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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章・序

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梅雨独特のそぼ降る雨の中、横浜貿易新報の記者・中越祐は横浜駅を飛び出し、いつもの煉瓦造りのカフェーへ向かっていた。

「まずいな・・・・・これじゃあ絶対に間に合わない!」

 中越は懐中時計を引っぱり出しながら毒づく。一週間前に決めた沖田老人との約束の時間はとうに過ぎている。それもこれも上司に命じられた首相・原敬絡みの疑獄取材のためだった。

「編集長がこの件を俺に任せてくれたのはありがたいけど・・・・・まさか日曜日にずれ込むなんて!あの疑獄首相め!」

 中越が追いかけている事件、それは首相・原敬絡みの疑獄事件である。大正七年に成立した原内閣は日本初の本格的政党内閣であり、原自身の卓越した政治感覚と指導力によって国政を維持していた。だが、強力な権力の周囲には良くも悪くもあらゆる人間が常夜灯に導かれる夏虫の如く吸い寄せられていくのもまた事実である。政商や地方の実力者などからの賄賂や談合など、原の周囲には生臭い噂がまとわり付いて消えることはない。

「後から後からこんなにきな臭い話が湧いて出てくるなんて・・・・・何であんな奴を首相にしたんだ、山縣の耄碌爺め!やるやると言いながら未だ普通選挙さえ実現していないし・・・・・日本初の政党内閣だからって期待していた俺が馬鹿だったよ!」

 大正七年当時、陸軍・内務省・宮内省・枢密院等にまたがる『山縣系官僚閥』を形成して大御所として絶大な権力を誇っていた山縣だったが、大正デモクラシーや社会運動の高揚、第一次世界大戦など山縣は次第に時代の変化についていけなくなっていた。そのような中で政党嫌いだった山縣も原を後継首班として認めざるをえなくなり、政党内閣の時代を迎えたのだ。原を指名したことで自らの政治生命の安泰を図ろうとした山縣だったが、宮中某重大事件を巡る対応の拙さから山縣の政治的な権威は大きく失墜していたのである。

 そんな山縣に後継指名された原自身も疑獄の罠に嵌り、マスコミの餌食となっている。中越が所属している横浜貿易新報も例外ではなく、原に賄賂を送っていると思われる政商を片っ端から追いかけていた。その一つにようやく取材を受けさせるところまでこぎつけたのである。
 ここを逃したらもう二度と機会はないだろう。ようやく当事者をつかまえて話を聞き出そうとしたのだが、いかんせん若い中越は適当にあしらわれてしまった。思わず相手を恫喝し、にじり寄ろうとした中越を先輩の山代が止めたのである。

「佑、おまえは頭にすぐ血が上るからいけない。ここは俺に任せて頭を冷やしてこい。確か別の約束があるんだろ?」

 このままでは聞きだせるものも聞き出せなくなると危惧したのか、山代は半ば強引に中越に席を外せと指示を出した。

「・・・・・ありがとうございます、山代先輩。じゃあ俺はここで失礼します。」

 実のところ、体よく追っ払われた事は中越も自覚している。しかしこのままその場にいても取材がおじゃんになってしまうだろうし、沖田老人との約束もやはり気になっていたところである。中越は山代にあとの取材を頼むと、早々にその場から退散した。



 梅雨独特の柔らかい雨が中越の蝙蝠傘を濡らし、雫となって傘の端から垂れてゆく。社屋近くにある煉瓦造りのカフェーに中越が飛び込んだ時、すでに沖田老人はいつもの席に座っていた。飲んでいるものはロシアンティーだろうか。白磁のカップを手にくつろいでいる沖田老人の顔を見て、中越は安堵の表情を浮かべた。

「すみません、遅くなってしまって。」

 濡れた蝙蝠傘をたたみ、店先にある傘立てに差し込みながら中越は沖田老人に詫びる。そんな中越に沖田老人はいつもの人懐っこい笑みを見せた。

「いいえ、お気遣いなく。私もこの雨で少々遅れてしまいましたから。それよりも・・・・・。」

 店主と中年の女給以外誰もいないカフェーなのに沖田老人は不意に声を潜めた。

「あなたが追いかけている原首相の疑獄事件、かなり大きくなっていますね。最初こそあなたの新聞社だけだったのにここ最近では何社も追いかけているじゃないですか。」

 沖田老人の言葉に中越も我が意を得たりとばかりにようやく笑顔を見せる。

「ええ、そうなんです。ようやくここまでこぎつけましたよ・・・・・今日は頭に血が昇り過ぎて先輩に追い返されてしまいましたけどね。しかし最初なんか上からの圧力、それも部長や社長じゃなくもっと上の方から圧力がかかって、取材なんか出来ない状態が続いていましたからねぇ。」

 はしゃぐ中越に対し、沖田老人は寂しげな笑みを浮かべながら小声でつぶやいた。

「・・・・・ましいものですね。」

「え?すみません、今何と・・・・・。」

 沖田老人の言葉を聞き逃した中越は、沖田老人に詫びながら聞き直す。そんな非礼に対して沖田老人は嫌な顔ひとつせず、穏やかに答えた。

「・・・・・羨ましいと申し上げたんです。上の過ちを、しかも国家の一番上の者の過ちを声を大にして言えることが羨ましい。私が若かった時代では考えれられないことですよ。」

 羨望、というよりはむしろ悲しげに見える沖田老人の表情に、中越は言葉の裏に含まれた何かを感じる。

「そう・・・・・なのですか?」

「まぁ、完全に意思表示が出来ないというわけでは無かったですけど、その場合文字通り自分の生命を賭けなくてはなりませんでした。」

 沖田老人はしんみりと呟くと、雨の降りしきる窓の外に目をやった。

「奇遇なものですね。今日お話しようと思っていたことがまさにそんな話で・・・・・幕府の暴挙に命がけで抗議した武士の話をしようと思ってここにやって来ました。」

 沖田老人のその言葉に自然と中越の声も重苦しくなってゆく。

「そんな方が・・・・・新選組にいらっしゃったのですか?」

 確かにこれから幕臣になろうという者が幕府に抗議する訳にはいかない。しかしそれは一体誰なのだろうか。中越が疑問に思ったまさにその時、沖田老人が口を開いた。

「ええ。今までも話に出ております山南敬助―――――総長だった人です。私もとっても可愛がってもらっていたんですけど・・・・・山南さんの切腹の際は私が介錯を努めました。」

「かい・・・・・しゃく・・・・・自分に目をかけて下さった方の、ですか?」

 中越は青ざめながら沖田に尋ねる。不逞浪士を斬るのとは訳が違う。可愛がってもらっていた先輩の首を沖田老人は斬ったのだ。もし自分が同じ立場に立たされたらと思っただけでも怖気が走る。だが、沖田老人はひょうひょうとした表情で話を続けた。

「ええ、山南さんからの指名でしたので断るわけにもいかないでしょう。それが武士というものでした。」

 沖田老人の穏やかながら重さを伴った言葉に、中越もただ頷くことしか出来ない。

「それにしても、一体・・・・・山南総長は何を訴えようとして・・・・・。」

 新聞記者の悪い癖で、命を賭して訴えたかった事が何だったのか知りたくなった中越は思わず沖田老人に尋ねてしまう。だが、沖田老人の答えはあまりにもとんでもないものであった。

「それがはっきりしないのですよ。」

「はぁ?そんなことがあるんですか?」

 間の抜けた沖田老人の言葉に、中越は素っ頓狂な声を上げてしまう。命を賭けたその理由を、介錯した人間が知らないとは・・・・・だが、沖田は至極真面目な顔で中越の疑問に答えた。

「いや、薄々はこれなんじゃないか、という事件は当時いくつかあったんですけど、本人が全く口を割らなかったので確かなことは藪の中です。ただ、逃げようと思えばいくらでも逃げおおせることはできる環境に山南さんはいましたし、隊を辞めたいのであれば腕の怪我を理由に堂々と辞めることは出来たはずです。それに・・・・・。」

 沖田老人はロシアンティーを一口含んだ後、呟くような小さな声で答えた。

「山南さんを捕縛しに向かったのは私一人だけでしたので『大津に出張していた』ことにすればことは丸く収まりました。近藤局長も土方さんも大事にはしたくなかったらしいのですが・・・・・」

「山南さんがそれを良しとしなかった、ということですか?」

「ご明察。」

 まるで模範解答を褒める教師のように、沖田は中越の答えを褒める。

「山南さんが何を訴えたかったのか・・・・・もしかしたら一つじゃなかったかもしれない。今となっては闇の中ですが・・・・・命がけで訴えたかった、しかもそれを口に出しては新選組全体に類が及ぶような何かがあったことだけは確かです。」

 沖田老人はそこで一旦言葉を区切ると、中越の瞳をじっと見つめた。

「不正を声高に糾弾することが出来る世の中は幸せです。しかし声なき声でしか訴えられなかった時代もあったことを知ってほしいのです。少々感情的になってしまうかもしれませんが、爺の話に付き合ってやってください。」

 そう言って沖田老人はロシアンティーが入ったカップをソーサーに置いた。その瞬間あの空気が―――――大正の退廃の空気がきりりとした幕末のそれに変わる。その空気に中越は背筋を正し、沖田老人の話に耳を傾け幕末の世界に浸かっていった。


UP DATE 2012.10.05

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およそ一年ぶりの再開になりました『夏虫』、すっかり設定を忘れておりまして過去の自作品を読み直すというところから始めることになってしまいました(^_^;)
『夏虫』の世界に馴染むにはもう一回か二回書かないと・・・ってところなんですが、とりあえず大正時代ver.は何とか勘を取り戻せたか・・・な?あとは本編で感覚を取り戻さないとです^^

今回第四章は近藤局長の江戸からの帰還(伊東派を引き連れて)~ぜんざい屋事件~山南総長切腹~屯所引越しまでを取り上げたいな~と。長引いたとしても山南さんの切腹までは第四章で扱う予定です。この間、沖田と小夜の関係もある程度は進んでいくと思うのですが、これをネタに沖田をからかう人物もおりますのでねぇ(*^_^*)どうなるかは本編でのお楽しみということで♪

次回更新予定は10/12、ようやく本編、そして近藤局長が江戸から帰還いたします^^
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