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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第四話 伊東甲子太郎、参る・其の肆

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何だかんだと慌ただしい時間が過ぎ、伊東達が夕餉を取って一息ついたのは夜四ッの鐘が鳴る頃であった。伊東を始め鈴木三樹三郎、篠原泰之進、加納鷲雄、服部武雄、内海二郎、そして中西昇の七名は元々芹沢達がいた部屋をあてがわれ、そこにいた。

「それにしても狭い屯所ですよね、伊東さん。道場だって伊東道場の半分ほどしか無いじゃないですか。これがあの有名な新選組の屯所とは・・・・・。」

 加納があてがわれた部屋を見回しながら苦々しく呟く。そんな加納に対し、伊東は扇子で口許を隠しながら窘めた。

「加納、文句を言ってはいけないよ。確かに手狭であるけど僕達はまだ広い場所を与えられたのだから。あっちの前川邸だっけ?あんなに平隊士が雑魚寝しているような場所ではおちおち眠ることさえ出来ない。」

 伊東の言葉に六人は思わず笑い出す。その笑い声はどこか人を馬鹿にしたような色を含んでおり、もし聞いているものがいたら間違いなく不快な気持ちを抱いただろう。そんな笑い声がようやく収まった後、前川邸の方を見やりながら、服部が疑い深そうに呟いた。

「確かに伊東先生の仰るとおり・・・・・しかし穿った見方をすれば平隊士から我々を引き離し、我らの影響を最小限に食い止めようとしているようにも思えますが。」

「その可能性はなきにしもあらず、ってところだろうね。」

 伊東は凄惨な笑みを浮かべながら服部の疑いを肯定する。

「近藤くんはともかく、土方君はどうやら僕達を歓迎していないらしい。いや明らかに警戒していると言ったほうが正しいのかな。でなければ居心地は良いとはいえ、先の局長が暗殺された部屋に僕達を通すことはないだろう。」

 伊東の言葉に全員が頷く。確かに八木邸のこの部屋は平隊士達の喧騒も殆ど聞こえないほど静かで充分な広さがあるが、行灯の光に揺れる柱の刀傷は当時の暗殺を彷彿とさせ気の弱い者なら怖気づいて逃げ出してしまうだろう。

「それに新選組は佐幕の輩。上洛で近藤への義理を果たしたのですから、早々に袂を分かつ方がいいのではないでしょうか、兄う・・・・・。」

「三郎!出すぎた真似をするんじゃない!」

 三樹の言葉を遮る鋭く厳しい兄の叱責に、三樹が吃驚して首を竦めた。

「確かに思想も違うし屯所の狭さも閉口するが、袂を分かったところでさらに非道い境遇に陥る事は日の目を見るより明らかなのが解らないのか!まったく、酒色に溺れる奴は・・・・・。」

 兄の剣幕に怯えの色を見せる三樹に対し、忌々しげに扇をぱちんと閉じると、伊東はさらに低い声で続ける。

「とりあえず、我らが京都の水に慣れるまでは辛抱が必要だ。一年半の歳月で培ってきた信用、名声を利用し、うまく勤王の集団に変貌させなければ上洛の意味は無い。」

 伊東のその一言に他の六名は一も二もなく頷いた。そもそも上洛をする気ならば二年前、浪士組上洛時もできた筈である。なのに上洛せず江戸に残ったのは、上洛したところで武功を立て、出世するなど簡単にできるはずもないと高をくくっていたからだ。
 だが、浪士組の居残り組―――――新選組は京都において着々と実力をつけ、池田屋事変の手柄によってその名声は江戸にまで響き渡っている。

『あの時自分も上洛していれば・・・・・!』

 大道場の道場主という立場を捨てきれず江戸に残った伊東は、池田屋の武勇を聞くたびに歯噛みしていた。そんな時に持ちかけられたのが藤堂からの入隊の誘いであったのである。
 幕府よりさらに下、会津藩預かりという立場は気に食わなかったものの、上洛すれば幾らでも挽回の機会は作れるだろう。そして新選組というある程度形は整いつつもまだ成長段階にある組織ならば自分も運営に食い込めるに違いない。そう目論み藤堂の申し出を受けたのである。
 案の定、近藤は伊東達にそれ相応の役職を用意してくれると約束してくれたし、待遇も決して悪くはない。だが、問題は隊の実権を握っていると思われる土方の存在であった。

「あの土方という男、相当の切れ者のようですね。池田屋でも会津やその他の者たちを近づけず、手柄を新選組で独占させたと言いますし。」

 ぼそりと呟いた内海の一言に、伊東は我が意を得たりと笑顔を見せる。

「だろうね。組織自体もすべて土方くんを通さなければ動かないようになっている。逆を言えば土方くんの命令一つで隊が動くと言うべきか・・・・・この組織づくりはなかなかだね。」

 たわいない事を行うにしても幾つもの部署にお伺いを立てなければならない既存の組織では考えられない一極集中―――――それは機動性を最重要視する現場組織ならではの工夫なのだろう。

「・・・・・ですが、我々の意見が通りにくいという事でもありますよね。」

 少し不満気に篠原がぼやくが、伊東はまぁまぁと篠原を宥めた。

「それは確かに言えるね。しかしそれは近藤くんを懐柔すれば・・・・・!」

 不意に襖の向こう側に人の気配を感じ、伊東は口を噤む。その伊東の動きに呼応して他の六人は脇差に手を掛けるが、伊東はそれを制し、柔らかい声音で襖の向こう側にいる人物に声をかけた。

「八木さんのご主人でいらっしゃいますか?どうそ、気兼ねなくお入りください。」

 すると、襖の向こう側で驚いた雰囲気が伝わってきた。

「よう・・・・・お判りにならはりましたな。まだお声がけもせんと・・・・・いえ、用があるのはわてやのうて、山南センセなんどす。お通ししても宜しおますか?」

 襖を閉めたまま八木が伊東に声をかける。

「ああ、山南くんが!ぜひこちらへお通ししてください!」

 その伊東の声とともに襖が開き、八木と山南の姿が現れた。

「伊東さん、お疲れのところすみません。ちょっとだけ宜しいでしょうか。」

 山南が穏やかな笑みを浮かべながら伊東に近寄り、目の前に座った。

「どうですか、伊東さん。江戸の道場に比べたら狭いでしょうけど大丈夫ですか?もしお辛いようでしたら別個に場所を借りても、と副長の土方も言っておりますので遠慮はなさないでください。」

 まるで高貴な人物か女子供に対するような山南の気遣いに、伊東は思わず苦笑いを浮かべる。

「よっぽど僕らが惰弱に見えるようだね。」

「いえいえ、そんな事は・・・・・ただ、私達もこちらに来たばかりの時はなかなかこちらの水に慣れることができなくて苦労したものですから。でも、むしろ壬生はまだましなんですよ。」

「というと?」

 意味深な山南の言葉に、伊東は目を細めながら尋ねる。

「私たちは京都の町人に毛嫌いされていますからね。嫌味を言われるのは勿論、時には小石を投げつけられたりします。」

「あの『池田屋』の新選組、でもですか?」

 山南の言葉に篠原が驚いたように声を上げる。江戸者にとっては新選組は英雄であるが、京都ではそうではない―――――その事実を突きつけられたのだ。

「むしろあれが長州贔屓の京雀には不愉快なんでしょう。どちらにしろ、ここも手狭になっておりますし、前川さんからそろそろ家を返してくれとせっつかれているので、近いうちに引っ越すとは思いますが、暫くは辛抱していただくことになろうかと。」

「なるほど。それは重畳。」

 伊東は山南に対してにっこりと笑った。

「ところで、山南君。君が就任している『総長』とはどのような立場なんだい?ざっくりした説明ではいまいちよく判らなかったのだが。」

 伊東の疑問に今度は山南が苦笑を浮かべる。

「ああ、単なる名誉職ですよ。すでに私は兵士としては役立たずですから。」

 そう言って山南は左腕を捲り上げた。すると袖の下からかなり大きな、生々しい刀傷が現れる。

「こ・・・・・これは。」

「大阪でちょっとやらかしましてね。」

 山南は照れくさそうに鼻に皺を寄せたあと、さり気なく袖を下ろした。

「私の左腕はすでに動きません。本来ならば隊を抜けるべきだと思うのですが、残念ながら人手が足りなさすぎて未だにこき使われております。」

「それは山南君の人柄でしょう。」

「ははは、そう言っていただけるとありがたいですけどね。そういった意味でも伊東さん、私はあなたに期待してます。いざ、局長、副長が動けなくなった時、先頭を切って戦える人間が頭にいることは安心につながります。」

 そう伊東に告げると、山南は立ち上がる。

「もし不都合があれば遠慮なく私に申し付けてください。では、失礼します。」

 山南はその場にいた七人に一礼すると、そのまま部屋を後にした。

「・・・・・なるほどね、そういうことで僕に白羽の矢が立ったのか。」

 山南が去っていった後、再び扇子を取り出した伊東は口許をそれで隠しながらほくそ笑む。

「となると・・・・・気の毒だが、山南君、まず君に犠牲になってもらうようになりそうだね。」

 毒々しささえ感じる伊東のその笑みはどこまでも美しく、邪悪だった。



 沖田が屯所に帰り近藤に挨拶しにいこうと局長室に向かったその時、副長室から山南が出てくるところであった。沖田は近藤に挨拶をした後、その足でそのまま副長室へ入り込む。

「土方さん、早速山南さんをあちらに偵察に向かわせたんですか?」

 副長室に入り込みながら、沖田は土方に尋ねた。

「・・・・・人聞きの悪い。俺が直接話すよか、旧知の間柄の山南さんの方があっちだって何かと言いやすいだろうが。」

 沖田の方には目もくれず、書状を仕分けしながら土方は返事をする。

「素直に気に食わない奴とは顔を合わせたくない、って認めればいいのに。」

 土方の背後に胡座をかきながら沖田はぼそり、と呟いた。

「何か言ったか?」

「・・・・・いいえ。それとあらかじめ言っておきますけど、私は山南さんと同じ仕事は引き受けませんよ。近藤先生を見下すような言い方をする人はどうも好きになれませんので。」

 沖田の本音に土方の手が止まる。そして書状の束を文机の上に置くと、土方はくるりと沖田の方に振り返る。

「その点に関しちゃ俺も同感だ。気づいていない奴も多かったがな。ところで話は変わるが・・・・・。」

 土方は先程まで仕分けしていた書状の束を沖田に渡す。

「こいつは近藤さんが持って帰ってきてくれた江戸からの手紙だ・・・・・総司、おめぇちょっとこの手紙を分けてくれねぇか?」

 土方の声に重苦しいものが含まれているのは気になったが、沖田は近藤達が持ち帰ってきた江戸からの手紙を仕分けはじめた。すべて土方当ての手紙で十数通ほどはあるだろうか。手紙を寄越してくれる人はだいたい決まっているのですぐに仕分けることができたが、仕分け終わったその時沖田はある事に気がついた。

「土方さん。ちょっと言いづらいんですが、もしかして・・・・・。」

 そこまで言いかけて沖田は言葉を飲み込む。絶対に手紙を寄越してくれるであろうという人物からの手紙がその束の中に無いのだ。そしてその事実は沖田の口から言うにはあまりにも重すぎる言葉で、沖田はその人物の名を言うのを躊躇ってしまう。

「ああ、そのまさかだ。」

 土方は眉間に深い皺を寄せ、深い溜息を吐く。

「お琴の奴から手紙が来てねぇんだ。いつも必ず寄越してくれていたのに・・・・・。」

 吐き捨てるようにそう言うと、土方はがっくりと項垂れた。



UP DATE 2012.11.02

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ようやく一息ついた伊東派ですが、屯所にケチはつけるし、早々に新選組を勤皇派へ洗脳しようと画策するわ・・・何か最初からここまで黒くするつもりはなかったのに、と思いつつ筆を運んでしまいました(^_^;)これからさらに伊東派は黒さを増していくかと思われますので隊の分離の頃にはどこまで黒くなっているのやら・・・・・先が思いやられます(^_^;)山南さんも気をつけて~><

一方伊東派に対しては警戒心あらわで隙を見せない土方ですが、プライベートでは何だか雲行きが怪しくなっているようです。何と一番楽しみにしていたであろうお琴さんからの手紙が来ていなかったという・・・(;_;)恋する男としては意中の相手から手紙が来なかったというのはかなり凹みますよね~。詳細は次回に回しますが、やはり娼妓達からの手紙の束を日野に送っちゃったのがいけなかったんでしょうか・・・・ねぇ(^_^;)

次回更新は11/9、土方の苦悩が中心となりますv
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S様、お久しぶりです^^ 

S様、こちらこそご無沙汰しておりますvお陰様でようやく『夏虫』を再開することが出来ました。これも応援してくださる皆様のおかげですv

土方と伊東はたぶん『風』以上に犬猿の仲だと思います。伊東としてはフレンドリーな気持ちで『近藤君』と呼んでいるのに土方を始め試衛館側は『近藤さんを軽んじている!』とムカつきまくっているという状況ですから(^_^;)たぶん一番気にしていないのは近藤さんだと思います(近藤さんとしては声をかけるのも憚られるような伊東道場の道場主を召喚できたということに満足しているという設定ですv)

歳の悪ふざけは少々度を越していたようですね。池田屋や蛤御門の変の勢いで自分に送られてきた恋文の束を実家に送ったはいいですけれど、それが思わぬ結果を招いてしまったようで・・・次回落ち込んでいる歳の様子を書かせて頂きますので、宜しければ連載、お付き合いくださいませね^^

コメント、誠にありがとうございましたv
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