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「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・秋冬の章

枯れ紅葉、散りぬれば・其の肆~天保四年十月の休息

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染まること無く枯れ、散りゆく紅葉が山田道場の庭先に舞い落ちる。醜く枯れてしまった落ち葉は木枯らしに舞い、抜けるような空に飛んでゆくがしかし、山田浅右衛門吉昌始め、山田一門門弟の中でその落ち葉に気がつくものは誰一人いなかった。
 昨日出された幕府からの『斬り捨て御免』の命令書、それを受けてこの日は江戸にいる門弟達が全員が一同に集められ、平河町の屋敷の大広間に揃っている。おおよそ四十人前後であろうか、誰一人私語は勿論、しわぶき一つ立てないその部屋は重苦しい静寂に支配されていた。

「・・・・・皆に集まってもらったのは他でもない。昨日各藩邸に送られた幕府からの命令書の件、解っておろうな?」

 吉昌の言葉に全員が頷いた。それぞれ藩の家中としてもそれほど高い身分とは言い難い者ばかりである。自らの君主から直接命令を下されることさえままならないのに、いきなり幕府から命令書が送られてきたとあっては吃驚する以外ない。

「若い者や新しく入った者は、我が山田一門と新實との因縁は知らないかもしれない。が、同心二人を殺められた奉行所と同等、否、それ以上の遺恨がある。幕府からの命令書は新實と我が一門との関係を鑑み、接触する可能性が高い我が一門の門弟に特別に与えられたものだ。だが・・・・・新實は人を殺すことに快楽を覚えた凶悪な男、そう簡単に倒せる相手でないこともまた事実。」

 重苦しい吉昌の言葉を受けて、長老である後藤五左衛門が言葉を続ける。

「新實は・・・・・元々六代目を継ぐかも、と言われた程の腕を持っていた。そして今現在、その技術にさらなる磨きをかけておる。無謀をする必要はないが、万が一刃を合わせなければならない状況に陥ったら、それなりの覚悟はしておくように。本気で新實を殺す気にならねば・・・・・こちらが八つ裂きにされるだろう。」

 淡々と語る五左衛門だったが、それだけにその言葉は真実味を帯びていた。そもそも盗賊として幾人もの罪なき人々を殺め、生きて動いている人間に対しては山田一門の者よりはるかに手馴れているはずの町奉行所の同心が二人がかりでもあっけなく殺されたのである。それ相応の覚悟、そして準備がなければ対峙することだってできないだろう。

「幕府からの要請を受け、幾つかの他流派に打診して稽古をつけてもらうことにした。我が流派は試し切りはともかく、実践的な戦いとなると少々弱い部分がある―――――試し切りの稽古と並行して他流試合も行うからそのつもりでいるように。」

 必要に迫られているとはいえ、試し切りの大家である山田道場が他流に稽古をつけてもらうというのは極めて異例である。その異様さにただならぬ雰囲気を感じざるを得なかったのだろう。五左衛門の言葉に、その場にいた門弟達は異を唱えることもなく、皆深く頷いた。



 思い立ったら吉日とばかりに、他流からの稽古はその日の午後から始まった。普段から付き合いのある新陰流を始め、最近名を上げている士学館、玄武館、練兵館などの町道場、果てには八王子千人同心からも腕の立つものを呼び出して稽古をつけてもらうという徹底ぶりであった。

「毎日毎日・・・・・もう、こんなもんでいいんじゃねぇか?身体がもたねぇよ。」

 他流から稽古をつけて貰うようになってから十日ほど経ったある日、とうとう五三郎は音を上げた。身体中は痣だらけ、特に二日前に稽古をつけてもらった練兵館の斎藤弥九郎の一撃を受けてしまった左腕上腕は未だに痛み、本来の試し切りの稽古にさえ影響を受けるほどだ。かといって五三郎の父親や兄は怪我が治るまで休ませてくれるほど甘くはなく、この二日間は片腕のみでの試し切り、及び他流との稽古に明け暮れている。

「せやな・・・・・もうあかんて。」

 五三郎のぼやきに一も二もなく頷いたのは地べたに寝転がっている猶次郎である。脇が甘い猶次郎はどうしても胴を狙われてしまい、事あるごとに銅を入れられ『真剣だったら間違いなく死んでいる!』と毎回怒鳴りつけられる始末である。

「同感・・・・・今、新實に出くわしたら、間違いなく俺たち全員斬り殺されているよな。」

 木刀に寄りかかりながら芳太郎も二人の意見に同意した。さすがに藩校でも指導に当たっている芳太郎だけに相手の剣筋を見極めうまく流すことができているが、それでも次から次へと繰り出される手数に体力が奪われる。その疲れは動きまわる分足に来ており、腿のあたりの筋肉痛がなかなか消えずに辟易していた。

「それ、言えるよな。俺も芳太郎に同感だ!兄者達の、新實とかいうおっさんに対する恨みつらみというか怨念みたいなもんは判ったからさぁ・・・・・これじゃあ本末転倒じゃねぇか。勘弁してくれよ!」

 そんな情けない若者とは対照的に為右衛門など三十代の門弟達―――――実際、幸の母親である真由の惨殺死体を目の当たりにした世代は精力的に稽古に望んでいた。今日は八王子千人同心からの推薦で来てもらった近藤周助という、四年前に天然理心流を継いだばかりの男が稽古相手である。
 本来剣術、柔術、棒術がある天然理心流において剣術の指南免許しか持っていないという話だったが、それでも天然理心流のなかでは随一の腕前であったし、最も新實の剣術に近いと思われる実戦に即した剣の持ち主であった。それだけに稽古はいつもにも増して熱を帯び、あっという間に約束の昼八ツを過ぎてしまった。

「後藤さん、とりあえずここまでにしましょう!でないと今夜こちらに泊めてもらうことになっちまいますから!日野は意外と遠いんです!」

 冗談半分にそう訴えると、愛嬌のある笑みを浮かべて近藤は手を止めた。為右衛門より十歳近く年上である筈なのに、息切れどころか汗一つかいていないような涼しげな表情である。

「そうですね。そろそろ一服するのも悪くない・・・・・それにしてもお強いですね、近藤さん。」

 一方の為右衛門は冬場とは思えないほどの汗をかき、息を切らせている。近藤が手加減をしてくれたことは解っていたが、それに対して文句を言えるほどの腕が為右衛門には無かった。間違いなく新實と同格―――――それだけの腕を目の前にいる壮年の男は持っている。だが、近藤はそれを鼻にかけるでもなく、愛想よく為右衛門に答えた。

「いえいえ、天然理心流なんて所詮田舎剣術・・・・・ですが、荒くれ者を叩きのめすには効果的な剣術だと自負しております。」

「そういえば、天然理心流の免許を持っている他の方と少々『型』が違うようにお見受けしますが。」

 天然理心流の剣術者は八王子千人同心の中にも数多くいたし、指南免許を持っている者も山田道場に来てくれた。それらとは明らかに違う型―――――よりしなやかで、実践的な剣さばきを近藤はするのである。その疑問に対し、近藤は隠し立てをすること無く素直に事情を話す。

「ええ、他の者達は三助先生の型をそのまま引き継いでおりますが、俺は独自の技も組み入れておりますので・・・・・若い頃はしょっちゅう喧嘩をしていたもので、その時の癖が抜けきらなかったと言ったほうが良いかも知れません。ですから本来なら剣術免許も受けられないと思うのですが、何故か三助先生に気に入られましてね。その為に本来継ぐべきではない『近藤』の名前も継ぐことになってしまいました。他の誰かが継いでくれるだろうと十一年そのままにしていたんですけどねぇ。」

 周助は少々恥ずかしい自分の過去をさらけ出しながら照れくさそうに笑った。

「ああ、なるほど。そういう事情が天然理心流にはあったんですね。」

 頷く為右衛門に、近藤はさらに声を小さくして言葉を続ける。

「恥ずかしながら・・・・・というか、普通流派を継ぐのなら、三種の指南免許を持っている兄弟子が継ぐべきだと思いませんか?一種類の指南免許しか持っていない私ではなく。」

「まぁ普通なら。」

 確かに普通なら多くの技術を習得している年長者が跡を継ぐべきだと思う。その点について為右衛門が同意すると、近藤は小さく溜息を吐きながら『そうですよねぇ』と肩を竦めた。

「兄弟子達は皆田舎の出稽古を嫌がって・・・・・今回みたいに江戸の街中の道場に稽古をつけられるのは滅多に無くて、殆ど多摩の奥まった場所への出稽古なんです。剣を振るより胴着を背負ってあぜ道を歩くほうが長い流派の宗家になんて誰もなりたがりませんよ。師匠の三助も出稽古先で客死でしたしねぇ。」

 確かに道場を構えるのならば自分は動かず、門弟達に通ってもらうのが理想だろう。だが、多摩の田舎にある、小さな道場では師匠自ら木刀や胴着を背負って出稽古に出向かなければ弟子を獲得できないのである。さらに師匠の客死も相まって誰も天然理心流を継ぎたがらず、結局剣術指南免許しか持っていない周助にお鉢が回ってきたというのが実情なのだ。

「大変ですね・・・・・しかしそんな辺鄙なところにも剣術の稽古を求められるほど甲州街道は追い剥ぎが多いのですか?」

 為右衛門は銀兵衛からもらった『川越は平和過ぎる街』という手紙を思い出しながら近藤に尋ねた。街道一本違うだけでこれほど治安が違うのか、と疑問に思ったのである。

「ええ、甲州街道は山が多くて追い剥ぎが隠れやすく逃げやすい。さらに幕府への献上品もよく通りますからそれを狙って、という事もあるんでしょう。一つ一つの荷物が高価なので割がいいんでしょうね。そのついでに村を襲われるんですから溜まったもんじゃありません。」

「献上品、ですか・・・・・そういうものは見張りとかも大変なんでしょうね。」

 為右衛門は難しい表情を浮かべた。新實は剣術だけでなく薬物、すなわち毒物にも詳しい。そんな道中で献上品に毒物を仕込まれたら手の施しようがない。為右衛門は探りを入れるように近藤に尋ねた。

「そうなんですよ。上様がどんなものを食べているのか興味をもつ輩は多くってね。俺達も見張りをさせられます。」

「じゃあ迂闊な奴が近づくということは?」

「まずないでしょう。田舎大名の参勤には流れ者が見張りに付くことはあっても、上様への献上品は八王子千人同心が守ります。蟻の子一匹近寄ることはできませんって。」

「そうですか。ならば安心ですね。」

 もしかしたら、という心配はあったが、結束力の強い八王子千人同心が自ら見張りに付いているのであれば、少なくとも献上品に毒物、という事態はまずないだろう。力強い近藤のその言葉に為右衛門はほっと胸を撫で下ろした。



 為右衛門と近藤が語らっていたその頃、ようやく体力を回復させた三人の若者が出来立ての焼き芋にかじりつきながら談笑していた。

「へぇ、猶次郎は国許に帰らなくても良くなったのか。良かったじゃねぇか!確かに三、四年じゃ目録がせいぜいだしな。」

 一番大きな焼き芋を頬張りながら五三郎が猶次郎に言葉をかける。

「そうそう。目録ならともかく、免許皆伝に至っては十年は最低かかるし・・・・・。」

 湯呑みを手にしている芳太郎が五三郎の言葉に頷いた。芳太郎は自らが持ってきた薩摩芋に手を出さない。それは藩邸内でうんざりするほど膳に出されるからに他ならない。藩の名産とはいえ毎回出されるのも考えものである。

「え、そんなにかかるんか!」

「ああ。でなけりゃ公方様の刀の試しなんざできねぇだろう。」

 一瞬驚きの表情を浮かべた猶次郎だったが、『公方様の刀の試し』の言葉に納得した。さすがに将軍の刀に傷をつけるわけにはいかない。

「確かに・・・・・そうやなぁ。となると、お幸はんの婿候補って・・・・・。」

 思わず口から飛び出した『幸の婿候補』の言葉に一瞬変な沈黙が生まれたが、その変な間を破り五三郎が猶次郎の疑問に答えた。

「皆伝か、それとも見切りで選ぶか・・・・・こればかりは師匠の判断だな。」

 そんな五三郎の言葉に芳太郎が付け加える。

「だけど、お師匠様はお幸さんとの相性も見る、って言っていたぞ。それこそ新實の・・・・・お幸さんの母上の二の舞にならないように、って。」

「・・・・・一体、新實、って男は何をやらかしたん?」

 斬り捨て御免の許可証や猶次郎の江戸滞在延長、さらに連日に及ぶ他流剣術との稽古など、全ては新實という男に起因する。その新實が山田一門に対して何をしたのか猶次郎は全く知らなかった。

「そうか、おめぇは去年入門したばかりだもんな。」

「長く江戸に居るとなるとやっぱり知っておいたほうが良いんじゃないか?」

 五三郎と芳太郎は顔を見合わせ頷くと、猶次郎に事の次第を話し始めた。

「・・・・・実は新實の奴、感情のもつれから幸の母親を殺したんだ。俺はガキだったから現場には近寄らせてもらえなかったけどよ・・・・・兄者のあんな顔は後にも先にもあれきりだ。」

「俺も父上や銀兵衛さんから聞いただけなんだけど、試し切りのような綺麗なもんじゃなく、獣が食い散らかしたようだったと。」

「なるほど・・・・・。」

 猶次郎は二人の話に青ざめながらも、心のなかでほくそ笑む。

(なるほどな。そういう過去があったんか。だから腕だけやなくお幸はんとの相性も加味されるんか・・・・・わてにとってはありがたいわ。)

 すぐに追いつくとばかり思っていた試し切りの腕前はどんどん五三郎や芳太郎に差を広げられている。十代の頃から稽古に励んでいる者との差をここ最近痛感させられることもかなり多かった。それだけに剣の技術だけだったら自分には不利だが、幸との相性も加味するとなれば自分にも機会が出てくる。

(山田浅右衛門の銘は・・・・・わてが貰いまっせ、お二人はん。)

 再び稽古にと立ち上がった二人を追いかけ、猶次郎は野望とも言える決意を新たにした。



UP DATE 2012.10.23

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十月話の最終話は休息を終え、さらにとんでもない稽古に明け暮れることになってしまった山田一門の話になってしまいました(爆)しかも判る人には判る特別ゲスト・・・・・近藤周助、というか周斎先生にご登場してもらっちゃいましたvてか、近藤勇の養父といったほうが通りがいいかしら(^_^;)試衛館を建てる6年ほど前に当たるこの時期、まぁ年代的にも違和感ないし、実戦だったらむしろ江戸の街中道場よりはこっちのほうがいいかなと引っ張りだしてしまいました(笑)ま、『夏虫』には殆ど登場なさいませんからいいかな(おいっ)

他流稽古に関しては、真由の惨殺死体を見ていない若者たちのほうが真剣味はどうしても足りなくなってしまうのは仕方ありません。実際あれを見たら『次は我が身』という恐怖が湧き上がるでしょうから稽古も真剣にならざるをえないでしょう。アラサー世代と若者の違いはそこから来ます。実際彼らも真由の惨状を見たらもっとまじめに稽古に打ち込むでしょう。こればかりはジェネレーションギャップということで(^_^;)


次週は猫絵師・国芳十一月話、次回紅柊は11/6『片腕の首切り五三郎』となります。他流との稽古で左腕を痛めてしまった五三郎が久々の主役です^^幸との仲ももうちょっとだけ進めたいなぁ・・・・・。


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