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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

黴雨の盗賊・其の参~天保四年六月の事件

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轟木屋の強盗放火事件から瞬く間に十日が経過したが、当初の予想に反して捜査は一向に進まなかった。熊五郎一味が行った事件としては珍しく生存者もいたし、行方不明の末娘・澪に関しては『国貞の錦絵』というこれ以上ない手がかりがあるにも拘わらず、犯人の行方は勿論、澪の行方も杳として知れなかったのである。普通なら有力な目撃証言の一つや二つあってもおかしくないのに、調査に当たっている同心達が拾ってくるものは全て見当違いの証言ばかりであった。

「畜生、一体何処へ行きやがったんだ!熊五郎一味の奴等も、行方知れずの娘も!」

「もしかしたら熊五郎の奴等が金に飽かせて偽の情報を流しているのかも知れねぇ。」

「だったらどうやって探し出すか・・・・・裏の奴等も熊五郎のやり方には眉を顰めているってぇのにここまでネタが集まらねぇとは・・・・・クソッ!」

 思うようにならない捜査に、南町奉行所の同心達の苛立ちは極限まで達したが、だからといって見つけられる訳ではない。南町奉行所の中は振り続ける雨のように陰鬱とした空気が漂っていた。

「奉行、ここまで探していないとなると、もしかしたら熊五郎一味はすでに江戸にはいないのではないでしょうか。」

 捜査で中心的な役割を果たしている幾田が、言い難そうに上司である南町奉行・筒井政憲に進言する。

「・・・・・その可能性は否定できんな。事件から十日、ばらばらに行動すれば関所も抜けることができるだろう。ただ、関所の方にも問い合わせはしているが、男はともかくそれらしき女は未だ関所を通ってはいないとのことだ。」

 その優秀さ故、十二年も町奉行を務めている筒井でさえも見当が付かない。『出女』に厳しい関所を行方知れずの娘が通っていないことは確かであろう。しかし、だからといって熊五郎一味全員が江戸に残っているとは思えなかった。すでに半分以上は江戸を出奔しているであろう。

「どちらにしろこの件ばかりにかまけている訳にもいかない。他の調査をしながらそれとなく探しておいてくれ。」

「承知。では早速出かけて参ります。」

 幾田等は厳しい顔で頷き、再び雨がそぼ降る江戸の町へと飛び出していった。



 奉行所から飛び出した後、幾田と手下の末吉は内藤新宿近辺を散々歩き回って捜査したが、結局今日も芳しい結果は得られなかった。二人はがっかりと肩を落としながら、汗を流すため手頃な湯屋に飛び込む。その途端、幾田は思わず眉を顰めてしまった。

「・・・・・新宿の湯屋だけあって何だかいかがわしい処だな。」

 八丁堀の湯屋と違い所謂混浴の入り込み湯だったが、岡場所が近い所為かこれ見よがしに乳繰り合っている男女がいたり、湯屋から出るのを待ちきれず交わっている二人連れもいたりする。大木戸の内側であれば一喝するところだが、新宿という場所柄もあり幾田は黙りこくったまま周囲を注意深く観察する。

(もしかしたら、こんなところに紛れているかも知れねぇ。)

 新宿の宿など表側の捜査は行ったものの、裏側である生活の場までは捜査の手は行き届いていない。露骨に嬌声を上げる飯盛女らしき中年女の声に辟易しながら、幾田はさり気なく湯屋の中に目を配る。その時、丁度外から入ってきた若い男と目があってしまったのだ。

「なにじろじろ見やがる!こちとら見せ物じゃねぇんだぞ!」

 まるで野良犬のように目があった瞬間喧嘩を売ってきた若い男だったが、今にも噛みつきそうな男の剣幕に対しても幾田は怯まずにらみ返す。

「すまねぇな、目つきが悪ぃのは生まれつきだ。」

 そう言いながら幾田は頭のてっぺんからつま先まで若者を観察した。その若者の腕から背中にかけては派手な不動明王の彫物が掘られていたが、鳶や火消しにしては少々華奢な体格である。また、訛のない江戸弁はその男が根っからの江戸っ子だと言うことを証明していた。
 しかしそれ以上に幾田の目を引いたのは若者の後ろに寄り添うようにくっついている若い女であった。どうやら若者の妻らしく、丸髷に結った髪が艶やかに光る。若い女は申し訳なさそうに幾田に頭を下げると、男の後について湯屋の隅の方へと向かった。薄暗くて顔立ちははっきりしなかったが、整った顔立ちの美人である事だけは、ぼんやりとした明かりの中でもよく判った。

「ちっ、世の中理不尽だよな。何であんなろくでなしにあんな美人が・・・・・。」

 独り者の末吉は面白くなさそうに頬を膨らます。だが、幾田はその若い女に対して別の感想を抱いていた。

「・・・・・おい、末。あの女、探している澪、ってぇ娘に似てねぇか?」

 幾田の突拍子もないその一言に対し、末吉は思わずぷっ、と吹き出してしまう。

「幾田の親分、何を寝ぼけたことを。確かに美人でしたけどありゃ人妻じゃないですか。」

 当時の女性にとって髪型は身分や年齢を表す絶対的なものである。それだけに幾田も今まで『娘』特有の島田や銀杏髷の女を捜していたが、もしかしたらそれは間違っていたのかも知れないと思い始めたのだ。しかし末吉はそんな幾田の考えを真っ向から否定する。

「それに・・・・・ほら。ありゃ新世帯の夫婦でしょう。亭主の方が嫁の裸を見られないようにてめぇが盾になっているじゃないですか。ありゃ亭主の方は女房に相当ほの字ですよ。拐かしたんならあんな真似はしないと思いますがねぇ。きっと湯屋の中でいちゃつくのさえまだ恥ずかしい、ってところなんでしょう。」

 確かに乳繰り合う男女二人連れが多い中、まるで姫君を守る武士のように背中に妻を隠し、周囲に睨みを効かせている若者は新婚ほやほやの亭主のようにも思える。だが、どこか微妙な違和感を感じずにはいられない-------------幾田は何となく引っかかるものを感じながら湯船の中に入っていった。



「ちっ、ろくでもないオヤジどもだぜ。」

 幾田らが石榴口をくぐった瞬間、若い男-------------恭四郎は毒づいた。そして振り向きもしないまま澪に声を掛ける。

「ちったぁ慣れたか?おめぇの怪我が塞がったらもうちっとまともな湯屋まで脚を伸ばすけど・・・・・あと五日、ってところだな。」

 それだけ言うと恭四郎は黙りこくったまま身体を洗い始めた。そうすると、丁度恭四郎の身体の陰に澪は隠れるような形になる。言葉には出さない恭四郎の気遣いに澪は感謝しながら、糠袋で肌を擦り始めた。
 岡場所が近い所為もあり、この湯屋は行為に耽る男女もいれば、いやらしい目で娘をじろじろ見ては卑猥な言葉でからかう男達もいる。時には手を伸ばして若い娘の秘所をいじくり、撲たれている男を見たことも一度や二度ではない。そんな中、恭四郎が盾になってくれること、そしてとある事情から丸髷を結っているおかげで澪は一度も男達にからかわれたり悪戯されたりすることは無かった。

「・・・・・とりあえず、熊五郎達は江戸から出ていったが、八丁堀がまだあの件に関して嗅ぎ回っていやがる。ほとぼりが冷めたら逃がしてやるが、それまでは我慢して貰うぜ。」

 石榴口の方を睨み付けながら、恭四郎は澪にだけ聞こえる声で語りかけた。



 話は七日前、轟木屋の事件が起こった三日後に遡る。

「ほらよ、今回の分だ。」

 轟木屋の仕事が終わった後、熊五郎から直接手渡されたのは恭四郎の師匠である独眼の和吉が遺した借金の返済証明書であった。そこには『金一両、銭三百文、へんさい』とだけ書かれている。

「・・・・・あれだけの仕事だったのにたった一両と銭三百文ですかい?」

 恭四郎は不満そうな表情を露わにしたが、熊五郎は睨みを効かせて恭四郎に指摘した。

「てめぇ、俺達が母屋で務めをしていたとき何処へ行っていやがった?怠けていたのはお見通しだ!だが、計画を立てたのはおめぇだし、轟木屋を探したしてきたのも残念ながらおめぇだ。ま、一両はその駄賃ってところだな。」

 理不尽も甚だしいが、借金をしている身としては致し方がない。不満そうな表情を隠そうともせず恭四郎は返済領収書を懐にしまい込んだ。

(あと・・・・・どれくらいこんな事を我慢しなきゃならねぇんだ。)

 悲しいかな恭四郎は算盤が出来なかった。一応金額が書かれた紙切れは取っておいてあるものの、それが合計で幾らになるのか皆目見当も付かなかった。とりあえず小判で十五両になっていることだけは理解できたが、銀や銭の両替となるともうだめである。不満をかかえながら恭四郎はその脚で平河町のほど近く、ワラ店と呼ばれる雑多な小売が立ち並んでいる通りに出向くと、知古である医者の澄庵のところへ顔を出した。澄庵は恭四郎の幼なじみで、事あるごとに頼っている相手である。

「おい、藪医者!お澪の怪我はどうだい?」

 立て付けの悪い引き戸を強引に開けながら、恭四郎は中にいるはずの澄庵に声を掛ける。

「恭さん、藪医者は余計だろうが!・・・・・ま、経過は悪くねぇぜ。」

 澄庵は部屋の隅にいる澪に視線を向けながら恭四郎に告げ、その言葉に恭四郎は満足げに頷いた。恭四郎が熊五郎のところに出向いている間、澪が逃げ出さないよう見張りを兼ねてワラ店の澄庵のところに澪を預けたのである。

「身体を流すくらいなら、今日からでも大丈夫だろう。あと、喋るのは傷が塞がるまでもう少し我慢してくれよ。それでなくても声を失うかも知れねぇ。」

 澄庵の言葉に澪は丁寧に頭を下げる。その髪型は本来澪が結うべき筈の娘島田ではなく、丸髷------人妻の髪型であった。

「それにしても慎重だよな、恭さんは。幾ら見つかったらまずいからってわざわざ丸髷にするたぁ。それだけの頭があるならとっとと盗人稼業から足を洗えばいいものを。」

 意味深な笑みを浮かべながら澄庵は澪の丸髷の件を指摘する。それに対して恭四郎は不服そうに頬を膨らませた。

「別に俺がやれと言った訳じゃねぇ。近所の婆ぁどもがよってたかって・・・・・。」

「近所の婆ぁ、って泥棒横町のおかみさんたちのことか?」

「おうよ、ようやくこいつが起き上がれるようになって顔を洗いにいったらよ、『一緒に住んでいるのならとっとと丸髷にしておかないと面倒な事になるよ』と寄ってたかってこいつの髷を丸髷に結い直しちまったんだ。しかもご丁寧に鉄漿付けまでしやがって。」

「なるほどね。」

 どうやら近所のおかみさん連中は澪を恭三郎の情婦だと思ったらしい。その様子を想像し、澄庵は思わずくすりと笑う。

「まぁ、こいつを捜している奴等は島田か銀杏を探すだろうから、隠すには悪い方法じゃねぇだろう?」

 その時、澪は澄庵と恭四郎をじっと見つめ、何かを言いたそうな表情を浮かべた。

「おや、お澪さんにも何か言分がありそうですね。文字は?」

 澄庵の問いかけに澪はこくん、と頷いた。それを受けて澄庵は澪に筆と紙を渡す。すると澪はすらすらと筆を滑らせ、澄庵と恭四郎にその紙を見せた。

(そう言いながら早く島田に戻せと煩いんですよ、恭さんは)

 それを見た瞬間、恭四郎はむくれ、澄庵は大笑いをしだした。

「恭さん、おめぇ、照れてるんだろ?そりゃそうだよな、一つ屋根の下丸髷の女がいるんだからよ!」

 どうやら恭四郎は丸髷の澪を持て余しているらしい。そしてそれと同時に澪を心憎からず想い始めているように澄庵には見えた。それは澪の身なりからも現れており、古着ながらかなり小綺麗なものを身につけている。『仕事』の時以外自分の身なりさえろくに気にしない恭四郎とは思えぬ気の使いようであった。それは恭四郎も自覚しているらしく、澄庵の指摘に顔を真っ赤にする。

「う、うるせぇ!俺だってお縄になったら獄門首の身だ。ばれねぇように努力しているんだよ!」

 恭四郎は頬を膨らますと澪の手を乱暴に引っ張って澄庵の許を去っていった。

「ありゃ、完全に惚れているな。本当に判りやすい男だよ。」

 思わず呟いた澄庵であったがその声は勿論恭四郎には届かなかった。



 それから七日、恭四郎と澪は男女の交わりこそないが、まるで夫婦のような振りで生活をしていた。その気になれば澪は逃げ出すこともできる。実際夜、夕餉を食べた後恭四郎は賭場か岡場所へと出かけてしまうし、番屋は目と鼻の先である。そこへ駆け込めば澪は保護して貰う事が出来るはずだが『捕まれば獄門首』という恭四郎の行く末が気になってその勇気が出ずに今日に至る。
 確かに自分を犯し、家族を殺した一味の男ではあるが澪は恭四郎を恨むことができなかったし、恭四郎もぶっきらぼうではあるが澪を丁寧に扱ってくれる。

(ばあや・・・・・ごめんね。)

 夕暮れの中、番屋の中では定廻り同心らが談笑しながら茶をすすっている。澪は横目でちらりとそれを見やると、先を行く恭四郎に付いて泥棒横町へと戻っていった。



UP DATE 2012.6.19

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『黴雨の盗人』、とりあえず人物紹介だけで三話が終了してしまいました(^_^;)さすがにちょっとだけとはいえ新實が出てくる話、三話だけじゃ終わらなくて・・・・・しかも後々恭四郎及び澄庵はセミレギュラーくらい活躍してくれる(はず)のキャラクターですのでもうちょっとだけ彼らを主役にした話を書かせて戴くことになります。
(ただし続編は8月か9月に)

恭四郎と澪はなんとな~く奇妙な同棲生活をする事になってしまいました。恭四郎としては怪我人で長距離を動けない澪を連れて江戸から脱出するわけにもいきませんし、かといって澪を殺す事も出来ず・・・。しかも澪は近所のおばちゃん達に『恭四郎の情婦』と勘違いされて丸髷まで結われてしまうありさまで・・・・・この時代、世話焼というかおせっかいなおばちゃんはまだまだ健在です(爆)。
その丸髷の所為でしょうか、恭四郎は妙に澪を意識し始めてしまっているようです。そうですよね~ちょっと可愛いな~と思っていた相手が一つ屋根の下、しかもまるで自分の妻のように丸髷を結っているんですから(笑)。
さらにこの丸髷は澪を八丁堀の旦那の捜索の目から逸らせてくれる役割も果たしております。がっちがちの身分社会、女性の髪型も身分や既婚、未婚の立場でほとんど決められております。それに反して別の髪型をするって事は想像の外なのです。ただし、捜索に必死な幾田はその可能性に気付き始めたようですが・・・・・。

来週26日は猫絵師・国芳の更新を、紅柊7月話は前畑銀兵衛夫婦か為右衛門夫婦の話にする予定ですv
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