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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の伍・皐月十六夜(坂本龍馬&おりょう)

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しとしとと梅雨の走りの雨が若葉を濡らす。暮れなずむ景色をぼんやりと眺めつつおりょうは今宵の月も見る事が出来ないのを残念に思った。
 京都の淀川を照らす月も嫌いではないが鹿児島の雄大な空に浮かぶ月がおりょうは好きだ。豪放磊落でありながら繊細さも兼ね備えている良人、坂本龍馬に鹿児島の月は似ているからだろうか。

 その良人、龍馬は先ほどから一人部屋に閉じこもっている。急ぎの飛脚が来たのが四半刻前、その手紙を広げた途端表情を強張らせ文机にかじりついたまま誰も寄りつかせない。こんな時は放っておくに限るとおりょうは気にも留めず、龍馬の好きなようにやらせていた。


 もっとも今日は皐月十六夜。毎月十六日は男女の閨事は禁じられているのだが特に五月の十六夜は『医心房』にも

『妻女論曰、五月十六日、天地牝牡日、不可行房、犯之不出三年必死』

--------房事をすれば三年経たないうちに死ぬとあるのだ。
 新婚である事をいい事に毎夜まとわりついてくる良人もさすがにこの様子ではその気にならないであろう。西洋の事物に通じ、口の達者な良人を日本古来の迷信で断るのも一苦労なのである。

「ほんま、ちいっとも療養になってへんかったから・・・・・・。」

 おりょうはぽつり、と呟く。

「せやけど、あん人はじぃっ、としてはるほうが疲れるんやろうし。・・・・・・こんなのんびりした生活も終わりなんやろうなぁ。」

 差出人が長州の桂であろうと、亀山社中からであろうとも面倒見の良すぎる良人が彼らを放っておく訳はないのだ。鹿児島に来たのは療養の為であり、女連れでも何ら問題はなかったが、仕事となるとそうはいかない。
 良人の身体の事は心配であるが、自分が付いていくのは無理だろう。寂しさを感じないと言えば嘘になるが『日本を今一度、洗濯したく申し候』などと言い放つ男を愛してしまった宿命だと、おりょうは自分なりに覚悟を決めていた。



 部屋に閉じこもってからどれ位の時が流れたのだろうか。辺りはすっかり暗くなり、行灯の光が恋しくなる頃不意に襖が開き、龍馬が出てきた。

「おりょう、西郷さんのとこ暇乞いをしたら、へんしも五島へ行くきに、おまんもそのつもりでいとおせ。」

 開口一番、思いもしなかった言葉が良人の口から飛び出し鹿児島に残されるつもりでいたおりょうは面食らう。

「・・・・何があったん?」

 自分も一緒に行動しなくてはいけないほど危険な事態に陥っているのだろうか--------おりょうは不安げな表情を浮かべた。

「・・・・おまんはこの前購入したばかりのワイルウェフ号を知っちゅう?」

 おりょうの不安げな表情に、龍馬はおりょう自身に危害が及ぶ事はないと事の次第を説明し始める。

「・・・・・。」

 社中の事はよく判らないとおりょうは首を横に振る。

「そいつが五島の塩屋崎で沈没したきに。しかも池内達十二人も海に呑まれて・・・・。」

 そこまで語った龍馬だったが涙で声を詰まらせた。



 かの有名な海援隊の前身である亀山社中は幕府の直轄施設・神戸海軍操練所に学んでいた生徒の一部と、勝海舟の影響を大きく受けた坂本龍馬を筆頭とする一団を母体とし、神戸海軍操練所の解散をきっかけに慶応元年閏五月に発足した海軍・商社的性格を持った貿易結社である。
 亀山社中は薩長両藩の物資を調達・運搬することで、薩長両藩の和解の糸口を作ったとされる。当初は薩摩藩の庇護の下に、交易の仲介や物資の運搬等で利益を得るのを目的としながら航海術の習得に努め、その一方で国事に奔走していた。

 そんな中、さらに組織を大きくしようと購入したワイルウェフ号だったが、悪天候により五島塩屋崎で沈没してしまったのだ。それだけならまだしも船に乗り込んでいた十二名も波にさらわれ殉死したと連絡が入った。
 船ならいつか資金を調達して新しい物を買う事はできる。しかし、社中の仲間はそうはいかない。まさにこれからという時、亀山社中は仲間の半分近くを一艘の船と共に失うという大きな痛手を被ってしまったのだ。



 龍馬の嗚咽が暫く続いた後、おりょうは現実的な質問を投げかける。

「龍馬はん、どうやって五島まで?他藩を通る訳にはいかへんやろ?」

 お尋ね者の身で・・・と言いかける。

「ああ。やきすっと桜島丸をよこせと社中に手紙を書いちょったが。」

 龍馬は懐からちらり、と書状を見せるとおりょうの手を取り、ぎゅっ、と強く握りしめた。寺田屋で受けた手の傷はだいぶ癒え、銃を扱う分には問題なさそうだ。しかし、その力の強さはからはむしろ龍馬の悲しみ、そして弱さしか伝わってこない。

「・・・・おりょう、一緒に来てくれんか。俺一人で仲間が死んだ場所にいくのは・・・つづのうてたまらんぜよ。」

 龍馬はぼろぼろと涙をこぼしながらおりょうにすがりつく。その頼りなげな姿は、薩長同盟を成功させた大物、あの坂本龍馬とはとうてい思えなかった。

「・・・・龍馬はんは優しすぎるんやな。」

 人の苦しみを我が事のように感じ、手を差し伸べてしまう。それは強さであると同時に弱さにもなる。そんな良人におりょうは愛おしさを感じてしまう。

「ほんまに妬いてしまうくらいみんなに優しいから・・・・・・せやから放っておけないんよ。」

 おりょうはまるで子供を抱きしめるように龍馬の大きな身体を抱きしめる。

「ついてくるな言われても無理やわこんな子供みたいな人。ちぃっと目を離したらどうなるか判らへんもん。」

 おりょうは男泣きに泣く龍馬に優しく語りかけた。だが、その甘さが命取りであったのだ。今まで泣いていた男とは思えないほど明るい表情を浮かべるとそのままおりょうを床に押し倒す。

「げにそう思ってくれるか!ほんなら・・・・。」

 龍馬はおりょうに接吻を仕掛けようと顔を近づけるではないか。慌てたのはおりょうである。

「龍馬はん!何や、さっきまで仲間の死を嘆いていたお方がっ!皐月十六夜くらい潔斎したらどうやの!」

 おりょうは腕を突っ張り、良人を引きはがそうとするが子供のような良人は言う事を聞かない。

「俺だっていつ死ぬか判らん。じゃったら間をおよけなきおまんに夫婦らしいことをこじゃんとしてやらなきゃ。」

 理由にもならない理由を付け龍馬はおりょうにまとわりつく。

「単なるすけべやし!いい加減にしいや!」

 しかし、いつしかお龍の怒声は消え激しさを増す雨音が全ての音を飲み込んでいった。



UP DATE 2009.05.07


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《幕末歳時記》、五話目は龍馬×おりょうさんにいたしましたv
ネタがネタだけに表に書けるぎりぎりのラインで何とか納めましたがどうもこの龍馬っていう人は私の中では『かなりの女好き』なので暴走させないようにするのに苦労しましたよ(^^;
庚申の日にコトに及ぶと出来た子が泥棒になる、と言う話は有名ですが十六夜にコトに及ぶと三年以内に死ぬ、というのは今回初めて知りました。(覚えてなかっただけって話も・・・・記憶力減退してるし・爆)
ちなみに龍馬はこの次の年に亡くなっております。・・・・スケベもほどほどにしないと(以下略)。

次回は来月の頭、池田屋襲撃が近いので沖田総司×沖田氏縁者か桂小五郎×幾松part2のどちらか、余力があれば両方書きたいと思います。(正式OPENが近づいているんで作品の頭数は増やしたい。)
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