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「短編小説」
猫絵師・国芳

猫絵師・国芳 其の弐拾壹・荷宝蔵壁のむだ書

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長かった天保の大飢饉が終わりを告げ、ここ数年では一番の豊作だったにも拘わらず江戸の街は活気に欠け、どんよりとした重苦しい空気が漂っていた。
何故ならば水野忠邦が出した天保の改革により、華美な祭礼や贅沢・奢侈は悉く禁止されてしまったからである。歌舞伎や遊郭は勿論、それらを描いて糊口をしのいでいる国芳達にもそのとばっちりは及んでいた。稼ぎが見込める役者絵や特定の人物を描いた美人画が禁じられてしまった為、版元からの注文が減ってしまったのだ。それでも華やかな絵や風刺画を描いてしまえばお縄になってしまい生活することさえかなわない。
そんな八方塞がりの気が滅入る秋のある日、いつになく刺々しい怒鳴り声が家中に響き渡った。

「こらっ、とり!そんなところに落書きなんかするんじゃないよ!障子と違って襖なんてそう簡単に張り替えられるもんじゃないんだから!」

お滝の雷が落ちたと思った瞬間、火が付いたようにとりが泣き出す。それに連られて母親の背中に背負われていた乳飲み子のよしも一緒に泣きだした。

「おいおい、お滝。そんな剣幕で怒らなくったっていいじゃねぇか。子供がやったことなんだからよ・・・・・なぁ、とり。」

国芳は泣きじゃくる娘に手を差し伸べる。すると泣きじゃくりながらもとりは国芳の胸に飛び込みさらに大声で泣きだした。

「なに悠長な事をお言いだい!ご法度の所為であんたの稼ぎだって少なくなっているのに・・・・・襖を張り替える余裕なんて無いんだよ!まったく、親子揃って絵描き馬鹿なんだから・・・・・。」

天保の改革の影響で国芳自身が危険人物として町奉行所に睨まれている。新たな絵を描くにしろ検閲がありなかなか難しい。そのくせ国芳は法度に引っかかるかかからないかというきわどい絵ばかりを描くものだから生活はかつかつなのである。そんな余裕の無さからお滝の声が刺々しくなるのも仕方ないだろう。

「おお、怖い怖い。とり、おめぇのおっかさんは虫の居所が悪いらしい。」

なかなか泣き止まない娘を抱きかかえ、あやしながら国芳は襖に描かれた落書きを見る。そこには四歳の子供がやらかしたにはなかなか上手な猫の絵が描かれていた。二本足で立ち上がっているのはご愛嬌、どうやらその猫はお気に入りのフクらしい。そしてその絵を見た瞬間、国芳の眼の色が変わった。

「こりゃ・・・・・もしかしたら使えるかもしれねぇ!」

そう叫ぶと国芳は、とりを左腕に抱えたまま仕事場へ駆け込み、何かを描き始める。

「ちょっと、おまえさん!子供を抱えて仕事なんて・・・・・どうしちまったんだい!」

お滝の声に返事もせず、国芳はただひたすら描き続ける。普段子供を仕事部屋に入れない国芳としては極めて異例なことである。そして間もなく一枚の絵を仕上げ、いつの間にか泣き止んでいた娘に対して笑いかけた。

「・・・・・こんなところだな。とり、おめぇの絵と比べてみるか。」

そう言って国芳は描き上げた絵を手にしてとりが落書きした襖まで戻ってくる。その絵を見た瞬間、お滝は思わず眉をしかめてしまった。

「・・・・・おふざけもいいところじゃないか。いくらなんでもこれは無いんじゃないのかい?」

お滝が指摘するのも尤もであった。そこに描かれた絵はどう見ても子供の落書き--------漆喰の壁に釘で描いたような絵である。そんな筆跡で歌舞伎役者を描いていたが、金釘流でありながらその特徴を端的に捉えているのは国芳ならではだろう。

「いいんだよ。これなら『ガキの描いた絵だ!』って申し開きができるだろう。それよかお滝、とり、これが誰だか判るかい?」

国芳の質問に渋々ながらお滝は答える。

「あ、ああ、関三十郎に松本幸四郎・・・・・こっちは中村鶴蔵だろう?」

「ご明察。だったらもう少し崩して描いても大丈夫か・・・・・。」

国芳が腕を組み唸ると、とりも同じような格好をして唸る。

「やめときな。三座から苦情が出るのは目に見えているじゃないか。」

お滝はそう言って大仰な溜息を吐いたが、国芳は全く気にする風もない。むしろ『お上の規制をかいくぐれる』とばかりご満悦の笑みを浮かべ、娘のとりとはしゃいでいる。

「まったく親子揃ってしょうもない・・・・・わっちは知らないよ!」

反省の色が全く見えない娘に悪乗りする良人に対し、とうとう匙を投げてしまったお滝は二人に背を向けてしまった。



そして数日後、国芳の悪乗りに版元まで乗ってしまい、結局この絵は黄腰壁、黒腰壁の二種類も出すことになる。この悪ふざけに役者絵に飢えていた江戸町人も食いつくことになるのだが、あくまでも『子供の落書き』に規制はかけられず、奉行所の役人たちは苦虫を噛み潰した表情を浮かべながらその絵を見ることになったというのは余談である。



UP DATE 2012.8.28

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猫絵師・国芳も二年目の九月、今回を含めて残りあと4回になりました^^恋人?同士の二人と家族ができてからの二人の違いも少しは書き分けられているのかな?と思いつつあっという間にここまで来てしまったような気が(^_^;)

今回の『荷宝蔵壁のむだ書』は元祖・ヘタウマと言っても過言ではないでしょう。いくらご法度の網をかいくぐるためとはいえこれはあまりにも・・・・・と思うのですが、本人はもしかしたら楽しんでやっていたのかも、と思わざるを得ません。特に黄腰壁の方はまん真ん中に猫の絵まで描かれていて・・・・・(笑)この時上の子がかぞえで四歳ですから、ちょうどこんな感じの落書きを書く時期なんですよね~。もしかしたらそんな子どもの無邪気な落書きを見ながら、落書き風の絵を創りだしたのかもしれません。

しかし、父親と子供がしょうもないことをして母親に怒られる、っていうのは何時の時代も変わらないんでしょうかねぇ・・・(^_^;)


次回更新は9/25、『里すゞめねぐらの仮宿』をお題にお送りしますv
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