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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・秋冬の章

棚幡の別離・其の貳~天保四年七月の旅立ち

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川越藩藩邸の片隅で、土下座している男とそれを必死で立たせようとしている男がいる。土下座している男はかなり頑固で、額を地面に擦り付けたまま一切立ち上がろうとしなかった。

「義兄上、この通りです!喜代と・・・・・一夜でも構いませんからっ!」

 蒲生に頼み込む銀兵衛を周囲の者は奇異の目でジロジロ見つめ、蒲生はいたたまれなくなる。

「おい、銀兵衛。頼むからいい加減立ち上がってくれ。」

 周囲の刺さるような視線を遮るように蒲生は自らの身体で銀兵衛を隠し、その腕を掴んだ。

「・・・・・その件についてはここでは話せん。一緒に家まで来てくれ。」

 蒲生は小声で銀兵衛に囁くと、少し強引に銀兵衛を立たせ、そのまま逃げるように早い足取りで自宅の方へ歩き始める。取り残されてはならないと慌てて蒲生の後について行く銀兵衛のその顔には、悲壮感だけが漂っていた。



 二人が蒲生の家に辿り着いた時、すでに荷造りの半分ほどが終わっていた。否、荷造りするほど多くの荷物が無いといったほうが正しいのかもしれない。すでに季節外れの物や細々した物はまとめられており、生活に必要な最小限のものだけが出ているといった風だった。

「喜代のやつが殆ど徹夜で荷造りをしていたからな。何もそこまで急ぐことはないのにと思っていたが・・・・・今日、お前のところに行くために頑張っていたんだろう。」

 同情を含む声で蒲生は銀兵衛に呟いた。

「喜代が真っ赤な目をしていたのは・・・・・泣きはらしていただけじゃなかったんですね。」

 もしかしたらこの荷造の為に自分の許に来るのが遅くなったのだろう。喜代の頑張りに銀兵衛も思わず唇を噛み締める。

「おいお春、銀兵衛に麦湯でも淹れてくれ。」

 蒲生は奥で片付けをしていた妻の春に声をかけた。それに対し慌てたのは銀兵衛である。

「いえ、お構いなく!それでなくても引越し準備でお忙しいはず・・・・・私が淹れましょうか。」

「気にするな。俺だって組の稽古に出向けた位には暇はある。ここを引き払うのは月末だし、まとめてあるのは今の季節必要のないもの位だ。ほら、すぐに出てきただろう。」

 蒲生が言っているそばから春が湯呑みに冷ました麦湯を持ってきた。これは猫舌の蒲生の為、春が作っているものだが、喉が渇く初秋にはむしろありがたい。

「銀兵衛さん、お久しぶり。たまには喜美ちゃんに逢いに来てくださいな。」

 春はにっこり笑いながら麦湯を銀兵衛に勧めた。少し濃いめに煮だした麦湯はほろ苦く、銀兵衛の喉を通りすぎてゆく。麦湯を飲んで人心地ついた頃、ようやく蒲生が口を開いた。

「銀兵衛・・・・・今年の米の出来は知っているか?」

 いきなり今年の米の出来高を聞かれ、銀兵衛は面食らう。だが、そもそも年貢の収量が減るから蒲生は川越へ行かねばならぬのだ。あながち関係ないとはいえない。

「いいえ。ただ、どこもかしこも今年は不作になりそうだと道場内でも噂になっておりますが。」

 銀兵衛のその答えに蒲生は満足気に頷いた。

「どうやら享保や天明の大飢饉並みになるらしい。我が藩は薩摩芋がある分餓死者を出さずに済みそうだが、米に偏った藩はそうはいかないだろうと専らの噂だ。」

「しかし、薩摩芋では人の腹は満たすことはできても金にはなりませぬ。」

 川越の薩摩芋は江戸でも有名な特産品である。文字通り売るほど生産されているが一つ一つの価格は微々たるもの、米のようにはいかない。

「ああ・・・・・つまりはそういうことだ。農民が死なずにいてくれれば農業技術は途絶えぬし、いつかは飢饉も終わるだろう。その時までは武士も耐えるしか無い。」

 諦観の色さえ滲むその言葉に銀兵衛も頷く。金がないからといって借金をしてばかりいてはどこの大名貸も金を貸してくれなくなる。できる限りの節約はしなければならないのだ。その為には江戸在住の藩士の数も極力減らし、生活費のかからない国許へ移さなければならない。

「お前たちには気の毒だと思うが、離縁などしなければ済んだこと--------ある意味自業自得だ。まぁ、喜代のやつもお前も反省しているようだし・・・・・。」

 そう言いかけて、蒲生は妻の春と視線を交わし頷いた。

「お春とも相談したんだが、どちらにしろ家の中がこの様な状況では喜代と喜美の寝る場所さえままならぬ。だから出立する日まで暫くお前のところで二人を預かってもらおうかと言っていたところだったんだが。」

「本当ですか!」

 蒲生の提案に思わず嬉しげに答えてしまい、銀兵衛は慌てて自らの口を塞ぐ。だが嬉しさは隠し切れない。それを見ながら蒲生は仕方ないやつだと苦笑いを浮かべる。

「これならば周囲に対しても言い訳ができるだろう。だがせいぜい十日ほどだぞ、解っているな?」

「はい、勿論です!ありがとうございます、義兄上!」

 複雑な事情を持つ二人を慮った蒲生の心遣いに銀兵衛は感謝し、深々と頭を下げた。



 蒲生との話を終え、銀兵衛が喜美を抱えて自宅に帰ってきた時、喜代は縁側の柱に寄りかかってうたた寝をしていた。針箱が出ているところを見ると縫い物をしようとしていたのか、それとも終わった後だったのか。やはり疲れが溜まっているのだろう。

(昨日、徹夜で荷造りをしていたと言っていたしな。)

 銀兵衛は喜美を下ろすと羽織を脱ぎ、そっと喜代にかけてやった。その瞬間、喜代の瞼がゆっくりと開く。

「あ・・・・・旦那様。喜美も・・・・・。」

 銀兵衛だけならともかく何故喜美までいるのか理解できず、喜代はきょとんとした表情を浮かべる。その表情があまりにも愛らしく、銀兵衛は喜代の頬に手を触れながら微笑んだ。

「済まない、起こしてしまったか。義兄上に許しを貰ってきた。十日ほどこちらで寝泊まりをしてもいいと・・・・・尤もあちらでは寝る場所を確保するのも難儀だと義兄上は仰っていたが。」

「旦那様・・・・・それは本当ですか!」

 思わぬ出来事に、喜代は俄に信じられないと目を見開く。

「ああ、本当だ。それよりもます、布団を敷いてやるから少し休め。昨日は殆ど徹夜だったんだろう?」

 喜代の顔をよくよく見ると目の下に隈もうっすら滲んでいる。そもそもいくら誰も居ないからと居眠りするような隙を作る女ではないのだ。やはり限界に近いのだろうと銀兵衛は喜代に寝ることを勧めた。

「しかし・・・・・。」

「喜美の面倒は俺が見ておく。それよりも今倒れられる方がよっぽど困る。だから・・・・・。」

 残された時間は十日しかないのだ。その僅かな期間に倒れてなどいられない。喜代は素直に銀兵衛の提案に頷いた。



 さすがに疲れていたのか、喜代は銀兵衛が敷いた布団に潜り込むとぐっすりと寝入ってしまい、起きた時はすでに夕方だった。

「すみません、旦那様!今夕飯の支度を・・・・・!」

 喜代は慌てて台所に立とうとしたが、すでに夕飯は出来上がっていた。江戸の夕飯では珍しい炊きたての白米に茗荷の味噌汁、そして三品も並んだ惣菜とかなり豪勢なものである。

「気にするな。飯だけは足りなくて炊いたけど、それ以外は近所のおかみさん連中が分けてくれたものだ。特に今日は喜美もいたからやけに多くてな。それにお前は昨日は一晩中働き通しだったんだ。まぁ、お前が寝ていてくれたおかげで俺は喜美と一日中水入らずで過ごせたけどな。」

 そう言うと銀兵衛は庭のほうを指さした。そこにはいつの間に作ったものか、七夕の笹飾りがあった。色とりどりの笹飾りが茜色の夕日を受けて輝いている。

「明日は七夕の節会で帰りが遅くなってしまうだろうから今日中に、と思って・・・・・な、喜美?」

「うん!」

 銀兵衛の問いかけに元気よく答える喜美--------ごくごく普通の親子の光景である。それもあと残り十日だけしか許されないのだ。急に悲しみがこみ上げ、喜代の目に涙が滲む。

「ま、とりあえず夕飯を食ったら湯屋にでも行ってこい。いつも真面目に働いているんだ、たまにはゆっくりしたって罰は当たらないさ。」

 いつにない優しい銀兵衛の言葉に、喜代は泣き笑いで頷いた。



 貰い物だらけの夕飯を終え、湯屋で汗を流した喜代が再び長屋に帰ってきた時、張られた蚊帳の中ですでに喜美は寝入っていた。残暑厳しいはずの季節にしては涼しい風が吹き抜ける中、蚊帳は喜美を寒さと虫から守っている。

「喜代、帰ってきたか。」

 蚊帳の外で煙管を吸っていた銀兵衛が喜代に声をかける。その声に応えるように喜代はニッコリと笑った。

「旦那様・・・・・今日は何から何までありがとうございます。」

 喜美を起こさないよう足音を忍ばせて銀兵衛の近くにやってくると、喜代は寄り添うように銀兵衛の側に座った。行灯に浮かぶ、銀兵衛を見つめる潤んだ瞳やうなじにはりついた後れ毛に銀兵衛は釘付けになる。

「本当は・・・・・離縁する前にこういう事ができれば良かったんだがな。でなければ、江戸と川越に別れる事にならずに済んだのに。」

 銀兵衛は喜代から視線を外さずに煙管を煙草盆に置くと喜代の肩を左腕で抱き、何かを言いかけようと半開きになった喜代の唇を吸った。煙草の味とともに銀兵衛の舌が喜代の口の中に侵入し、喜代の舌は銀兵衛の舌に絡めとられる。
 銀兵衛の素早い動きに一瞬驚きの表情を浮かべた喜代だったが、銀兵衛の包み込むような優しい接吻に徐々に身体の力を抜けていった。秋の風が笹の葉を揺らす音に艶めかしい濡音が混じり、涼しい秋夜に熱がこもってゆく。どれほどの時間、互いの口を吸い続けていたのだろうか。ようやく銀兵衛の接吻から開放された喜代の唇は、紅を塗ったように紅く、艶かしく濡れていた。

「・・・・・喜美が・・・・・起きてしまいます。」

 紅く濡れた唇から困惑の言葉が零れ、喜代はちらりと蚊帳の中で眠っている喜美へ視線を投げかける。しかしその恥ずかしげな視線や仕草は余計に銀兵衛の欲情をそそるだけであった。

「大丈夫だ。ただでさえ眠りが深い子だし・・・・・もう疲れは取れたんだろう?」

 どうやら喜代をしっかり休ませていたのはこの為であったらしい。銀兵衛は喜代の首筋に舌を這わせながら右手を喜代の懐へ忍ばせる。

「と・・・・・取れました・・・・・けど・・・・・んっ。」

 銀兵衛の手が小ぶりな膨らみを掬い上げ、頂にある蕾を指で軽く弾いた瞬間、喜代は嬌声を上げそうになった。かろうじて声を抑えたものの、喜代の反応に気を良くした銀兵衛の愛撫はますます執拗になってゆく。

「確かに声を上げてしまえば起きてしまうかもな。喜美が起きるか否かはお前次第だぞ、喜代。」

 喜代の耳朶を甘咬みしながら銀兵衛はからかうように囁いた。熱い息が喜代の耳朶を嬲り、舌が耳朶の襞をなぞってゆく。そのぞくぞくする刺激に喜代は声を堪えながらも頤を仰け反らせ、身を捩った。その感度の良さに銀兵衛は気を良くし、乳房への愛撫を激しくしていった。
 離縁する前に比べ情事の際の喜代の反応は極めて良くなっている。やはり互いの心が通じ合い、呼吸が馴染んできた為なのだろうか。買う妓では絶対に味わうことができないこの感覚も、あとほんの少しだけしか味わうことができないとは・・・・・銀兵衛は切なさを覚え、喜代を抱く腕に力を込める。

「喜代・・・・・惚れている。」

 銀兵衛は熱っぽく耳元で囁きながら、その場に喜代を押し倒した。

「私も・・・・・・お慕いしております。」

 銀兵衛に煽られるように喜代の声にも熱がこもる。蚊帳の中で眠っている喜美を気にしつつ、自分を求めてくれる良人を拒むことは今の喜代には出来なかった。
 むしろ喜代自ら銀兵衛の唇を求め、舌を差し入れる。普段の喜代らしからぬ積極性に少し驚きながらも、喜代が自分を求めてくれることを銀兵衛は嬉しく思う。

(喜代・・・・・惚れている。)

 銀兵衛は自らの口腔に侵入してきた愛らしい不埒者を自らの舌で絡めとり、強く吸い上げた。



UP DATE 2012.7.10

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土下座してまで喜与との一夜を望んだ銀兵衛でしたが、何てことはない『引越し準備で寝る場所もないし』というタテマエで10日も一緒に過ごせることになってしまいました(*^_^*)銀兵衛&喜代にとっては非常にありがたいのですが、コトに及ぶにはちょっと困っちゃう可愛らしいおまけも付いております(笑)
まぁ、ちっちゃい娘は蚊帳に守ってもらうとして大人二人は『蚊帳の外』でいちゃこらしそう・・・・・(^_^;)こちらの続きは次回ということでv

それにしても飢饉の影響は深刻そうです。今回は白米を食べていた銀兵衛家族ですが、そのうち粟や稗、さつまいも混じりのご飯になるんでしょうねぇ。っていうかいくらお金を積んでも無いものは無いですからね。去年の大震災直後つくづく感じました。今回のシーンはせめてものお情け、ということで。(多分銀兵衛も奮発したんだろうと思う。男って変なところで見栄っ張りだし・爆)

次回更新は7/17 、半分以上は★付き濡れ場になると思われますので苦手な方は飛ばしちゃってくださいませね~v
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