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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・秋冬の章

秋霖の盗賊・其の壹~天保四年九月の恋情

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 しとしとと降りしきる秋霖の音と、とんとんと軽快に何かを切る包丁の音が小さな九尺二間に響く。その軽快な音に気が付き、恭四郎はゆっくりと瞼を開けた。隣に寝ていた筈の澪の布団は既に畳まれ部屋の隅に収められている。恭四郎はそれを確認しながら上体を起こした。

「・・・・・・今日も雨か。本当に飽きもせずお天道さまは雨を降らずぜ」

 天に毒づいても雨が止んでくれる筈もない。これでは恭四郎の『表芸』である左官の仕事もできず、ここ最近すっかりご無沙汰している泥棒稼業をしなければ生活が成り立たなくなるだろう。否、一人暮らしだったらとっくの昔に人の家から金品をくすねて生活をしていただろうが、澪のやりくりのお陰でここまで持っていると言っていい。

「おい、お澪。まだ納豆は残っているか?こんな雨じゃあ納豆売りもなかなか来てくれねぇだろう」

 こんなに雨が続いては、来てくれる物売りも限られてくる。好物の納豆でさえも食卓に上がらなくなる日も近いのでは、と不安になり恭四郎は思わず澪に尋ねる。そんな恭四郎の声に反応して包丁の音がぴたり、と止みパタパタと軽い足音が近づいてきた。するとひょいと顔をのぞかせた澪が納豆が入った藁苞を恭四郎に見せる。

「何とか一日二日、ってところか。買いだめしておいてくれていたのか、澪?」

 心なしか嬉しげに跳ねる恭四郎の言葉に澪はこくん、と頷いた。



 あの忌まわしい事件から三ヶ月――――――澪の喉の傷はだいぶ良くなっていたが未だ声は戻らない。恭四郎と幼馴染というよしみで澪の傷を診ている澄庵曰く『心情的な部分もあるのだろう』と言い出した。

「傷は完全に治っているし、声だって出る筈だ。しかしずっと声を出していなかった訳だし、傷の引き攣れもあるだろうからそれで声を出す勇気が出ないんだろう。それに恐ろしい目にも遭っているんだし・・・・・・」

 そう言いながら恭四郎をちらりと横目で見る。

「少しは気を遣ってやっているのか、恭四郎?自分を暴行した男と同居しているんだ、恐ろしくて声が出せない・・・・・・って訳はないか。」

 診察が終わるなり恭四郎に寄り添う澪を見て、澄庵は軽く溜息を吐いた。

「まるで新世帯の夫婦じゃないか。しかも丸髷まで・・・・・・お前の指図か、恭四郎」

 からかい半分に澄庵は恭四郎に尋ねる。

「ち、違ぇよ。確かにこっちの方が八丁堀に声をかけられずに済むけどよ、こいつが進んで丸髷を結っているんだ。俺が指図しているわけじゃねぇ!」

 少し照れているのか、ぶっきらぼうに澪を肘で小突きながら恭四郎は唇を尖らせた。

「・・・・・ってことはお澪さんだってまんざらじゃないってことだろう?いっそ本当に所帯を持ったらどうだ?」

 澄庵の言葉に恭四郎は途端に茹で蛸のように顔を真赤にした。

「な、何言ってやがる!この藪医者!」

 慌てふためく恭四郎だったが、澄庵は至って真面目である。

「親父さんだって不肖の四男坊を心配しているぞ。一体何年顔を見せていない?お澪さんと一緒に行けば勘当だって解いてくれるさ。これを機会に親父さんに頭を下げろ、恭四郎」

 どうやら澪には預かり知らぬ複雑な事情があるらしい。心配そうな表情を浮かべる澪を置いてけぼりにして澄庵は恭四郎を説得するが、恭四郎は頑なにそれを拒んだ。

「今更・・・・・・合わす顔なんてねぇよ。」

 小さな声で呟く恭四郎に、さらに澄庵が追い打ちをかける。

「親父さん、身体を悪くしちまって隠居したぞ。家督を継いだ恭一郎さんだってお前のことは心配している。いっそこれを機会に泥棒稼業から足を洗ったらどうだ?」

「・・・・・・師匠が遺した借金がなけりゃとっくに脚を洗っているさ」

 恭四郎を泥棒稼業に縛り付けているもの、それが師匠が遺した借金であった。それを持ちだされてしまっては澄庵も二の句が継げない。
 その時である、澪が懐から懐紙と矢立を取り出し、何かをサラサラと書いて澄庵に見せた。

「なになに・・・・・『そろばんを貸してくれ』?お澪さん、算盤の嗜みがあるんですか?おなごなのに?」

 怪訝そうに尋ねる澄庵の言葉に澪は頷いた。商家の娘でも算盤ができるものは極めて稀である。むしろ『表』にいらぬ口出しをしかねないと学ばせない事が殆どだが、息子夫婦の子育て、特にわがまま放題育てる嫁の子育てに不快感を感じていた澪の祖母が澪に算盤を仕込んだのだ。どうやら恭四郎の借金について、澪にも思うところがあるらしい。

「そうか・・・・・・こいつは数字はからっきしだしな。判りました、古い算盤をお貸ししましょう。今度の診察の時に返してくれればいいですから」

 澄庵は笑顔を見せ、引き出しの奥から算盤を引っ張り出し澪に渡した。

(やはりお澪さんも、恭四郎が悪党どもに良いように使われていると思っているのか・・・・・・)

 澄庵も以前ちらっ、と恭四郎が渡された返済書を見せてもらったが、どう少なく見積もっても三十両近くはあった。あれから一年は経過しているから既に三十両は超えているだろう。利子を考えても只働きは仕舞いにしてもいいのではないかと思う。恭四郎の矜持を慮って澄庵自ら借金について口を出さなかったが、澪ならば恭四郎も胸襟を開くのではないか・・・・・・澪に期待をしつつ澄庵は仲良く寄り添う二人を送り出した。



 納豆と味噌汁、そして七分搗きの飯だけの朝食を食べ終えた後、澪は借りてきた算盤を弾き始めた。実はこれが三回目の計算である。
 澄庵から算盤を借りてきた昨晩のうちに澪は二度ほど計算をしていたのだが、納得がいかなかったのか小首をかしげてそのまま寝てしまった。そして疲れも取れた朝食後、再度挑戦を始めたのである。真剣に算盤に向き合う澪の横顔を恭四郎は飽きもせずじっと見つめている。

(所帯・・・・・・か)

 実は恭四郎は澪を暴行したあの夜以降、澪を一度も抱いてはいなかった。最初は怪我に障ってはいけないという気遣いからだったが、傷が治っても何となく機会を逃してしまい、枕を並べながら関係を持たないという奇妙な――――――まるでままごとの夫婦のような生活をしている。

(借金を綺麗さっぱり返したら盃でも交わすか)

 そもそも澪だって逃げ出すことなく、丸髷まで結って一緒に暮らしているのだ。きっと自分の気持を受け入れてくれるだろう。

「おい、澪・・・・・・」

 真剣に算盤を弾いている澪に恭四郎が声をかけた瞬間、澪の手がぴたり、と止まった。そして何かをさらさらと書き付けると、青ざめた顔でその書付を恭四郎に見せる。それを見た瞬間恭四郎の表情も強張った。

「・・・・・・これ、本当か?」

 怒気さえ含んだ低い声で澪に尋ねる。そんな恭四郎の声に怯える風もなく、澪は真剣な表情で深く頷いた。澪の書付――――――そこには『金 五十七両、銀三分』と書かれていたのだ。俄に信じられないといった恭四郎に対し、澪はさらさらと何かを書く。

『両替の金と銀の比は少なめに見積もってありますから、三両くらいこれより高いかも』

「何だって!」

 恭四郎は眉間に皺を寄せた。確かに借りていた金に利息は付くだろう。しかし元金のおよそ二倍――――――これはあまりにもひどすぎる。きっと熊五郎もそれを承知で恭四郎をこき使っていたのだろう。

「澪、俺はこれから陸奥へ逃げる。あいつらは江戸より北にはいかねぇから。おめぇはどうする?番屋に駆け込むか、それとも・・・・・・」

 そう言いかけた恭四郎の袖を澪は強く引っ張った。じっと恭四郎を見つめるその瞳は、恭四郎に付いて行きたいと訴えている。

「そうか。大変な旅になっちまうが許して・・・・・・!」

 そう言いかけた恭四郎が不意に言葉を飲み込む。その時、雨音とは明らかに違う、激しく戸を叩く音が閉めてある戸口から聞こえたからだ。

「澪!奥で大人しくしていろ!もし、俺に何かあったら急いで番屋に逃げこめ、いいな!」

 低い声でそれだけまくしたてると、恭四郎は澪の頭の上から布団を被せ、自ら戸口へと向かう。

「誰た!」

 恭四郎は護身用に置いてある木刀を手にすると、外にいる者に向かって声をかけた。

「俺だ。忘れたとは言わせねぇぜ」

 錆を含んだ耳障りなそれは、熊五郎の声であった。恭四郎はいきなり中に踏み込まれなようにほんの僅かだけ引き戸を開く。そこには蓑笠を被った熊五郎がいた。

「久しぶりだな、恭四郎」

「・・・・・・また随分と早い江戸へのご帰還で」

 不機嫌そうな表情も顕わに恭四郎は熊五郎を睨みつける。

「だいぶ不服そうだな。今夜から仕事だ」

「断る!」

 間髪入れずに熊五郎の言葉を撥ね付けた恭四郎の言葉に、熊五郎は左の眉だけを跳ね上げる。

「何だって?・・・・・貴様、借金があることを忘れちゃいねぇだろうな!」

 引き戸に手を掛けながら熊五郎は凄むが、恭四郎も一歩も引かない。

「師匠の借金か・・・・・そいつだが、すでに俺は五十七両も返しているじゃねぇか!あこぎな烏金だってもう少しましな利息だぜ?もう俺に関わるのは止めてくれ!」

 恭四郎は熊五郎に怒鳴りつけると勢いに任せて引き戸を閉めようとしたが、それよりも先に熊五郎が脚を入れ、戸が閉まるのを邪魔する。

「そう簡単に足抜けされちゃあ困るんだよ、恭四郎」

 その瞬間、恭四郎の目が驚愕に見開く。その視線の先には無骨な手に握られた短筒の銃口があった。

「別にここでおめぇを殺して、中にいる貴様の情婦を姦っちまってもいいんだぜ?」

「な・・・・・!」

 下卑た熊五郎の言葉に恭四郎は返す言葉を失う。

「なかなかの美人と乳繰り合っているそうじゃねぇか。近所のババァ連中が聞きもしねぇのにぺちゃくちゃと喋ってくれたぜ」

 熊五郎の一言に恭四郎は唇を噛み締めた。すでに澪の存在まで把握されているとは・・・・・・自分に何かあったら間違いなく澪は熊五郎達の毒牙にかかるだろう。悔しかったがここは素直に折れるしか無い。

「・・・・・・解った。場所は?」

「日本橋、伊勢屋だ。刻限は夜四ツ半、日本橋の擬宝珠の前だ。時の鐘ひとつでも遅れたら新實を寄越す――――――逃げようなんて馬鹿なことを考えるなよ!」

 それは死刑宣告と同様の意味を持っていた。

「・・・・・・承知」

 ここはこう答えるしか澪を守る方法はない。不本意ながら恭四郎は諾の返事をする。

「じゃあな。色ボケしていないことを祈ってるぜ、色男さんよ!」

 悔し気な恭四郎の表情に満足したのだろう、高笑いをしながら熊五郎は秋霖の中へ消えていった。



 熊五郎が去ったあと、恐る恐る澪が奥から出てきた。

「心配させたな、澪・・・・・・どうやらそう簡単に足抜けできそうになさそうだ。折角算盤を弾いてくれたっていうのによ」

 微かに笑いながら恭四郎は澪の頬にそっと手を触れる。

「・・・・・・おめぇとの夫婦ごっこもこれまでだ。俺はこれから奉行所へ出向いて、奴らの仕事の事を密告してくる」

 その瞬間、澪は恭四郎にしがみつき、激しく首を横に振る。

「・・・・・・か、ない、で。お願い・・・・・・」

 微かに、しかしはっきりとした言葉が澪の口から零れた。

「澪?おめぇ、声・・・・・・・」

 澪の声が戻った――――――その事に恭四郎は嬉しさを覚えるが、澪はそれどころでは無かった。

「い・・・・・・かない・・・・・・で。死罪に・・・・・・なっちゃう」

 奉行所に出向けば恭四郎自らも罪に問われるだろう。澪が必死にまとめあげた借用書の数字も恭四郎に不利に働いてしまう。恭四郎にしがみつき、泣きじゃくる澪をそっと抱き寄せながら恭四郎は穏やかに澪に語りかける。

「それは仕方ねぇさ。だがよ、あいつらに殺されちまったらおめぇが何をされるか判ったもんじゃねぇ。少なくとも奉行所にチクれば、おめえの無事は保証される」

 にっこりと笑うと、恭四郎は泣きじゃくる澪の唇に己の唇をそっと重ねた。



UP DATE 2012.9.4

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身体の関係こそ無かったものの、何となく夫婦のような生活を送っていた恭四郎と澪に熊五郎一味の影が忍び寄って来ました。しかも熊五郎は短銃も手に入れたようで・・・・・およそ三ヶ月のささやかながら幸せな生活が終わりを告げようとしております(>_<)果たしてこの二人の未来はどうなってしまうのでしょうか?どっちに転がっても恭四郎の未来には暗雲が立ち込めております。

本当は本編で書かなければならないのですが、書けなくなる可能性もあるので恭四郎の生い立ちを少々(^_^;)
実は恭四郎、御家人の四男坊なんです。でも長男以外は武士の子でも悲惨なもの、恭四郎もご多分に漏れず奉公に出されてしまうのですが、奉公先を逃げ出したり親と大げんかをしたり・・・・・最終的に家出同然に飛び出し、泥棒の師匠で左官職人だった独眼の和吉のところに転がり込んだという設定になっております。
なので表芸が左官職人なんですよね~。ちなみに澄庵とは御家人の息子だった時分、同じ時期に学問所に通っていた仲でございます^^

次回更新は9/11、旅行中なんですが予約投稿で仕込んでいきますvあわよくば★付きで・・・宜しかったらお待ちくださいませね♪

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