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「葵と杏葉」
葵と杏葉後日譚・葉隠の志

葉隠の志~佐賀の役・其の壹

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 新暦に変わってはや二年、未だに副島種臣は新暦の季節感が掴めずにいた。窓から見える銀座の街は寒々しく、人々も綿入れやコォトを固く身にまとい、背中を丸めて歩いている。梅の花さえ蕾は固く、まだまだ見頃はやってきそうにない。

「板垣君、何故政府は暦を西洋暦に変えてしまったんだろう。頭の中ではもうすぐ仲春なのにこんなに寒いなんて」

 副島は肩を竦めながら、丁度部屋に入ってきた板垣退助に語りかける。

「それは仕方が無いでしょう、副島さん。給金一ヶ月分節約できるとあれば、貧乏政府は暦を変えることくらい『へ』とも思わない。尤も外交では西暦に合わせたほうが楽ではありますけどね」

 副島のぼやきに対し、からからと笑いながら板垣退助は副島の前に座った。副島より十歳近く年下の板垣は、裏表がない。そんな真っ直ぐな性格の板垣を、副島は好ましく思っていた。
 それは板垣も同様で、出身藩こそ佐賀と土佐と違ったが、互いの自宅を行き来するほど仲が良い。そんな板垣の言葉に微かに笑みを浮かべながらも、副島はポツリと呟く。

「西暦か・・・・・・それもあるが、寒さを余計に感じるのは人の少なさのせいかも、と思ってしまってね」

 西の方に目をやる副島に、板垣の表情も曇った。明治六年の政変で下野した二人は、幸福安全社を基礎に明治七年一月十二日に銀座にある副島種臣邸に同士を集めて愛国公党を結成した。これは最初の自由民権運動の政治結社である。
 続いて一月十七日、板垣、副島らは政府に対して民撰議院設立建白書を提出した。建白書には二人の他、後藤象二郎、江藤新平、小室信夫、由利公正、岡本健三郎、古沢滋が署名したが、今この場に居るのは副島と板垣の二人だけであり、愛国公党はほぼ消滅状態である。
 議会の開催前に活動を開始した愛国公党はのその誕生は、時代の流れよりも早すぎたのだ。

「皆、国許へ帰ってしまいましたからね・・・・・・江藤君も佐賀に戻っているんですよね?」

 板垣の言葉に副島は深く頷く。

「ああ。あいつは苦労人だけに、困っている奴を放っておけないところが玉に瑕だ。理論で動いているうちは何ら問題ないんだが、情に訴えられたらちょっと、ね」

 副島は眉間に皺を寄せたあと、板垣に語りかける。

「板垣くんも故郷へ戻るんだろう?」

「ええ。やはり地元で足場を固め、搦手で攻撃しないと政府は動いてくれないでしょう」

「君は真っ向勝負しかできないとばかり思っていたが」

 ほんの少し皮肉を込めた副島の言葉に、板垣は思わず笑い出す。

「確かに政治では・・・・・・しかし、戦いとなったら話は別です」

 不意に笑いを止め、真剣な眼差しで副島を射抜く板垣に、副島は苦笑した。

「本当に・・・・・・軍人になっていたらこれほど心強い男はいないだろうに。硝煙の匂いが嫌いだと文官になったのは、国家的損失以外なにものでもない」

 副島は苦笑を口許に貼り付けたまま西の方を――――――同郷の仲間たちが集結している佐賀の方角を見つめ続けた。

(何故こんな事に・・・・・・あれは、西郷さんの一言から始まったことだったな)

 数ヶ月前の事なのに遥か昔の事のように思える。未だ遠い春を思いながら、副島は小さなため息をひとつ吐いた。



「副島さぁ、俺の朝鮮使節任命に賛成してくれんごっか?」

 清国から帰国したばかりの外務卿・副島にこう語りかけたのは西郷隆盛であった。王政復古し開国した日本は、李氏朝鮮に対してその旨を伝える使節を幾度か派遣したが、李氏朝鮮からは芳しい返事が返ってこなかった。
 当時の朝鮮では興宣大院君が政権を掌握し、儒教の復興と攘夷を国是にする政策を採り始めたため、これを理由に日本との関係を断絶するべきとの意見が出されるようになったからである。また、親交があった徳川幕府を壊滅させた明治政府に対し、感情的に反感を抱いてしまった事も理由のひとつであった。

「朝鮮との関係が急激に悪化しとっとは副島さぁ知っとうんそ。そこで国交を正常化すっために使節を派遣しごとちゅう話が出とうのだが ・・・・・・」

 西郷はちょっと躊躇したあと話しを続ける。

「確かにおやおはんのごと英語がうまいわけでんし、立派な使節とはない得んかもしれん。だが、捨石くらいにななれうんそ」

 その瞬間、副島は眉間に皺を寄せ西郷ににじり寄った。

「捨石、とは聞き捨てなりませんね、西郷さん。確かに外国語に関しては私のほうができるかもしれません。しかし、交渉ごとの腕は西郷さん、あなたのほうが遥かに上じゃないですか!」

 副島の剣幕に大きな目をさらに見開く西郷に対し、副島はさらに続ける。

「薩長同盟だって、江戸城の無血開城だって西郷さん、あなたの業績です。私なんて足元にも及ばない・・・・・・勿論協力できることは何でもしますし、従者として連れて行ってもらえるのであれば喜んで付き従い、使節団を率いるあなたをお守りします。尤も倭館での事件でさえ口論で済んだくらいですから、殺されることはまずないでしょうけど・・・・・・他の佐賀藩出身の参議たちにも声をかけますから、西郷さんの朝鮮使節の話、絶対に通しましょう!」

 むしろ西郷より勢い込みながら、西郷の手を強く握る副島に対し、西郷はらしくない何とも曖昧な笑みを浮かべながら頷いた。



 実は西郷は副島に朝鮮使節任命の話をする前、板垣退助に対し一通の書状を出していた。それは副島が自分の対抗馬になる可能性を考慮して『朝鮮使節任命の際には是非とも自分に一票を投じてくれ』という内容のものであったが、その書状がかなりの曲者であった。

 元々西郷は非武装の使節を派遣するべきだという意見を持っていたが、板垣は『軍隊を送るべきだ!』と主張したのである。徳川幕府との親交が深く、明治政府に不信感を抱いていた朝鮮政府に対し、板垣はそれこそ力でねじ伏せろと主張したのである。
 さすがに岩倉使節団も帰還しておらず、副島外務卿も北京に出向いていたのでこの話は棚上げになったのだが、西郷と板垣の間には小さなわだかまりができてしまった。だが、参議による閣議では人数を集めなければならない。外遊中の参議を除くと、副島が属する佐賀藩閥の数はかなり多くなってしまうのである。

「票を獲得すうにな・・・・・・仕方がなか」

 そこで西郷は板垣に『まず使節を送り、朝鮮側が使節を殺害すれば戦争の大義名分が立つ』といった主旨の手紙を出した。つまり板垣の矜持を傷つけず、なおかつ自分に有利に物事が動くよう細工をしたのである。勿論これは副島らが反対に回った時のことを考えてのことであったが、副島はあっさりと西郷賛成に回ってしまい、面倒臭い手順を踏んだ工作が無駄になってしまった。

(こんな事だったらわざわざ板垣さんにあんな頼みごとをするのではなかった)

 ほんの少し西郷は悔やんだが、味方は多ければ多いほうがいいだろうと、この時は楽観的に考えていた。しかし事態は思わぬ方向に進みだしたのである。



 岩倉使節団の外遊組帰国以前の八月十七日、一度は閣議で西郷を朝鮮へ全権大使として派遣することが決まったが、翌日この案を上奏された明治天皇は『外遊組帰国まで国家に関わる重要案件は決定しない』という取り決めを基に岩倉具視が帰国するまで待ち、岩倉と熟議した上で再度上奏するようにと、西郷派遣案を却下した。

 そして九月十三日に帰国した岩倉らを交え改めて閣議を行ったのだが、西郷の使節派遣に賛同したのが板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣、桐野利秋、大隈重信、大木喬任らに対し、大久保利通、岩倉具視、木戸孝允、伊藤博文、黒田清隆らが反対したのである。朝鮮使節の話だけでなく岩倉使節団派遣中に留守政府は重大な改革を行わないという盟約に反し、国内を急激な改革で混乱させたことも大久保らの態度を硬化させた。

「そもそも説得に大院君が耳を貸すとは思えぬ!西郷さんが朝鮮に行ったら必ず殺されるでしょう!たとえ殺されなくとも大院君が使節を拒否した場合は、開戦の大義名分になってしまうのではないですか?」

 その他、大久保は今の日本には朝鮮や清、ひいてはロシアとの関係が険悪になり、その帰結として戦争を遂行するだけの国力が備わっていないという戦略的判断、朝鮮半島問題よりも先に片付けるべき外交案件――――――清との琉球帰属問題やロシアとの樺太、千島列島の領有権問題、イギリスとの小笠原諸島領有権問題、不平等条約改正が存在するという日本の国際的立場などから猛烈に反対、費用の問題なども絡めて西郷の使節任命の不利を説き延期を訴えた。だが、そんな大久保に対して反論したのは同じ藩閥に属する西郷だったのである。

「大久保ど。何故おまんは戦争が起こうと決めつくう?相手も人の子だ、誠意を持って話しあえば心を開いてくうっちゅうに違おらん。現に薩長同盟も江戸城無血開城もそうじゃったぞ」

 理論的に反対論を述べる大久保に対して西郷は情に訴えたが、帰国組の慎重派意見、悪く言えば事なかれ主義の意見が徐々に広がっていった。
 十月十四日から十五日に開かれた閣議では最初賛成をしていた大隈、大木が反対派に回り、採決は同数になる。しかし、この意見が通らないなら辞任するとした西郷の言に恐怖した議長の三条が即時派遣を決定してしまい、これに対し大久保、木戸、大隈、大木は辞表を提出、岩倉も辞意を伝えた。

「あとは今上に上奏し勅裁を仰ぐのみ!」

 半ば脅しで決定した閣議決定であったが『決定事項』には変わりない。あとは上奏のみとなったのだが、この事態にどちらかと言えば反対派であった三条が過度の重圧から倒れ、人事不省に陥ったのである。これによって太政官職制に基づき岩倉が太政大臣代理に就任したのだが、これを機会に明治天皇の意思を拘束しようと画策した。

「お上、あくまでもこれは私めの考えなのですが」

 岩倉は閣議決定の意見書とは別に『私的意見』として西郷派遣延期の意見書を提出したのである。結局この意見書が通り、西郷派遣は無期延期の幻となった。つまり閣議決定が岩倉の工作により覆されたのである。

「ふざけるな!閣議で決まったことを・・・・・・いくら今上のご意見だからと言って閣議で決まったことを覆すなんて許せぬ!」
 
 これに激高した西郷は当日、板垣、後藤、江藤、副島は翌二十四日に辞表を提出、二十五日に受理され賛成派の参議五人は下野した。また、桐野利秋ら西郷に近く征韓論を支持する官僚・軍人が辞職した。更に下野した参議が近衛都督の引継ぎを行わないまま帰郷した法令違反で西郷を咎めず、逆に西郷に対してのみ政府への復帰を働きかけている事に憤慨した板垣・後藤に近い官僚・軍人も辞職した。
 この後、江藤新平によって失脚に追い込まれていた山縣有朋と井上馨は西郷、江藤らの辞任後しばらくしてから公職に復帰を果たす。この政変は『明治六年政変』と呼ばれ、後の士族反乱や自由民権運動の発端ともなる。



 副島が銀座の自宅で溜息を吐いていた頃、長崎・深堀では江藤新平が困惑した表情で溜息を吐いていた。

「君たちは・・・・・・僕にも反乱に参加しろというのか?」

「勿論です!」

 勢い込む兵士たちに江藤は小さく頭を横に振った。そもそも自分は不穏な動きを見せている不平士族たちに自制するように説得しに来たのである。それなのに彼らは聞く耳を持たず、むしろ江藤にも参加を迫る。

(こんな事だったら大隈さん達の言葉に従っていれば良かったなぁ)

 一月十二日に民撰議院設立建白書に署名した後、帰郷を決意した江藤だったが、この帰郷に関しては大隈や板垣、後藤らが反対していた。

「江藤、解っているのか?今お前が帰郷するということは大久保の術策に嵌るものだぞ?そもそも閣議の逆転劇だって大久保が黒幕に違いないんだ。暫く東京で様子を見た方がいいんじゃないのか?」

「そうだぞ、江藤。今佐賀へ戻ったら不平士族の反乱に巻き込まれ、大久保に潰されるのは目に見えている。止めておけ、江藤!」

 しかし江藤はこれには全く耳を貸さず一月十三日に船便で九州へ向かったが、江藤はすぐには佐賀へ入らず、長崎の深堀に着きしばらく様子を見ることにしていた。だが、そこへ押しかけてきたのが反乱を企てようとしていた佐賀藩の兵士達だったのである。

「君たちは解っているのか?今、殿は弟君とともに英吉利へ留学中の身とはいえ、家臣たちがしでかした行為で連座させられる可能性がある。それを考慮した上での説得なのだろうな?」

 勢い込む兵士たちを前に逆に江藤は思いとどまらせようとする。しかしそんな江藤の言葉に思わぬ返事が返ってきたのである。

「すでに国母様が佐賀城に入られております。我らの説得に感銘し、資金援助もして頂きました。正義は我らにあります!ですから江藤様、お願いします!」

「何・・・・・・だって!」

 思いもしなかったその言葉に江藤は愕然とした。



UP DATE 2012.08.17

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葵と杏葉後日譚、『葉隠の志』ようやく始まりました^^それにしてもこんな時期にしょっぱなだけとはいえ征韓論を扱う話を書くことになろうとは・・・・・この部分はかなり学説が割れていますので、拙宅の話はあくまでも『物語』として割り切ってくださいませねv

名君と謳われた直正が死んでから三年、政局で負けてしまった佐賀出身者たちは下野し、それぞれの道を歩み始めました。その中でも一番進んではいけない道--------不平士族による反乱という道を選ばざるを得なくなってしまった者たちの物語になります。
もし直正が生きていたら絶対に彼らのような、感情に走る行動は許していないでしょう。そう、直正が藩を治めていた時代には古臭いものと軽んじていた『葉隠』が唱えているような行動は・・・・・。
そんな彼らの『武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり』を具現するかのような佐賀の役(佐賀の乱)は不平士族による最初の大きな反乱になります。
またこの反乱は大久保利通によって仕組まれたという一面も持ちあわせております。どうも大久保は江藤を相当憎んでいたようで・・・・・その事も追々(^o^)

次回更新は8/24、佐賀入りしてしまった国母様--------濱の話を中心に展開してゆきますv
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I様、コメントありがとうございますm(_ _)m 

こんにちは、三年近くも前に書きました拙作にお目通しありがとうございますm(_ _)m
ごく僅かな知識で妄想たくましく書いたものですので、史実とは程遠くI様のご期待に添えずに申し訳ございません。
そして色々ご教授いただき有難うございます(*^_^*)これから先、鍋島のことを直接書くことがあるかは判りませんが、勉強させていただきます。
小説ですので史実とは違いますが、その違いをお楽しみいただければ幸いですm(_ _)m
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