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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第三話 上洛・其の参

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鳩が豆鉄砲を喰らったような-------------そんな言葉がぴったり来るような表情を皆浮かべる。それもそうだろう。出会って早々『対長州浪士の捨て駒にしようとしている。』と言われて呆気に取られない人間はいない。しかも彼らはあくまでも『公方様の護衛』の為に上洛したのであって、世間を騒がせている不逞浪士と戦いに来たわけではないのだ。もし長州藩の不逞浪士と戦う場面に出くわすとしてもそれはあくまでも将軍護衛の仕事の延長上でのこと-----------そうとばかり思っていたのである。
 だがそんな中、冷静沈着に、なおかつ剛胆なところを見せたのはやはり近藤であった。

「そうなると妻子のいる者は江戸に帰した方が良さそうだな。どうやら私が想像していたより状況は物騒だ。阿比留君、と言ったね。忠告、感謝するよ。ありがとう。」

 近藤はこの状況に似合わない満面の笑みを浮かべると、未だ緊張の解けぬ阿比留の肩をぽんぽんと叩いた。

「近藤さん!そんな呑気なことを!」

 今まで大人しく話を聞いていた藤堂が咎めるような口調で近藤を制する。だがそんな藤堂を尻目に近藤は何とも脳天気な発言を続けた。

「呑気じゃなければ浪士組に参加なんかしていないさ。」

 いつもの事ながら、周囲の者は近藤のこの発言に脱力感を覚えずにはいられない。楽天的すぎるというか危機感を全く感じられないのだ。その泰然自若とした風情は地中に深く根を張った大木のようでもあり、何となく周囲の者を『そんなものなのかな?』と思わせてしまうところがある。
 だが、さすがに今回ばかりはそんなものかな?では済みそうもなく、近藤の身の危険を感じるととことん疑り深く、そして攻撃的になる右腕が動き出す。

「近藤さん、そもそもこの男の話を鵜呑みにしてもいいのかよ?もしかしたら清河の回し者かも知れねぇぞ。」

 頭の天辺から爪先まで値踏みするように土方は鋭い視線で阿比留を睨み付けた。

「嘘だったら腕の一本や二本じゃ済まねぇのは覚悟の上だろうな?」

 だが阿比留は近藤に肩を叩かれたことでだいぶ落ち着きを取り戻したらしく、土方の脅しに臆することなくまっすぐに土方を見つめる。

「確かに殿内の身内の話ですから信じて貰えないのも仕方ないと思います。だけど・・・・・あの優しかった先輩が志ではなく出世のために人を陥れる事に我慢がならないのです。殿内は私にはっきりと『鵜殿様に取り入り、幕臣の身分を手に入れる。その為には使い捨てに出来る捨て駒が多く要るのだ。』と申しました・・・・・それが情けなくてなりませぬ。もし私を疑わしいと思うのでしたら・・・・・・今更殿内の許に戻る気もございませぬ。ここで斬り捨てて下さいませ。」

 あまりにも悟りきった阿比留の言葉に嘘はなさそうである。

「君の言いたいことは解った。この状況の中、どうなるか判らないが心に留めておこう。」

 近藤にしては珍しい、奥歯にものが挟まったような物言いに土方が余計な一言を付け加える。

「・・・・・近藤さん、はっきり言っちまった方がいいんじゃねぇか。事と次第に寄っちゃ殿内を殺すかも知れねぇって。」

 土方の容赦ない言葉に、さすがに阿比留の顔も青ざめた。土方の口の悪さは慣れている者でさえどきりとさせられる。初めての者ならなおさらだ。さすがにこのままじゃまずいと沖田は顔面蒼白の阿比留に対し慰めの言葉をかけた。

「土方さん、いくら何でもいじめちゃかわいそうじゃないですか。阿比留さん、すみません。土方さんそんな気は毛頭無いんですよ。そもそも-----------。」


-------------本気だったら所縁のある人には言わないものですよ。


 沖田はその言葉を呑み込む。そもそもここにいる人間で、人を斬り殺した事がある者は斉藤以外いないはずだ。それも自分が殺されるかも知れないという状況の中であると聞いている。
 ただの浪士であれば逃げれば済む状況でも臨時雇いとは言え幕府や藩に雇われればその命令に従わなくてはならないし、逆に命じられればどんなに殺したくても殺すことは出来ない。
 それよりも今まで生きた人間を殺したことが無い者が、命令されたとしても人を殺せるものなのだろうか。そちらの方に沖田は不安を感じている。
 沖田自身も浪士隊に参加する前に『試し切り』を試衛館の皆と共に経験したきりなのだ。技術はあれどいざその場に立ち会ったら--------------考えるだけで背筋に寒いものを感じてしまう。

(この上洛、私たちが思っていたものよりもよっぽど血なまぐさいものになってしまいそうですねぇ。できれば生きている人間を斬らずに済みたいものですけど。)

 後に『新選組一の人斬り』と恐れられることになる二十歳の青年は、漠然とした不安を抱えながら青ざめ、小刻みに震える阿比留を慰め続けた。



 阿比留の話が終わった後、集合させた試衛館関係の面々を前に近藤は簡単に事情を説明した。そしてあまりに危険な状況を鑑みて妻帯者は速やかに江戸へ帰還するように説得する。だが、浪士組に参加するほどの面々である。そう簡単に江戸帰還を納得するものは少なかった。そして特に近藤の言葉に反対し、京都に居残ると言ったのは他でもない沖田の義兄・林太郎であったのだ。

「近藤先生!お願いします!帰還させるのは総司にして下さい!その代わり私が京都に残ります!」

 近藤の説得にも納得せず、林太郎は詰めより、懇願する。

「確かに私は妻帯しております。しかし・・・・・沖田家の血を引いた唯一の男子は総司なんです!だから・・・・・。」

「林太郎義兄さん!」

 林太郎の言葉を鋭く遮ると、沖田は林太郎の腕を掴み無理矢理立たせた。

「すみません、どうやら義兄は矜持を傷つけられたと思って少々興奮しているようです。この件に関して兄弟で話し合いをしてきますので席を外す失礼、お許し下さい。」

 沖田はそう言うと林太郎引きずるように外に出た。京都に到着した頃にはちらほらしか咲いていなかった桜の花は七分咲きまでになっている。

「義兄さん、気持ちは大変ありがたいのですが・・・・・私に気を遣うのは止めてください。」

 静かに、しかし有無を言わさず沖田は林太郎に告げた。確かに気持ちは有り難いが義兄には二人の子供とみつという妻がいるのである。これから何があるか判らない状況の中、妻子持ちの林太郎が京都に居残るのは無責任すぎる。

「しかし・・・・・『本当』の跡取りは・・・・・。」

 それでもなお渋る林太郎に対し、沖田はとうとう言葉にしてはならない、本質の問題点を林太郎に突きつけた。

「何を言っているんですか。沖田家の株を買ったのは--------------『おみつ義姉さん』の父上ですよ?確かに私は沖田家の血を引いているかも知れませんが、正式な手続きを経て株を買った義父の娘であるおみつ義姉さんとその夫の林太郎義兄さん、あなたたちこそ本当の跡取りじゃないですか。」

 静かに、だが力強く沖田は言い放った。



 沖田総司は白河藩に代々仕える江戸詰下級藩士の次男として、白河藩下屋敷で誕生した。その際母親は産褥で亡くなっており、父親である沖田勝次郎も弘化二年十月二十日に二歳の沖田を遺して逝ってしまったのだ。
 不幸な事は続くもので、この時期白河藩では財政悪化による藩士の大量解雇が行なわれた。もちろん家長を失った沖田家はいの一番に解雇の標的にされ、沖田家は白河藩士としての禄を取り上げられてしまったのである。しかもぎりぎりの生活を送る同僚も幼子だった沖田を引き取る事が出来ない。
 親類縁者もすでになく、どうすることも出来なくなったまさにその時、沖田を救ってくれたのが白河藩に出入りしていた井上宗蔵の弟・林太郎元常だったのである。

「身寄りが無いならこの子を引き取っても宜しいでしょうか?」

 元常にはみつときんという二人の娘がおり、すでに甥の林太郎房正を婿養子にする約束を取り付けていたが、さすがに二歳の幼子を放っておくわけにもいかない。さらに幼子が男の子だったというのも元常の心を惹きつけた。兄の好意で分家を許されたものの男子に恵まれなかったからかもしれない。

「この子は責任を持って私が育てます。引き取らせて下さい。」

 幼子が元常にすぐ懐いたというのも元常の心をくすぐった。本当ならば宗家である兄の許しを得なくてはならないのに幼子を引き取ることを藩に申し出てしまったのである。勿論、藩としては否やはないが、武士の子をただでくれてやるわけにはいかないと保証金代わりに沖田家の武家株を買わされたのである。
 どちらにしろ武家株は買う予定だったのだが、計算違いは幕臣である御家人株ではなく陪臣の藩士株と言うところだろうか。しかし、どちらにしろ解雇直前の藩士株だけに価格は御家人株の三分の一であったし、それ以上に幼子を放っておくわけにもいかなかった。元常は二つ返事で承諾し、御家人株の証書と幼子を自宅に持ち帰ったのである。



 二人の義兄弟の間に春の生暖かい風が吹き抜ける。

「だがな、総司・・・・・叔父上は純粋におまえをかわいいと思って引き取ったが俺の親父はそうじゃない。沖田家の株を横取りしようとしたんだぞ。だから・・・・・もう少し自分を大事にしろ!おまえこそ俺たちに気を遣いすぎるんじゃない!」

 林太郎にとっても沖田は実の弟同然の存在である。それだけに義弟の遠慮が歯がゆくて仕方が無かった。



 勢いのまま幼子だった沖田を貰ってきてしまった林太郎だったが、林太郎以上に幼子を喜んだのは妻と二人の娘達であった。死亡率が高い江戸時代、身よりのなくなった子や捨て子を育てるのは普通であったし、役所からそこそこの手当も出る。中にはその手当を目当てに捨て子を拾い、手当を貰った後でむごい目に遭わせるという事件もあったが、井上家改め沖田家ではそのようなことは一切無かった。むしろままごとの延長の如くつい手をかけすぎ、しばしば両親に怒られる義姉達であったが、それだけ実の弟と変わらぬ愛情を沖田は注がれていたのである。

 だが、いつの時代にも心ない人間はいるものである。その筆頭が元常の兄であり、林太郎の父親である宗蔵であった。弟が連れてきた幼子に有無を言わせず自分の一文字を入れた『宗次郎』という名前を付け、『この子は沖田家の次男であり、武家としての沖田家を継ぐのは我が息子、林太郎である。』と宣言したのである。確かに自分の弟より息子の方がかわいいし、持たせることが出来るなら武家の身分も持たせてやりたいと思うのが親心である。しかし宗蔵のそれは度を超えていた。沖田が物心つく頃には『お前は貰われ子だ。』と事あることに吹き込み、邪険に扱いだしたのである。

 もちろんこのようなことで家族の対応は変わることはなかったが、沖田の幼い心に家族に対する遠慮が生まれてしまったのはごく自然な成り行きであった。そして元常の死をきっかけに傾きかけた沖田家の負担を少しでも軽くするため、そして宗蔵の嫌がらせから逃れるため奉公に出ると自ら志願したのである。
 もちろん林太郎も姉たちも引き留めたが生活苦はどうしようもない。ならばせめて武士らしさを保てるようにといくつかあった候補の中から試衛館の内弟子と言う名の奉公を選んだのである。
 そんな過去を持つだけに林太郎にも沖田に対して負い目がある。だからこそ自分が残ると申し出たのである。しかし、それを止めたのは他でもない沖田であった。

「藩内でも引き取り手が無かった私を引き取り、育ててくれたのは林太郎義兄さんやおみつ義姉さんたちじゃないですか。だからこそ・・・・・いつ死ぬか判らない京都に残って欲しく無いんです。」

 沖田は一言一言噛みしめるように呟く。

「それに私は沖田家の一員である前に試衛館の一員です。どんなことがあっても近藤先生をお守りする、それが塾頭の務めなんです。だから・・・・・お願いです。江戸に、おみつ義姉さんの許へ帰って下さい!」

 沖田は叫び、林太郎に対してこれ以上はないくらい深く頭を下げたのだった。



 最終的に試衛館一門で残ることになったのは近藤を筆頭に土方、山南、井上、永倉、原田、藤堂、斉藤そして沖田の九人に決まった。後の者達は鵜殿に申し出て帰還させて貰えるよう手配するつもりだった。そう、この帰還はあくまでも試衛館の都合であって浪士組全体の話では無かったのである。しかし、殿内立ち会いの下、その申し出を聞いた鵜殿は目を輝かせた。

「帰還か-----------悪くないな。」

 鵜殿は顎に手を当てながらうむ、と唸る。

「確かに京都でのさばらせておくよりは江戸で監視した方がいいかもしれぬ。」

 殿内の表情が変わったことに気がつかず鵜殿は晴れやかに笑う。

「江戸帰還の件、取締役協議にかけてみよう。遅くとも三日後には結論を出せるだろう。しばらくは清河と行動を共にしなくてはならないが、そなたの道場生の身の安全は私が保証しよう。」

「かたじけのうございます。」

 江戸帰還の許可どころか、帰還する道場生の身の安全まで保証して貰えるとは思わなかった近藤は、鵜殿に対して深々と頭を下げた。



 そして三日後の三月三日、浪士組に江戸帰還命令が下ることになる。



UP DATE 2010.02.19


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本編に入って三話目で沖田の衝撃の過去暴露です(笑)。とりあえずこの話においてのトンデモ設定はこれくらいだと思うんですけど・・・・・自分でもどうなるか判らないんですよねぇ(おいっ)。後はすでに『幕末歳時記~夏越しの祓』&別巻『横浜慕情』ですでに書いてありますので、残りは史実に乗っかっていくかと思われます。

総司と姉二人には血の繋がりがない--------------実はこの説、『沖田総司おもかげ抄』に掲載されていたものです。詳細は割愛しますが専称寺の過去帳やその他の資料を記録のまま取り出して整理すると『二人の林太郎』が出てくるらしいんですよ。
もちろんこの説は新選組研究者の中では邪道視されていますけど(爆)、某研究者が証明しようとしていた『総司、おみつ実の姉弟説』の解説があまりにも非道くて・・・・・残された資料の半分近くを『記載ミス』で片付けますかねぇ(苦笑)。
むしろ総司の伯父さん『宗蔵』と『惣蔵』の漢字表記の違い一箇所だけとしたほうが納得できましたし(実際総司も惣司とかって記載されていたりします。)あくまでも史実研究ではなく小説だということで『おもしろさ』を優先させました。『ついていけねぇ。』って思う方は無理をしないで下さいませね~v

次回更新は2/26、会津藩へ嘆願書を提出するまで持って行きたいです(^^)


《参考文献》
◆新選組日誌(上)  新人物往来社
◆沖田総司おもかげ抄 森満喜子著  新人物往来社

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