「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二話 伊東甲子太郎、参る・其の貳

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新選組にとっていわゆる『ハレ』の行事はほぼ皆無といってもいい。近藤が無事京都に戻ってきたことは確かにめでたいことだが、それを祝うよりも重要なこと―――――不逞浪士を取り締り、京都の治安を守るという使命が新選組にはあるのだ。それを蔑ろにして祝に興じることは許されない。
 それは沖田にとっても例外ではなく、近藤が帰ってきた日の夜こそ酒宴に興じたが、次の日の朝にはすっかり日常生活に―――――部下を引き連れて四条大橋方面へ巡察に出向いていた。

「それにしても沖田先生はいつも元気ですよね。昨日あんだけ飲んで二日酔いにもならないなんて。」

 目の下に隈を作った佐々木蔵之助が酒臭い息で溜息を吐く。

「そうそう、確かに近藤先生の杯じゃ断れないですけど・・・・・俺、結局潰れちゃって昨晩のことあんまり覚えていないんですよ。」

 青白い顔色でそうぼやいたのは中村金吾である。かなり酷い二日酔いらしく、こめかみを押さえながら吐き気に耐えていた。

「情けねぇ、といいたいところだが俺も人も事は言えねぇ・・・・・ところで沖田先生は平気なんですか?」

 こちらもお世辞にも良い顔色とは言い難い蟻通勘吾が沖田に尋ねる。蟻通がそう尋ねてしまうくらい沖田の表情は清々しく、血色も良かった

「ええ、だって近藤先生が・・・・・局長が無事帰ってきてくれたんですよ。嬉しいじゃありませんか!二日酔いなんてどっかに飛んでいってしまってますよ。皆さん、修行が足りないなぁ、修行が!」

 そう言って二日酔いに苦しむ部下達を茶化す沖田だったが、沖田の元気の源はそれだけではなかった。実は今日の夕方、小夜と会う約束をしているのだ。手紙のやり取りこそあったものの沖田の急用や近藤の帰還が重なって七日ぶりの逢瀬になる。小夜に逢うのに二日酔いでは話にならないと、前日のうちに『悪酔いに効く』と云われる干し柿を大量に食べていたのは部下達には内緒であった。

「まぁ、昨日の今日ですから二日酔いは仕方ないとしても敵に遅れを取るような真似だけはしないでくださいね。」

 自分だけ対策を施していたことなどおくびにも出さず、沖田は部下達に発破をかける。

「勿論です!二日酔いごときで不逞浪士に遅れを取る俺達じゃありません!」

 力強く答える佐々木の言葉に皆も同意した。多少顔色は悪かったり、未だ息が酒臭かったりするが、巡察には問題無さそうだ―――――沖田がほっとしたその時である。

「沖田先生、早速ですけど・・・・・あの男達、怪しくないですか?」

 中村が指し示した方向を沖田は見た。そこにはおよそ七、八人ほどの剣呑な雰囲気を漂わせている集団がいる。

「怪しいというより完全に危険人物のように思えますけどね。あんなこ汚い格好の武士がたむろしていたら・・・・・。」

 蛤御門の変以来、長州系の不逞浪士達の姿は殆ど見なくなっていたが、それでも土佐などの浪士たちの姿はちらほら見かける。だが、それらとは少々様子が違うように沖田には思えた。

「言葉の抑揚が長州弁のように聞こえますが。」

 中村の言葉にその場にいた全員が頷く。

「・・・・・ですね、私もそう思います」

 声を落としながら沖田は浪士集団を鋭い目で睨みつけ、部下達に配置につくよう指示を出す。そして自らは佐々木だけを連れ、浪士達の方へ近寄っていった。

「すみません、少々お話を伺いたいのですが。」

 をかけた沖田を男達は胡散臭そうに睨みつける。だが、そんな視線に対して屈託のない無邪気な笑顔を見せながら沖田は言葉を続けた。

「我々は新選組の者ですが・・・・・。」

「新選組!」

 新選組という言葉を聞いた瞬間、男達の表情が豹変する。そして次の瞬間、男達は大刀を引き抜き沖田達に襲いかかってきた。

「沖田先生!」

 遠くで配置に付いていた中村が叫んだ瞬間、沖田は切っ先からひらりと身を躱し、浪士の手首に手刀を叩きつける。

「うおっ!」

 その衝撃に男は思わず刀を落とし、すかさずそれを沖田が拾って切っ先を浪士達に向けた。

「どうやら後ろ暗いところがあるようですね。ちょっとそこの会所まで付き合ってもらえませんか?お手間は取らせませんから。」

 にこにこと笑いながら沖田は浪士に語りかける。なまじ子供のように邪気がない笑みを浮かべるだけに余計に憎々しいが、抵抗すればあっという間に捕縛されるか殺されるかどちらかということも浪士達には理解できた。

「ち、畜生!」

 まともに戦っても敵わないとばかりに浪士達は踵を返し、三条大橋の方へ逃げ出したのである。数人の浪士達の手には抜き身の刀が握られたままで、危ない事この上ない。

「中村さん、呼ぶ子を!他の皆は追跡を!!」

 沖田の指示に部下達が一斉に浪士達を追いかけた。

「待てっ!逃げられると思うのか!」

 町人に怪我をさせてからでは遅すぎる。だが、鴨川沿いの四条から三条はあまりにも人通りが多すぎた。

「おらおら、どきやがれ!」

 男達の怒鳴り声とむき出しの白刃におののき、人々は道を開けてゆく。しかし浪士達が通り過ぎた途端に人の波は元に戻ってしまい沖田達の行く手を阻むのだ。それだけに男達はどんどん走ってゆき、沖田達は距離を開けられてしまった。そうこうしているうちに男達はさらに人通りの激しい三条大橋に逃げ込む。東海道に通じ、旅人も多い三条大橋を渡られてしまったら捕縛することな難しい。沖田達は焦るが、焦れば焦るほど距離はどんどん離れていく。もう駄目か・・・・・沖田がそう思った矢先である。

「あ、あの武士の集団!全く避けようとしません!あれ、まずいですよ!!」

 蟻通が指差す先、そこには橋の向こう側からやってきた七人の武士の旅団がいた。笠を目深に被っていているからなのか、それとも別の理由からなのか、抜き身を振り回しながら向かってくる男達に動じる様子もなく、道の端に寄ろうともしない。しかも旅団の刀の柄には柄袋がかけられており刀を抜くことはままならないことは遠目にも明らかだった。

「おら、どきやがれ!殺されてぇのか!」

 男達もそれを見越したのか、旅団に向かって刀を振り回しながら襲い掛かる。斬り殺される―――――誰もがそう思ったその時である。

「・・・・・え?」

 その瞬間、沖田は我が目を疑った。旅団の先頭を歩く男―――――年の頃は近藤や土方と同じくらいだろうか、その男の口許に笑みが浮かんだのである。そして次の瞬間、先頭の男は刀を鞘ごと抜き放ち、斬りかかってきた男の鳩尾を一突きにした。

「ぐえっ!」

 だいぶ三条大橋に近づいてきた沖田達にもはっきり聞こえる耳障りな声を上げて、男は身体をよろめかせる。そこを見逃さず、旅装の男は先ほどの沖田同様男の手首を鞘で叩き刀を落とすと、橋の上から男を突き飛ばした。男は水飛沫を上げて鴨川へと落下する。

「・・・・・水泳にはちょっと寒いですかね。まぁ、京洛の真ん真ん中で刀を振り回すような輩の頭を冷やすには丁度良いでしょうけど。」

 目深に被った笠から見える口の端に笑みを浮かべながら旅装の男は浪士達に声をかける。

「ふ、ふざけるな!やっちまえ!!」

 怒り狂った浪士達は旅装の男目掛けて襲いかかるが、その後ろに控えていた男達が先頭の男を守るように応戦したのだ。

「つ、強ぇ・・・・・!」

 その戦いぶりを見て、沖田の後ろで佐々木が思わず漏らす。その言葉に思わず沖田も頷いてしまった。旅団の方は誰一人刀を抜いていない。それなのに白刃に怯むこと無く襲いかかってくる敵をなぎ倒してゆくのだ。
 だが、沖田達もいつまでもぼんやり見ているわけにもいかない。捕縛用の縄を取り出しながら男達の許へ走りよった。

「すみません、捕物へのご協力ありがとうございます。拙者、新選組副長助勤の・・・・・。」

「新選組!ああ、調度良かった。」

 沖田の言葉を遮って、旅装の男は口許に笑みを浮かべながら笠を脱ぐ。

「実はこれから新選組の屯所へ向かうところだったんです。それにしても、近藤くんには聞いていたがここまで京洛が物騒だとはね。びっくりしましたよ。」

(近藤・・・・・くん?)

 旅装の男の、その言葉に引っかかるものを感じながらも沖田は表情を変えずに旅装の男に尋ねる。

「あの、もしかして伊東甲子太郎先生でいらっしゃいますか?新選組へ入隊予定の。」

 沖田の言葉に、旅装の男―――――伊東甲子太郎は少し驚いたように目を見開いた。

「ああ、そうだけど・・・・・知っているのなら話は早い。これから壬生へ向かいたいんだが道がよく判らなくてね。近藤くんや藤堂くんから話は聞いているけど、かなり田舎のようだね。」

 言葉の端々に引っかかるものをどうしても感じてしまうが、相手は近藤が頭を下げて呼び寄せた人物である。ここで短気を起こしてはいけないと沖田は作り笑顔を伊東に向けた。

「・・・・・では、拙者が案内致します。じゃあ皆はこの浪士達を会所に。そのあとで巡察を続けていてください。私は伊東先生を屯所にご案内した後で追いかけますから。」

 その沖田の言葉に蟻通が首を横に振る。

「いいえ、沖田先生はそのまま屯所にいてください。巡察の残りも後少しですし、俺達だけでやっておきますから。」

 どうも沖田と同じような感覚を部下達も抱いたらしい。助勤の手を煩わせなくてもこれ位の仕事は当たり前にできるとばかりに沖田に屯所帰還を促した。それに対し沖田もいつにない生真面目な表情で頷く。

「じゃあ蟻通さん、あとはお願いします。伊東先生、お待たせしました。今から壬生屯所へご案内させてもらいます。」

 沖田は伊東以下六名の新入隊士に声をかける。

「よろしく頼むよ、沖田くん・・・・・だっけ。」

 そんな沖田に対して伊東は穏やかに笑いかける。男にしては秀麗な顔立ちに浮かべた笑みはどことなく高慢で、人の心を逆なでするようだと沖田は感じた。
 腕も確かで、心強い味方である筈なのに、何故か味方のようには思えない。尊敬する近藤が呼び寄せた相手であるはずなのに素直に喜べない―――――沖田の、伊東甲子太郎に対する第一印象は決して良いものではなかった。



UP DATE 2012.10.19

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ようやくタイトル・ロール、伊東甲子太郎が登場いたしましたvしかし沖田はあまり伊東に対して良い印象は持てなかったようで・・・・・まぁ尊敬する近藤局長を『近藤くん』呼ばわりですからねぇ(^_^;)しかし伊東の立場ではそれも致し方がないと思うんですよね~。だって試衛館と伊東道場だったら断然伊東道場のほうが格が上ですし。むしろ本来なら近藤なんて口も聞いてもらえないような相手だったかも知れません。それもこれもやっぱり新選組が積み重ねてきた実績によるものなんでしょう。

閑話休題、芹沢局長亡き後、色々な事件を通してようやく一枚岩になりつつあった新選組に投じられた伊東甲子太郎という石はどんな影響を及ぼしていくのか・・・・・これからをお楽しみくださいませv

次回更新は10/26、壬生屯所に着いた伊東VS土方の対決あたりが中心となる予定ですv
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