるものがあった。

「幾田さん、少なくとも今現在道場に通っている者達は下手人じゃありませんよ。」

 幾田の後ろから声を掛けてきたのは稽古にやってきた後藤為右衛門であった。後ろには弟の五三郎も控えている。

「おう、為さんか。あんたが自信ありげにそう言うって事は、何か証拠があるのかい?」

 幾田と為右衛門はほぼ同年代と言うこともあり仲が良い。吉昌の時とは違った、砕けた口調で幾田は為右衛門に尋ねた。

「ええ、昨日は酒井様に依頼された試し斬りがあって、師匠を始め門弟達は酒井様の酒席に呼ばれていたんですよ。しかも門弟達はほぼ全員酒井様に潰されましてね・・・・・無事だったのは師匠とうちの親父くらいで、昨日の晩は藩邸の門限に間に合わず、てんやわんやだったんです。何なら姫路藩邸やそれぞれの藩邸に問い合わせて貰っても構わないですけど。」

 為右衛門の言葉に幾田は露骨に嫌そうな表情を浮かべた。大名家に拘わらず武家屋敷は町奉行所の管轄外である。ただでさえ聴取ひとつ取るのに厄介な手続きが必要なのに、今回の件に関しては姫路や他の藩まで疑うのかと言われかねない。

「まぁ、あんたが言うならそうなんだろう。さすがに酔いつぶれた奴にあの斬り口は無理だ。だが、今は辞めちまった門弟が、って可能性はあるんだな?」

 探るような幾田の言葉に、今度は吉昌が幾田に対して提案する。

「そこまでは我々も与り知らぬ事です。とりあえず今までの門弟達の名簿だけでもお渡ししましょうか?」

 吉昌には『新實益五郎』という心当たりがあったがそれはおくびにも出さず、過去の門弟名簿の提出を申し出た。その吉昌の申し出に幾田は相好を崩す。

「お、そいつは助かる。少なくとも江戸常勤の者を調べることができるな。」

 あまりに嬉しげにはしゃぐ幾田に、吉昌は先程から少し気になっていたことを尋ねた。

「厄介な下手人を捕まえて戴きたいのは私共も願うところですから。ところで先程『ほぼ全員』って仰りましたけど、生きていた方もいらっしゃるのですか?」

 生存者がいれば下手人の顔も覚えている可能性がある。その証言さえ手に入れることができれば轟木屋への強盗犯は勿論、新實の居場所も判るかも知れないと吉昌は踏んだのである。そして期待通り、生存者が居たと幾田の口から発せられた。

「ああ。末娘の乳母、ってぇ大年増がただ一人生きていたんだが、気配に気が付いて起き上がった瞬間殴られて、気が付いたら朝だったそうだ。あと、末娘の亡骸は見あたらねぇ。もしかしたら吉原か岡場所に売り払われている可能性もあるから、そっちも捜索しているんだが・・・・・むしろそっちの方が下手人の顔を覚えているかも知れねぇ。」

 一気にまくし立てると幾田が難しい表情で腕組みをする。その時である。

「轟木屋の末娘、ってぇとお澪ちゃんですよね?だったら探しやすいんじゃないですか?」

 為右衛門の後ろで大人しくしていた五三郎が不意に口を挟んだのである。その言葉に幾田が食いつく。

「五三郎、おめぇ轟木屋の末娘の事を知っているのか?」

「知っている・・・・・ってぇか麹町一の小町娘ですよ、お澪ちゃんは。つい二ヶ月前、国貞の浮世絵に描かれたって大騒ぎになったんですから。」

「ああ、そう言えば兄様達騒いでいましたよね。『あの強欲親父から錦絵に描かれるような可愛い娘が生まれるはずがない』なんて。」

 五三郎の言葉を受けて、幸もその事を思い出した。つまり行方不明者を探索するのにこれ以上はない手がかりがあるという訳だ。二ヶ月前の錦絵ならまだ版元に版木も残っているだろう。これを増刷し、吉原や岡場所に配ればすぐに見つけ出せるかも知れない。

「なるほどな・・・・・良いことを教えてくれたな、感謝するぜ。」

 これは以外と早く解決するかも知れないと幾田は立ち上がる。

「なぁに。下手人を疑われちゃあ堪らないでしょう。とっとと下手人を捕まえて俺達の濡れ衣を晴らしてくださいよ、幾田さん。」

 半ば冗談半分の五三郎の言葉に、幾田は任せておけとばかりに片頬に笑みを浮かべ、山田道場を後にした。



 耳障りな雨だれの音とずきずきと痛む首の痛みに耐えられず、澪は重たい瞼をゆっくりと開けた。

(こ・・・・・ここは?)

 すでに昼近くになっているらしく、周囲はかなり明るい。その明るさの中、見える景色は少なくとも自宅の離れではなかった。あるだけましという薄っぺらい布団に薄汚れた天井、そして微かに鼻につく黴の臭いに澪は眉を顰める。

(こんなに黴臭くなる前に何でお掃除をしないのかな。これじゃあ焼酎で拭かないと臭いが取れない。お祖母様が生きていらっしゃったら絶対に怒られ・・・・・!)

 そう思いかけた瞬間、澪は昨日の忌まわしい出来事を思い出した。

(そうだ!私、強盗に乱暴されて・・・・・その後喉を・・・・・!)

 あっ!と思わず叫んだ瞬間傷に響いたのか、激しい痛みが喉を襲い澪は傷口を押えて丸くなる。その時である。

「・・・・・まだ声を出すんじゃねぇ。折角縫って貰った傷口が開いちまう。下手をすると一生喋ることが出来なくなるぞ。」

 痛みに苦しむ澪に、低く穏やかな男の声が降りかかる。口調の強さこそ違うが、聞き覚えのあるその声の方に澪は目を向けた。そこにいたのは中肉中背の若い男-------------昨日澪を犯した男であった。昨日の恐ろしい雰囲気とはまるで違い、静かで穏やかな印象さえ受ける。

「どうやら気が付いたようだな、『お澪ちゃん』よ。」

 そう言って男は一枚の錦絵をぴらぴらと見せた。それは父親が半ば強引に版元に頼み込んで国貞に描かせた錦絵である。最初は身内や店の客にだけ配る予定だったものが、澪の容姿に『売れる』と踏んだ版元が急遽大々的に販売したものだ。そして行方知れずになっている澪を探し出すために、奉行所が大々的に配りまくっているものでもある。

「全くついてねぇ。一発犯ってから岡場所辺りに売っ払っちまおうかと思っていたのに、人斬り狂いに傷物にされちまうわ錦絵で江戸中に面が割れているわ・・・・・脚がついちまうような厄介な女を抱えるたぁ、やってらんねぇぜ。」

 先程までの穏やかな印象をわざと打ち消すようにけっ、と不満げな声を上げると、男は土間に下り何かを茶碗に掬った。その後ろ姿を見ながら、澪はゆっくりと上体を起こす。

「とりあえず、今日明日は重湯か五分粥くらいにしておけ、って藪医者からのお達しだ。これさえ辛いようだったら他の食い物を考えなきゃならねぇ。ほらよ。」

 盆に乗せられた粥入りの茶碗とさじが澪の前に突き出された。面食らう澪だったが、腹は減っているし、何か食べ物を探すにも作るにもこの身体では無理だろう。

(私を殺すつもりならあのまま放っておけば良かっただけだし・・・変なものは入っていないよね。)

 喉の痛みも気になるが、とりあえず腹ごしらえをしてからだと澪は粥を啜った。ほんの少し醒めかけた粥は優しく喉を通り抜け、するりと胃の腑に落ちてゆく。自分が思っていたより空腹だったのか、傷に障らぬようゆっくりとではあったが、澪は与えられた粥をすべて平らげた。

「おい、お澪ちゃんよ。」

 食事が終わったのを見計らい、男は澪に声を掛けてくる。

「おめぇ、絵草紙や読売くらいは読めるか?」

 江戸の子供ならば大抵手習い師匠に付き読み書きを習うが、中にはそうでない者もいる。その中には意外と大店の娘などもいたりするのだ。『下手に知恵を付けて店の経営に口出しされるよりは馬鹿な方が都合が良い』とばかりに読み書きをなおざりにする親も少なくない。だが澪は『それくらいなら』と男の言葉にこくん、と頷く。

「だったら俺がいちいち説明する手間は省けるな。今朝の読売だ、昨晩の『お務め』の事がもう書かれていやがる。」

 男は突きつけるように澪の胸許に一枚の読売を押しつけた。

(もう・・・・・家も無くなっていることだって判っているのに。)

 昨日の晩、澪が斬られる前に見た最後の光景は雨の中燃え始めていた母屋であった。油でも撒いていたのだろうか、雨は消火の役には全く役立たず、しかも燃える家から誰も知っている人間は飛び出してこなかった。きっとすでに全員が殺されていたのだろう。澪は目に涙を浮かべながら、覚悟を決めて読売を読み進める。

「判っちゃいると思うが、押し入った店の奴等は皆殺し-------------それが熊五郎一味のやり方だ。」

 ぽろり、と澪の目から涙が零れる。だがそれは悲しみの涙ではなかった。

(ばあやが・・・・・生きてる!)

 ただ一人、澪の乳母が生存していたと読売には書いてあった。熊五郎一味に押し入られた中、初めての生き残りだと勢いの良い文章が読売の紙面で跳ねている。

(そういえば、昨日・・・・・。)

 目の前にいる男が自分を犯していたとき、乳母は隣の部屋で伸びていると言っていた。もしかしたらそれが幸いしたのかもしれない。

(粋がっているけれど・・・・・この人、本当は悪い人じゃないのかもしれない。)

 しかも澪の喉元の傷はきちんと縫合されていて、医者にかかったことを証明している。医者にかかるにはそれ相応の金が必要だろう。斬られたまま放っておけば使わずに済んだ金である。それだけに自分を犯した相手であるにも拘わらず、根は悪い人間じゃないのかも知れないと澪は思う。
 よくよく見ると端正なその面立ちは二十二、三歳くらいだろうか。何を考えているかよく判らないその横顔を、澪は横になりながらじっと見つめていた。



UP DATE 2012.6.12

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町奉行所の探索が始まる中、澪は無事生きておりましたvしかも恭四郎は意外と面倒見が良いようで・・・(^o^)少なくとも傷が完治するまではこんな状況が続くと思われます。

話は変わりますが、町奉行所の探索は山田道場にも及びます。どうも新實の斬り口が山田道場の門弟達共通の『癖』があるようでして・・・刑場で山田浅右衛門を始め、門弟達の太刀筋を見慣れている奉行所の同心であれば一目で解るものだと思われます。しかしその疑いのある人物は幕府が追いかけている凶悪犯でもある訳でして・・・多分この直後、吉昌は紅葉山に出向いてこの事件の事を報告するのでしょう。この事が町奉行所の探索に悪影響を及ぼさなければ良いのですが・・・管轄争いはいつの時代も熾烈なものです(^_^;)

錦絵さえ出ている小町娘・澪ですが、果たして彼女は奉行所の同心に見つけ出されてしまうのでしょうか?それとも恭四郎との奇妙な同居生活が続くのか・・・・・次回更新6/19をお楽しみくださいませv
(次回は★こそつきませんが混浴シーンが登場いたします。っていうかこの時代、経済的理由から殆どの湯屋が混浴だったのですが・・・・・さすがに逃げ出されては堪りませんのでお風呂でも監視付きですv)
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