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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・秋冬の章

棚幡の別離・其の肆~天保四年七月の旅立ち

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八月初秋の青空は夏の空とは違った澄んだ青さを湛えている。その冷たさを微かに含んだ、爽やかな青空のごとく銀兵衛は清々しく答えた。

「私が道場を辞めましょう。そうすれば芳太郎も利喜多もまだまだ道場で修業を続けることができます。」

 そのあまりの潔さにその場にいた四人は一瞬呆気にとられ、何とも言えない沈黙がしばしの間流れる。その奇妙な沈黙の後、一番最初に口を開いたのは前畑本家の長である四兵衛であった。

「おい、銀兵衛。俺達に気を使う必要は無いんだぞ!そもそもお前は兄弟を奉公に出してまで藩の命に従って道場に通っているんだし、それに・・・・・。」

 そこまで一気にまくし立てたものの、その先を続けることが出来ず四兵衛は口籠る。そもそも離縁の原因は生活が苦しい中無理に妻を娶ったからであり、元を正せば藩命による試し切り道場通いが遠因でもある。
 だが、そんな四兵衛の気遣いに銀兵衛はどこまでも穏やかな笑顔で答えた。

「ええ、家族を犠牲にして試物芸者の道を極めて参りました。だからこそ、今度は家族のことを考えるべきなんじゃないかと・・・・・。」

 家族、という言葉が銀兵衛の口から出たその途端、四兵衛の顔が厳しくなる。

「喜代と・・・・・復縁でもするつもりか?」

 その言葉には否定的な気配が含まれていることに銀兵衛は気づいたが、動揺を見せることなく曖昧な返事をした。

「さあ・・・・・こればかりは相手もあることですから。ですが・・・・・もし復縁が許されるとしても、さすがに江戸では無理でしょう。離縁からまだ一年も経っていませんし。」

「そう言えば・・・・・。」

 今まで二人の会話を黙って聞いていた芳太郎が二人の会話に割って入る。

「蒲生さんが川越行きの顔触れに入っているそうですね。もしかしてそれも関係しているのですか?」

 芳太郎の鋭い指摘に銀兵衛は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

「蒲生さんのことをもう耳に入れているとは・・・・・その件に関してはどう思ってくれても構わない。しかし、私が辞めれば全てが丸く収まることになる。それだけは確かだろう。君も利喜多も道場に通い続けることができる。」

 銀兵衛のその言葉に、前畑本家の三人は黙ってしまう。そこまで銀兵衛に犠牲を強いてもいいものだろうかと罪悪感を感じつつ、銀兵衛が言うとおりそれが一番話が丸く収まる方法でもあったからだ。その沈黙に--------三人の最悪感につけ込むように、銀兵衛は畳み掛ける。

「その代わり、四兵衛さん・・・・・もし、喜代と復縁することになったら、それを許していただけますか?」

 それは、銀兵衛の交換条件であった。道場を辞める役回りを引き受けるのと引き換えに、御家の恥にもなりかねない復縁を四兵衛に迫ったのだ。これでは四兵衛も反対するわけにいかない。

「国許に・・・・・お前も戻るのであればな。済まぬ、銀兵衛。」

 四兵衛は畳に両手を付く。確かに不義を犯した女との復縁は家の恥ではあるが、川越ならばその話も広がっていない可能性がある。何よりも息子二人をこのまま道場に通わせることができるのだ。それに比べれば復縁の許可など些細な事である。四兵衛は深い感謝を感じつつ深々と頭を下げた。



 道場で大まかな話をまとめた後、四兵衛と銀兵衛は揃って川越藩庁に事の次第を伝えた。

「銀兵衛、本当に良いのか?ようやく免許皆伝を許されて御様御用も任されたっていうのに、これから出費を回収しなけりゃやってられないだろう。しかも川越行きを希望するって・・・・・何か江戸でまずいことでもあったのか?」

 届けを受理した藩庁の担当者に呆れられたが、銀兵衛はただにこにこと笑ってやり過ごす。

「あったといえばあったというか・・・・・離縁はまずいことに入りますよね。」

「まぁ、確かに・・・・・。」

「道場も辞めますし、江戸にいては未練が残りますのでいっそ川越に行こうかと。」

「なるほどな。向こうでは上手くやれよ。」

 藩庁の役人に励ましを受け、銀兵衛と四兵衛は曖昧な笑みを浮かべながら一礼した。そして手続きを全て終えた昼過ぎ、下屋敷の自宅に帰るなり銀兵衛は喜代に抱きついたのである。

「だ・・・・・旦那様?」

 帰ってくるはずのない時間に銀兵衛が帰ってきて、しかもいきなり抱きつくとは--------訳が分からず喜代は目を白黒させる。唯一の救いは喜美が近所の子供達と共に外で遊んでいることか。そんな驚く喜代を強く抱きしめながら、銀兵衛は彼女の耳許で囁いた。

「聞いてくれ・・・・・俺も一緒に川越に行けることになったんだ。」

「本当・・・・ですか!」

 銀兵衛の思わぬ報告に、喜代は目を丸くして銀兵衛を見つめる。

「ああ、さっき義兄上にも報告してきた。実は道場通いの人員にも削減命令が出て、芳太郎か利喜多で四兵衛さんが迷っていたところを名乗りを上げたんだ。」

 嬉しげに詳細を話す銀兵衛に対し、喜代は不意に不安げな表情を浮かべた。

「では・・・・・剣の修業はどうなさるのですか?」

「一人でできるところはするさ。だけど・・・・・平和な川越で試し切りの腕は必要とされないかもしれないな。」

「そんな・・・・・。」

 剣の修行の為に一度は家庭が壊れてしまったほどだ。それほど打ち込んでいたものを諦めてしまうという銀兵衛に、喜代は泣き出しそうになる。だが、銀兵衛の言葉は喜代が思っていたよりも遥かにさばさばしていた。

「構うものか。お前と、喜美と・・・・・一緒に暮らすことができるんだ。本家の四兵衛さんからも許しは得てきた。」

「え・・・・・本当、でございますか?」

 蒲生の家からの許しならともかく、前畑本家からの許しが出るとは絶対に思っていなかっただけに、喜代は驚きの声を上げてしまう。

「本当だ。というより、道場の件と引き換えに許してもらったと言ったほうが良いかもしれないな。」

 そう囁くと銀兵衛は喜代を抱きしめた腕にさらに力を込める。

「喜代、今度こそ家族で幸せになろう。川越ならきっと・・・・・上手くやっていける。」

 爽やかな秋風がさわさわと木の葉を鳴らしてゆく。それは二人の未来を祝福しているようであった。



 銀兵衛が道場を辞め、川越に行くと決定してから十日ほどは、引越し準備やら関係者への挨拶、送別会などで慌ただしく時が過ぎていった。
 そして出立の日の川越藩上屋敷には銀兵衛や蒲生達、その他川越行きを命じられた十数家族が揃って川越へ向かおうと門前にたむろしていた。周囲には藩邸内外の名残を惜しむ友人、知人たちが取り囲んでいる。銀兵衛達も例外ではなく、銀兵衛の弟たちや前畑家の親族、蒲生家の親族らが取り囲んでいる。そんな中、不意に銀兵衛を呼ぶ若い娘の声がした。

「銀兵衛さ~ん!!」

 その声に銀兵衛が振り向くと、銀兵衛たちを見送りに来た幸と為右衛門、五三郎、猶次郎の四人が銀兵衛たちの方へ向かってやってくるところだった。

「何だ、わざわざ見送りに来てくれたんですか?昨晩は送別会までしてくれたっていうのに。」

「あれは銀兵衛さんを肴に呑んだだけで・・・・・あいたっ!」

「余計なことを言うんじゃない、五三郎!」

 為右衛門の本気の拳骨が五三郎の頭に決まり、五三郎はあまりの痛さに頭を抱えて蹲る。

「五三郎、お前は相変わらずだな!」

 その様子に銀兵衛が笑い出し、連られてその場にいた者達も笑い出した。

「ま、こいつの事はいいとして・・・・・やはり、なんだな。」

 ちらりと喜代の方に視線をやりながら為右衛門は銀兵衛に尋ねる。

「ええ・・・・・まぁ。江戸では何かとお喋り雀たちが煩いので。」

 剣の名誉を捨て、家族とのささやかな暮らしを選んだ銀兵衛だが、その顔に後悔の色は微塵もなかった。むしろ清々しささえ感じる。為右衛門がほっとした表情を浮かべたその時である。

「お~い!そろそろ出立するぞ!」

 引率の者の声が辺りに響いた。女子供も一緒の移動故、一泊はしないといけなくなるが十里ちょっとの短い距離である。だが、気楽に会える距離でもない。銀兵衛は見送りに来てくれた皆に一礼すると、娘の喜美を左肩に抱え幸たちの前から去っていった。

「銀兵衛さん・・・・・行っちゃいましたね。」

 もしかしたら永遠の別れになるかもしれない銀兵衛の旅立に、幸は寂しげに呟く。

「そう寂しそうな顔を剃るなって。銀兵衛さんのことだ、間違いなく参勤のお供として川越の殿様の駕籠近くを護衛して江戸に戻ってくるさ。」

「それはあり得るな。何せ川越には人を斬った事が無いという武士が殆どらしいから。」

 そう言って近づいてきたのは芳太郎と利喜多であった。

「川越で喜代さんと仲良く暮らしながらたまに武者修行がてら江戸に来てくれれば剣の腕もそう落ちないだろう。お師匠様からも藩庁に嘆願書を出してもらった。」

「まぁ『手代わり』ができるほどの腕の持ち主はそうそういないからな。川越だって銀兵衛さんにかけた金の分は取り戻したいだろうし。」

 そんな男たちの話を聞きながら幸はじっと銀兵衛達が歩いていった方を見つめていた。川越藩藩士たち家族の集団はすでに見えなくなっており、行き交う旅客が道を埋め尽くしている。

(兄様は・・・・・五三郎兄様はずっと江戸に残っていてくれるのかな。)

 五三郎は次男だから直接的に藩から帰藩命令が下ることはないだろうが、父親である五左衛門か兄である為右衛門に命令が下れば五三郎にも影響が出るだろう。

(そうだよね・・・・・兄様だって、藩士なんだし・・・・・。)

 その事に気が付き、幸は急に胸が締め付けられるような気がした。もし五三郎が銀兵衛のように江戸を去ってしまったら--------想像するだけで急に悲しみがこみ上げてくる。

「どうした、幸?今にも泣き出しそうな面ぁしやがって。確かにおめぇがガキの頃からずっと道場にいてくれた銀兵衛さんがいなくなるのは寂しいけどよ。」

 瞳を潤ませ、じっと五三郎を見上げる幸の頭にぽん、と手を載せて五三郎が笑いかけた。その温かい笑顔に幸の悲しみがほんの少し溶けかかった気がしたが、次の瞬間それは怒りに変わる。

「ま、他人の噂がたたねぇところで喜代さんとよろしくやるんじゃねぇか?」

「また兄様はそんな言い方を!」

 幸を笑わせようと気を使ったとはいえ、あまりにもひどい五三郎の俗っぽい物言いに幸は頬をふくらませるが、不意に真顔に戻る。

「兄様は・・・・・江戸からいなくなったりしませんよね。」

 その言葉に一瞬呆けたような表情を五三郎は浮かべたが、次の瞬間大笑いした。

「ははは!安心しやがれ!川越みてぇな譜代の実力藩ならいざ知らず、新見藩みてぇな小せぇ藩じゃそんな事はありえねぇ。今だって人が少なくて困っているってぇのによ!」

 前髪をくしゃくしゃとしながら五三郎は幸の瞳を覗きこむ。

「安心しろ。俺はどんなことがあっても・・・・・おめぇが生きている限り、傍にいてやるよ。」

 まるで恋の告白のような五三郎の言葉に、幸はようやくいつもの笑顔を見せる。

「ありがとう、兄様。」

 初秋にしては涼しすぎる風が江戸の街を吹き抜ける。しかし、五三郎と幸の間には暖かな絆がさらに強く結ばれたようであった。



UP DATE 2012.7.24

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棚幡の別離--------それは銀兵衛と喜代の別離ではなく、銀兵衛と試し切りの別離の事でした。サブタイトルの旅立ちも新たな生活への旅立ちということでv

道を極めようとしている人全てがその道を極められるわけではなく、才能がありながらも途中で諦めなければならないことがあるものです。今回の銀兵衛もまさしくそれで、愛しい人たちとの生活と引き換えに試し切りの道を諦めてしまうことになりました。しかし銀兵衛はむしろ幸せそう・・・その道でトップになることもいい事だと思いますが、それ以外にも幸せはあるんだよ、という事が少しでも表現できていてば・・・と思います^^;

次週は『猫絵師・国芳』八月話、八月の紅柊は為右衛門と寿江夫婦のちょっと軽めの話にしたいな~と目論見中です^^(葵と杏葉の外伝がシリアスになりそうなので・・・^^;)
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