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「葵と杏葉」
葵と杏葉後日譚・葉隠の志

葉隠の志~佐賀の役・其の参

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 聞き続けていると眠たくなるような、穏やかな波の音が遠くから聞こえてくる。ようやく春の気配を纏い始めた長崎に、三条実美の命を受けやってきた島義勇は江藤新平と会談を行なっていた。

「何と、御方様・・・・・・国母様まで佐賀に入られておられるのか!」

 佐賀の事情をかいつまんで話す江藤の言葉に、島は愕然とし青ざめる。

「それだけではない。かなりの資金援助・・・・・・大殿から引き継いだ財産の、ほぼ全ての提供を受けている」

 溜息混じりに言葉を紡ぐ江藤に対し、島も首を横に振りながら重々しく口を開いた。

「御方様を・・・・・・諌めることはもう不可能なのか?」

 そんな島に対して江藤は肩を竦めながら答える。

「御方様だけではない。城に篭っている全ての藩士たち・・・・・・彼らを説得するのは至難の業だろう。すでに政府から熊本鎮撫台へ出された佐賀討伐命令も、佐賀側に漏れている」

「一体電信局は何をやっているんだ」

 政府のあまりの不手際に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる島に対し、江藤は苦笑いを浮かべながら宥めた。

「こればかりは仕方が無いだろう。熊本への電信は佐賀を経由することになっていた。もうすでに別の電信経路が確率されているようだが」

 江藤は不意に真顔になり、島の顔を覗き込む。

「征韓党と憂国党、それぞれの主張はあるがここは互いに目を瞑り、葉隠武士の矜持のために共に戦わないか?今の政府の下ではまともな国など作れるはずもない」

 熱を帯びた江藤の言葉に、島の心は傾いていく。そして江藤の言葉が終わる頃、島の決意は固まっていた。

「そう・・・・・・だな。承知した、俺もこの戦いに参加させてもらう。勿論佐賀の男として」

 その言葉に江藤は屈託のない笑みを見せ、二人は固く手を握り合った。



 この後、島と共に長崎から佐賀に戻った江藤は『決戦の議』を起草、島もこれに同調することによって征韓・憂国両党の結束が強まった。だがその一方岩村権令が熊本に到着、入県の護衛を熊本鎮台司令長官谷干城少将に依頼する。両陣営の動きが活発化する中、来る戦闘に向けて佐賀士族軍は陣を作るために移動を始めていた。

「そうですか。ようやく征韓党と憂国党がひとつに・・・・・・」

 通称『御東』こと向陽軒に移動した濱は、西の報告を聞きほっとした表情を浮かべる。

「やはり島さんの影響力は侮れません。彼の鶴の一声で憂国党が一変しましたから。しかし・・・・・・」

 言いかけながら西は言い淀む。

「しかし?」

 そんな西に対し、濱は優しく次を促す。その促しに後押しされるように西は躊躇いながらも口を開いた。

「短期間に戦闘が終われば問題ないでしょうが、長引けば二つの党は再び分裂をしてしまうかと」

「・・・・・・その前に政府軍に滅ぼされてしまうでしょうね」

 穏やかでありながら容赦のない濱の一言に、西はぴくり、と表情を強張らせる。

「大殿が作られた佐賀城は防御に関しては問題ありません。しかし政府軍が数に任せて補給路を絶ってしまえば、あっという間に兵糧攻めに合いますでしょう?それを防ぐために外に飛び出したとしても、完全に一枚板とは言えない我軍がそこを突かれてしまえば、あっという間に崩されてしまうでしょうね」

 次々と繰り出される濱の予想に西は唖然とした。まるで軍師のようなその読みに驚き、感心する。

「御方様・・・・・・戦にお詳しいのですね」

 西に指摘された瞬間、濱は頬を赤らめた。

「あ、やだ・・・・・・つい大殿が生きていらした時みたいに。ごめんあそばせ」

 少女の様にはにかみながら西に詫びる濱の笑顔に、西は胸の高鳴りを覚える。

「いえ・・・・・・そんな」

 きっと自分の顔は赤らんでいるに違いない――――――行灯の灯りだけしか無いこの場所に西は感謝した。

「大殿が生きていらした時、歓心を得たくて一生懸命軍事の事を学んだの。でも大殿の御心はお亡くなりになるまで・・・・・・いいえ、お亡くなりになってからも姫君様にありましたから」

 不意に悲しげな表情を浮かべた濱に、西は思わず身を乗り出した。

「御方様、そんな事はございませぬ!そもそも御方様は国母であらせられるじゃありませぬか。大殿だって御方様を寵愛なさっていたと下々では・・・・・・」

「・・・・・・もではございませぬ」

「え?」

 濱の声があまりに小さくてよく聞き取れなかった西は、思わず聞き返す。

「私は・・・・・・国母などではございませぬ」

 小さいながら、はっきりとした意思を持った信じられない言葉に、西は驚愕した。

「ご、ご冗談を」

 嘘であってほしい――――――そう願う西の気持ちは、あっさりと裏切られる。

「いいえ、冗談ではございませぬ。遅かれ早かれこの事は誰かに伝え、殿への連座を防がなくてはなりませんでしたから・・・・・・これはいい機会かもしれません」

 動揺する西に対し、濱は穏やかな、しかししっかりした口調で語り出した。



 どこからともなく漂ってくる火薬の匂いが部屋に充満し、行灯の光だけが二人を照らしている。

「殿は私の御子ではございませぬ。御褥御免をとうに過ぎた姫君様が・・・・・・正室の盛姫君様と大殿の間に産まれた御子でございます」

「な・・・・・・!」

 直大が濱の子ではないという事実以上に、衝撃的な告白に西は言葉を失った。

「さすがにこの醜聞を表に出すことだけはまかりならぬと、姫君様の侍女であった我が母・風吹が当時九つであった私に白羽の矢を立てたのです」

 風吹という名に聞き覚えがあった西は、思わず濱に尋ねる。

「風吹様、というと、武雄の前領主の側室だったお方でございますか?てっきり御方様は鍋島茂卿様の娘だと・・・・・・」

 その事にも西は愕然とした。同じ鍋島を冠しながら、親類同格の武雄領主と家老格の太田鍋島家では家格が違いすぎる。武雄領主の娘であれば藩主の正室は難しくても、藩主の兄弟の正室になっても何らおかしくない身分である。

「ええ。父や母の身分では家格が高すぎるということで、私は太田鍋島家の養女として側室に入りました。大人たちにとってはただの辻褄合わせだったのでしょうけど、私は・・・・・・本気で殿をお慕いしておりました。それが叶わぬ想いだと解っても」

 濱の目から涙がほろり、と落ちる。その美しい涙を拭い、心細気な細い肩を抱きしめたいという衝動に駆られながらも、西は強靭な理性でそれを押さえつけた。

「しかし、昶姫様は・・・・・・」

「あの子は、大殿とのたった一度の契で授かった子です」

 寂しげな笑みを浮かべながら濱はぽつぽつと語る。

「その時、どんなに嬉しかったか・・・・・・やっと私の想いが殿に通じたと喜んだものです。しかし忙しさもあったのでしょう、それからなかなか私の許へは通ってはくれなくなってしまいました。それでも他の側室達よりは多かったですが」

 新たな涙が濱の目から溢れだした。

「そもそも武雄領主と旗本の娘という、絶対に結ばれるはずのない二人から産まれた娘です。私はこの世に存在してはいけない・・・・・・」

「そんな事はございません!」

 思わぬ西の大声に、濱はびっくりして目を丸くする。

「あ・・・・・・申し訳ございません。しかし、『この世に存在してはならない』者など誰もおりませぬ。現にそれがしは・・・・・・」

 思わず零れそうになる己の想いを西は飲み込む。

「・・・・・・御方様は我らが同志にございまする」

 己の想いを殺した西の一言だったが、ほんの僅かこぼれ落ちてしまった想いを濱は感じ取ってしまった。だが、それを言葉に出すことは濱には許されない。それが先代の側室という立場なのである。

「・・・・・・ありがとう。これで私も心おきなく死ぬことができます」

 それが最大限、濱が西に対して言える言葉であった。

「御方様!」

 死、という言葉に気色ばむ西だったが、濱は先程とは違う屈託のない笑みを浮かべる

「同志――――――そう言って下さったのはあなたでしょう?もし、私に死なれたくないのであれば・・・・・・生きのびて、見張っていてくださいな。でなければ、私は大殿の許へ逝ってしまいますよ」

 まるで少女のようなその笑みは、すっ、と西の前から消えてしまいそうな儚さも持ち合わせている。思わず手を差し伸べたくなるのをぐっ、と耐え忍びながら西は絞りだすような声で濱に告げる。

「御意。どんなことがあっても・・・・・・たとえ戦場に出向くことがあっても必ず御方様の許へ帰ってきます。だから、御方様も・・・・・・」

 それ以上の言葉を継ぐことができず、西は嗚咽を漏らした。



 政府陣営が動き出したのは二月十四日である。政府からの鎮圧命令を受けた熊本鎮台だが、兵の中にも佐賀出身が多く、鎮台全体に動揺が広がっていた。そんな事もあり司令官の谷干城は『援軍を待って進軍したほうがいいのでは?』と主張しのだが、権令の岩村高俊の強い意向で進軍が開始されたのである。
 岩村権令と山川浩少佐の左半大隊は海路を、佐久間左馬太少佐の右半大隊は陸路から佐賀に向かった。そして諜報からその情報を得た江藤と島は矢継ぎ早に兵士たちに指示を出す。

「皆の者!本丸南の中館と向陽軒に武器を集中しろ!熊本鎮撫台は県庁のある本丸に入るはずだ!あそこを狙うには南の中館と向陽軒しかない!」

 その指示に兵士たちは大砲を二箇所に集中させ、県庁のある本丸に狙いを定めた。佐賀城のことは自分たちが一番良く知っている。政府軍は間違いなく県庁のある本丸に入るだろう。そこに敵を誘い込み堀を挟んだ東と南から集中砲火を浴びせる――――――二の丸、三の丸、そして武器庫の百間蔵に予め火薬を仕掛けて周囲を火の海にすれば、逃げることも難しくなる。本拠地故、佐賀城の弱点を知り尽くした江藤達の作戦であった。さらに筑後川の防衛線で右半大隊の合流を阻み、政府軍の戦力を半減することも江藤たちは忘れなかった。
 そして佐賀士族側の準備が完了した二月十五日、海路軍を率いた岩村高俊らが佐賀城に入城すると、江藤らは政府の真意を確かめる為と称し、山中一郎を代表として政府軍に派遣した。しかし岩村の答えは案の定にべもないものであった。

「答える必要など無い!政府の命令だ!貴様達を討伐する!!」

 その返答を受け、江藤たちはやはり、とばかりに頷く。

「決まりだな・・・・・・今夜、砲撃を開始する。さすがに強行軍で疲れているはずだし、右半大隊が合流する前に左半大隊を潰さなくては我らに勝機はない!」

 江藤の激に武装した兵士たちは鬨の声を上げた。そしてすぐさま配置につく。

「砲撃、始めぇ!!」

 江藤の声が闇夜に響く。その次の瞬間、紅蓮の炎が闇を染め、数十もの砲弾や何百もの銃弾が一斉に佐賀城に向かって襲いかかった。



UP DATE 2012.08.31

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緊張が高まっていた政府軍と佐賀士族軍の戦いの火蓋が切って落とされてしまいました。しかも佐賀軍は自らの居城に敵を追い込み砲撃をするという・・・・・これを知った時びっくりしたのですが、確かに自分たちの城であれば長所も短所も全て解っているわけですから、攻撃しやすいっちゃあしやすいんですよね(^_^;)城に対する思い入れもへったくれもないという・・・・・私なんて敷地内に象がいるよ~な城だって思い入れがあったりしますのに(笑)
この緒戦の顛末は次回に持ち越しになりますが、自分たちの城に向けて銃口を向ける覚悟で戦った佐賀兵士達の覚悟を考えれば自ずと結果は判るかと思います^^

一方西と濱の関係ですが、どうやら濱も薄々西の気持ちに感づいたようです。だからといってすぐに靡くような子じゃありませんが・・・濱には直正への想いがまだ残っていますしね。果たしてこの二人の想いは通じる事はあるのでしょうか?微妙な均衡を保ちながらの二人の関係もお楽しみくださいませv


次回更新は9/7、佐賀城への砲撃の結果、そしてとうとう嫉妬の鬼と化した大久保利通が戦場に登場いたします。
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