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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・秋冬の章

枯れ紅葉、散りぬれば・其の壹~天保四年十月の休息

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今年の紅葉は何と嫌な色をしているのだろう―――――紅葉山文庫へ向かう道を歩きながら、吉昌は微かに眉を顰めた。例年なら錦繍の如く鮮やかに染まる紅葉山だが、今年の紅葉山はどことなくくすんでいる。よくよく見ると紅く染まる前に枯れ始めている葉さえあり、吉昌は今年の天候不順を嘆いた。

「紅葉でさえこの為体だ。米が出来ないのも当たり前だな。」

 米や紅葉だけではない。全ての生きとし生けるものが今年の寒い夏に未だ翻弄されているのである。だが、人の力でどうにもならないことを嘆いていても仕方が無い。諦観の溜息をひとつ吐きながら、吉昌は老中・大久保が待っているはずの御文庫の中へ入っていった。



 ご文庫の小さな一室では、大久保が何か報告書らしきものを読みながら吉昌を待っていた。吉昌は部屋の前で一礼すると、するりと大久保の前へ滑り込んだ。

「山田、とうとう新實が尻尾を出したようだな。それらしい男が江戸の各所で目撃されたそうだ。」

 挨拶もそこそこに大久保が話を切り出し、手にしていた報告書をぽん、と吉昌の前に放り投げる。どうやら報告書は新實関連のものらしい。そんな大久保の言葉に、吉昌はさらに渋い教条を浮かべながら答える。

「しかし、・新實には逃げられてしまいました。しかも町奉行配下の同心二人を犠牲にして・・・・・。」

 これには正直吉昌も驚いていた。確かに試し切りの腕は優れていた新實だが、生きている人間を斬るのは全く別物である。しかも相手は常日頃犯罪者と対峙している町奉行配下の同心二人だ。それを一瞬にして殺害するとは・・・・・この十年以上に渡る歳月の中、新實は殺人の味を覚えてしまったのである。毒薬使いと相まってさらにたちの悪い化物へと変貌を遂げてしまった新實に、吉昌はどう手を打っていいのか皆目見当がつかなかった。だが、大久保はそんな新實に対して『奥の手』を用意していたのである。

「・・・・・普段実戦を積んでいる手練の町同心二人が一瞬にして殺されるとは、こちらも油断はできぬ。町奉行にはいざという時のために鉄砲の使用を認めた。」

「て・・・・・っぽう!」

 一揆や打ち壊しならいざ知らず、たった一人の犯罪者のために鉄砲の使用を認めるとは、吉昌も聞いたことがない。唖然とする吉昌を前に大久保はさらに言葉を続ける。

「一瞬にして同心を殺めた男だ。まともに刀でやりあって敵う相手ではなかろう。それと・・・・・。」

 大久保は自らの横に置いていた書付の束を吉昌に差し出した。

「御様御用を拝命した全ての門下生に渡しておけ。勿論在府の者だけでなくそれぞれの国に下っていった者たちにもだ。」

 大久保が吉昌に渡したもの、それは家斉の花押が認められた抜刀及び斬り捨て御免の許可証だった。

「こ・・・・・こんな物まで・・・・・。」

 武士であれば建前上許されている『斬り捨て御免』だが、実際人を斬ってしまうと後々まで面倒な事になってしまう。それを嫌がって刀を抜かない武士も多いのだ。できることなら必要ないことが一番だが、万が一の時の為の許可証であった。

「ただでさえここ最近あちらこちらで不穏な動きがある。新實が一揆や打ち壊しに紛れ、人を殺めることだって考えられるだろう。」

 大久保の言葉に吉昌は頷くことしか出来なかった。確かに今年の不作は深刻で、先月二十九日にも米価高騰による騒動が起こったばかりである。江戸だけではない、奥州を中心に全国に一揆や打ち壊しが多発しているのだ。一揆の首謀者は処刑されるにも拘わらず、それでもこれだけ起こっているという事はそれだけ飢饉が深刻だからである。

「承知いたしました。では各国に下った門下にも送っておきます。ところでその名簿は・・・・・。」

「簡単に門下生の氏名と藩名だけ出してくれ。私から内々に各大名に話はつけておく。」

 事が事だけにできる限り内密に処理したい案件だが、天領以外で新實が出た時、事と次第によっては厄介な問題になるからだ。これから何人の被害がでるか判らないが、最小限に押しとどめ無くてはならない。

「まったくもって厄介な・・・・・いっそどこかで野垂れ死にしてくれれば良かったものを。」

 思わず漏らしてしまった大久保の呟きに、吉昌は思わず頷いてしまった。



 各地で飢饉が起ころうと、一揆や打ち壊しが起ころうと、人間は楽しみを追いかけるものである。不景気風が吹く中でも、否、不景気だからこそ日頃のうさを晴らそうとするのかもしれない。
 それは五三郎と幸も例外ではなく、本所回向院で行われている相撲の見物に来ていた。本来であればとっくに終わっているはずの十月場所だが、江戸で起こった打ち壊しや長雨の影響で今日は五日ぶりの興行である。

「ねぇ、兄様。本当に大丈夫なの?幾ら為右衛門先生の代理だからって言っても新見藩以外の、しかもおなごが入っちゃまずいんじゃ・・・・・。」

 幸が心配するのも尤もであった。現代と違い江戸の相撲見物は男ばかり、ごくたまに女性の見物客もいたりするが、あくまでも安全な桟敷席での見物が限度である。しかし今、幸が居るのは砂かぶりのすぐ後ろ、かなり土俵に近い場所だ。いつ喧嘩が起こってもおかしくない場所にいるだけに、さすがに幸も不安げな表情を浮かべている。そんな幸の肩を抱えながら五三郎は幸の耳許で囁く。

「仕方ねぇだろ。ようやくうちの家中から関取が出てるんだ・・・・・他の大名のお抱えになっちまっているけどよ。それを応援するのに頭数を揃えなきゃならねぇんだよ。それでなくても後藤家は道場の稽古でなかなか顔を出すことが出来ねぇんだから、こういう時に出張らなきゃならねぇんだ。」

 当時の相撲は力士個人だけの戦いではない。その力士を抱えている藩の名誉も背負わなくてはならないのだ。それだけに自らの抱え力士の取り組みには家臣たちを総動員して相手を威嚇する大名も少なくない。むしろそれが普通だろう。
 さらに経済的事情でお抱えにすることはできなくても自らの家中から力士が出ると便乗して応援に来る大名もいる。
 備中新見藩も同様で、新見藩出身の若い力士が関取になったことを知った国許の大名直々のお達しで、江戸家老が若く、腕に覚えがある家臣ばかり五十人ほどを引き連れて回向院にやってきたのである。そして本当なら五三郎以上に相撲が好きな為右衛門も来るはずだったのだが、寿江の体調が思わしくないと家に残ることになり、男装した幸が代役となったのである。

「それにしても兄様、寿江様がご懐妊て本当なの?」

 だんだんと騒がしくなってくる中、むしろそちらのほうに興味があると幸は好奇心丸出して五三郎に尋ねた。

「ああ・・・・・この前医者に診てもらったから間違いねぇだろう。ただ、まだまだ安心はできねぇからな。兄者が義姉上につきっきりになるのも無理はねぇ。」

 何故か頬を染めながら五三郎はぶっきらぼうに幸の質問に答えた。逆算すると丁度大風の次の日、為右衛門が襟元にそれと判る痕跡を付けられた日に出来た子であろうと五三郎は読んでいた。情事の直後であれその気配を全く感じさせることが無かった兄だけにその痕跡は五三郎にとって衝撃的だったし、妙な想像をしてしまって義姉の顔を見られなくなることもしばしばなのである。そんな五三郎の心情も知らないで、無邪気に『おめでた』に興味を示す幸を五三郎は恨めしく思う。

(まったくガキなんだからよ・・・・・いっそ義姉上の面倒をこいつに看させりゃ良かったのに。)

 むしろ女同士のほうが幸だって聞きたいことが聞けたに違いないと、五三郎は今更ながら後悔したが、だからといって為右衛門が相撲見物にやってくることもないだろうことも五三郎は理解していた。
 ようやく妊娠できた寿江であったが、ときおりつわりの症状が激しくなり寝込んでしまうこともある。そんな時は為右衛門がつきっきりで世話をするのだ。いっそつわりの症状が収まるまで実家で看てもらうのもひとつの手だと思うのだが、為右衛門はそれをよしとしない。それだけ初めて出来た自分の子に強い思い入れがあるのだろう。

「・・・・・何だか申し訳ないなぁ。為右衛門先生、今日の取り組み楽しみにしてたのに。」

 兄夫婦へと飛んでいた意識を幸の一言によって引き戻された五三郎は、慌てて返事をする。

「あ、ああ。確かに稲妻関・・・・・大関との一戦だもんな。」

 ここの処ずっと優勝をされっている大関・稲妻との大一番が待っていた。あっさりと負けてしまうことは目に見えているが、それでも応援せずにはいられない。

「お、ようやく朝風のおでましだぞ!」

 誰かが新見藩出身の力士の四股名を叫ぶ。その途端、五三郎の周囲はにわかに騒がしくなった。

「兄様、失礼な言い方だけど・・・・・あんな華奢なのによく関取になれましたね、あの人。」

 土俵下から立ち上がった若い力士を見て、思わず幸が感心の声をあ上げる。幸の指摘通り、朝風は力士たちの中ではずば抜けて若く、しかも小柄であった。若手ながら調子よくここまで勝ち進み、初日前頭三枚目の黒岩に負けたもののここまで四勝一敗ときている。まだ十八歳の若い力士は若衆髷に櫛を一枚挿した姿で土俵に上がった。
 一方横綱になるのでは、と噂されている大関・稲妻は大岩のように朝風の前に立ちはだかる。

「ねぇ、兄様。大関の顔色、なんか悪くありません?」

 大歓声の中、ささやくというにはあまりにも大声で幸が五三郎に尋ねるが、五三郎は全く気にする風もない。

「そうかぁ?朝風の色が白いからそう感じるだけじゃねぇのか?」

 確かに朝風の肌は白粉を塗ったように白く若さに弾けるように艷やかだ。一方、稲妻の身体は浅黒いが、それだけではない生気の無さを幸は感じた。

「・・・・・なんか違うような気がするんだけど。」

 耳をつんざく歓声に流石に堪えられず耳をふさぎながら幸は呟く。その時である。

「はっけよ~い・・・・・残った!」

 回向院中に響き渡る行事の声と共に、肉と肉がぶつかり合う激しい音がした。その音さえ掻き消すように男達の怒号が沸あがる。まるで地面を揺るがすような激しい怒号に幸は耳を抑えて蹲るが、五三郎は朝風の応援に夢中になって幸などほったらかしだ。

「・・・・・今度相撲見物をするときは絶対に桟敷にしよう。」

 山田浅右衛門も血を引き、自らも剣を扱う幸でさえ苦手なものはある。相撲の勝負は嫌いではないが、踏み潰されそうなこの雰囲気はさすがに恐怖を感じた幸は、心の底から二度と土俵近くで相撲は見るまいと誓ったのであった。

「それにしても・・・・・粘るなぁ、朝風関。」

 普通なら一瞬で終わる相撲の取り組みだが、なかなか終わる様子を見せない。四つ相撲になりながらも朝風が粘っているのだ。普通なら体格のいい方が有利な四つ相撲になりながら朝風がここまで粘れるのは、朝風の実力なのか、それとも大関・稲妻が本調子ではないのか―――――ようやく怒声に慣れてきた幸が耳をふさいでいた手を外したその時である。不意に稲妻の身体がごろん、と土俵下に転がり向こう側の土俵下に落ちていったのである。

「勝負あり!朝風、あさかぜぇ~!!」

 行事の勝ち名乗りが回向院に響き渡る。その瞬間朝風陣営は大歓声で喜びを爆発させるが、それよる遥かに人数が多い稲妻陣営は黙ってはいない。

「あんなの、まぐれだ!やっちまえ!!」

 稲妻贔屓の客の一人が叫んだ途端、血の気の多い若者たちが五三郎たち朝風陣営に殴りこみをかけてきたのである。そうなるともう手がつけられない。なまじ取組が全て終わってしまったこともあり、周囲は殴る蹴るの大喧嘩に発展してしまった。

「おい、幸。逃げるぞ!」

 さすがにこれはまずいと思ったのか、五三郎は幸の手を取り人混みをかき分けはじめた。

「え、兄様・・・・・大丈夫なの、喧嘩に参加しなくて?」

 ただの喧嘩ならいざ知らず、これは大名の沽券に関わってくる喧嘩である。もし家臣が喧嘩をほっぽり出して逃げ出したとしたらそれは藩の恥になるだろう。だが、五三郎は気にした風もなく要領よく人混みから抜けだした。

「殿も大目に見てくれるさ。それより喧嘩に巻き込まれて『山田家の一人娘が怪我をした』のほうが後々問題にならぁ。もし問題になったら父上から口添えしてもらえばいいさ。それよか腹も減ったことだし・・・・・ぜんざいでも食いに行くか!」

 五三郎は幸の手を握り直すと、喧騒乱れる回向院を飛び出し街中へと走りだしたのだった。



UP DATE 2012.10.02

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今月の紅柊はそれぞれの休息(じゃない人もいますけど^^;)に焦点を当てて繰り広げていきたいと思っています。ちょこちょこ放置状態の話もありますしね~。なので『中間報告』じゃありませんけど一旦整理も兼ねて今回は吉昌及び弟子たちの休息を書き綴っていきます。

まず今回は吉昌と五三郎&幸ですね(*^_^*)今回吉昌はそれほどいたぶられておりませんが、新實関連ににおいて色々動きが出てきたことを知らされました。こっちも胃が痛い話ですよね~。さらにいざとなったら江戸市中にて鉄砲使用許可まで下ろしちゃうとは・・・しかし幕府側としては貴重な人材を二人も殺されておりますから妥当な判断でしょう。(当時の同心は150名にも満たない人数で100万都市・江戸の治安を守っていましたから、一人いなくなるとかなり痛い^^;)実際使用するかはともかく、覚悟はできるんじゃないかと思います。

一方五三郎&幸ですが、相変わらず色気のない二人でございます(^_^;)五三郎としては何とか好きな相手をデートに誘い出したいのでしょうが、かと言ってあんまり色っぽい場所に行くのも気恥ずかしいし、自分より色男がたくさんいる歌舞伎もできるだけ避けたいし・・・・・と選んだ場所がこれですよorz
現代でもいますけど、自分の趣味に走ってしまって相手がドン引きするって(^_^;)そんなかんじです。二人がいい関係になるのは遥か未来なんだろうなぁ・・・・・。

次回紅柊更新は10/9、久しぶりに芳太郎&縫の休日をば・・・こちらは多分★付きとなりますので苦手な方は飛ばしちゃってくださいませねv
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