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「葵と杏葉」
葵と杏葉・維新編

葵と杏葉維新編 第二十九話 葵と杏葉・其の貳

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 部屋に差し込む日差しも、初秋の風にたなびく木の葉も、夏の盛りの頃とは明らかに違う。僅かずつ錆を含み、色褪せてゆくさまは人が老いていく様と重なり、いつか必ずやってくる冬をも予感させる。そんな褪せてゆく景色を感じながら、直正は松根に一つの提案を示した。

「国子殿を・・・・・・増上寺から安全な場所に改葬するのはどうだろう」

 あまりにも突拍子もない直正の提案に、松根は呆気にとられた。いくら廃仏毀釈運動が激しく、増上寺に危険が及ぶ恐れがあるかもしれないと言っても、徳川家の菩提寺から将軍息女の墓を改葬しようとはあまりにも不遜ではないか。松根は直正ににじり寄り、反対を訴える。

「殿、気は確かでございますか?いくら新政府に権力が移ったとしても相手は徳川宗家の菩提寺ですよ?そう簡単に許してくれるとは思えませぬ」

 松根の意見は至極まっとうなものであった。だが、普段人の話に耳を傾けることができる直正だけに、これと決めたことは頑として変えることは無いのである。案の定松根の反対意見を一蹴してしまった。

「やってみなければ解らぬ。行動に移したからこそ若かりし日の藩の改革も、大砲の鋳造も成功したのだ。駄目で元々、やってみる価値はあるだろう」

「何か・・・・・・勝算があるのですか?」

 どこをどう考えても不可能としか思えない直正の我儘に、松根は半ば諦めながらも現実性があるのか質してみる。

「さあな。だが、今の機会を逃してしまっては絶対に改葬は難しいだろう。廃仏毀釈の嵐が吹き荒れている中だからこそ可能性がある。できるだけ早く、いつ、どこに改葬するか具体的な計画を立てておいてくれ」

 廃仏毀釈、の言葉に松根は心の中で溜息を吐いた。要は他人様の災難に乗じて自らの望みを叶えようということである。

「全くそうやって交渉ごとばかりうまくなって・・・・・・御意、関係者に計画をまとめさせましょう」

 こうなってしまったら直正の意見は変わることはないだろう。松根は全身に諦観の気配を滲ませながら、部下に増上寺と鍋島家の菩提寺である賢崇寺へ使いを出すように命じた。



 それから十日ほど後の九月三日、直正からの申し出に対する話し合いと月法要の為、増上寺の僧侶三人が永田町の直正の屋敷へやってきた。まず最初に月法要の読経をひと通り済ませた後、位が一番高いと思われる壮年の僧都が話を切り出す。

「大殿様、古川殿から話は伺いました。聞けば盛姫君様の御改葬を望まれているという事で」

 その顔にはあからさまに困惑と迷惑千万といった気配が浮かんでいる。それもそうだろう、改葬をされてしまえば『お布施』という収入源が失われてしまうのだ。特に元大名家ならばなおさらである。寺院にとっては死活問題――――――改葬をさせてはなるものかという気迫に気が付きながらも、直正は何食わぬ笑顔で頷いた。

「ええ、ここ最近の廃仏毀釈――――――やはり不安を感じずにはおれません。何せこの様な年寄り、妻の墓参りに出向いて暴徒に出くわしても逃げ切れませんし」

「あ・・・・・・いや、その、拙寺は警備を厳重にしておりますゆえ」

 どうやら『廃仏毀釈』の文言は寺院にとって鬼門らしい。今まで強気の表情を浮かべていた壮年の僧侶から力強さは消え、途端に動揺の色に変わった。

「それだけではございませぬ。我が藩は鳥羽・伏見の戦い以後に政府側に付きました故、何かと厳しい目で見られておるのです。私が直接妻の墓参に参るのはともかく、息子たちの代になったら政府に気兼ねして脚が遠のいてしまうことは必至。そちら様のご都合もあるでしょうが、私の目が黒いうちに話しだけでも進めておきたいのです。勿論それなりの謝礼はさせて頂きますが」

 『それなりの謝礼』という言葉に鋭く反応した壮年の僧侶は途端に好想を崩すと、仕方がないですねと大仰に溜息を吐く。

「では拙寺の法主に伺いを立ててみます。私の一存では何とも言い難いですので」

 まだまだ予断は許さないものの、突破口だけは開けたようだ。直正もほっとした表情を浮かべ礼を述べる。

「宜しくお願い致します。とりあえず私が死ぬ前に話をつけてくだされば構いませんので」

 『死』という、あまりにも直接的で不吉な言葉を吐く直正に、家臣たちや僧侶達は動揺の色を示すが、直正は板て平然としたものである。

「人間いつかは死ぬものですよ。改葬を願っている我が妻は三十七歳の若さで身罷っておりますし・・・・・・でしたらいつ迎えが来ても良いように準備をしておくべきでしょう」

 ある意味僧侶達よりも悟りきっているその言葉に、誰も何も言い返すことはできなかった。



 それから一ヶ月後の盛姫の月命日の日、この日は普段読経を唱えに来る僧侶達ではなく、増上寺の法主自らが直正を訪ねてきた。法主自らが直正から直接話を聞きたいと申し出があったのである。勿論直正側としては文句もなく、喜んで法主を迎え入れた。

「わざわざ申し訳ございませぬ。この様な身体ですのでお寺に出向くこともできませなんだ」

 直正は床から上体を起こした姿で法主に詫びを入れる。

「いえ、お構いなく。むしろそのようなお身体で面会していただけるとは恐悦至極。それよりも、姫君様の改葬の件ですが」

 法主は少し困ったような表情を浮かべた。

「やはり・・・・・・無理なのですか?」

 直正の言葉に法主はゆっくりと首を横に振る。

「いいえ。新政府になり、ご家族たっての望みとあればこちらも無碍に断ることはできませぬが・・・・・・実は今度、増上寺の敷地が新政府に召し上げられることになってしまったのです。なのでどこまで我らの権限が行き届くのか解らぬというのが正直なところで」

「そ、そんな話が出ているのですか?」

 どうやら直正が出仕しなくなってから出た話しらしい。思わぬ話に直正は驚愕する。

「鍋島公が廃仏毀釈を心配されるのも無理からぬ事。そもそも政府によって寺院としての権利を剥奪されております故」

 諦観にも似た寂しげな笑みに、直正は返す言葉を見つけ出すことができなかった。

「・・・・・・なので、政府側にも改葬のお伺いを立てなければならないのです。多分鍋島公の細君に当たる姫君様でしたら問題ないかと思いますが」

「そうですか。では私からも近日中に政府にお伺いを立ててみましょう。法主様、本当にありがとうございます」

 法主の気遣いに直正は深々と頭を下げた。

「ところで鍋島公、不躾なことをお伺いいたしますが・・・・・・」

 ひと通りの話が終わった後、法主は少し聞きにくそうに直正に尋ねる。

「何、でしょうか?」

「姫君様のご改葬、建前上は政治的配慮からとなっておりますが、本当は違うところに理由がおありなのではござませぬか?」

「ほう・・・・・・どうしてそう思われますか?」

 直正は目を細め、警戒心を露わにする。だが、それとは対照的に法主はどこまでも澄んだ、穏やかな表情で直正を見つめ、口を開いた。

「姫君様が身罷られてからというもの、貴方様は状況が許す限り墓参に参られていらっしゃいました。同じ境遇の在府の大名でさえあそこまでまめに墓参にはいらっしゃいません。私は・・・・・・姫君様が亡くなられてから二十余年、私はその姿を垣間見ておりましたから思うのですが、もしかしたら姫君様と同じ墓所に、という思いから今回の話を出されたのではないかと」

 その瞬間、直正の緊張がふと解ける。

「ははは、確かに増上寺の僧侶であらせられれば、私の墓参は殆ど全て知っている訳ですよね。いやはやお恥ずかしい」

 法主の言葉にまるで恋人同士の逢瀬を垣間見られたような恥ずかしさを覚え、直正は年甲斐もなく頬を赤らめた。

「私共は妻帯を禁じられておりますのでよく解らないのですが、やはり連れ添った夫婦というものは死後も尚共に居たいと願うものなのですか?尤も・・・・・・」

 法主は苦笑いをうっすら浮かべる。

「そうでない方も多くいらっしゃるようですが」

 その言葉に直正もつられて笑ってしまった。確かに夫婦仲が良くない大名夫婦も少なくないし、新政府になってからは徳川の菩提寺は勿論、所縁のある場所にさえ遠慮して脚を向けなくなったものは多い。そんな中、直正は体調が許す限り墓参を続けていたし、寝込んでからも僧侶を呼び寄せ読経をしてもらっている稀な存在であった。

「私共は・・・・・・大名夫婦としては稀有な存在なのかもしれませんね。幕府が強引に決めた婚姻ではありましたが、私にとって妻はこれ以上ないほどかけがえのない存在でした。夫婦としても、共に藩を再興していく為の連れ合いとしても。妻がいなければ今の私はないでしょう。だからこそ・・・・・・」

 直正は遠く空を見つめる。小春日和の空は穏やかでどこまでも澄んでいた。

「死して尚妻と共にありたいと願うのです。共白髪、とはいかなかった分、余計にそう思うのかもしれませんが」

「・・・・・・承知いたしました」

 法主は吸い込まれるような澄んだ瞳に穏やかな色を浮かべる。それは極寒の日でも人々を優しく包み込む陽光のようであった。

「改葬の件は私にお任せください。責任をもって無事に執り行わせて頂きます」

「・・・・・・かたじけない」

 政治的な思惑よりも、直正の心情を理解してくれたことに直正は感謝した。

「では、頼まれついでにもう一つだけ頼まれていただけないでしょうか」

「何でしょう?」

 思わせぶりに口籠る直正の言葉に、法主は小首を傾げる。

「実は私の墓所も決まっておらぬ状況です。何せ神道の墓所というものがありませなんだ。多分鍋島の菩提寺に神域を作ってもらうことになるでしょうが、せめてそれまで・・・・・・できることなら私の一周忌まで改葬はお待ちいただけないでしょうか。何せ・・・・・・」

 直正はちょっと躊躇いながら口を開く。

「私は、美しかった妻の姿しか知りませぬ。疱瘡に罹り、苦しんで身罷った妻を知らぬのです。そして骨となって朽ちてしまった妻も・・・・・・女々しいと思われるでしょうが、どんな姿でも愛おしいと思う反面、骨となってしまった姿を見たくないという気持ちも同時にあるのです」

 自らの恥をさらけ出した直正の告白に、法主は優しげな笑みを浮かべた。

「それはどなたでもご一緒ですよ」

「ありがとうございます。ですから・・・・・・私の一周忌を目処に改葬をお願いしたいのです。二十余年、私を見届けて下さった法主様だからこそ頼めるのです。妻との思い出は美しいまま、彼岸へと持って行こうと思います」

 直正の言葉に法主は深く頷いた。

「承知しました。では一周忌を目処に・・・・・・もしかしたら時間がかかってしまうかもしれませんが、手を打ちましょう」

「ありがとうございます」

 初冬の日差しが柔らかく二人を包み込む。自分個人に関わる一番大きな懸案を解決した直正はまるで菩薩のような微笑みを浮かべ、法主に深々と頭を下げた。そしてこれが直正が最後に果たした仕事であった。



 盛姫の改葬の件が解決した為か、増上寺法主の訪問の直後から急激に体調が悪化する。起き上がることは殆ど不可能となり、意識も混濁することが少なくなかった。そして年が明けた明治四年、三が日を過ぎた途端危篤に陥ったのである。

「お覚悟を決めておいてくださいませ」

 意識の遠くから医師の声が聞こえてくるのを直正は感じた。

(そろそろ・・・・・・なのだな)

 死を目前にしながら直正の心はどこまでも穏やかだった。後のことは息子や家臣たちがしっかりやってくれているし、これから自分が向かうところには愛しい人が待っている。むしろ肉体の苦しさのほうが辛かった。胃の腑から来る激痛、そしてまともにできない呼吸――――――この苦しさから早く開放されたいと、直正は助けを求めるように中空に向かって手を伸ばす。

(貞丸――――――!)

 懐かしい声が聞こえたと思ったその刹那、柔らかく温かい掌が直正の手を取る。その優しく、強い力に引っ張り上げられ直正の身体は信じられないほどふっ、と軽くなった。



UP DATE 2012.07.20

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とうとう直正にも最期の時が訪れてしまいました(T T)生きていれば必ず迎える瞬間ではありますが、やはり悲しいものは悲しいものです。

しかし、そんな最期の時を迎えながらも直正は最後の仕事--------盛姫の改葬という努めをやり遂げました。もしかしたらこれが唯一--------領民のためでも家臣のためでも日本のためでもなく--------自分のために行った大きな仕事かもしれません。実際何故改葬を行ったのかは謎なのですが(徳川家斉の子供たちの中で改葬されたのはたった四人)この話の中では『最期に眠る場所くらいは一緒に』というごく私的な気持ちから、ということにさせて頂きましたv

次回7/27はとうとう本編最終回、もうひと頑張りさせて頂きますv
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