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「葵と杏葉」
葵と杏葉後日譚・葉隠の志

葉隠の志~佐賀の役・其の貳

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 梅の花が漂う佐賀城・三の丸。質実剛健を好み、すっきりした趣の佐賀城には早春の花の香がよく似合う。紅梅が挿された伊万里焼の一輪挿しを横目で見ながら、佐賀県大属・西義質は言いづらそうに目の前の人物に提案をしていた。

「あの、御方様・・・・・・やはり江戸、もとい東京に戻られたほうが宜しいのではございませんか?いつ何時危険が及ぶか解りませぬし、男所帯では何かと不便をお掛けすると思いますし」

 困惑気味の表情を浮かべながら、西義質が眼の前に居る若い尼僧――――――濱に尋ねた。先代の側室は、不平士族の不穏な動きを聞きつけ説得しに佐賀までやってきていた。本来侍女を通じて話をするべきなのだろうが、非常事態だという事と、すでに濱が出家しているということで直接言葉を交している。

「いいえ!絶対に帰りませぬ!あなた達が解散しない限り私はここに居座ります。それに・・・・・・」

 柳眉を吊り上げて西に反論した濱は不意に表情を和らげ、西に語りかける。

「ここで私が投入した資金を全て返せと言ったら、弾薬を買うお金にも困るのはあなた方でしょう?」

 艶然と笑いなから言ったその一言に、西は言葉を詰まらせた。確かに先代・直正の側室であり、直大の生母である濱からは、彼女が引き継いだ直正の遺産の殆ど全てをつぎ込まれている。そのおかげで武器や弾薬をかなり多く購入できただけに返す言葉もない。

「・・・・・・仰るとおりです」

「その代わり口は一切出しませんからご安心を。やると決めたらとことんまでおやりなさいませ」

 にこにこと微笑む濱に対し、西は気が付かれないように溜息を吐いた。

(現状では・・・・・・むしろ口を出して貰った方がありがたいかもしれないのに)

 西はそう思ったが、それは言葉には出さなかった。西がそう思うのには理由がある。現在、佐賀城に集まっている者たちは決して一枚岩ではない。
 朝鮮半島への進出の際には先鋒を務めると主張している征韓党と、封建制への復帰を主張する反動的な憂国党はもともと国家観や文明観の異なる党派であり、主義主張で共闘すべき理由を共有してはいなかった。
 ただ、征韓問題で政府が分裂したのを機に互いに『反有司専制・反薩長』で結ばれ、近寄っただけである。その為両党は司令部も別であり、協力して行動することは少なかった。
 さらに戊辰戦争の際に出羽の戦線で参謀として名を馳せた前山清一郎を中心とする中立党や、武雄領主鍋島茂昌など反乱に消極的、または同調しない集団も少なくないのである。
 佐賀本家の三兄弟が英吉利へ留学中の今、先代の側室であった濱が旗印となってくれれば烏合の衆は一つになるのでは、と西は思ったのだが、濱にその気は全くないらしい。

(それにしても・・・・・・お若くみえる)

 濱の顔を盗み見ながら西は感心する。直大の生母であるから既に四十の声は聞いている筈なのに、どう見ても三十代半ば、髪を下ろしていなければ二十代に間違われてもおかしくない若々しさを保っている。
 勿論西は、濱が『偽りの生母』だということは知る由もなく、この事を知るのも濱と責姫、濱の母親である風吹の三人だけになってしまった。

「・・・・・・しさん?西さん?どうかなさいました?」

 濱の呼びかけにぼんやりしていた西ははっと我に返る。

「あ、も、申し訳ございません!」

 西は慌てて平身低頭したが、濱は気にするなと笑って許す。

「少しお疲れなのでは?ただでさえあ貴方は右胸の古傷があります。いざというときに役に立たなくては、武士の名折れでしょう。もう少し身体を大事になさい」

 聞き様によってはかなり手厳しい叱咤激励であるが、西にはむしろ嬉しいものであった。

「ありがとうございます、御方様」

 胸に疼きを感じつつ西は一礼したが、その疼きが古傷によるものではない事に西は薄々気がつき始めていた。



「恋の至極は忍恋と見立て候・・・・・・か」

 武器の手入れをしている部下達を見つめながら、西は『葉隠』に書かれていた一節を口ずさむ。妻子ある身でありながら、何故絶対に叶うことのない恋に落ちてしまったのか・・・・・・西は唇を噛み締めた。

「正妻一筋であらせられた先代が、側室に望まれただけのことはある」

 西は濱の美しさを思い出しながら切なげに溜息を吐く。世が世なら顔を合わせることは勿論、その名を出すことさえ憚られる相手である。この想いは絶対に他には漏らしてはならないと西は強く心に誓った。その時である。

「西君!ここにいたのか!」

 想いに耽っていた西に声をかけてきたのは征韓党幹部の石井貞興であった。西と同じく佐賀県大属であり、鹿児島に共に遊学した仲でもある。

「ああ、石井くんか。どうしたんだ?」

 弾むような石井の声に、よっぽど嬉しいことがあったのだろうと西は石井に尋ねた。

「江藤さんがとうとう佐賀入りを承諾してくれた!諸々の準備があるから十日後くらいになりそうだが」

 その瞬間、西の表情が晴れ渡る。

「それは本当か!江藤さんが佐賀に入ってくれれば百人力だ!」

 ただでさえ武雄やその他の援助が受けられず、しかも征韓党と憂国党で真っ二つに分かれてしまっているこの現状を、江藤なら何とか出来るかもしれないと西の期待は高まった。だが西とは逆に石井の表情は微妙な色を浮かべている。西はようやくそれに気が付いた。

「どうしたんだ、石井くん。あまり嬉しそうには見えないんだが」

「・・・・・・確かに僕らの為には江藤さんに来てもらった方がありがたいけど、江藤さんにとって果たしてこの佐賀入りは良いのか悪いのか。」

 その瞬間、西の眉間にも深い皺が刻まれた。

「確かにそれは言えるかもしれないな。噂によるとこの帰郷、板垣という男に『火に油を注ぐようなものだ』と言われたらしいではないか」

 西の言葉に石井も同意して深く頷く。

「確かに副島さんや大隈さんからの手紙にもそう書いてあったな。だが・・・・・・これでは説得はもう無理だろう」

 二人は目の前で大砲の手入れをしている兵卒達を見て頷いた。秩禄処分により俸禄制度は撤廃され、廃刀令の施行など身分的特権も廃された武士たちの不平不満は、いつ爆発してもおかしくない。征韓党員五千人に関しては自分達で抑えることができるが、一万人にも及ぶ憂国党までは手が回らない。

「せめて島さんが佐賀入りしてくれれば、もう少し事態は沈静化してくれるかもしれないのに」

 憂国党の実力者である島義勇であれば、憂国党員を説得できるかもしれないとの西の言葉に石井は頷いた。だが、二人の希望はある事件によって脆くも崩されてしまったのである。



 それは明治六年二月一日のことであった。憂国党に属する武士が官金預かり業者である小野組に押しかけ、店員らが逃亡するという事件が起こったのである。これは即内務省に電報で通知され、二月四日、大久保利通は熊本鎮台司令長官・谷干城に佐賀士族の鎮圧を命令した。

「ふふふ・・・・・・江藤をどう料理してくれようと思っていたが、向こうから行動を起こしてくれるとは」

 電信により命令を下した瞬間、こみ上げる笑いを抑えきれず大久保利通は秀麗な顔を醜く歪める。勿論政府として地方の不穏な動きは看過できないが、それにしてもこの動きは早すぎた。それもこれも半分以上大久保が書いた筋書き通りに宿敵・江藤新平が動いていたからに他ならない。否、江藤の方は大久保を何とも思っていなかったが、大久保が一方的に江藤を憎んでいたと言ったほうが良いだろう。

「これで江藤は佐賀に入らざるを得なくなる。体勢が整う前、そこを狙えば・・・・・・ふふ・・・・・・ははは!」

 堪えきれず高笑いをする大久保に周囲にいた部下達は驚きの表情を浮かべる。だがそれにも拘わらず大久保は笑いを止めようとはしなかった。
 これで江藤新平を追い詰めることができる――――――大久保はほくそ笑んだが、この時大久保は大きな失策を犯していた事に気が付くことは無かった。



「大変だ!政府が熊本鎮台に佐賀軍の鎮圧命令を下したぞ!」

 政府が熊本鎮撫台に送ったはずの佐賀鎮圧の命令――――――これを熊本の電信局より早く察知したのは佐賀の電信局の担当者であった。この当時電信はできたばかりで、熊本への電信は佐賀を経由しなければならなかった。なのでこの情報は勿論佐賀城に陣を張っていた佐賀軍に筒抜け、探知されてしまったのである。

「鎮撫隊がやってくるまでに体勢を整えるんだ!」

「負けてられるか!佐賀武士の意地を見せてやれ!」

 この政府命令を聞きつけた士族達の不満が爆発、議論が沸騰、過激化し参事の森長義ら他県出身の県官は逃亡した。この動きに対し太政大臣三条実美は佐賀出身で秋田県令であった島義勇に直接鎮撫を要請する。この要請に対し、元々佐賀の不穏な動きを憂慮していた島は『自らが行けば戦闘にならず説得できるかもしれない』と一も二もなく承諾した。
 しかしやはり佐賀出身の島では心許無いと思ったのか、翌二月九日、大久保利通に九州出張命令が下り、捕縛・処刑、兵力による鎮撫の権限を委任される。文官であるはずの大久保が軍を掌握する――――――これはかなりの異常事態であったが、しかしこれは大久保自ら名乗りを上げたものであった。

「これで・・・・・・この手で江藤を始末することができる。江藤新平、首を洗って待っていろよ!」

 狂気にも似た執着――――――それは征韓論で意見を戦わせた八月から始まっていた。岩倉使節団の一員として帰ってきた大久保は、失意の中に打ちひしがれていた。そこへ持ち上がっていたのが征韓論の話であった。結局紆余曲折の上西郷の使節派遣は無くなったのだが、その際西郷を支持した江藤の弁舌に、大久保は深く矜持を傷つけられたのである。

『行動も起こさず、ただ安全策を取るだけではこの若い国は潰されてしまう!確かに国書は受け取ってもらえなかったし感情の行き違いはあるが、話し合わずして打開策など生まれるはずか無い!』

 澄んだ、真っ直ぐな目で大久保を射抜きながら、二十代の青年のように持論を鮮やかに述べてゆく江藤の才に、大久保は嫉妬した。

『西郷殿が殺されるかもと申されるが、我が国の兵力はそこまで貧相ではない!政府の軍隊など必要ない、佐賀出身の小さな部隊でだって西郷殿に髪の毛一筋ほどの怪我を負わせたりはしない!一度や二度、断れようが関係ない。『三顧の礼』の話だってあるくらいでしょう!』

 江藤の鮮やかな弁舌にその場が流されそうに何度もなった。ある意味老獪な自分と違い、若々しく未来を見据えた江藤の言葉は大久保の嫌な部分――――――自らが嫌っている部分を浮き立たせる。そしてあろうことか、同郷の西郷まで江藤を贔屓にしていたことも大久保には許せなかった。

「江藤よ・・・・・・貴様の首、この手で掻き切ってやる!」

 暗い愉悦を伴った大久保の言葉は、誰の耳にも届く事なく大久保自身を奮い立たせるものであった。



UP DATE 2012.08.24

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シリアスな戦いの話である『葉隠の志』ですが、もう一方でこの話は濱と西義質の恋の話でもあります。二話目にしてようやくそれを出すことが出来ました^^
ただ、『葵と杏葉』シリーズの中で一番障害が多そうな恋なんですよね~。濱は先代・直正の側室であり現・主君直大の生母(という届出になっている)、家臣である西が声をかけることさえ本来許されないことなんです。その二人がどんな恋をするのか・・・・・キーワードはやはり『恋の至極は忍恋と見立て候』になるんでしょうかねぇ。ちなみに西は殆どの征韓党幹部が佐賀から鹿児島へ脱出した際にもただ一人佐賀城に戻っていった男です。ここいら辺も妄想を膨らませる部分になりましたvさらに濱にも謎がありまして・・・・・これは追々書いてゆきますね^^

あと、コワイのは大久保ですかね~。どうも江藤新平に対して個人的な恨みがあったらしく江藤の梟首の写真を配り歩いたという逸話も残っているとかいないとか・・・ここいら辺も膨らませていきたいものです。



次回更新は8/31、とうとう戦闘開始となります。
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