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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・秋冬の章

枯れ紅葉、散りぬれば・其の参~天保四年十月の休息

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麹町にある豊岡藩上屋敷、その中にある小さな道場の中では御徒の若者を中心に剣術の稽古がなされていた。決して大藩とはいえない豊岡藩だが、身分の高低を問わず剣術熱は高い。その最たるものが試し切りであり、優秀な者は藩費で山田浅右衛門道場で学ぶことを許されている。今現在、その栄誉に与っているのが広田猶次郎であり、藩の道場での稽古でもその巧さは群を抜いていた。そんな稽古の最中、御徒頭の久松が猶次郎に声をかけてきた。

「お~い、広田!用人の本田様直々のお呼び出しや。稽古を切り上げてすぐに向かってくれへんか!」

 久松の言葉に、防具をつけたまま猶次郎は小首を傾げる。

「え、何で・・・・・久松はんを通じて、というのならともかく、わてが直接謁見しても大丈夫なんですか?」

 確かに御徒身分の、しかも次男の猶次郎が直々に用人に呼び出されるのは極めて異例だ。それは久松も感じているらしく、腕組みしながら低く唸る。

「さあ・・・・・わてもそこのところは教えてもらえへんかった。おまえ、何かやらかしたんやないんか?」

 久松は疑いの眼差しを猶次郎に向けた。その視線に猶次郎は苦笑いを浮かべる。

「止めてください、久松はん。まったく人聞きの悪い。わてがそんな素行の悪い男に見えますか?ほな、行ってきます。」

 冗談めかしながら久松に告げると、猶次郎は身なりを整えるために道場を後にした。

(それにしても一体何なんやろ・・・・・どう考えても呼び出されるような事をした覚えはあらへんのやけど・・・・・。)

 猶次郎は自分がやったことを思い起こしていたが、用人に呼ばれるような事をした覚えは皆無であった。とにかく行ってみれば何かしら判るだろうと腹をくくり、猶次郎は用人の本田が待つ部屋へと出向いた。

「お待たせしました。広田猶次郎、これへ。」

「おお、広田か。挨拶などどうでもええから早う障子を閉めてそこへ座れ。」

 本田の表情はかなり深刻そうで、言葉には焦りの色も滲んでいる。ただならぬ気配を感じた猶次郎はそっと障子を閉めると、本田が指し示した場所に座った。

「本田様、ご用件とは?」

 人払いをしていることは気配で解ったが、それでも思わず猶次郎は声を潜めてしまう。その声に連れられたのか、本田の声も聞き取るのがやっとなほど小さなものであった。

「広田よ、誠に申し訳ないが・・・・・国許には暫く返してやることはでけへんようになった。」

 そう言って本田は四角い盆に乗せられた書状を差し出す。

「これは・・・・・?」

「幕府からの命令書や。山田道場の門弟はここに書かれている人物が捕縛されるか殺されるまで、可能な限り江戸に滞在するようにとのお達しや。」

「な・・・・・ほんまですか?」

 まさか自分のような身分の者が幕府から直接命令を受けるとは思っても見なかった猶次郎は思わず身を乗り出してしまった。

「ああ、本当や。かなり厄介な男らしいで・・・・・詳細は山田浅右衛門から聞くようにとお達しもきている。わてが聞いているのはそこまでや。」

 どうやら本田も詳しい話は知らないらしい。しかし、幕府からの直接命令とあれば国許に帰りたくても帰れないし、藩としても子飼いの藩士であっても勝手なことは許されない。

「・・・・・そなた、国許に年老いた母御がおるそうやな。」

 本田の声に同情の色が含まれたことに猶次郎は気が付いた。きっと直属の上司である久松から聞いたのであろう。だが、家庭の事情など幕府からの命令に比べればとるに足らないものとばかりに猶次郎はきっぱりと言い放った。

「お気遣い、かたじけのうございます。せやけど、母は・・・・・武士の妻にございます。子の一人が江戸から帰ってこないくらいで嘆いたりはせぇへんでしょう。」

「お前は若いからそう言うが、親にとってはそうはいかぬものや。」

 本田は苦笑いを浮かべたあと、真顔になる。

「何はともあれ幕府からの命令や。何年になるか判らへんが、留学期間を延長するからそのつもりでおるように。」

「ははっ。」

 まさかの事態に驚きはしたが、不祥事に寄る呼び出しではなかったことに猶次郎は安堵し、本田に対して深々と頭を下げた。



 てっきりあと残り一、二年ばかりと思っていた江戸での留学期間が、実質数年伸びたことになった。華やかな江戸暮らしを更に満喫できる喜びに弾む心を抑えながら、猶次郎は仲間の元へ戻った。

「おい、要件は何やった、広田?」

「本田様に呼び出されたなんて・・・・・ほんま大丈夫やったん?」

 呼び出しに心配してくれた仲間達が、長屋に戻ってきた猶次郎を取り囲む。それに対して猶次郎は勿体振りながら仲間を見回した。

「実はな・・・・・留学期間が伸びるんやて!わてはあと数年、江戸におるで!」

 その瞬間、猶次郎を囲んでいた青年たちは雄叫びを上げた。

「良かったやないか!」

「ますます腕に磨きがかけられるな、猶次郎!」

「こうなったら祝いや、祝いっ!鮫ヶ橋に繰り出そうや!」

「結局お前はそれやん!まぁ、こんな日はええか!」

 出入りの激しい江戸藩邸において、仲間の一人が暫くの間藩邸に居続けることができるというだけでも宴の対象になってしまう。結局夕刻には猶次郎を中心とする若者達五、六人で鮫ヶ橋の岡場所へと向かった。
 山田一門として娼妓遊びをするときは吉原や深川、格が低くても品川というそこそこ高級な場所で遊ぶことができるが、さすがに豊岡藩の御徒の立場では岡場所くらいでしか遊ぶことは猶次郎でも出来ない。特に鮫ヶ橋は遊女の質も悪く、時には病気をうつされる可能性もある。それを恐れててしまえば臆病者のそしりを免れないのが辛いところだが、他に遊べる場所もないのもまた事実である。そんなこんなで鮫ヶ橋に到着した時である。

「あれ・・・?」

 猶次郎は思わぬ顔を見つけて足を止めた。それに連れられるように仲間の足も止まる。

「どないした、猶次郎?」

「何や?へぇ、えらい別嬪がこんな掃き溜めみたいなところにおるやん!」

 猶次郎の視線の先には二十代半ばくらいの娼妓が客とやり取りをしていた。鮫ヶ橋にしてはかなりの上玉で、その美貌にむしろ違和感を感じるほどである。

「おう、猶次郎。お前、あの別嬪を知ってるんか?」

 さすがに娼妓本人には声をかけづらいのか、仲間の一人が猶次郎を肘でつつきながら尋ねた。

「知ってるゆうか・・・・・以前吉原の座敷持やった妓や。せやけど何でこんなとこにおるのか判らへん。普通なら落ちても羅生門河岸やろ?」

 困惑の表情を浮かべながら猶次郎は答えた。そもそも吉原に売られた女が岡場所へ落ちることはまず無い。自由に出入りは出来ないが、吉原にはそれだけの格や保証があるのだ。その格や保証を投げ捨てて岡場所へ自ら落ちることはまず無いといっていいだろう。すなわち、目の前の美しい娼妓は何かしらの理由で吉原を追い出されたに違いない。

「あの妓・・・・・猶次郎の馴染みやったんか?」

 その質問に対し、猶次郎は首を横に振る。

「いいや、わてやなく新見藩の後藤五三郎、って男の馴染みやったけどしょっちゅう振られたって言うてたな。あんまりタチの良い娼妓やないみたいで・・・・・そういや、五三郎はん、あの娼妓がお幸さんに酷い粗相をしたって言うてはったな。もしかしたらそれが原因かもしれへん。」

「お幸さん?」

 聞きなれない女性の名前に仲間の一人が疑問を呈する。

「ああ、お師匠様の養女や。てか、初代山田浅右衛門からの正統な血筋を引いとる唯一の人間、言うた方がええかもしれん。」

 初代からの正統な血筋―――――その言葉を聞いた瞬間、仲間達の眼の色が変わった。

「てことは、その『お幸さん』とやらの婿に転がり込めば・・・・・。」

「そんなうまい話はあらへんって。どんだけの門弟がお幸さんを狙ってはるか知っとるんか。」

 冗談半分に猶次郎は否定したが、それでも仲間は喰らいついてくる。

「お前もそうやろ。あわよくば、って思うとるんやないか?」

「・・・・・門弟になったからにはな。せやけど上には上がおるし、お幸はんに纏わりついとる金魚のフンみたいな奴もおる。」

 そんな言葉を吐きながら、猶次郎の脳裏にはいつも幸の傍らに寄り添っている五三郎の姿が浮かんでいた。

(わては・・・・・負けへんで。折角留学期間も長くなったんや。絶対に・・・・・お幸はんも、山田浅右衛門の銘も、ものにしたる!)

 日が暮れるに連れ、鮫ヶ橋にはますます人が流れ込んでくる。まるで洪水のような人混みに揺られながら、猶次郎は決意を強くした。



 茜色の夕焼けが茶色く枯れてしまった紅葉さえ真っ赤に染める。そんな夕暮れ時、為右衛門はようやく表屋敷から長屋へ戻ってきた。

「寿江、今戻った。大丈夫だったか?」

 足早に二階へ駆け上がると、為右衛門が寝込んでいる寿江の枕元に転がり込む。

「ええ・・・・・すみません、何もできなくて。」

 寿江は布団の中で申し訳なさそうに謝るが、為右衛門は首を横に振りながら寿江の頬に自らの手を添える。

「気にするな。お前には元気な子を産んでもらわねば困るのだから・・・・・男の子でも、女の子でも。」

 優しくささやきかけながら、為右衛門は寿江の頬をそっと撫でた。つわりのせいで痩せてしまったためか、大人っぽく見える。

「そうだ、銀兵衛から手紙がきている。どうやらあちらはつわりも落ち着いてきたらしい。今度は男の子だと息巻いているぞ。」

「そうなのですか・・・・・喜代さんも大変そうですね。」

 寿江のようやくの微笑みに、為右衛門は安堵の表情を浮かべた。

「まぁ、あそこの二人は何だかんだで周りを振り回してくれたからな・・・・・ようやく落ち着いた、ってところだろう。川越は平和で美しい街だそうだ・・・・・ここ十年近く死罪も出していないらしい。」

「まぁ、そうですの?だけど、それじゃあお務めは・・・・・・。」

「ただの剣術指南くらいだろう。小銭は稼げないかもしれないが、盗人も人殺しもいないなんて・・・・・理想だよ。」

 寿江の髪や頬を撫でながら、為右衛門は優しく微笑んだ。

(寿江には・・・・・あの事は言わないほうが良さそうだな。)

 為右衛門の懐には二通の書状が入っていた。ひとつは川越から届いた銀兵衛からの近況報告、そしてもう一通は先程江戸城から届いた新實に対する斬り捨て御免の許可証とその理由が認められたものである。

(百戦錬磨の町奉行同心が二人も殺されたのでは致し方がないか。)

 新實に惨殺された真由の姿は未だ目に焼き付いている。ただ斬り殺すだけではない、病的な斬り方に、未だに背筋が凍る思いがする。そしてあれから十余年、新實の腕はさらに研ぎ澄まされているように為右衛門には思えた。

(明日・・・・・道場で対策を考えなければ。)

 特に新實は山田家に対して深い恨みを募らせているに違いない。普段人を斬ることに慣れている山田道場の門弟といえど油断をすれば遅れを取る。

「・・・・・今日は俺が夕餉を作るから、お前は大人しくしているように。寿江は、湯豆腐でいいな?」

「はい・・・・・ありがとうございます。」

 本当は青白いのだろうが、その色は夕焼けの色に隠れて判らない。紅葉色に染まった頬で穏やかに笑いかける寿江に、為右衛門も笑いかけた。



UP DATE 2012.10.16

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『枯れ紅葉~』三話目は普段滅多に取り上げることのない広田猶次郎を主役に据えさせていただきましたvいや~結構中心的な存在なのに今まで殆ど取り上げてこなったからですからねぇ(^_^;)
本当なら次回の参勤交代の頃に国許に帰る筈だった猶次郎が、新實の件もあり江戸に残ることになりました。(たぶん国許に帰る予定だった事は他の門弟達は知らなかったと思います。出入りが激しい山田道場、いちいち聞くのも失礼に当たると避けて通っているはず^^;)
この事によって跡取り争い=幸の争奪戦はますます激しくなることでしょう。尤も芳太郎はその気は全く無いでしょうけど、ポーズとしては『山田浅右衛門の銘は取りに行くぞ!』と修行に励んでいると思われます。色々腹の探り合いがあるんですよ・・・・・そのうち細かく書ければ良いんですけどねぇ・・・・・問題は私の腕だけです(^_^;)
ところで猶次郎たちが鮫ヶ橋の岡場所で見つけた娼妓ですが、彼女についても向こう数ヶ月のうちに書くことになると思います。詳細はまだ固まっていませんが、新實の情婦になる予定・・・・・かなり腹黒い女です。

為右衛門のところはようやく子宝を授かり、幸せいっぱいのようです(^o^)ただ、やはりここにも新實の影があるようで・・・(><)寿江に心配させないようにしている為右衛門ですが、山田道場の筆頭としてこれからが大変そうです。

次回更新は10/23、休日が終わり一堂に会した山田一門による会議になりそうですv

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