「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第三話 伊東甲子太郎、参る・其の参

 ←烏のまかない処~其の七十・新高梨 →烏のがらくた箱~その百三十一・家の中に病人が二人もいると鬱陶しい(-_-;)
秋の夕焼けが京の街を染めてゆく。その夕日を受けながら沖田はかわた村の入り口にある小さな御霊神社に駆け込んだ。約束の時間から半刻も過ぎているだけにもしかしたら小夜はいないかも知れないと半ば諦めていたが、幸いな事に小夜は沖田を待っていてくれていた。

「お小夜さん、済みません!遅くなってしまって!」

 境内の西側に座っていた小夜の近くまで走り寄ると、沖田は両手を合わせ深々と頭を下げた。

「沖田センセ、そんなかしこまらんでも・・・・・今日も厄介な捕物やったんおすか?」

 沖田が仕事で遅れることは珍しくない。それだけに小夜も『またか』といった感じで沖田に尋ねた。その瞬間、沖田は心の底から困惑したような表情を浮かべる。

「・・・・・捕物だったらここまで時間を取られることはありませんよ。もっともっと厄介な、とんでもない人が江戸からやってきてしまってね。」

 沖田は大仰な溜息を吐きながら小夜の隣に座った。

「ようやく逢うことができたお小夜さんに愚痴ばかりで申し訳ないんですけど・・・・・近藤先生の要請で江戸に来て下さった伊東先生と副長の土方さんの相性が悪いというか、土方さんが一方的に突っかかっているというか、とにかく屯所の中の空気が今までになく悪くなってしまってね・・・・・芹沢さんが生きていた時だってここまで険悪な空気が流れることはなかったのに。」

 沖田は小夜の顔を見つめながら苦笑いをする。

「そんな、大変なお方が来はったんですか?」

 新選組の屯所に険悪な空気が流れていると聞き、小夜は心配そうな表情を浮かべて沖田に尋ねた。

「まぁ、大変は大変かもしれませんけどね。幹部に関しては今まで一枚岩だったのが、そうではなくなるかもしれません。」

 芹沢が生きていた頃は意見の違いはあっても互いに腹の中をさらけ出し、思い切り意見を述べることができる雰囲気があった。だが、今度江戸からやってきた伊東はどこか謎めいていて迂闊に手の内をさらけ出すことができないと、沖田は小夜に話し始めた。



 三条大橋から沖田の案内で壬生辿り着いた伊東は、屯所を一目見るなり秀麗な眉をひそめた。

「沖田くん・・・・・冗談はやめてくれないか?いくらなんでも『池田屋』で名を馳せたあの新選組の屯所がこんなおんぼろ農家だなんて僕が信じると思うのかい?」

 いくら事情を知らないとはいえ、あまりにも屯所を小馬鹿にした物言いに腹立たしさを覚えた沖田だったが、そこを辛うじて堪え平然とした口調で伊東に答える。

「ええ、残念ながら冗談でなくここが私達新選組の屯所です。浪士組本隊が江戸に帰還してしまった後、たった十三人しかいなかったころからずっとお世話になっているんですよ。それに・・・・・。」

 沖田はちょっとだけ言い淀んだ後、言葉を続けた。

「長州贔屓の多い京洛の町人達に我々は快く思われておりません。もし街中に屯所があったら落ち着いて眠ることさえ出来ないでしょうね。」

 普段皮肉など言い慣れていない沖田としては精一杯の皮肉を込めて伊東に言い放つと、そのまま前川邸の方へ入っていった。

「近藤先生!土方さん!伊東先生御一行様がいらっしゃいました!」

 同志が来た、というよりはむしろお客様でも来たかのような口調で沖田は奥へ声をかける。その瞬間、賑やかだった屯所内が不意に静まり返り、屯所に残っていた平隊士全員が出迎えの為、玄関に出てきた。そして平隊士達が出揃ったところで一人の男が出てくる。

「伊東道場道場主の伊東甲子太郎殿でいらっしゃいますか?江戸からわざわざのご足労、お疲れ様でした。」

 遠目からも判るほどの敵対心を身体中に纏わせ、奥から出てきたのは土方であった。

(うわっ、あからさまな喧嘩腰じゃないですか。荒れそうだなぁ。)

 伊東に対して背を向けていたのを幸い、沖田は土方に対して露骨に渋面を作った。

「それにしても随分とお早いご到着でしたな。」

 案の定、近藤より一日遅れで上洛してきた伊東に対する嫌味としか思えない言葉が土方の口から飛び出す。なまじ『役者のよう』と評される整った顔立ちから飛び出すだけにその毒はきつく感じられる。だが、伊東はそんな土方の嫌味に対し一向に動じる気配を見せず、土方とは違った、女性的な美貌に微笑みさえ浮かべながら愛想良く答えた。

「ええ、無駄に大きな道場を持っていました故、関係各所への挨拶回りがなかなか終わりませんでしてね。結局近藤くんから遅れること二日後にようやく出立出来ましたよ。」

 近藤君―――――伊東のこの一言に土方の眉がぴくり、と跳ね上がった。

「伊東殿、確かに伊東道場は試衛館に比べたら由緒正しい大道場かもしれません。しかし、新選組においては近藤が局長、それなりの敬意を払っていただきたい!」

 今まで押さえつけていたものを爆発させ、土方は伊東ににじり寄る。

「おや、これは失敬。」

 土方の憤りに対し、伊東は口の端に人の心を逆なでするような笑みを浮かべた。その笑みに土方はさらに怒りを顕わにする。

(うわ、ちょっとこれは絶対にまずいですって。)

 視線の火花が飛び散る、ちょうど間に挟まれてしまった沖田は居心地の悪さを感じる。

(取り敢えず土方さんを押さえ込めば・・・・・さすがに伊東さんはいきなり掴みかかったりするような人じゃないですよね。上品そうに見えますし。)

 取っ組み合いの喧嘩、というより土方が伊東に掴みかかりそうになった場合の動きを頭の中で考えながら沖田はさり気なく間合いを取った。その時である。

「ああ、伊東さん!ようやく来て下さったんですね!」

 厠にでも入っていたのだろうか、少々遅れて奥から近藤がようやく出てきたのだ。その近藤の顔を見て沖田はあからさまにほっとした表情を浮かべる。

「近藤君!待たせてすまなかった!なかなか挨拶回りが終わらなくてね!」

 伊東もにこやかに微笑むと、近藤が差し出してきた両手を握り締めた。そのあまりに親しげな様子に沖田は勿論、土方も唖然とする。

「いえいえ、道場を閉める際の挨拶回りの大変さは存じているつもりです。私自身も養父が見ていてくれるとはいえ、出立前は大変でしたから・・・・・どう見積もっても壬生に来て頂けるのは三日後だと思っていました。どうぞどうぞ、上がってください!」

 沖田や土方の勘に障っていた伊東の高飛車な物言いを、近藤は全くといっていいほど気にしていないらしい。むしろ同じ道場主として話が合うのか、二人はにこやかに談笑しながら奥の部屋へと入っていった。

「・・・・・土方さん、そろそろ巡察に戻っても宜しいでしょうか。捕縛した不逞浪士の事も気になりますし。」

 近藤と伊東の関係が良好ならば土方は下手な行動に出ないだろうと、沖田は巡察へ戻る許可を土方に伺う。だが、土方はその申し出を許してはくれなかった。

「・・・・・総司、おめぇ、逃げるのか?」

 正直図星を指された形だったが、それを否定して逃げ場を失うような真似は沖田はしない。

「判っているなら聞かないでください。じゃあ行ってきま・・・・・うわっ!」

 さっさとこの場から逃げ出すに限る―――――そう言って踵を返した沖田の襟首を土方がむんず、と掴んだのである。危うく沖田は後ろに倒れ込みそうになるのを寸前で耐えた。

「副長助勤筆頭のおめぇがこれからの事を知らねぇでどうする。暫く立ち会え!」

 結局逃げ出すことができず、沖田は土方に引きずられるような形で近藤や伊東の居る局長室へと連れて行かれたのだった。



 土方と沖田、そして山南や他の副長助勤たちが揃った後、伊東は自己紹介と連れ立って来た者達の紹介をした。

「こちらは弟の鈴木三樹三郎、盟友の篠原泰之進、加納鷲雄、服部武雄、門人の内海二郎と中西昇です。きっと近藤くんのお役に立つと思うので思う存分使ってやってください。」

 先程土方に注意を受けたにもかかわらず、伊東は相変わらず近藤を『君』付で呼ぶ。

「あの野郎、また近藤さんを君付けで呼びやがって・・・・・!」

 伊東には聞こえない声だったが、土方は悔しげに呟いた。ぎりぎりと歯を食いしばり、握り拳を固める土方に沖田は『まぁまぁ』と宥める。

「土方さんの言いたいことは判りますけど、まだ屯所に到着して四半刻も経っていないんですから。それと・・・・・。」

「ぁん?」

 何か思うところがあるのか、更に声を潜めた沖田に対し、土方は言葉を促す。

「伊東さんにも役職がついたら自然と『局長』って呼ぶようになるんじゃないですか?まだまだお客さん感覚でしょうし、実際の任務についたらまた違ってくるんじゃないかと。」

 沖田の言葉に、土方は意外そうな表情を浮かべて沖田をまじまじと見た。

「おい、総司・・・・・たまにはいい事言うじゃねぇか。」

「たまには、だけは余計ですけどね。」

 沖田が不満そうに口を尖らせるが、土方はそれを軽く受け流す。そしてちょうどその時、伊東の話の区切りがついた。

「ではそろそろ副長の土方に部屋を案内させましょう。歳、頼む。」

「・・・・・では、こちらへ。」

 個人的には好きになりそうもない相手だが、ここは近藤の顔を立て無くてはならない。土方は感情を押し殺し、伊東達を案内した。

「・・・・・しかし、大丈夫かなぁ。」

 土方と伊東たちが局長室から出ていった後、原田が意味深に呟く。それを沖田は聞き逃さなかった。

「原田さん、どういうことですか?大丈夫かなんて。」

「あ、そうか。おめぇは巡察だったもんな。」

 原田はそう言うと、八木邸の方に目をやりながら肩を竦めた。

「伊東さんたちに宛がう部屋ってさ、以前芹沢さん達が居た部屋なんだよな。」

 それを聞いて、沖田も思わず溜息を吐いてしまう。

「いつの間に・・・・・確かに今空いている中ではあの部屋が一番いい部屋ですからね。」

 本当は今現在近藤や土方が使っている部屋を明け渡す予定だったのだが、一日遅れで伊東たちが入ると知った途端、土方はへそを曲げたのだろう。伊東達に宛てがうのは芹沢たちが使っていた部屋―――――相応の格はあるが死者が出た、縁起の悪い部屋でも構わないだろうと近藤の反対を押し切って決めてしまったのである。そしてそれが決まったのはつい先程、沖田が巡察中に伊東達と会ったまさにその時であった。

「まぁ、暫くは一波乱、ふた波乱はあるんでしょうね・・・・・じゃあ私はそろそろ巡察に戻ります。ついでに色々寄るところがあるので帰宅は夕餉時になると伝えておいてください。」

 沖田は原田にそう言い残すと、そそくさと屯所を飛び出してしまった。



 沖田がひと通りの出来事を話し終えた時、夕日はすっかり傾き、東の空は藍色に染まり始めていた。

「・・・・・せやったんですか。大変な御人が江戸から来はったんですね。」

 屯所で起こった騒動を聞き終えた後、気の毒そうに小夜が沖田を労った。

「ええ、本当に・・・・・物腰や思想ではもしかしたら伊東先生のほうが京都の町人に受けはいいんでしょうけど、武張った新選組の中では極めて異質なんですよね。それと気になるのが近藤先生への対応というかなんというか・・・・・。」

 奥歯にものが挟まったような、伊東に気を使いながらも不満を漏らす沖田に小夜は微笑みながら頷く。

「ほんま、沖田センセは局長はんのこと尊敬しはってるんおすね。」

 小夜のその一言に。沖田は我が意を得たりと満面の笑みを浮かべた。

「ええ、私を一から鍛えあげてくれた人ですからね。近藤先生は私にとって絶対なんです!」

 熱っぽく近藤のことを語る沖田は、小夜の目に輝いて見えた。ただ言葉を交わしているだけで幸せを感じる、そんな若い二人が淡い恋を大事に育んでいるその頃、壬生の屯所では歓迎せざる異質分子の胎動がすでに始まっていた。



UP DATE 2012.10.26

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





小夜とのデートに遅刻しながらも、何とか逢うことができたリア充・沖田です^^しかし折角の逢瀬なのに口をつくのは伊東への愚痴ばかり・・・・・まぁ、それだけ小夜に気を許しているということでしょうかv

ただ、案の定というかやっぱりというか・・・・・土方と伊東は犬猿の仲です(^_^;)現時点では単純に『ウマが合わない』といった状態ですが(さらに近藤局長と伊東の仲が良いのも歳には気に喰わないでしょう・笑)、そのうち自らの手を汚そうとせず、口車で隊士達をたぶらかして新選組を乗っ取ろうとする伊東と、自ら泥をかぶってでも近藤や新選組を守っていこうとする土方との対立は深刻になっていくでしょう。その争いに総司や小夜も巻き込まれていくことになります。

次回更新予定は11/2、八木邸の一室を与えられた伊東派の密談が中心となりますv
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のまかない処~其の七十・新高梨】へ  【烏のがらくた箱~その百三十一・家の中に病人が二人もいると鬱陶しい(-_-;)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のまかない処~其の七十・新高梨】へ
  • 【烏のがらくた箱~その百三十一・家の中に病人が二人もいると鬱陶しい(-_-;)】へ