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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第三話 前途多難・其の参

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 品川での騒動は予定外だったが、それでも斉正の大名行列は順調に佐賀へ向かって進んでいた。長い道中、普通だったら少なくとも二、三日は雨に祟られるものである。しかし今回の行列は不思議なことに道中を進められない雨は一日だけであった。他も宿に着いた途端大雨になるものの朝には止んでいたり、前日まで川止めだったものが斉正が到着したその日から解禁になったりと気持ち悪いくらい天候に恵まれたのだ。後に著される『鍋島直正公伝』において『外出時は天気常に晴朗となるため、晴神と呼ばれた』と評された斉正だが、その伝説はここから始まったと言ってもいいだろう。

「まさか若殿自らが『てるてる坊主』の役目を担うとはな」

 毎日晴れ上がった空を見上げながら茂義が上機嫌で斉正をからかうほど、大阪までの道のりは順調だったのである。ただ一人を除いては・・・・・・。

「のう、茂義。私も船で佐賀に入る訳にはいかないのか?」

 恐る恐る、しかし必死さを滲ませながら行列の主・斉正は茂義に訴える。さすがに初めての長旅は斉正にとってはきついものであったのだ。
 朝は日の出前の朝七つに立ち、夜は提灯を灯しながら暮れ五つまで歩き通すという宿場歌よりも過酷な日程をこなし、さらに各宿泊場所でそれ相応の接待を受けなければならない。

 大名の本陣利用というものは木賃宿形式――――――自身の賄いを家臣にさせる方法を取るのだが、それだけでは経営が難しい本陣側は少しでも利益を上げようと『献上品』と言う名の食材を大名側に押しつけるのだ。立場上礼の言葉だけで済ませる事が出来ない大名は献上品を受け取ったら最後、献上品に対応する金品を上物料として本陣に下賜しなくてはならないのである。
 勿論、献上された物が苦手なものであっても、受け取ってしまった以上は残さず食べなければならないのは最低限の礼儀である。旅慣れた大名の中には平然と献上品を受け取らなかったり――――――島津の伯父がそれをやると従兄弟の斉彬が苦々しく斉正にぼやいた――――――するのだが、さすがに初めてのお国入りでそれをやる勇気は斉正にはない。さらに先代の評判が宿場においても悪いものだったので、斉正はより気を遣わなくてはならなかったのだ。

 肉体的にも精神的にも疲労困憊なだけに、乗物より揺れが激しかろうが質素な食事しか準備出来なかろうが接待を受ける気苦労のない船旅に魅力を感じるのも仕方が無い。しかし茂義の対応は斉正の期待を裏切る素っ気ないものであった。

「諦めろ、貞丸。それが大名の務めだ。すでに先触れが行っちまっている」

 確かに数百人、船で藩士の一部を帰したとしても三百人は下らない大行列の宿泊準備は迎え入れる本陣でも大仕事である。先触れが行ってしまったという事はもう予定を覆すことは無理だと言うことである。斉正はがっくりと肩を落とす。

「・・・・・・だが、予定よりだいぶ早く行列が進んでいるから浪速で一泊しなくてはならない。そのついでに船でも見てゆくか?藩士用の関船しかないけれど」

 どちらにしろ蔵屋敷に立ち寄り御蔵米の現状を斉正に見てもらわねばならないのだ。そのついでに斉正の好きな船を見せるのも悪くないだろう。その事を斉正に告げると斉正の目はきらきらと輝き出した。

「いいのか?本当に!」

 さすがに南蛮船や唐船とはいかないが、それでも浪速には日本全国から集まった千石船や弁財船、各藩の御座船をこの目で見ることが出来るのだ。特に西国各藩の御前船は江戸に寄港することを禁じられているだけに、楽しみでしょうがない。しかも茂義の口調から鑑みると藩所有の関船くらいなら乗ることが出来そうである。斉正は期待に胸を膨らませ二つ返事で茂義の提案を了承した。



 斉正の一行は昼頃に堂島川、難波橋の近くにある佐賀藩蔵屋敷に辿り着いた。ここは藩船の発着場も兼ねており、藩士達を帰すための船もすでに横付けされているはずなのである。だが、斉正を始め行列は本来そこにあるべきではないものを――――――すでに佐賀に帰っているはずの佐賀藩御座船を見つけてしまったのだ。
 紺地に杏葉紋が染め抜かれた帆はたたまれ、船印も飾ってはいないが屋形の周囲には紫地に白地に染め抜いた杏葉紋の幕が張られている。それは間違いなく佐賀の御座船であった。

「茂義!御座船があるじゃないか!何故私はあれにのって帰れぬのだ?」

 道中各藩への挨拶がある事も忘れ、斉正は茂義に食ってかかる。乗船できるのであれば藩士用の小さな関船でも構わないと思っていただけに、藩主用の御座船があるのに乗船が許されない事に納得がいかない。

「い・・・・・・いや、判らぬ。川用の御座船だとしてもすでに佐賀に帰っているはず。何故こんなところに・・・・・・とりあえず今、担当のものに聞いてくるから待ってろ」

 御座船は海路用と川路用の二種類があり、停泊しているのは川路用のものであった。だが基本的に双方の御座船は一緒に行動するものであり、別々に活動することはあり得ない。要は海路用の船で入れない場所に入る船、それが川路用の御座船なのである。
 その御座船がばらばらに存在している――――――何か非常事態があった時でなければ考えられないこの状況に、茂義も焦る。とにかく何があったのか把握しないことにはどうしようもないと、茂義は血相を変えて御座船を管理している水主の元へ向かった。



「ああ、あの御座船やね・・・・・・あの船はあきまへん。半月前浪速を襲った嵐でやられてしもうてこっちに避難させとるんです」

 佐賀の御前船を管理していた水主頭が渋い表情で茂義に事の顛末を話す。丁度斉正が品川で借金取りに囲まれたその日、浪速は春の大嵐に見舞われたというのである。

「先代様が『息子のために船の内装を衣替えしたい』と言わはったとかで停泊させとったんやけどな。それが却って仇となってしもうて・・・・・。」

 その話に茂義は愕然とする。請役である自分を通さずに先代は御座船の内装を勝手に変えようとしていたのだ。後に先代付きの家臣に聞くことになるのだが、本当は海路用の内装も変えようとしていたらしいが、さすがにまずいと周囲の者が諫めたという。隠居となり、普通であれば二度と佐賀へ帰らなくてもいい身分であるにも拘わらず、些細なことに金を使いたがる浪費癖に茂義は怒りを覚えた。

「淦取りの水主を雇う金がありまへんでしたから管理がおろそかになって、船底の一部が腐ってしもうて・・・・・・ちびちび修繕はさせてもろうておるんですが、その・・・・・・ほんますんません」

 水主頭は船を大嵐で傷つけてしまっただけでなく、人手が足りず船の一部を腐らせてしまった事を謝るが佐賀藩側にも落ち度はある。一昨年の台風被害で年貢が入らず、船の管理をして貰っている水主への支払いが滞っているのだ。それ以上に前金も支払わず船の内装替えを先代が頼まなければ、浪速で嵐に遭うこともなく御座船は無事だったはずである。
 それでも今までの付き合いのよしみで管理をしてもらっているだけ有り難い。むしろ謝らねばならぬのは佐賀藩側である。

「大風被害で年貢は半減、借金だらけの佐賀に金を貸してくれるような物好きはなかなかおらぬのでな。それでも見捨てずに修繕までしてくれて感謝する」

 水主頭の陳謝に対し、半ば自嘲気味な笑みを浮かべながら茂義はねぎらいの言葉をかけた。シーボルト台風で被害にあった一昨年は勿論、去年の収穫も例年の半分ほどであった。すでに蔵屋敷の米も底をついており、金を貸してくれる商人も例年と同じだけしか金子を貸してくれないので減少した年貢の分まるまる金子が足りないことになる。

「請役殿、若殿がお呼びでございます」

 そんな会話の最中、松根が茂義を呼びに来た。長い時間動きがないので斉正がやきもきしているというのだ。この際だ、藩の現状を見せるのも悪くないと茂義は腹をくくる。

「・・・・・・仕方が無いな。実際見せて説明した方が早いだろう。おい、これから若殿に傷んだ部分を検分をして貰うから案内せよ」

 現状を見せずにそのまま陸路を進ませれば、道中ずっと文句を言われかねない。茂義は水主頭へ命令する。

「へ・・・・・・へぇ。しかし、駄目になった部分は若殿様に足を運んで貰えるような所やあらへんのですけど・・・・・・」

 腐ってしまった部分は船底に近く、お世辞にも大名を案内できるような場所ではない。しかし水主頭の心配を余所に、茂義は船が故障している事を斉正に伝えるよう松根に指示する。

「気にするな。むしろ根掘り葉掘り色々聞かれるだろうから、そちらを覚悟しておいた方が良いぞ。何せ新婚初夜に延々一刻も嫁御に船について語った若殿だからな」

 水主頭からしてみると冗談としか思えないような話だったが、茂義の忠告が現実のものになるのを知るのにそう時間はかからなかった。



「船が・・・・・・壊れた?松根が先程言っていたのはやはり本当なのか?」

 茂義から改めて詳細を聞いた斉正は何とも言えない情けない顔で露骨にがっかりする。確かにあるはずのない船が停泊しているとすれば修繕か、さもなくば船で迎えを寄こさねばならないほどの非常事態下のどちらかだ。しかしなまじその姿を見てしまっただけに斉正の落胆ぶりは相当なものであった。

「ああ。もし納得出来ないんなら実際船に乗り込んでみるか?水主頭に案内をさせるが」

 その瞬間、斉正の顔がぱあっ、と明るくなる。

「いいのか?茂義!」

「どこが悪くなっているかきっちり見た方がお前も納得するだろう。ただし乗り込むだけで動かすことは無理だからな」

「もちろんそんな事は判っている!」

 あまりの子供扱いに斉正は頬を膨らませるが、その表情もすぐに崩れてしまう。それもそうだろう、実際御座船に乗るのはこの時が生まれて初めてなのだ。錦絵や絵図面でしか見たことのない大型船に乗り込むことが出来る――――――それだけで斉正の心は高揚した。



 藩士達が今夜の宿泊場所の準備をしている間、斉正は数人の家臣を引き連れて御座船の検分をし始めた。水主頭の案内の下、長旅の疲れも見せず斉正は精力的に船内を見てゆく。
 御座船と偉そうに名乗っていても脇をを固めるその他の関船と作りはそう変わらない。違うのは大きさと装飾だけである。当時の和船は竜骨を用いずに板材を釘とかすがいで繋ぎ止める造船法をとっており、構造的には軽量で頑丈ではあるものの水密に弱く、体当たり攻撃が不可能である。今回の故障もその弱点が露呈したものであると言えよう。

「ここでございます。お足元にお気を付けて」

 水主頭が斉正に故障した部分を指し示す。手燭の光に浮かぶその部分は明らかに破損し、一部が腐り始めていた。このまま航海に出てしまえば間違いなく傷口は広がり、途中で沈没してしまうだろう。

「嵐の際どこぞに当たってしもうたんでしょう。一番ひどいのはここなんですが、これだけじゃなくあちらこちら痛んでおります。停泊させているだけならええんですが動かすとなるとちょっと安全の方が・・・・・・」

 言いにくそうに水主頭は斉正に進言する。ただよくよく見ると傷の中に古い物もかなり混じっている。もしかしたら一昨年の大風の時に出来てしまったものもかなり含まれているのかも知れない。水主頭の言葉に斉正は納得し頷くが、ふと何か思うところがあったのか口を開いた。

「南蛮船は長旅でも壊れず長距離を移動することが出来るのに・・・・・・何故日本の船は近海しか航海せぬのに、このように壊れるのだ?そちは何か知っておるか?」

 まさか大名の口から船の構造についての話が出るとは思わなかった水主頭は一瞬びっくりした表情を浮かべるが、さすがに『浪速の水主』だけに斉正の質問にすぐ答えた。

「骨格から作りが違うと噂では聞いております。唐船にある竜骨、というもんが南蛮船にもあるんやそうですけど、陸地近くを行く和船に使うと重くなってしまいますんで・・・・・・。それと南蛮の船は外側に鉄が貼り付けてあったり水を弾く物が塗りつけてあったりするというのも聞いたことがありますえ」

 外装については斉正も絵図面などで見知っていたが、さすがに船の骨格がどのような働きをするかまでは知らなかった。しかもこの水主頭も聞いた話で、と言っている。実際にはもっと際だった違いがあるに違いない。

「一度南蛮船の実物を見たいものだ。でなければ長崎御番と言ってもお役になどたてぬし、我が妻にも恥をかかせてしまうことになる」

 長崎御番のため百艘以上の船を所有している佐賀藩だが、嵐にあっけなく傷つき、近海しか航海できぬ弱い船が束になったとしても、一艘の頑丈な南蛮船に蹴散らされてしまうのではないか・・・・・・そんな不安に襲われる。だが、その全ての船を南蛮船のようにするには莫大な金がかかるだろう。御座船のひびひとつなかなか直す事が出来ない今の佐賀藩の現状を考えると、それは無謀としか思えなかった。

「まずは・・・・・・切り詰めることから始めなければならないのだな」

 一国一城の主になったと言っても斉正はまだかぞえで十七歳なのである。金がどうやって生まれるか判らない青年藩主に考えつくことはせいぜい質素、倹約くらいである。
 十三万両の借金を返し、国を立て直すには『質素倹約』はあまりにも脆弱な考えであるが仕方が無い。藩主として斉正が学ばねばならないことは山ほどあるのである。斉正は傷だらけの御座船を佐賀の現状と重ね合わせ、決意を新たにした。


 それから約半月後の四月、必要最低限の人員のみで斉正は陸路で佐賀へのお国入りを果たす。だがこの地でもう一つの運命の出会いを果たすことを斉正は知る由もなかった。



UP DATE 2010.02.24

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前途多難・其の参です。ここの話はめずらしくほとんどオリジナルと言う名の妄想で固めてみました(笑)。和船関連の描写のあやふやさはご容赦を(難しい・・・・苦笑)。
そもそもこの時船を使ったのか陸路を使ったのかさえ判らず、『新藩主就任挨拶を兼ねて陸路で』ってしてしまいましたのでねぇ。今回は遠国大名の参勤ー帰省のハードさ&和船のデリケートさを表現できれば良いかな、と開き直っております。
特に次回から斉正の長崎検分の話になりますので、その前に外国船と比較できるように和船の描写をしたかったのですよ(^^)。次回から斉正の船オタクっぷり&藩の立て直しへのとっかかりについて書いていきます。
そしてもう一人重要人物が登場しますv斉正の藩政改革において茂義と同じくらい重要な働きをした人なのですが次回のお楽しみということで(^^)。男性とだけ申しておきますv

次回更新は3/3、23:00~を予定しております。


《参考文献》
◆広重の三都めぐり 京・大阪・江戸・近江  人文社
◆諸国海陸旅案内  人文社
◆江戸の宿  深井甚三著  平凡社新書
◆絵引 民具の事典  河出書房新社
◆参勤交代 丸山雍成著  吉川弘文館
◆Wikipedia 和船

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